2017 / 10
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よしおさんの循環器内科定期受診日は水曜日なのですが、今度はちょうどみつこさんの入院日と重なってしまいました。
そこで、担当の先生のもう1日ある受診曜日、土曜日の今日出かける事にしました。

ほんとは10時半からの診察だったのをうっかりして、朝ご飯が済む早々によしおさんをせっついて出かけました。9時半くらいには病院についていましたから、延延と待つことになりました。
それでも順番は10番。3分診療だとしても30分はかかります。待ち時間1時間に+順番待ちの30分。

椅子に座りっぱなしの1時間半はくたびれました。よしおさんもいい加減疲れてしまったようで、最後には薬をもらってくるまで待てないから、先に家に送ってと言い出してしまいました。

それにしても、椅子にじーーーっと座っている、みつこさんたち特養の住人さんは辛いだろうなと思います。
もちろん、お部屋にもどるのも自由なので、自分の意思で動ける人はいいと思いますが。

さて、診察になって、先日から手の指の浮腫みが気になっています。指を握り難いようで、しきりと手を見つめたりしています。

7月末の血液検査の結果では、BNPが28.8、基準値は18.4以下なので、高いことは高いのだけど、「心不全から浮腫むと言ったら、70とか80という値ですよ。」と言われました。
浮腫みはたんぱく質や、糖質の不足、それに運動不足と言う事でした。

よしおさんは心臓由来のものではないと言われた事でとても気が楽になったようです。
よしおさんにとっては、心臓疾患=死を意味するので、それをとても恐れています。
死そのものを恐れています。「まだ死にたくない」「もっと生きていたい」とはっきり口に出します。

そう思えるのは、89才にしては、とても恵まれた健康状態にあるからと言えると思います。
自分の身の回りのことは自分でできます。
認知症と言っても、短期記憶が悪い以外は何の困る症状もありません。

心筋梗塞で倒れた4年前も、当時85才でしたが、「90までは生きていなくては・・」と皆に言われて、「90なんて、後5年しかない。5年なんてすぐだ。」と不満そうに言っていました。

よしおさんの場合は、「生きていたい」「死にたくない」と思える健康状態であることに感謝しなくてはならないのかな。
というのは、よしおさんは不思議な性格で、ある種、(生への)諦めも潔いくらい凄いところもあるのです。
痛いこと、苦しいことには1分でも耐えられない性格でもありますし。


私自身は幸いにも死と向き合わなくてはならない状態になったことはありません。
だから、恐らく、89才で、死が身近になっているよしおさんの本当の気持ちを実感してあげることはできないのでしょう。

私が89才まで生きていたら、どういう心境になっているでしょう。
その時にもしかしたら、よしおさんの気持ちがわかるかもしれません。

今日は何だか禅問答みたいになりました。
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【】
よしおさの受診、お疲れ様でした。
お年寄りにとって、じっとイスに座っているのは辛いみたいね。パンドラさんの言うように、車椅子に座るのはもっと疲れるのよ。父なんか二時間も座っていると、お尻が真っ赤よ。おでぶだってこともあるけどね。笑

死への恐怖…
私も高校生のときにあった。夜寝るときに「このまま死んじゃったらどうしよう」と怖くなって、眠れななかった。それから時が流れて、10数年後には、「死への恐怖」という意味で、死刑囚の心境を知りたくなって、大塚公子の本をあさって読んだ。そのとき、夫に「死を待つ、死刑囚の気持ちってどんなんだろう?」と尋ねると、「死刑囚になってみたら!」と冷たくあしらわれた!苦笑
私って、へんなヤツ!!でしょ。
【*ちゃーさんへ】
ちゃーさん、書き込みありがとうございます。
私はすぐ脚がうっ血してじっと座っているのが辛いです。
よしおさんもじっとテレビを見ていたのだけど、30分越えたくらいから、もぞもぞしてきて横になりたそうでした。
特養では身動きできない人は食事が終ると、またベッドへ寝かせてもらったりしているけど、母くらい中途半端だと、日がな1日椅子または車椅子に座っています。
おっしゃるように車椅子は自分で動けないから余計辛いよね。
麻痺があれば余計ですよね。麻痺のある体って辛いのだろうね(今更何を・・ですが)。

