2017 / 10
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グループホーム入所の案内と2回目入院

ゴールデンウィーク直前にショートステイから自宅へ戻ってきました。
1回目入院から、2ヶ月ぶりのことでした。

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家に戻って、玄関を入ると、よしおさんは感激の面持ちでみつこさんを迎えてくれましたが、みつこさんはと言うと、昨日の続きのように、自然に家に上がって行きました。
猫たちの姿を見ると、とても嬉しそうでしたが、後は全く昨日の続きのような感じでした。

さて、それから3日くらいは、家の中の間取りがわからないようでした。
私は両親家に泊まり込み体制になりました。
夜、観察していると、10時頃から、眠ったと思っても、1時間くらいすると、むっくり起きて、どこかへ行こうとします。トイレに誘導しようとしても、素直にはなかなか聞き入れてくれず、手を振り払って別の部屋に行こうとしたりしました。

それでも、1日目よりは、2日目、2日目よりは3日目と言う感じで慣れていきました。
デイサービスも目一杯入れてもらって、何の問題もなく、楽しく行く事ができました。
家に戻ると直に落ち着いて、ショートステイでの大騒動は何だったのかと言うほど、普通になりました。

少し記憶が曖昧ですが、自宅で過している間に利用した介護サービスは、デイサービス(毎日)と、ヘルパーさんによる夕食の準備、介助、片付けのサービス(毎日)です。
みつこさんが入院前とは違って、たいへんな状態で戻ってきているので、ヘルパーさん導入に対してよしおさんの反対はなくなりました。それだけでなく、よしおさん、みつこさん、ヘルパーさんの3人で、食事中も話が弾むようになっていきました。

みつこさんは最初、会話に入れず、また、ヘルパーさんの介助は拒否するところがありましたが、それも少しづつですが慣れていきました。

当時の薬は大学病院精神科からの処方で、抑肝散3包、セロクエル0.3ml、アリセプト5mlでした。
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グループホームからの入所の案内は意外と早く、この連休開けには連絡が入りました。
5月7日、8日は、内科で胃カメラ検査の為、1泊入院の予定になっていましたので、グループホーム入所はその後の11日の予定にしました。

その間、グループホームへは、何度か足を運び、中の様子を再度、見せて頂いたり、理事長さんにお会いして、細かい詰めをさせて頂きました。
その頃から、最初の好印象とは、ちょっと違った、安全上の不安とか、理事長さんのお人柄への疑問などが浮上してきて私の中で、少しづつ膨らんでいきました。

当時、グループホームの方から言われていたことは、
  ■グループホームは認知症専門棟ではない。軽度認知症の人の共同生活の場である。
  ■あまりにも、帰宅願望が強く、いつまでも慣れなければ、考え直して頂くかも知れない。
  ■また、閉じ込める施設ではないから、外への散歩などは極力行きたい。怪我はある意味仕方がない部分も有る。その辺が理解できない方には、何が起きても文句を言わないということを一筆入れてもらいたい。
  ■あくまでも、お試し、、、ということで始めたい。
  ■ここは、あくまでも家庭の延長である。家の離れにいるのだと思って、できるだけ面会に来て欲しい。面会は24時間いつでもOK

というようなことでした。当時はこれらを好もしく思っていました。軽度認知症というのが、当てはまらないけれど大丈夫だろうかという疑問に対しては、それは試してみるしかないというお返事でした。
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連休中の家での生活も無事に終わり、胃カメラの検査の為、5月7日に一泊入院し、夜から絶食、8日の午後、胃カメラの検査をし、胃潰瘍もきちんと治っていること、異常ないことを確認して、当日退院しました。

夜は家で、久しぶりの食事をし、ゆっくり休んでもらいました。絶食の後、急に食事をしたことが悪かったのではないかと今は思っていますが、翌朝、訪ねて行くと、茶褐色の液体を多量に嘔吐していました。
隣の部屋で寝ているよしおさんは何も気付いていませんでした。
その時は、胃カメラで、胃に傷をつけたのではないかと心配して、退院したばかりの病院へとんぼ返りで、早朝時間外受診しました。

結果としては、原因不明の嘔吐による吐しゃ物を吸引したことによる、誤嚥性肺炎を起していました。
またまた、入院生活が始まり、グループホームへの入所は延期して頂くことで了解して頂きました。
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胃潰瘍での入院、退院後のアフターフォローを大学病院の内科に切り替えたのは、認知症の患者にとっては、入院はたいへんなこと、精神科と連携できる病院でないと、薬の点でも思うようにいかないという、先回の教訓を踏まえてのことです。

早速、精神科と同じ病院の内科へ入院する機会が回ってきてしまいました。
幸い、誤嚥性肺炎は順調に快復し、入院期間は約2週間でした。
ここでは、内科入院中にも、精神科の受診日には病棟へ診察に来てもらうことが出来ました。院内での様子をみて、精神科からの投薬も受けることができました。その点はたいへんよかったと思います。

こちらの病院は、つきそいさんを頼むことは、医師の許可があれば可能でした。逆に夜間は誰かについていて欲しいと頼まれました。ここでも前の入院と同様、午前中は家族がついて、午後と夜間はつきそいさんを頼みました。

病院の対応を比較してみると、良い所、悪い所、夫々様々でした。
前の病院は、付き添いは家族で24時間して欲しい、その代わり、ただ見ていてくれて、用事があればナースコールをしてくれれば良いということで、実際、とてもきめ細かく看護、介護してもらえました。
清拭、歯磨きも、若い看護師さんが毎日してくれました。トイレ介助も手伝ってくれました。
悪い点としては、精神科の薬がどうしても変えてもらえなかったこと。内科で管理していて、融通がききませんでした。

引き換え、大学病院の方は、薬の点では、精神科が独立して、みてくれたので、その点は良かったのですが、看護師さんの忙しさが上回っていて、看護も介護も、ほとんど何もしてもらえませんでした。
ナースコールをしても、緊急じゃないと「はーい」と返事ばかりでした。清拭も見た覚えがありません。シャンプーもなし、看護師さんの申し送りも上手くなくて、誰かがついているということがわかっているので、何もしてもらえないままでした。
良かったことのひとつは、パジャマが借りられたので、みつこさんの場合、日に何度パジャマを汚そうと、布団を汚そうと、一定の料金で、何度でも替えてもらっていました。

どちらの入院の時も、絶食期間が長く、それが解かれてからの、排便のリズムが狂い、排便の介助がたいへんなことになりました。この頃から、排便時に手や身体を汚すようになり、介護の転機を迎えました。

ちょうど、そうして、排便の後始末で大騒動をしていた時に、間が悪い事にグループホームから、施設長さんと看護師さんが面接に出向いて下さいました。排便後の大騒動の時は、当然ですが、機嫌が最高に悪く、人と会うなんてトンでもない状態です。ちょっとびっくりされたようで、みつこさんをベッドに残して、私が廊下へ出て、お話をしました。(続く)
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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