2017 / 10
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2007年4月、胃潰瘍が軽快して退院後、ショートステイで過して居た時のことです。
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病院へ入院時、かかりつけの精神科の薬は病院が異なるため、全てストップになりました。替わって、入院中の病院で安静を保つ為、不穏状態を落ち着かせる為に、別の薬が処方されていました。
それは、リスパダールとグラマリールでした。1日3度処方され、お昼の間はとろとろ、なのに、逆に夜は眠らないで、廊下を歩いたりするので、夜にはとんぷくとしての睡眠薬も処方されました。その為に、午前中は眠り続け、午後の2時頃にやっと何とか目覚めているという、昼夜逆転の状態でした。
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退院時にも同じ薬が2週間分処方されましたが、1日も早く、朦朧とした状態から脱して欲しかったので、私の勝手な判断で、全て止めてしまいました。
2007年4月4日に退院すると、その足でショートステイ先へと向いました。病院入院時の初期には帰宅願望が激しく、出て行こうとするのを止めるのがほんとに大変でしたが、退院時には既に家が分からない状態で、ショートステイに移っても、「家に帰る」と言う言葉は出てきませんでした。

このショートステイは認知症専門と言う訳ではありません。一応、1階は認知症状のない方、2階が認知症の症状のある方という風にわけられてはいました。みつこさんは2階の看護詰め所の正面の部屋にして頂きました。

病院の様に、付き添いさんが居るわけではないので、夜間が2時間おきに見回りはあるものの、ひとりの時間が長く、すぐに問題行動が始まりました。
夜、寝付けない、寝付いてもすぐに目が覚める。室内に洗面台とトイレがありましたが、水を流しっぱなしにする。トイレの蓋をガタガタ鳴らす。床暖房のスイッチをがたがた言わせる。トイレの蓋にガムテープを貼って使えなくされると、トイレを探して外へ出る。他の利用者さんの部屋へ入る。詰め所へ侵入する。食堂の椅子を引っ張って歩く。。。等等。
でも、こういった困った行動も、みつこさんにすれば、理由のあることばかりでした。

1日1回はお昼に訪ねるようにしていましたが、「昨晩は眠れた。」「昨晩は眠れず、たいへんだった。」と1日おきに一喜一憂するような状態でした。
薬はもとからのかかりつけの精神科で相談し、アリセプト、抑肝散、セロクエルを処方されていました。飲み始めてすぐに効果が現われるわけもなく、認知症への対応に詳しい介護士さんもいないようで、「困った、困った」と言われながら、日が過ぎました。

ここでの対応のまずさが、みつこさんの不穏に輪をかけてしまいました。一生懸命みて頂いていたことは充分理解していますが、認知症の症状に対応するためには、専門の知識を持った人でないと難しいということがよくわかりました。
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ショートステイに滞在しながら、本格的にしばらく落ち着ける所を探していました。
老健で2ヶ所、まあまあと思えるところをみつけてはいましたが、どうしても、決心のつかないところが、私の心の中にありました。

①老健では、健康保険が使えません。老健独自の医療で、医療自体はおまかせすることになります。
薬の持込は可能ということでしたが、他の医療機関にかかることはできません。アリセプトなどの高価な薬は出ません。薬を持ち込むと言っても、入所前に医療機関で出してもらった薬を持ち込むことは可能ですが、それ以上に続ける事はできません。

②認知症の軽い人、重い人で、棟がわかれているところがほとんどです。みつこさんの場合は重い方になります。階で鍵がかかり、他の階への移動は出来ません。閉じ込められているというイメージは強いです。
また、お昼の間はロビーに出されて、お部屋には戻れないように、部屋には鍵がかかっているところがほとんどでした。
お昼に寝てしまうと、夜眠れないからと言う理由が多かったように思います。

お昼にもお部屋で休んでいる人のいた老健が、まあまあと思えた2ヶ所です。

③認知症棟ということで、生活がかなり制限されているところが多かったです。
個室に入れるところは少なく、入れても、問題のある人が入るというところがほとんどでした。
荷物は、原則的に、何も部屋に置かない。職員が全部預かるというところと、着替えくらいは身の回りの収納スペースに置いても良い所とありました。

