2012 / 03
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東別院

よしおさんやみつこさんではなく、50年前に亡くなった私の実母の納骨を、やっと、してきました。「何故に今頃まで・・」と問われても、何とも答えようがありません。言い訳めいたことを話してもしかたがありませんから。

ただ一つ言えるのは、「お母さん、これまで、私のあれも、これも、見守ってくれて、本当にありがとう。」という感謝の気持ちが、自分の深いところからわき上がってくるような感じがしたこと。そして、もう一つは、今朝起きると、ずっとコリにコッて、首も肩も痛くて回せなかったのが、不思議と、すっと楽になっていたこと。体は正直だから、私が重く感じていた荷物、お母さんに申し訳がないと心に責めを追っていたものが空の彼方へ飛び立っていったことを教えてくれたのでしょう。

遅い春がやってきて、桜がうっすらピンク色になり、青い空に映えていました。

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みつこさんも、よしおさんも、葬儀の時にお世話になった、葬儀社の元社長さんのブログの記事にご自身のお母上がお亡くなりになった時の記事があります。つい最近のことです。そこにはいつも冷静で、温厚な方なのに、憤りが隠せなく、溢れています。

オフィスシオン たそがれ日記 平成24年3月10日 「母」

あぁ、この方でも、そうなんだなあと、感慨深く思いました。家族の死に直面した時に、その場で関わった人たちに対して、憤りを感じることは、割とよくあることではないかと思います。ひとりの人の死はとてもとても重い、厳粛なもので、特に家族にとっては、その人の死は生涯に一度きりのことですから、ナーバスの限りにあります。その時が思いもかけず突然に訪れたのならば、尚更です。

もしかすると、医療関係者、高齢者と接している施設関係者さんにとっては、「今日もまた・・」的に慣れっこになっていることなのではないでしょうか。医療面、対応面で、落ち度があるかという問題ではなく、気持ちの問題です。地球より重い、かけがえのない命が、今ひとつ消えようとしている時に、それに相応しい敬意を払って下さっているだろうかと問いたい気持ちになります。

私もむっとする思いの経験者です。よしおさんの呼吸状態が悪くなり、廊下にも、ナース室にもチンチンという警告音が響き渡っていた時、病室には家族だけでしたが、いよいよ呼吸が止まりそうになったので、ナースコールをしました。マイクの向こうから返ってきた声は「はい、どうしました?」という紋切り型のものでした。ナース室には担当外の人しかいなかったのかもしれません。それにしても腹立たしくて、私はその声には答えませんでした。

少し前のことですが、「ドクターG」というテレビ番組がありました。研修医数人で、ひとつの難しい症例(すでに解決している症例)の診断を指導医の元でカンファランスを開いて考えていくという番組です。

救命救急の現場での症例を診断するという番組の時に、最後に指導医の方がおっしゃった言葉がとても印象的で、感銘を受けました。
「救命救急の現場では、どんなに手を尽くしても、患者さまがお亡くなりになることは多々あります。その時に、ご家族から詰め寄られること、時に罵倒されることもあります。急な事故や病気で愛する人を亡くした家族にとって、その行為は当たり前の行為である、決して理不尽な行為ではないと理解してください。」というものでした。医療に携わる人が皆、そういう気持ちを持っていてくださると、家族としては救われると思います。

自分も逆の立場に立つことはあり得ます。全ての人が、相手のおかれた状況、立場にたって、相手を思いやれる気持ちを持てたならば、無意識のうちに相手の心を刺すようなとげとげを、そぎ落とすことができるのではないかと思いました。
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認知症があると、医療を受ける面で、いろいろとたいへんなこと、悔しい想いとかをすることがあることは書いてきました。その、たいへんなことの中で、今日は介護面での「お下」のお世話のこと、特に認知症の陽性症状がある場合のことを書いてみます。

具体的にはみつこさんとよしおさんのことが一番実体験として深いので、みつこさんのことで書きます。

一番大変だったのは、アルツハイマーと誤診の上、せっせとアリセプトを飲み続けていた時期です。
その時点で、みつこさん自身には認知症という認識は全くありませんでしたから、自分は主婦だから(それは分かっていました)、家のことは全部自分が管理していて、私やヘルパーさんが主婦業を変わってしているのはどうしても納得がいきません、ましてや、何で入浴を介助されたり、おトイレを介助される必要があるの?っと思っていたのだと思います。

便秘が酷かったので、トイレに立てこもり、あちこち汚します。トイレに行こうとする時に介助しようとあの手この手を使ってみても、なかなかトイレに同行することができず、目の前でトイレのドアをぴしゃっと閉められてしまいます。運よくというか、力づくで、トイレに同行したとしても、或いは頑張っている最中に中へ入ったとしても、「何すんのよっ」っと、汚れた手で顔パンチされたり、足蹴りされたりしました。

後に、汚すのが自分の体とトイレ内部だけでなく、お風呂場で頑張って自己嫡便し、その手でシャワーを握り、汚物を流そうとしたり、汚れた足で畳を踏んで、お布団に入ったりしたり、自分も混乱し、どうにもならず不貞寝するようになりましたが、それでも、体を清潔にしようとしても、とてつもない力で拒否されたりしました。結局、興奮している時には手がつかず、みつこさんが疲れはててぐったりするまで待つしかなかったのです。

当時、それが認知症の陽性症状の興奮状態なのだということに気がつきませんでした。そんな状態の中で、一生懸命いかに上手く介護するかということばかりを考えていました。排泄が上手くできなくても、トイレの場所が理解できなくても、拒否がなくて、後始末を静かにさせてくれたら、大変さは格段に少なくなります。そういう状態ならば介護職の方の手を借りることもできます。

そのことが理解できたのは、フェルガードを飲むようになって、半年待たないくらいの頃です。当時は施設にお世話になっていましたが、施設でも当初はトイレ介助には殴る、蹴る、かみつくの3段階で抵抗をしていましたが、やがて興奮が抜けてくると、笑顔で素直に介助が受けられるようになりました。介護士さんたちの努力も勿論、十二分にありますが、それだけではないことは明らかです。

暴れん坊のピック病だったみつこさんだからこそ、その興奮を抑えることが、何よりも第一優先で大切だったということです。
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
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