ちゃーさんは高校生の頃から大人びていらしたのねぇ。
大塚公子さんて知りません・・・。
全然へんなやつじゃないよ。ご主人はとても現実的だけど(笑)
私はまだまだとても子供っぽかったです。
よしおさんへの確執、みつこさんへの確執といろいろあった中学生、高校生時代だけど、認知症だとわかった時に全ての想いは飛んで~~行きました。
【】
父も独語で「死ぬ、死んだ・・」みたいな事をずーっと言っています。昨日は「ワシ、いつ死ぬんや?」と聞かれ「それは神様しかわからないわ~」と答えると「ふーん」と。
元気な頃は、「死ぬのは怖くない」と言っていました。
三途の川も2回ほど見たらしく(笑)あの世の祖母に「まだ来るのは早い」と言われ、遠くで「お父さーん」と呼ぶ声が聞こえたと言っていました。
たぶん、今の死の恐怖の方が、本当の気持ちなんでしょうね。
フェルガードを飲んで、少し元気になり始めた頃から
頻繁に言うようになりました。
自分が「何でこうなったんや?」と聞く時もあるので、元気になる反面、現実がわかり、これでいいのかなーと思うときもあります。
これを飛び越える効果があったらいいのにな。

私も中学生の時「ノストラダムスの大予言」が流行り、眠れない日が続きました。
母に「地球が滅亡して死んだらどうする?」と聞くと「一人生き残るよりマシ」と言われ、「そっかー、そういう考えもあるかー」と気が軽くなった事を覚えています。笑
【パンドラさんandまきぽんさん】
パンドラさんへ
認知症になったとき、確執が消えた…人間が評価されるときだね。パンドラさんは素晴らしい!よ~。我が母は、子供の私を認めることがなかった人で、重箱の隅をつつくようにいつも文句を言われてました。そんな母が、認知症になったときは、病気だと分かっていながら、受け入れられなかったのです。グラマリールで落ち着き、フェツガードで改善していくうちにやっと、と言う感じですよ。フェルガードに出合い、ここでパンドラさん・きじとらさんをはじめ皆さんと出会い、お話さて頂き、ともに悩みながら情報を共有させていただいたお陰です。感謝の一言につきます。みんな、ありがと~~!
大塚公子…ノンフィクション作家。というか、「死刑囚の○○○」って感じで、死刑囚に関する本しか書いてないみたで、どちらかというと、死刑廃止論者かな?

まきぽんさんへ
お父様の詳しいご様子は存じ上げませんが、フェルガードで元気になられたのですね。お喜び申しあげます。
まきぽんさんも、死への恐怖?で眠られない夜を過ごしたことがおありなのですね。わ~~、私と同じ!(握手・ニギニギ!)
思春期の私はちょっと変わった子で、他の子のように芸能人(アイドル)に夢中になることもなく、かといって何かに没頭するというのでもなく、何を考えているのか、ちょっと怪しげな子でした。
「皆で死ねば怖くない!」のお母様にシンパシー!!
【変な奴比べ】
変な奴比べ、私も入れてください!
私は幼稚園児か小学校低学年のころ、実は今の私は、誰かの夢のなかの私であって、その人が目覚めたら私はいなくなってしまうのではないか?どうやったら、本当の現実と、実は夢の中でした!というのが区別できるのかなあ?これってすごく大問題だと思うんだけど、どうして他の人は悩まないの?と不思議に思った。別に悩みがあったわけでもないのに、昔から変な奴だった自分を、今、思い出しました。
もっと小さい頃は、恐竜図鑑というのを熟読し、私の先祖は、きっと恐竜か三葉虫だなと勝手に思い込み、じっと恐竜の顔を凝視したりしてました。
高校生くらいになったら、雑誌でエセ文化人が「やりたいことを見つけて云々・・」みたいなことを、書き散らしているのを見て、よう、ゆうてくれるワイ!やりたいことって何もないんですけど、悪いですか?どうしてほかの子はやりたいことが、いとも簡単に見つかるんの?変だなあ・・と思っていましたよ。
【*まきぼんさんへ】
こんばんは~♪