①②③の状態に、どうしても「これで良い」とも、「仕方がない」とも、思えず、決心しかねている頃、グループホームMの話を耳にしました。

グループホームは認知症であることが入所の条件なのですが、認知症は軽度で、共同生活ができなくてはいけません。介護度で言うと3がリミットとうたっているところがほとんどです。
グループホームMだったら、みつこさんでもやっていけるかもしれないと聞き、兎も角、一度見学をさせてもらおうと訪ねていきました。
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訪ねて行ったグループホームMは、9人×2ユニットの18人の認知症の人のお家でした。
理事長さん、施設長さんご夫婦が住み込みで、介護士の人数に入っていました。
1階と2階の2ユニットで、鍵がかかっているのは、玄関のみ。後の移動は自由です。トイレは各階2ヶ所。洗面所は共同。お部屋は個室。食事はできる限り皆で一緒。席は決められて、椅子に名前がついています。
お庭にベランダもあり、そこでおやつを頂いたりしています。
こじんまりとしているので、とても家庭的で、理事長さんをお父さんとした、大家族のようでした。

お話を聞きに言ったその日に、仮契約と言うか、入所の予約をすることに成り行きでなってしまいました。家庭的な雰囲気が、老健とは打って変わって新鮮で、こういうところに入所させたいと、躊躇いもなく、お願いすることにしました。
しかし、その時点でも、空きができるのにはどのくらいの時間がかかるかは未定だと言われました。
予想としては半年くらいだろうか、それまで、ショートステイで繋いでいけるだろうかとか考えていました。
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その頃、ショートステイでの生活は、慣れるどころか、日に日に、不穏度が増してしまいました。
お昼の間にも、他の利用者さんに因縁をつけたり、目が合うと「何故、見るのか」と怒ったり、掴みかかってしまったこともありました。ステッキも振り回すからと取り上げられました。
大声、暴力、と思ってもみない言葉を聞くことになりました。
それでも、「お昼の間は目があるので、まだ良いのですが・・・。夜間が困ります。」と、訪ねて行くたびに言われるようになりました。

トイレを探して外へ出る。他の人のお部屋に入って、中で排泄する。自分の部屋のベランダの戸を開け、外へ出る。他の人の部屋の扉をどんどん叩くからと、自分の部屋に閉じ込められたこともあり、その時は中から扉を叩いて、その音に負けて扉を開けた。「昨晩の介護士は、くたくたです。」と言われたり、「どうしたら良いでしょう?」と相談されました。
一度はお昼に、非常階段の鍵を開けて、外へ出て、車の通る道路まで出てしまったこともありました。

このままでは、どうにもならないと判断して、夜間泊り込むことになりました。補助ベッドを入れてもらい、同室に休みました。見ていてわかったことは、夜間にトイレに起きて、方向が分からず、ベランダを開けようとしたり、外へ出て、お風呂へ行こうとしたり、全て、トイレの場所がわからないから起きることなのだとわかりました。
私が同室に泊まって、起きた時にトイレ誘導すれば、問題なく、また、眠ってくれました。
私が泊まりこんだ3日間は、何事もなく無事に過ぎましたので、1日だけ付き添いさんを頼んでみましたが、その時は「あなた、誰なの。出て行って。」と、不安をかけ立ててしまいました。
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ショートステイ滞在中に一度だけ、自宅へ戻り一泊しました。自宅に戻ったのは2ヶ月ぶりでした。
自宅でも、ショートステイと同様に、トイレの場所がわからないし、夜も眠れなくて、見ていると、1~2時間おきに、布団から出て、あちこちうろうろしていました。トイレ誘導すればまた、布団に戻るをいうことを繰り返して朝を迎えました。
自宅で一泊した翌日、ショートへ戻る前に、約束のグループホームへの本人の面接に連れて行きました。この面接時にショートでの不穏な状態をお話しましたが、面接では、本人がかなりリラックスしていたので、「やってみましょう」と、前向きなお話になりました。

ショートステイ滞在3週間を迎え、ちょうどゴールデンウィークに突入で、この間はショートステイは予約が取れていませんでしたので、それより2日程早めにショートステイを切り上げ、自宅に戻ることにしました。
この時点では、ゴールデンウィーク開けには、また、ショートステイに戻る予定をしていました。
自宅での滞在もどうなることか、どうするか、私自身は不安な気持でした。
みつこさんは、家に戻っても、何の感慨もない、というか、昨日まで居たような感じというのか、違和感なく家に上がりました。(続く)
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【】
普段は、な~んにも仕事の話を家族にしてくれない妹ですけど、
自分の職場の認知症対応棟の話は少し聞いた事があります。上記の
記事にあった通りですね。
以前は仕事がつらいとよくこぼしていたらしいですが、3年間にスウェーデン
へ一週間旅行に行って、あちらの福祉施設でいろんな体験をしてから、
物の見方が随分変わった様で、今は仕事に励んでおりますv-217
パンドラさんの日記で妹の、家庭と仕事の両立の大変さがちょっと解って私にとってもはげみ??となります。
【】
「上記にあった通り」というか、
>階で鍵がかかり、他の階への移動は出来ません。閉じ込められているとい>うイメージは強いです。

