2017 / 06
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  両親が落ち着いて後の介護者である私の心の変化

 今年84歳になる重度ピック病の母と、今年90歳になる攻撃的アルツハイマー型の父を、私はひとりで同時介護していました。2006年・2007年の2年間がピークで、当時母は間違った治療を受けており、父は治療を受けていませんでした。

 今思えば、陽性症状の強いふたりを同時にひとりで看ているのは異常事態で、当時の私は、身も心も崩壊寸前でした。母が認知症の陽性症状から、身体的病気の治療が困難になった時、コウノメソッド実践医第1号のドクターイワタこと岩田先生に巡り合い、この時点で初めて母の誤診を指摘頂き、適切な医療へとつないで頂くことができました。

 この時の私の気持ちは、母に対しての済まなさで一杯でしたが、同時に、奈落の底までとことん落ちて、やっと底に足が着き、後は浮かび上がるだけだという安堵感もありました。


 事態の好転は、後から治療を開始した父の方が、先に感じられました。
フェルガード開始から4ヵ月ほどした頃、父は、動悸を主訴とする体調不良から本人の希望で強引に入院させてもらいました。本人は心筋梗塞で入院し、治療を受けて退院したと思い込んでいるのですが、実際はアリセプトの副作用が動悸という形で現われていたのだと後でわかりました。

 本人は病気が治ったと思ったからなのか、退院後、事態は突然、すっかり好転しました。具体的に申しますと、それまでは泥棒と火事を心配して、家から一歩も出られない、引きこもり状態だったのが、、、

退院後は、

 ・初めてデイサービスへ出かける。
 ・半年前に施設へ入所した母に、初めて面会に行く。
 ・母の施設でのショートステイを抵抗せず受入れ、泊りがけで母に会いに行く。
ショートステイ

などと、びっくりすることの連続。加えて、

 ・絶対に手放さなかった貴重品類も、私に任せてくれる。

と言うように、信じられないことが次々起こりました。

 父はグラマリールでは鬱っぽくなり、アリセプトでは1mgでも興奮する薬剤過敏なところがあり、退院後はフェルガード100しか飲んでいません。
私は、この好転を、フェルガードが効いたとしか考えられませんでした。



 鬼の形相で私の首を絞めていた父が、今年の90歳の誕生日には「あんたも長生きして90歳までも100歳までも生きなさいよ。」と言ってくれました。
 もしも、適切な医療にもフェルガードにも巡り合わず、鬼のままで逝ってしまっていたとしたら、私に残る父のイメージは随分違ったものになっただろうと思います。



 一方、重度ピック病の母ですが。 
先に治療を始めた母は、病状が重いことと、始めにNEWフェルガードを使って時間をロスしたこともあって、目に見えた改善はなかなか感じられませんでした。しかし、じわじわと落ち着きが見え、フェルガード100を4本に増やした、7カ月目あたりから改善を顕著に感じました。

 フェルガードを始めてちょうど1年目に乳がんが見つかり、手術しました。
発見してくれたのは施設の介護士さんで、着替えを手伝ってくれていて、しこりが手に触れたそうです。その頃母は、笑顔も一杯で、攻撃的なところは少しも感じられませんでした。意思の疎通は難しく、何もかも忘れてしまったけれど、穏やかな母が戻っていました。ですから、手術・入院共に、ごく普通の患者さんと同様に過ごせ、とても助かりました。

 こうしたことは、適切な認知症治療に出会う前の母には考えられないことで、認知症の治療ができたからこそ「命拾い」をしたと思い、以前に間違った治療を受けさせてしまった罪滅ぼしが、少しでも出来たような気が致しました。



 母の場合も、もしもあの興奮状態のままで、どこかの精神科に入院し、幽閉されて、そこで一生を終えたとしたら・・・私の心に鉛のように重いものがいつまでも残ったことだと思います。

 両親とも大幅な改善を見ることができ、そのことで私は両親が、認知症であっても優しさとか、明るさ、感謝の気持ちと言った、健全な人間らしい心を決して無くしていないことを再認識することが出来、それは何にも替え難いと思っています。


 認知症の両親の介護を通し、患者家族として切に感じるのは、諦めるのは最後の最後で良いということ、適切な治療法を見つければ、必ず現状より良くなる日が来るということです。

 高齢者と関わりがお有りの医師の皆様には、ご専門の診療科に関係なく認知症について勉強して頂きたいですし、そして、私自身の体験から、その患者がご自身の手に余ると思われたら、患者をそのまま抱え込まず、即、認知症を診ることができる医師に繋いでいただきたいと思います。

 私の両親介護はまだまだ続きますが、穏やかな両親を見守れるのは、認知症改善の為の情報を発信し続けて下さった河野和彦先生と、コウノメソッドを実践され両親の認知症に諦めず向き合って下さった岩田先生のお蔭だと思い、心から感謝しています。
 
 認知症は、改善しうる病気であること、介護と同時に『適切な医療』が是非共必要であるという事が、当たり前の事として、広く認められるようになれば、未来は明るいと思っています。                    



