2010 / 10
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よしおさんは27日から3泊4日で予定通りショートに行っていました。
ほんとうはこの10月末のショートがきっとみつこさんとの最後の逢瀬になるだろうから、いくらよしおさんが「寝てるなら、まあ、ええわ。」と言っても、無理矢理でも会わせるつもりでいたのです。今のよしおさんは記憶が非常に曖昧模糊としてきましたので、何も無理にみつこさんの最後の辛い姿を見る必要はなかったかもしれません。

ショートへも嫌がらずにすんなりと出かけてくれました。スタッフの皆さんが気を使って、「よしおさん、寂しくなったね」と慰めて下さると、「ありがとうね」と声を震わせていました。ショート滞在中、みつこさんのいない施設には私も一度も足を運ばず、今日お迎えに行ってきました。

台風の心配もあったので、少し早めに施設へ着くと、皆さん、映画(3丁目の夕日)観賞中でした。よしおさんも映画を見ていたので、終わるまで待つことにしました。その間に喫茶室へ行って、ベランダに出て牧場のコスモス畑を眺めたりしていました。

喫茶室の向こうは医務室があり、その向こうはみつこさんの居たユニットです。遊びに来て下さいねと言われていたけれど、とてもじゃないけれど足を踏み入れることもできません。誰かの顔を見たら涙が溢れそうです。


家に帰宅したよしおさんと、今日は早めに二七日の法要を家族3人でしました。よしおさんがお焼香をした後、お経を読んでくれました。途中で嫌になって、「まあ、このへんで止めとこ」っと途中ストップになりましたが、昔とった杵柄というのか、お経本を渡すとちゃんとよめるのです。きっとみつこさんもよしおさんにお経をよんでもらうことになるとはと、大笑いしていることでしょう。

遺影を見上げて、「この写真は若い時かね?」と聞いていました。知的なみつこさんの姿はよしおさんには遠い昔のことだったのでしょう。10年前の写真を使いました。認知症の影が忍び寄ってきていたころのものです。傍目には全くそういうことは感じられなかったころです。

よ「お母ちゃんはいくつだったんだね?」(没年齢のこと)と聞くので、85歳よと答えると
よ「85なら、しかたないな。まあ、きっと極楽へ行ったわ。」と自分を納得させているふうでした。
パ「お母さんが仕方がないなら、お父さんはどうなの?」と聞いてみると・・・
よ「私は長生きし過ぎた・・」と、よしおさんらしからぬ答えが返りました。
寂しいのだな~と思います。たとえ娘の私がいても、90歳を超えてひとり取り残された男の悲しさでしょうか。


みつこさんが逝ってしまう3日程前のこと、「こわい」とつぶやきました。
私はみつこさんの顔にほおずりして、「何もこわくないよ。(みつこさんの)お母さんや、○○ちゃん(みつこさんの姉)が迎えに来てくれるから」と言って涙したのでした。私は一度もみつこさんを引き留めなかったので、だから、みつこさんは最期に立ち会わせてくれたのだね。

もう今はみんなに会って、軽やかに自由になっていることでしょう。後少しよしおさんのことを守っていてくださいね、みつこさん。


今日のなんくるカード
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宇宙のひとしずく

あなたは 宇宙の ひとしずく
宇宙の花火が はじけとぶ
いつかは きっと 星になる。

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みつこさんの法名の一部に「」の字と名字の一字が使われました。
それは「めでたいきざし」という意味があります。

この文字で表された天女は、「福徳をさずけるという美しい女神」という意味があります。

何という晴れやかな法名でしょうか。
何と、みつこさんに相応しいことでしょうか。
説明を聞いて、とても嬉しくて、気持ちが晴れ晴れとしました。


施設を出る時にもお別れに来て下さった介護士さんたちがいらっしゃいましたが、
通夜や葬儀にも多くの方が参列して下さいました。
施設へ片付けに行った時にも、挨拶に駆け寄ってきて下さった方もありました。

皆さん、口々にみつこさんの「笑顔」を褒めてくださいました。
そして、「みつこさんからたくさんのことを勉強させて頂きました。」ともおっしゃって下さいました。

認知症の改善を目指して努力していた私とみつこさんの取り組みが皆さんを動かし、
次の世代の住人さんに活かされていくとしたら、何て嬉しいことでしょうか。



みつこさんが亡くなった朝、私は前日から施設に泊まり込んでおり、よしおさんと夫は家に居ました。
朝、私が夫に電話で、「すぐには帰れないと思うから、よしおさんにひとりで待っているように伝えてから出かけて来て。」と頼みました。