この部分が印象的でしたね。こちらのブログは編集ってどうやるのでしょうv-12
【*かつよさんへ】
書き込みありがとうございますv-410

かつよさんの妹さんにとって、海外での見聞を広めることで、ご自分の仕事に誇りとやりがいを感じて頂ければ、私もたいへん嬉しいです。

私も家族が介護を受ける立場になって初めて、そういうお仕事に従事していらっしゃる方たちへの感謝の気持ちが湧いてきましたし、大変さもわかりました。

かつよさんにとっても、妹さんのお仕事のことを間接的にお知らせすることができて(?)良かったかな。
励みと言うか、理解が深まればよいよね?!

お役に立って(??)嬉しいです。

だけど、ほんとに、介護士のみなさん、ケアマネさん、皆さん親身になって下さって、頭が下がりますよ。
【*かつよさんへ】
ごめんなさい。下の部分見落としていました。
【コメント編集】ですが、私もうまくできていません。
今度調べてみますので、少しお時間下さい。

認知症対応棟は、こんな言葉を使っては差し障りがあるでしょうけれど、
敢えて言うなら「牢屋の様・・」とよく言われます。
ただ、ご本人たちは、よくわからない方が入っていらっしゃるので、
階から出られないことをわかってはいらっしゃらないと思います。
安全の為には必要だとは思いますし、中での対応はほぼ個別対応で
良いと思います。

ただ私自身は、その点に拘ってしまって、母の為にグループホームだったり、
認知症対応棟を持たない、特養を探して、今に至っています。
それが、本人にとって良いかどうかは実際はわかりません。
今のところは良かったと思っていますが、ここへ至るまでにも時間が必要でした。v-34
【【コメント編集】】
コメントの編集の仕方です。

【コメント編集】をクリックして頂くと、編集画面が出ます。
そこで、編集したら、PASSを入れて、下部の送信をクリックします。
それで、できるはずです。
私はできました。(以前には同じようにしても出来ない時もありました。その時によるかもしれません。時間をおいてやり直してみてください)
【特養の実習】
私は母の認知症が発覚してから、介護保険周辺のことが知りたくて、ヘルパー二級を取得しました。実習で近くの特養に行きましたが、入所者は自力でベットから降りれる人も多く、ほぼ全員が重症の認知症で、介助側にとっては対応の難しい方々でした。いつも奇声を上げている人、起きている間はずっと大声で職員を呼び続けている人もおられました。この特養は、なるべく薬を使わないように努力しているようでしたが、、薬を使わないのが本当によいことかどうか迷う場面もありました。職員さんが、「相当数の方々が夜は、激しく動き回ります。概して皆さん、睡眠時間が極端に短いです。よくそんなに毎日寝てなくて、大丈夫だなあと思うのですが、もしかしたが、昼間、目が覚めているようで、実は脳の中は眠っているのかもしれませんねえ。」と言ったのが印象的でした。
実習が終了して、父としみじみ話しました。、「将来、母の不穏症状が極端になったら、たとえ認知症状が悪化することが明白でも、自分は向精神薬を使うことをためらわない。」と父が明言したのが印象的でした。二年前、父の友人の奥様も認知症に罹られ、症状は当時の母とほぼ同じ位。でも現在では、暴言、失禁、徘徊、物盗られ妄想も激しく、一切の向精神薬をつかわない哲学をお持ちのご主人は、ただただそれに耐えているようで、見るのもお気の毒な状態であることも影響しているようです。
少しでも病気に良かれと思うのが肉親の情なのですが、私自身は冷徹な(もしかしたら、ちょっと冷たい?)判断をしなければならない日が、将来必ず来るだろうと覚悟しています。
それにしてもパンドラさんのお母様はラッキーでした。私は東京在住ですが、待機人数が多すぎて、母は特養には入れないだろうと今から覚悟しています。
【*きじとらさんへ】
きじとらさん、コメントありがとうございました。

