2017 / 06
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お悔やみコメントを頂きましてありがとうございます。
心からお礼申し上げますとともに、感謝しています。
やはり、前に頂いた分についてはおひとりづつにお返事書けそうにありませんが、ごめんなさい。
どうかご容赦お願いします。

10月17日、18日と家族と近い親戚で仮通夜
10月19日 お通夜
10月20日 告別式

親族と親しい人とで、無事みつこさんを、もう苦痛のない懐かしい人々の待っているあちらの世界へ送り届けて参りました。大島つむぎの着物を着せてもらい、薄化粧を施されて、お出かけするように旅立っていきました。


ずっと書き続けてきた、この日記、辛いことも、苦しいことも、赤裸々に書いてきました。最後のところで抜けてしまってはみつこさんの意思に反するようにも思えます。漏らさず書いていこうと思っていますのでよろしくお願いします。

今日は最後前日のことについて書きます。どの一瞬も自分の意思に反する生き方なんてないと思えば、みつこさんの最後の一日もみつこさんの意思だったのだろうか、みつこさんが選んだ一日だったのだろうかと、私は今も問い続けています。



16日未明は眠れていました。しかし、朝から急変していたそうです。私は午前中何をしていたかというと、、、家族葬の会場となるお寺を見せてもらっていたのです。何ということでしょうか。もしも危篤状態だとわかっていたら、そんなことができるはずはありません。でも、これは虫の知らせというものに違いありません。みつこさんの旅立ちが遠からずあることはわかっていて、その時には温かい送り出しがしたいと思っていたのです。

午後一番で施設へ訪ねると、訪看さんが来てくれているところでした。朝から足にチアノーゼが出ていて、四肢が冷たく、膝が赤紫になっていました。足先にはレンジで温める保温剤を入れてもらい、足を毛布でくるんでもらっていました。顔は黄疸が出ていました。体にも出ていたそうです。目を閉じていましたが、苦痛に耐えている風ではありましたが、苦しみ悶えているということではありませんでした。施設看護師さんからの連絡で訪看さんがきてくれていました。「体内で出血があるのではないか」ということで、病院に戻り、どなたかに往診を依頼することになりました。主治医の先生は土日学会出張だったのです。

しばらくすると、乳癌の手術を執刀して下さった、外科の先生が往診して下さいました。みつこさんの顔を覗き込んで、「意識がないわけじゃないんだよ、苦しさを訴えない人だから、我慢してみえるんだよ。モルヒネを使える?」と訪看さんにお尋ねになりました。機械を使った痛み止めは、介護士さんでは操作できないそうで、家族はできるのだそうです。「私が操作できるのなら、今夜泊まります。」と言ったのですが、あまりの急なことに、主治医不在の状態で、誰もそれに頷く人がいませんでした。結局、先生が静注で、ステロイドと痛み止めを入れて下さいました。その時も点滴を点すのが痛いと言って、みつこさんは手を引きました。かなり力はあり、危篤状態とは思えませんでした。

それが土曜日の午後で、日曜日から月曜日の朝までもつように、舌下タイプの痛み止めが処方され、それで対応することになりました。この時点では月曜日の様子をみて、入院対応にするかというふうに考えていたのだと思います。注射のあと、一旦は落ち着いた風で、眠ることができていました。先生がお帰りになった後、訪看さんが舌下タイプの痛み止めを持ってきて下さり、1回、口を開くのを待って舌下に入れてくれました。この時点ではまだ眠りこんで口を開くことがあったのです。

この夜は介護士さんが舌下タイプの痛み止めを時間を決めて入れることになり、私は夜泊まり込むことに決めて、よしおさんのこと、家のことを始末するため、夕方一旦家に帰りました。帰る前の状態はチアノーゼは膝の部分を除いては軽快しており、足も温めてもらって、冷感はなくなっていました。血圧は60に下がっていましたが、これは再度測り直してもらって、70~80には改善しました。

家に戻り、よしおさんの夕飯は用意したのですが、翌日の朝ご飯、薬などはどうしたのか、全く記憶がありません。恐らく抜きになったか、よしおさんがアイスクリームとか、ご飯にうにのビン詰とかで済ましたのかもしれません。私自身は菓子パンを持って、お風呂に入ってから施設へ向かいました。施設ではみつこさんと枕を並べて補助ベッドを用意してもらってありました。みつこさんの横には痰を取る機械が用意されていました。少量痰がからむようになっていました。

夜8時になると、その日の夜勤のユニットのチーフの女性介護士さんが部屋を訪ねてきてくれて、今夜12時と朝6時に舌下薬を入れることになっていること、吸痰、体位交換、オムツ交換に2時間おきににくることなどを説明してくれました。

みつこさんはというと、次第に息が荒く、速くなり、苦しそうにじっと目を閉じていました。口も力を入れて歯を食いしばるようになっていました。12時に、2人がかりで口をこじ開ける形で舌下薬を入れてくれました。痰も少量からんでいるようなので、とってもらいました。オムツを見てから体位を変えると、呻くように苦しがりました。片手は常にそけい部に置かれており、腹部で何かがあったことは確かです。みつこさんの顔をなでると、顔は冷たかった。私は「朝まで頑張ろうね、朝になったら看護師さんに来てもらおうね。」と励ましているしかありませんでした。(続)


今日のなんくるカード
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めんそーれ

心を込めて めんそーれ
いつも笑顔で めんそーれ
ようこそ地球へ めんそーれ。


   *めんそーれ:いらっしゃい
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【No title】
この度はお悔やみ申し上げます。
お母さまは本当に幸せでしたね。

まだお父さまの事がありますけど・・・パンドラさん、
自分の事を大切にされて豊かな人生を送って欲しいって
切に思います。
しばらくはご多忙かと思いますが、お身体壊しません様に。
【*かつよさんへ】
お悔やみのお言葉ありがとうございます。
私自身のこともご心配頂き有り難く思います。
元気に生きていきます。
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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