みつこさんの亡きがらと共に帰宅した時に、何も知らなかったよしおさんはどんなにショックを受けたことでしょうか。

その時のことを葬儀社さんがブログに記して下さいました。
おじいちゃんの涙」(10月19日)というタイトルの記事です。
ご覧頂ければ幸いです。

みつこさんの葬儀はささやかでしたが、とても温かいものでした。
それは私の希望したとおりのものでした。
こういう記事を書いて下さる社長さまだからこそ実現できたのだと思います。
それもきっとみつこさんの手配でしょう。

2005年の旧日記から書き続けてきた、両親の介護日記(ふたりの介護)ですが、
とうとうよしおさんひとりになりました。
これからは、毎日の更新は無くなると思いますが、
時折よしおさんの様子をお伝えしたいと思っています。

時々は覗いてみて下さって、
今までと変わらずお付き合い頂ければ嬉しいです。



今日のなんくるカード
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ミルクユガフ

心はいつも 弥勒世(ミルクユウ)
穏やか 豊か 満ち足りて
実り溢れる いつまでも。


   *ミルクユガフ(弥勒世果報):弥勒がもたらす豊穣の世界
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葬儀の時に述べようと思っていたご挨拶ですが、
これまで私とみつこさんを応援して下さったすべての皆様に
宛ててのメッセージでもあります。


       ご挨拶

本日はお忙しい中を 母の通夜(葬儀)にご参列賜りまして、
誠にありがとうございました。
高齢の父に代わりまして、養女の私がご挨拶をさせて頂きます。

私は今、母と私で闘ってきた10年の日々を思っています。
母は西暦2000年頃から認知症の兆候があり、
当時から治療も受けておりましたが、
2007年には在宅で過ごすことが困難になり、
特別養護老人ホーム「○○○」さんでお世話になることになりました。

「○○○」さんでの献身的な介護と、この年運命的な出会いをした、
現在の長○手○クリニックの岩田先生の適切な治療により、
一旦は見違えるほど落ち着くことができ、
以来穏やかな日々が流れておりました。

しかし、2010年に入りますと、体調が落ちて参りました。
7月に誤嚥性肺炎で入院しました時には、
すでに転移をしている癌がみつかりました。

身体的状況から積極的な治療を断念して、
「○○○」さんの部屋で最期の日々を過ごすことを決めました。

それから、2ヵ月弱、
愛知○○病院の先生方、
訪問看護ステーション「○ま○」の皆さま、
「○○○」の看護師さん、介護士さんたち、
長○手○クリニックの岩田先生に支えられ、
穏やかに静かに今日の日を迎えました事を感謝しています。

自分の意思を伝えることのできなかった母の魂は、
今は笑顔で皆さまにお礼を申していることと思います。

認知症のために言葉を失っていたのに、
ありがとう」と「ごめんね」の言葉を
幾度となく私に残してくれた母を
私は心から誇りに思っています。

10年に及ぶ戦いの最後を、
母を褒めたたえることでしめくくれたことを
心から嬉しく思い、
ご挨拶とかえさせて頂きます。

ありがとうございました。
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実際のご挨拶は、固有名詞を省き、
闘いという言葉を省き、
施設に入所してからこれまでの経過を簡単に説明して
お世話になった方にお礼を述べ
これからは老齢の父を支えていくので、
よろしくお願いしますと述べるにとどめました。



今日のなんくるカード
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ありがとう

ありがとう アリガトウ
有難う サンキュー
胸から あふれて ニフェーデービル。
   

   *ニフェーデービル:ありがとう

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2010年10月17日(日)のことです。

(続)時が17日に変わり、薬を舌下してもらった後も荒い息遣いは続いていました。

私の記憶もすでに曖昧になってきましたので、正確ではないかもしれませんが、2時と4時に見回りがあり、息苦しさはどんどん増していました。私は見ていられなくなり、ナースコールをして、薬を早めてくれるように頼みました。

介護士さんが自宅待機の前日の夕方対応してくれた施設看護師さんに電話をしてくれて指示を仰ぎました。私に電話を変わり、何とかしてと頼みこむと、「見ていられないよね。薬を入れよう。」とOKを出してくれました。その時点で看護師さんは17日(日)担当の看護師さんに電話をして、朝なるべく早めに出勤するように頼んでくれたそうです。

しかし、歯を食いしばっているみつこさんに舌下することがなかなかできません。私と介護士さんのふたりで、いろいろ試して、やっと舌下できたのは、1時間くらい先だったように記憶しています。今思えば、それも何の役にもたっていなかったことでしょう。

やがて空が白んでくる頃になると、住人さんたちも起きだしてきます。ユニットでは朝の準備が始まります。ざわざわしてきた中で、みつこさんは私の見守る中で、旅立ちの準備を始めました。