ヘルパーの資格もとられ、特養での実習もされたのですね。
家族に介護の必要な人がいるからという理由で、ご自身でも勉強される方を他にも知っていますが、皆さん、ほんとに偉いなと思います。

認知症の周辺症状を抑える薬の使用については、きじとらさんとは少し違う気持でいます。
薬の量にもよりましょうが、薬によって、認知症が悪化するとは思っていません。
むしろ、少しでも穏やかに過せることで、認知症がよくなることはなくとも、進行には多少なりとも歯止めがかかるかもしれないとも思っています。

それに、薬の副作用(?)を恐れて、薬を使用しないで、周辺症状を我慢していることは、まわりにも、本人にも辛い以外の何でもないように思います。
薬で拘束するという意味ではなく、コウノ先生のおっしゃる天秤法で、上手く抑えられる薬と量をみつけることが大事だと思っていますが・・・。

特養への入所については、また、後日記事にしようと思っていますが、地域差はきっとあることでしょう。
私の場合は愛知県、待機人数120名と言われました。
何よりも介護者の状況がどうかということが、最優先ですので、そのへんをアピールすることが一番大事だそうです。

リンクの「二人の父の雑記帳」さんをたいへん参考にさせて頂きました。

きじとらさんも、諦める事はないと思うし、今から準備することはできると思いますが、あまり早く準備することでもないと、母を見ていて思いました。
状況の変化を逃さず、主な介護者が倒れる前に手を打てたらと思っているんですよ。

言葉の足らないところ、誤解をまねくようなところがありましたら、ごめんなさいね。
お母様、お父様にとって、一番良い経過を辿られますように。
【おそるおそる書きました】
パンドラさん、お返事ありがとう。
実は私は周辺症状にはそれに対応する薬を積極的に使おう派です。ただこれをはっきり言うと、誤解されたり、気を悪くされる方が多く、歯切れの悪い文章になってしまいました。父は友人の奥様の件がなければ、絶対反対派になっていたでしょう。

つい先ごろコウノ先生の病院へ、私一人で写真や資料をどっさり抱えて行って来ました。先生の診断では中期ということでした。先生からは、今の服薬体制がいちばんよい(褒められました・・何だかほっとしました)。もし次の段階に進んだら、この薬を!という指示だけいただきました。現在、母が服用中の漢方煎じ薬も、そのあたりを強く配慮た構成になっています。

私が母の認知症に対応するとき一番参考にしたのはインターネットでした。最初の数ヶ月は、仕事そっちのけで一日に5、6時間も情報を探しまくったものです。「二人の父の雑記長」は早速拝見します。

みちこさんやよしおさんが少しでも楽しい老後を、そしてパンドラさんも楽しい日々を過ごせることを祈ります。
【*きじとらさんへ】
きじとらさん、勇気を出して、再びコメントありがとうございます。

以前のコメントでは、お薬に対して積極的な発言をされていましたので、今回はどうしてなのかな? と思って、そのまま書いてしまい、心を傷めていらしたら、ほんとうにごめんなさいね。

不特定多数の方に公開しているブログなので、いろいろなご意見の方がいらっしゃるのは、承知しているつもりです。

私は、私の気持ち、私のよしおさんや、みつこさんへの対応を反省も踏まえて、ありのまま書いています。
私が書いている内容に対して、気分を悪くされる方は確かにいらっしゃいます。
でも、私は私のやり方をどなたにも押し付ける気持はないし、逆に人に言われたからというだけの理由で変えようとも思っていません。

ただ、ご意見は伺いたいし、もっと良い方法があれば、試してみたいとはいつも思っていますから、聞く耳は持っているつもりです。
それも、今は余裕ができたから言えることですけど。渦中の時にはそういうゆとりもないですもの・・・。

ということで、きじとらさんは、はるばるコウノ先生のところまで、受診にいらしたなんて、何て優しいお嬢さんでしょう、と素直に思います。
ほんとに、良かったですね。直接コウノ先生からお薬を教えて頂けば、どんなにか安心ですよね。

うちは、よしおさんが、そういうことに関しては、知識もないし、非協力的で、相談などできる状態ではありませんから、半ば諦めているところもありました。
よしおさん自身も受診の必要のある人だもの・・・。
私として、できるだけのことをしたら、最後は「これがふたりの運命なんだ」というところに行き着いてしまいます。
そういう状態を歯がゆく思われる方もあれば、逆にやり過ぎと思われる方もあり、それはそれで良いのだと思っています。

お互いに頑張りましょうね。

また良かったら、いらして下さいね。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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