お父様はほんとに臨死体験をされてるんですよね!
だけど、フェルガード100を飲む前はそのことも忘れてらした。
なのに、フェルガード100を飲んで、元気が出てきたら、怖い想いを思い出された???のかしらね。
怖いことを思い出しても、でも、やっぱりお元気な方が良いね。

お母様のご意見、私も同感。
ひとりっきりではやっぱり生き残れないよ(ひ弱ですねぇ~)。
「ノストラダムスの大予言」って、私は幾つだったのでしょう。
【*ちゃーさんへ】
過大評価ですよぉーーーー。

みつこさんの認知症は、今になれば、アルツでは決してなかったのだなぁ・・・って思います。
あまりにも急激に悪化して、自分が誰なのか、どうしてここに存在しているのかがわからなくなっていって、その様を目の当たりにして、全てがぶっ飛びました。
それに厳しい人だったのに認知症になってからの滅茶苦茶度との落差があまりにも大きくて、哀れを禁じえなかったからね。

よしおさんは実父だけど、アルツ特有の憎たらしさ全開だったから、よしおさんの場合は確執が消えたのは、フェルガード100効果が出てきてからですね。訂正します(ぺこり)
それにもともと頭の巡りがよろしくなくて、ボケてるみたいなところもあったから、落差は小さいしね。←酷いこと言ってるわ。

大塚公子さんのこと、ありがとうございます。

私は12歳の時に実母が病死して、この世で一番大好きな人だったのに、亡くなったら、お骨とか、仏壇とかが怖くて、ひとりで留守番するのが嫌だったの。
なんて薄情な子だったんでしょうね。
とっても弱虫な子でした。
【*きじとらさんへ】
変なやつ比べ
きじとらさん、ダントツではありませんかーーー!!
自分は現実の人間か夢の中の人間か・・・なんて思う子、他にいるのかなぁ?
恐竜とか三葉虫に見入るというのは、わかる気がするけど、なんか、きじとらさんのこと想像できそうな気がしてきた。
お仕事、進んでますかぁ???
【本当はもっと変?】
そんなに珍しいですか?
妙なことを考えるというのは、小さい時から変わらないんですねえ。そういえば3歳くらいのときに、あーあ、退屈だなあ。おもしろくないなー。時間の経つのが遅くてまいっちゃうな!と思ったのを憶えている!私ってやっぱり、子供の頃から筋金入りの変な奴かもしれないぞ!
【*きじとらさんへ】
子供の頃は1日が長ーーーいですよね。確かに。
でも、「退屈だ」と3才の子が思うところが、すごく天才ぽいです!!!

私なんて、他所の女の人を母親と間違えて、後追いして泣いたことくらいしか覚えていないわ。
後は日がな1日、隣の「けんちゃん」と遊んでいたことくらい。。。
【】
パンドラさん、よしおさん、お元気だ~~

さて、今日はすごいことがありました、
きじとらさんと会っちゃいました。

きじとらさん、お話していただいたころころおばちゃんです。
今日は、お会い出来て嬉しかったです。
またよろしくおねがいします。

ということで、すごいでしょ。
【*ygraciaさんへ】
こんばんは~♪
認知症を学ぶ会にご出席だったのですねぇ。
きじとらさんとお話されたんですね。
すごいすごい、お知らせくださってありがとうございます。
会はどうでしたか?
後できじとらさんもご報告くださると思います。
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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