固く閉じていた目を時々見開くようになり・・・
やがて見開きっぱなしになり・・・
荒い息とともに、苦しい声が漏れるようになり・・・・


  私はたまらなくなって、ナースコール


ちょっとして、部屋に入って来てくれたのは介護士さんではなく、看護師さんでした。
みつこさんの為に早出をしてきてくれました。


パ「苦しくてたまらないの。何とかして。
看「もう出来る事がないの。血圧が触れない。手を握っていてあげて。


何度か荒い呼吸をしたあと

見開いていた目を閉じて

あごで息をして

そして・・・呼吸が止まりました。

その後、大きく息をして、だんだん間遠になりながら、大きな息を繰り返して、そして完全に止まりました。
ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」と繰り返しながら、みつこさんの魂は天に上がって行ったかのようでした。

     午前 8時5分でした。




病院が始まる直前、訪看1名、提携病院の医師1名の往診があり、死亡診断がなされました。
時間は午前 8時55分

死因は乳癌。 実際には肝臓の腫瘍の破裂によるもののようでした。



みつこさん、最後に私を呼びよせてくれてありがとう。
旅立ちに立ち合わせてくれてありがとう。
看護師さんを間に合わせてくれてありがとう。
すべて、みつこさんがお膳立てしてくれたのだね。

笑顔を一杯ありがとう!
一緒に認知症と闘ってくれてありがとう!
ありがとう・ありがとう・ありがとう!!!



今日のなんくるカード
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サイレント

たまには 静かな ひとときを
自分でつくって あじわって
内なる光に 入っていこう。

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お悔やみコメントを頂きましてありがとうございます。
心からお礼申し上げますとともに、感謝しています。
やはり、前に頂いた分についてはおひとりづつにお返事書けそうにありませんが、ごめんなさい。
どうかご容赦お願いします。

10月17日、18日と家族と近い親戚で仮通夜
10月19日 お通夜
10月20日 告別式

親族と親しい人とで、無事みつこさんを、もう苦痛のない懐かしい人々の待っているあちらの世界へ送り届けて参りました。大島つむぎの着物を着せてもらい、薄化粧を施されて、お出かけするように旅立っていきました。


ずっと書き続けてきた、この日記、辛いことも、苦しいことも、赤裸々に書いてきました。最後のところで抜けてしまってはみつこさんの意思に反するようにも思えます。漏らさず書いていこうと思っていますのでよろしくお願いします。

今日は最後前日のことについて書きます。どの一瞬も自分の意思に反する生き方なんてないと思えば、みつこさんの最後の一日もみつこさんの意思だったのだろうか、みつこさんが選んだ一日だったのだろうかと、私は今も問い続けています。



16日未明は眠れていました。しかし、朝から急変していたそうです。私は午前中何をしていたかというと、、、家族葬の会場となるお寺を見せてもらっていたのです。何ということでしょうか。もしも危篤状態だとわかっていたら、そんなことができるはずはありません。でも、これは虫の知らせというものに違いありません。みつこさんの旅立ちが遠からずあることはわかっていて、その時には温かい送り出しがしたいと思っていたのです。

午後一番で施設へ訪ねると、訪看さんが来てくれているところでした。朝から足にチアノーゼが出ていて、四肢が冷たく、膝が赤紫になっていました。足先にはレンジで温める保温剤を入れてもらい、足を毛布でくるんでもらっていました。顔は黄疸が出ていました。体にも出ていたそうです。目を閉じていましたが、苦痛に耐えている風ではありましたが、苦しみ悶えているということではありませんでした。施設看護師さんからの連絡で訪看さんがきてくれていました。「体内で出血があるのではないか」ということで、病院に戻り、どなたかに往診を依頼することになりました。主治医の先生は土日学会出張だったのです。

しばらくすると、乳癌の手術を執刀して下さった、外科の先生が往診して下さいました。みつこさんの顔を覗き込んで、「意識がないわけじゃないんだよ、苦しさを訴えない人だから、我慢してみえるんだよ。モルヒネを使える?」と訪看さんにお尋ねになりました。機械を使った痛み止めは、介護士さんでは操作できないそうで、家族はできるのだそうです。「私が操作できるのなら、今夜泊まります。」と言ったのですが、あまりの急なことに、主治医不在の状態で、誰もそれに頷く人がいませんでした。結局、先生が静注で、ステロイドと痛み止めを入れて下さいました。その時も点滴を点すのが痛いと言って、みつこさんは手を引きました。かなり力はあり、危篤状態とは思えませんでした。

