2017 / 06
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お悔やみコメントを頂きまして、誠にありがとうございます。皆さまのお気持ち、たいへん有難く思っております。おひとりづつお返事をさせて頂きますので、今しばらくお待ちください。

4月20日、午前一時半、まだ私はベッドへもぐりこんだばかりでしたが、携帯が鳴りました。
よしおさんの呼吸状態が悪いので、病院へ来て頂いていた方がよいかもしれない。」という連絡でした。私と夫とふたりで、しばらく戻れなくともよいようにして、病院へ急ぎました。

病院へ着いてみると、少し落ち着いたところということでしたが、意識はないまま、手を握っても握り返すことはもちろんありませんが、温かい手をしていて顔も赤く、ただ息だけがあえぐような肩から上だけの呼吸でした。血圧が40くらいから80くらいをいったりきたり、酸素マスクの中で呼吸も止まりそうになったり、深い呼吸にもどったりを繰り返しつつ、少しづつ下がっていきました。

朝6時になり、夫と交代で一旦家に戻ることにしました。先に私が戻り、1時間ちょっとで交代しました。病院へ来てみると更に少し下がっており、モニターの警告音が部屋の外にももれ響いていました。朝の病院の始まりの時間になると、師長さんが来て下さり、冷たくなり始めた足を温めたりしてくださいました。主治医の診察もあり、輸血から血栓ができやすくなり、呼吸中枢である脳幹に梗塞を起こしたらしいことを説明されました。

夫に早く戻るようにと電話をした頃にはすでに瞳孔も開きっぱなしになっていました。夫が部屋に戻って来たころには、呼吸が頻繁に0になる状態で、もう盛り返すことはなく、彼を待っていたかのように息を引き取りました。その時が9時30分頃。主治医の死亡確認がなされたのが9時44分でした。

眠ったまま息が途絶えていったよしおさんは、眠ったままの本当に安らかな死を迎えました。あれだけ死を恐れていたよしおさんが自分で選んだ、怖くない逝き方だったのではないでしょうか。

恐らく梗塞が始まっていた15日くらいから、よしおさんは両手を胸の上で組み、口をもぐもぐと動かしていました。恐らくその時によしおさんは彼岸へ帰ることを認識したのだと思います。口のもぐもぐは絶対に「南無阿弥陀仏」だったと今は思います。

何故、胃潰瘍がみつけられなかったの?
何故、輸血をもう少し早めに止められなかったの?


いろいろな何故が浮かんでは消えましたが、いつも思ってきたように、きっとこれがよしおさんが選んだ方法だったのだろうと思う事にしました。

吐血後に移った自分の個室で体を清めてもらい、そのままその部屋で休ませてもらった後、主治医をはじめ、たくさんの病院関係者に送られて病院を出て、お昼前にずっと帰りたかった自宅へ無言で戻りました。


今日のなんくるカード
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ティーダの心

まんまる 太陽 わたしの心
ティーダ 輝く いつまでも
明るく 強く まわりを照らす。


   *ティーダ:太陽
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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