2017 / 11
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みつこさんは最後の入院で、末期の癌がわかり、積極的治療はしないことになりました。

施設入所中のことでしたので、入院が3ヵ月を越すと、退所しなくてはなりませんでした。
一方、治療をしないということになると、病院も退院(もしくは転院)しなくてはなりませんでした。

とても手厚く介護をしてくれている施設でしたし、介護士さんたちスタッフは個人的感情としては、皆さん、「みつこさん、早く戻っておいでね。」と言ってくださいました。毎日誰かがお見舞いにきてくれて、「早く戻っておいでね。」と言いつづけてくれました。

私も、後は介護だけの状態であるのならば、介護ではより優れている施設へ帰りたいと申し出ました。私は医療とどう係ればよいのかとか、最後の時までに、みつこさんにどういう変化が訪れるかとかを深く考えず、安易にセンチに考えてしまいました。みんなの待っててくれる施設に帰りたい、施設に帰ったら、少しでも食べれるようになる、お風呂も入れてもらえる・・などと。

施設側は、看取り介護状態であるということで、施設関係者の反応は、直接かかわりのあるスタッフの人たちと同じではありませんでした。みつこさんのことを受け入れたい気持ちは十二分にあるけれど、それには、充分な準備が必要で、気持ちだけで、受け入れることはできないと言われ、準備に奔走して頂くことになりました。


方法はふたつにひとつでした。

ひとつは、「看取り介護」契約をして、施設へもどる。それを実行するための施設側からの要望(病院に対しての)は、患者家族が病院と訪問診療及び訪問看護契約をして、施設へ往診をしてもらうこと。もし、それをしないで、ただ治療することがないからと、退院して施設へ戻れば、施設は重体の人を、通院介助しなくてはなりませんし、急変した場合にはどうするのか、救急車を呼ぶのかどうか、家族の判断を待たなくてはなりません。

ふたつめは、他の療養型病院、あるいはホスピスに移ること。その時の病院も3ヵ月までは居られますから、その間に移動先を探すことになります。幸いみつこさんの病院はホスピスを併設していましたから、それも可能でした。その場合施設は退所することになります。

私は「看取り介護」契約をして、施設にもどり、病院から訪問診療、訪問看護を受ける道を選びました。退院して最初の1ヵ月は、お風呂に入ることもでき、病院では一口も食べられなかったのが、上手に介護してもらって、少しだけ食べたり、みんなに「ありがとう」と言えたり、1ヵ月を過ぎて、容態が悪化してきてからも、訪問看護と診療と施設の介護とで、きっちりと看てもらうことができ、本当によかったなと思えました。

ほんとうに最後の最後の一日を除いては。

急変したのが、土曜日、その週末、主治医は学会出張中。
訪問看護師は夜間休み。それもみつこさんがお願いしていた期間だけ。
施設看護師も夜勤はない。

私ひとりと、2時間おきに巡回してくれる、夜勤の介護士さんだけの中、
みつこさんは肝臓腫瘍破裂の激痛に苦しみ抜くことになりました。
その一部始終を知っているのは、私だけなのです。

そういう最後が訪れる可能性は主治医から説明を受けていて、
その時は病院対応をすると言われていたのです。

結局、施設へ戻ることのメリットもディメリットも両方引き受けることとなりました。
こちらの方がメリットが多いという賭けを打っていたのかもしれません。

ずっと、最後の日のことは私の頭から離れず、自分を責めることになりました。
ホスピスに入っていれば、この苦しみを与えなくても済んだのに・・・と。

でも、苦しんだのは、私だけでなく、
その日、夜勤だった、介護士さんもなのだと最近思うようになりました。
彼女も苦しい想いをしてくれていたのだと思います。葬儀にきてくれて、「あの時、もうちょっと○○していたら・・・」とつぶやいていました。「もうちょっと○○」は聞きとれませんでしたが、最後の夜の対応のことを言っていたことはわかります。彼女には少しも落ち度はないのです。

もしも、ホスピスを選択していたならば。

ホスピスも見学に行きました。施設の中ではモルヒネが使いにくいとか、夜間の看護師不在、訪問看護が夜間受けられないことが支障と感じられる時がきたら、ホスピス転院も検討するかもしれないと思ったからです。

みつこさんのように、重い認知症で意思疎通のできない人には、誰かのつきそいが必要でした。ホスピスは、介護施設ではないから介護士さんはいません。看護師さんがある程度のことはしてくださいますが、手の足りない時には看護師がつきっきりとはいかないと説明を受けました。その点は普通の病院と同じなのだと感じました。

私が、何ヵ月になるのか先が見えないのに、よしおさんを自宅に置いて、みつこさんの介護にホスピスに詰めるのはできないと考えたことも、ホスピスを選択しなかった理由のひとつにあります。
主治医の、「みつこさんは意思疎通ができないので、慣れた施設の方がいいでしょう。」という言葉に後押しされたことも理由にあります。

あまりにも重い問題で、考えても結論は出ません。後悔しても元には戻れません。
どうしたら良かったのかも、本当のところは答えはないのでしょう。
ただ、その時には知らなかったことが一杯あって、目隠しをして藪を分け入るような感覚でしたから、これから家族が看取り介護を受けるかもしれない人にとって、ぼんやりした輪郭だけでも提供できたらと思います。


次回は「施設にとっての看取り介護」について、感じたことをお伝えします。
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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