それが土曜日の午後で、日曜日から月曜日の朝までもつように、舌下タイプの痛み止めが処方され、それで対応することになりました。この時点では月曜日の様子をみて、入院対応にするかというふうに考えていたのだと思います。注射のあと、一旦は落ち着いた風で、眠ることができていました。先生がお帰りになった後、訪看さんが舌下タイプの痛み止めを持ってきて下さり、1回、口を開くのを待って舌下に入れてくれました。この時点ではまだ眠りこんで口を開くことがあったのです。

この夜は介護士さんが舌下タイプの痛み止めを時間を決めて入れることになり、私は夜泊まり込むことに決めて、よしおさんのこと、家のことを始末するため、夕方一旦家に帰りました。帰る前の状態はチアノーゼは膝の部分を除いては軽快しており、足も温めてもらって、冷感はなくなっていました。血圧は60に下がっていましたが、これは再度測り直してもらって、70~80には改善しました。

家に戻り、よしおさんの夕飯は用意したのですが、翌日の朝ご飯、薬などはどうしたのか、全く記憶がありません。恐らく抜きになったか、よしおさんがアイスクリームとか、ご飯にうにのビン詰とかで済ましたのかもしれません。私自身は菓子パンを持って、お風呂に入ってから施設へ向かいました。施設ではみつこさんと枕を並べて補助ベッドを用意してもらってありました。みつこさんの横には痰を取る機械が用意されていました。少量痰がからむようになっていました。

夜8時になると、その日の夜勤のユニットのチーフの女性介護士さんが部屋を訪ねてきてくれて、今夜12時と朝6時に舌下薬を入れることになっていること、吸痰、体位交換、オムツ交換に2時間おきににくることなどを説明してくれました。

みつこさんはというと、次第に息が荒く、速くなり、苦しそうにじっと目を閉じていました。口も力を入れて歯を食いしばるようになっていました。12時に、2人がかりで口をこじ開ける形で舌下薬を入れてくれました。痰も少量からんでいるようなので、とってもらいました。オムツを見てから体位を変えると、呻くように苦しがりました。片手は常にそけい部に置かれており、腹部で何かがあったことは確かです。みつこさんの顔をなでると、顔は冷たかった。私は「朝まで頑張ろうね、朝になったら看護師さんに来てもらおうね。」と励ましているしかありませんでした。(続)


今日のなんくるカード
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めんそーれ

心を込めて めんそーれ
いつも笑顔で めんそーれ
ようこそ地球へ めんそーれ。


   *めんそーれ:いらっしゃい

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皆様の温かいコメント、心から感謝しています。

明日 通夜、 明後日 葬儀をとり行い
みつこさんの姿とお別れします。

今しばらく、お返事はご容赦お願い致します。
ありがとうございます。
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2010年10月17日(日)午前8時

みつこさんの旅立ちをご報告致します。

みつこさんは私と施設看護師さんの見守る中
本日朝、天にかけ昇っていきました。

これまでの応援ありがとうございました。

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今日は訪看さんの日、急いで10時に間に合うように出かけました。残念ながらよしおさんのお昼ご飯の準備はできず、ほったらかし。いつもは用意して、メモも置いていくのですが、何もせずに出かけてしまいました。食べたければ何か食べるでしょう。

みつこさんは眠っていましたが、今朝はちらちらと目を開いてくれましたが、心なしか苦しそうです。
どこか痛いのか、だるいのか、眉間に皺を寄せて、辛そうだなあと思いました。

開いている口の中を見ると舌が汚れています。歯もとても酷いことになっています。虫歯も進んでいるし、歯ぐきの状態も真っ赤で酷い。口の中は介護士さんも努力して下さっているのが生活記録からもわかるけど、難しいのはよくわかる。私も口の中をぬぐう専用の布でそっと汚れをとったり、乾燥を防ぐジェルを塗ったりするけど、歯周病から肺炎になりそうな感じでもある。

足元を見ると、浮腫みはそんなにないようだけど、両足の巻き爪が酷い。肉に食い込んで丸く肉を切ってしまいそうな勢いです。皮膚も赤く腫れています。これだけでもどんなにか痛んでいるだろうな。歩かないからいいのかしら。

先回の訪看さんにシャンプーして頂いたけれど、パジャマも下着もずっと前から(たぶん1週間以上)同じで少し臭うような気がする。訪看さんに着替えたいこと、体が辛そうなことなどを伝えると、じゃあ、今日は清拭と着替えと、それから体の対応をしようということになりました。

診察からは肺の雑音がありました。体温は正常、呼吸が速い、血圧は130台と高め(でもまあ大丈夫)、表情からはどこかが辛いのだろうね、ステロイドは中途半端に効いているのかもしれないけれど、まだ1回しか使ってないから、もう1回だけは静注してみるということになりました。点滴は浮腫みが出ている訳ではないので500ml。