(注)赤字部分および青字部分はパンドラの想いを訴えている部分です。
   黒字部分は事実の説明になります。
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【】
パンドラさん、こんばんは。
そして、名古屋セミナーお疲れ様でした。
名古屋で、ピックのセミナーと聞いて、パンドラさんはいらっしゃるのかな~と思っていましたが、発表されていたんですね!
京都セミナーのとき、途中で帰らねばならず、パンドラさんのご報告を聞くことが出来なくて残念な思いをしていましたので、今回こうして記事にしてくださってうれしいです。
我が家のお向かいのご家族が、田舎から高齢のご両親を呼び寄せられたんですが、直後からお母様の様子がおかしくなり物盗られ妄想、暴力となり入院されたと聞きました。
パンドラさんのお宅のような、改善例をお伝えした方がいいのかなぁと思いつつ、上手く話が切り出せず歯がゆい思いをしています。
ふだんそれほど立ち入った話をしているわけではないので、興味本位のおせっかいと取られてもいけませんし…難しいですね。
【*どぅさんへ//パンドラより】
どぅさん、もしかしたら、お目にかかれるのかなと思っていました。でも、夜だったので、無理だろうなとも思っていました。

記事を読んで下さってありがとうございます。

ご近所さんのお話、身につまされます。
でも、親しいお友達でないと、なかなか難しい問題だと思います。その入院されたお母様の立場になれば、どんなにかお伝えしたいけどね。
ご老人にとって、転居はとっても難しい問題なんですね。
機会を見て、さりげなくお伝えできる時があるといいですね。
【迫力のドキュメンタリー】
素晴らしいレポートだと思います。
まとめるのにさぞ時間がかかったでしょう。多くの方に見ていただきたいですね。そしてできれば、パンドラさんのご両親様が治療を始めたより前の段階で、適切な治療を受けられる方が増えることを願います。

認知症というと、もう誰が見てもどうしようもない!と感じられる段階になって初めて、治療を!という発想になる家族が、まだまだ多すぎるように感じます。早期に発見して早期に正しい治療を受けることが、とてもとても大切だと感じます。
大きく改善できる可能性がより高い段階のうちに、早々に正しい治療を開始するという社会常識が定着することを望みます。
【*きじとらさんへ//パンドラより】
感想を書いて下さってありがとうございます。
まとめるのはkuririnさんとの共同作業になりました。

このレポートは私と両親とのこれまでの集大成になったと思います。
私たちが通ってきた曲がり道を後に続く方には通って頂きたくない、ぜひショートカットを邁進して頂きたいという思いでもあります。

患者さまのご家族や、医師の皆様や、いろんな方へのメッセージを込めました。
【】
レポート、お疲れさまでした。
こちらに以前書いたかも?しれないですが、私が通っている教会も、認知症の家族を抱えている方、またご老人では認知症初期の方もみえて、牧師さんの奥様がそういう方達への対応や悩みを少しでも聞いてあげられたら・・・と岩田先生のセミナーにも施設へのボランティア仲間と行ってらっしゃるようです。パンドラさんの日記を読むと「あっ!奥さんが言ってた事と同じだ!」と思うことがあります。奥様のお母様もアルツハイマーでした。母と同じ年なんですが、自らが介護者でなくともそういう知識を身につけようという姿勢に感心させられています。
【*かつよさんへ//パンドラより】
かつよさん、レポートを読んで下さってありがとうございます。
身近なところで、認知症の方や、ご家族を助けようと動いて下さっている方がいらっしゃるのは、とても有難いですね。
やはりこういうことは草の根の運動だと思うので、私もできることからやってみたいと思っています。
【】
パンドラさんが情報を発信し続けてくれることで、日々苦しんでいる介護家族が、どれだけ勇気づけられているでしょう。
kuririnさんが京都セミナーでも企画されたように、認知症でも改善した介護家族の生の声を社会に発するようになったのはすごいことです。京都セミナーのフィナーレ、kuririnさんの朗読によるパンドラさんの介護報告、今も感動しています。
思い切って京都へ行って本当に良かった。そして名古屋へは行けなかったことが、ただただ残念。
kuririnさん、こぶたさん、きじとらさんもそうだけれど、観察眼が本当に鋭い。この1年ブログを見させて頂いて、私がいちばん学ばなければいけないと思ったことです。
パンドラさんのようにうまくはいっていないけれど――興奮系薬剤を飲んでいないのに大声が出るようになって、抑制系の薬剤の調整が難しい――明日を信じて頑張ります。
パンドラさん本当にありがとうございました。
【*mizuhoさんへ//パンドラより】
この報告を聞いて、勇気づけられたとおっしゃって頂き、私の方こそどんなに有難く、嬉しいかしれません。
とても感激しています。
学ぶ会掲示板でのmizuhoさんのご相談も拝見しています。

以前の私のように、今どうしていいのか困っていらっしゃる方の元へ届きますように~と念じて、この報告を発信させて頂きました。

mizuhoさんも、河野先生のお話を直にお聞きになり、きっと、「まだまだ手はある」と実感されたことと思います。諦めることなく頑張っていきましょう。(十分頑張っていらっしゃいますが)

施設にいると、観察という点では難しくなります。
私は生活記録を全部コピーして頂いています。1ヵ月分づつもらっているので、時差が生じますけど、だいたいの様子がわかりますよ。ご参考までに。
いつも応援させて頂いています。こちらこそありがとうございます。
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

↓セミナー情報はこちらをご覧ください。

「セミナー情報」

↓以前のセミナーでの報告原稿はこちらをご覧下さい。

「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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