施設看護師さんが清拭を始めてくれて、訪看さんも手伝ってくれましたが、途中体位変換すると声がでるほど痛がるので、痛み止めを今日から使おうということになりました。訪看さんが病院へとんぼ返りして、先生に相談し、薬を持ってきてくれることになりました。

痛み止めを待っている間に清拭をすすめ、私もやり方を覚えましたので、これからは手足は私が毎日してあげられます。足からはぼろぼろと垢がこぼれ落ちました。

ほどなく訪看さんが、先生の指示で静注用の痛み止めと明日から次回訪問までの間の座薬を持ってきて下さいました。大腸の腫瘍を心配していたのですが、先生が座薬が直接当たる部分じゃないから大丈夫とおっしゃるので、座薬になりました。飲み薬はもう飲むのは困難です。痛み止めと言っても癌の疼痛用の麻薬ではなくて、極普通の軽い痛み止め(ボルタレン)です。これを毎日1回継続です。

点滴が始まる頃には、やっとみつこさんが笑顔を見せてくれました。みんなが変わるがわる顔を覗き込んで心配していたのが通じたのかな。今日の点滴自体はすっきりと落ちて、3時間弱で終わりました。点滴が始まってからは、やっと眠れると言う感じでぐっすりと眠りに落ちて、ずっと眠り続けました。

点滴が終了して処置に来て下さった別の看護師さんは、みつこさんの眠っている顔を見て、今度は黄疸がでているような感じだとおっしゃっていました。そう言われればそうかもしれません。となると、ダルさも相当なものなのかもしれません。

痛み止めを継続的に使用するようになると、しだいに意識も混濁してくるのではないかと思われます。そういう状態になれば私のお役目は事実上終わりです。今が踏ん張りどき、みつこさんを痛みとだるさと、すべての辛さから引き離してあげたいと思います。みつこさんと訪看さんと先生との間に立ってそれを伝えられるのは私しかいないのだから。

フェルガードは事実上飲めなくなりました。口の中も汚いし肺炎の可能性は限りなく高いと思います。事実肺雑音も聞かれます。ですけど、それも良しと思います。今の状態ならば、最後がどういう形になるかということに過ぎませんから。


今日のなんくるカード
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あとは ギャグだけ

さあ さあ 準備はオッケーだ
あとは ギャグだけ 考えて
人生 バラ色 極楽道。

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みつこさんの体調が急降下を始めた先週くらいからは、帰る時にはこれが最後になるかもしれないんだと思っています。

ステロイドの静注をした日には目が開いている時間が多いように感じますが、その他の日にはただ静かに目を閉じ、何かに耐えているような時もあり、ひたすら深く眠っているような時もあります。

昨日は午後2時頃に出かけて行ったのですが、部屋に入って目に飛び込んできたのは、ベッドがギャッジアップしたままで頭が横にずり落ちた形でベッド柵にぶつかっているみつこさんでした。ベッド柵のところまで頭が届いていただけで激突しているわけではなさそうでしたが、あまりな姿に唖然としてしまいました。近くにいた介護士さんを呼んで、みつこさんの姿をみてもらった後に体制を直しました。みつこさんは深く眠っており、どこも苦痛はなさそうでしたので、大事に至ったわけではありません。まだその時には食事が済んだばかりで、上体を起こしておく為にベッドが立てたままだったと私は思い込んでいましたが・・・。

まだ、食事が済んだばかりなのでしょうか?」と、その介護士さんにお尋ねすると、「ちょっと待って下さい」と彼女は慌てて記録を見に行きました。戻ってきた彼女はすまなそうに、「11時です」と正直に答えてくれました。食事から3時間放置されていたのです。11時というと昼食の用意が始まる時間です。忙しさで忘れてしまったのでしょう。「うっかりしました」「忘れました」は許されない職種だと思うのですが・・その言葉を飲みこんで、ベッド柵にクッションをかうことだけはお願いしておきました。

その後しばらくは昏々と眠り続けるみつこさんでしたが、随分してから目を開き、私の顔を怪訝そうに見てくれました。そうなると、今度は眠くても必至で目を開いていようとします。目は常に私の方へ向けられています。

しばらくはみつこさんの視線にさらされ続けた私ですけれど、よしおさんがデイから帰る時間が近づくと、帰らないわけにはいきません。みつこさんに何度も、「明日また来るから、今日は帰るね」と言って、部屋を出ようとしたのですが、じっと出口の私を見ているみつこさんの視線から逃れることができません。とうとう、ふと目をつむった隙にみつこさんの視界から消えました。


今日は昨日より早めの12時半には施設についたのですが、施設を出た3時まで、一度も目を開いてくれることはありませんでした。それがみつこさんにとっては苦しくない方法ならば、それでいいよと思いながらも、この切なさは何なのでしょうか。


今日のなんくるカード
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ひらめく きらめく

直感 大切 大事だよ
魂からの 直通電話
直感 信じて GO GO GO!

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よしおさんの認知症はみつこさんと比べると、本当に自分には苦しさはなく、進行もじんわりで、幸せな認知症と言えます。それはフェルガード100の存在があったからと言えます。

ただひとつ、本人も苦しく、まわりは大迷惑だった妄想ですが、これは2005年から2007年にかけてあり、本当に迷惑しましたが、フェルガード100を飲み始めてから5ヵ月ほどでぴったりと治まってしまいました。

物忘れということから考えたら10年以上の歴史を持つ認知症ですが、妄想がなくなった現在では物忘れ以外は大きな症状はないという有難いものなのです。物忘れも生活に支障のない程度ですから、すごいと思います。

ただひとつ、レビーなのかなか?っと思えることに薬剤過敏があります。主に薬剤によって興奮を引き起こすようなのですが、それが明るい、よくしゃべるといった良い点と思えることから、だんだんに興奮状態になっていくものと、身体的に血流が良すぎるというのか、動悸がしたり、血圧が上がったりして、それを心臓病(心筋梗塞→即死ぬ)と思い込みパニックになるというパターンと2種類があります。

認知症の中核症状を改善しようと試みると、両刃の剣で興奮が出てきてしまいます。その興奮の出る頻度が多いので、この程度の中核症状ならば手をつけない方がよいとさえ思えるのです。アリセプトを筆頭に、フェルガード100に含まれるガーデンアンゼリカにも敏感です。中核症状の為ではなく身体的能力を上げようと始めた漢方(八味丸)にも反応が出ました。

ずっと、試しては止めるを繰り返しています。年齢とともに身体的能力も落ちているので、多少興奮も少なくなっているのではなかろうかと想像して、じわっと増やしてみたりもするのですが、ガーデンアンゼリカを10mg(フェルガード100ハーフを1包)増やしてみたら、セクハラが発生したりして、なかなか興奮の方は衰えないようです。

最近はあまりの物忘れの激しさに、フェルガードAは興奮が少ないようなので、極少量からなら危ないところで止められるからと、1日1/6~1/4包くらいで、1ヵ月ちょっと試してみていました。

やっぱり・・・でました。
今日はデイで、着く早々に電話がかかってきまして、「行きの車の中で、胸が苦しいけど、病院へ行った方がいいだろうか?とおっしゃるのですが、少し休んでもらって、お風呂は止めて、様子をみさせてもらっていいでしょうか。もし緊急そうならニトロを飲んでもらってから連絡します。」と電話がありました。確かに血圧は150台で高めでした。そう言えばここのところ血圧が高めだったのです。

電話がかかるかもしれないと携帯を持ち歩いていましたが、結局かかってきませんでした。帰って来てのお話では午前はベッドで休み、午後も少し休んだら、すっかり元気になって、後はゲームを楽しまれましたということでした。久しく忘れていた「胸がどかん」が起きたということだと思います。

図らずも中核症状の進行を証明するような出来事がありました。本人は「胸のどかん」を訴えたことを丸ごと忘れているのです。考えてみたら、朝のことを夕方忘れているのは当然と言えば当然です。自分の身体上のこととか、どうしても忘れて欲しいことは、決して忘れなかったのですが、それすら忘れてくれるようになり、これはある意味有難い認知症かもです。よしおさん曰く「いつも風呂にいれてくれるのに、今日は入れてくれなんだけど、何でだろう?」ですって。

フェルガードAも中止です。
よしおさんにとっては、フェルガード100ハーフを1日3包、このリミットは永遠です。


今日のなんくるカード
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美らさ(ちゅらさ)

美ら海 美ら島 美ら心
私たちのまわりは 美らさでいっぱい
美ら星 地球を 楽しむ毎日。


   *美らさ:美しさ
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訪看さんの点滴の日でした。
みつこさんが身体は拭いてもらっているけど、頭がかゆそうで手で掻いていると話すと、今からシャンプーしましょうかとシャンプーがして頂けることになりました。おむつ2枚と、ペットボトル4本くらいのお湯で手軽にきれいにして頂きました。横向き寝しかできないので、下側はちょっときれいには洗えませんでしたが、それでもお湯で洗ってもらって、さっぱりしました。体にもほとんど負担なく出来たと思います。

留置してあった針は血液も固まり、使えなくなっていました。でも2回使いました。今日は新しいところへ針を刺そうとしましたが、1回は失敗。2度目で入りました。腕も足同様厳しい感じです。点滴の前に、ステロイドを静注することになりました。体のだるさをとる、元気を出させて、食欲をあげるという目的です。その目的で投薬を受けていますが、効果がぱっとしないので、静注の方が効きがよいだろうということです。副作用とのバランスを考えて、静注でも効果が感じられないなら止めるということです。

点滴は入れてからは順調で今日は3時間弱で落ちました。朝から割と目力があってはっきりした顔をしていたので、点滴中に持参したお茶を飲ませたり、フェルガードをジュレで溶いて飲ませたりしました。フェルガードは持参した猫用シリンジに入れて口の端へ入れました。口の端から出してしまうようなら止めようと思いましたが、幸い飲んでくれました。この方法はまあまあ良さそうでした。

アルミパウチのゼリーは口をつけて、直接口へ一口入れましたが、要らないと出されてしまいました。
点滴の終わり頃にもずっとはっきりしていたので、これなら食事がとれるかもしれないと、お願いして用意してもらいましたが、用意してもらっている間にぽしゃってしまいました。よくあることです。車イスに移動したりしていたら、到底食べれないこともよくわかります。その状況は日々深刻になっているのでしょう。

今日は夕方内科主治医の往診もあることになっていましたので、私は点滴が終わったところで一旦家に帰り、よしおさんの用事を済ませて、また施設へ戻りました。戻ってみると、午後3時半に本日初の食事を介助してもらったところでした。食介について、昨日はかなり感情的な記事を書きましたが、ちょうどまだ介護士さんがいらしたので、食介の方法について話し合うことができました。

やはり、介護士さんは介護士さんで日々実践して下さっている中で、一番介助しがいのある方法を会得していらっしゃるのを感じました。私が家から持ってきたシリンジや、管理栄養士さんから頂いた小道具などは、「お部屋に置いているので、よかったら使ってください」と言うにとどめました。

4時半を過ぎて、往診がありました。
先生のお話は楽観できるものではありませんでした。

・息が浅く、血圧も高く(130~140くらい)、体は辛そうな状態であること。
・血管はそろそろ限界にきているので、点滴を500mlから200mlに減らしたいと思っていること。
・食事量は減っており、現在水分だけの日があったり、1食摂れたりという程度である。全く摂れない日が2日続くとそれは危険ゾーン。
・或いは尿が出ない状態なども危険ゾーンに入る。
・そういう状態ならば、元気にさせることよりも、眠らせてあげる方が本人は楽だろうということでした。

今日は今、食事を摂れたところです」とお話すると、みつこさんに向って、「みつこさん、頑張って食べて偉いね。」と優しく言ってくださいました。

次回は2週間後でしょうか」とお尋ねすると、「1週間くらいでくるつもりです」とおっしゃった後、「今週末はいないので、その時だと他の医師になりますがよろしく」とおっしゃった。それは最後の時ってことでしょうか。何か急変したらということでしょうか。今だ、みつこさんの急降下についていけない自分がいます。

みつこさんはというと、全部の話を聞こえない耳で聞き、理解できない頭で理解していた、心で全て理解していたと思います。誰もいなくなって、じっと私を見つめるみつこさんを置いて帰れず、じっと手を握ったり、ほおずりしたりしていると、聞きとれないような声で確かに「ありがとう」と言って、それから今度ははっきりと「ごめんね」と言ってくれました。

私の方こそありがとう」と言うと、「いいえ」と言うように、首を横に振ってくれました。私たちは心で会話をしていたと思います。


今日のなんくるカード
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テーファー

天から ふぁあと ふってくる
笑いの天使が ふえてくる
あなたも りっぱな テーファー族。


   *テーファー:ユーモラスな人
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今日も午後1時間ほど訪ねてきました。
今日はどうやらお昼をベッド上で食べたようでした。どのくらい食べたかは不明ですが、飲み物くらいは少しは飲めたのかもしれません。今日は昨日と違い、少し口を開いて眠っていて、顔はかさかさの皺だらけで、脱水の進んだみすぼらしい姿が横たわっており、見るのが辛いという感じがしました。でもだからこそ、家族の私がその姿を見ておいてあげなくてはならないのだと思います。

時々目を開いて、最初はぼんやりしており、「帰りなさい」と言って、私を押しやろうとしたりしましたが、何度か眠ったり、目を開いたりを繰り返しているうちに何となく私のことも思い出して来たような感じでした。そしてみつこさんの手をとっている私の手を、にぎにぎと握り返してくれました。

ベッド上だとスプーンを使って介助することは困難なので、介護士さんたちはそれで止めてしまいます。フェルガードもジュレに溶いてスプーンで口に運ぶという方法で、無理な時には無理をしないでと伝えてあるし、「『何としても飲ませてくれと言われては対応できない」と言われていますので、それ以上のことはお願いできませんので、「もう飲ませられません」と言われています。

ただ、他の方を見ていても、口を開かない人には強制給餌(こんな言葉を使ってはいけないけれど)という感じで、チューブを使ったりして口の中へ歯の隙間から入れたりするのに、何故かみつこさんにはそれはしてもらえない、してもらえないという言い方もいけないと思うのですが、食べることに関してはユニットの介護士さんたちはあの手この手の対処法を持っていると聞いていたのに、何故なのだろうと思うのです。訳があるのでは・・・と思うのですが、聞けないでいます。恐らく誤嚥の手助けをしたくないということであろうと思います。それは介護士さんとしては当然の気持ちだと理解しています。

もちろん、食べたくないのに無理やり口に食べ物を押し込まれるのは辛いと思います。だけど、一口くらいは入るかもしれない、ごくんと飲めるかどうかはやってみないとわからないと思うのです。やってみて出来ないのであれば、諦めます。諦めるといってもその時はと言う意味で、日に寄っても時間に寄っても違うと思うので、食べれる時には一口でも食べさせたいと思うのですが・・・・。本当に諦めるのは何をやってもダメだとわかった時であるべきと思っています。

でも、施設でそのことを私の方から押しつけがましく口に出すのはよくないと思っています。どちらにしてもみつこさんが早かれ遅かれ全く食べれなくなる日はもうそこに来ていますから、取り乱して無茶なことを言いだすのはよくないと思っています。

そこで、毎日行っているのだから、私が強制給餌をやってみればいいのじゃないかと思っています。家族がすることには何も言わないでくれます。介護士さんたちに誤嚥の引き金をひかせるようなことを頼んではいけないのです。今日は管理栄養士さんにお願いして、ウィダーインゼリーのようなアルミパウチでできた食品の口のところに取り付ける道具と、ゼリーなどを移し替えて口へ差し入れられる容器を部屋用に頂きました。まずは私がこれを使ってみようと思います。

それと、フェルガードを飲んでもらうのに、シリンジが欲しいと思っていたのですが、これが適当なものが見つからない。施設にはあるのだろうと思うのですが、お願いできないので、イイものみっけ。猫用に獣医さんからもらっていた口にゴムをつけて噛み砕かないようになっている小さいシリンジの使ってないものを使おうと思います。

そういうことがみつこさんにとって良いことなのかどうか、それもわからないし、できないかもしれないし、でも、一度は通ってみたいと思うところです。ここを通らずに、「食べれなくなりました」とは言いたくないのです。

今日は乾燥と痩せで、しわしわの顔を拭いてあげて、その後に乳液をつけました。みつこさんはじっとしてやらせてくれました。足をマッサージして、手をにぎにぎしました。そうそう持参したお茶もほんの少しですが楽のみから飲めました。それでいいんだと思います。その手間が介護士さんたちにはお願いできないことなのですから。それこそが家族の役目なのだと思うのです。

明日は点滴と内科の往診があるので、1日中つくことになります。食介の好機です。


今日のなんくるカード
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ニライカナイ

ゆかいな 神々 やってくる
幸せ持って やってくる
あなたの未来は ニライカナイ。


   *ニライカナイ:海のかなたの理想郷
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今日も特に何も予定はないので(みつこさんの予定)いつもの如く、2時くらいに訪ねて行きました。お昼は暑いくらいでしたから、窓が全開になったお部屋でひとり静かに眠っていました。口も閉じて、寝息もたてずただ静かに眠っていました。そっと口元に手を置くと、息をしているのはわかりました。脈も触れていました。

お部屋の中には「リベラ」のCDがかけてあり、清々しいボーイソプラノが響いていました。みつこさんの横顔は神々しいような美しさで、ただ見ているだけで私は何か清く美しいものが体の中に入り込んだような、愛の光線に貫かれたような気がして、訳もなく涙が流れてきて、しばし呆然としてしまいました。

しばらくそうしていると、介護士さんがノックをして入ってきてくれて、今日の様子を説明してくださいました。今日は朝、ほんのちょっと飲み物を飲んだだけで、その後はずっと眠り続け、いつもだと目を開いたり、揺すると拒否ではあっても反応があるのに、今日はまったく反応がなくひたすら眠っているということで、そろそろお昼はどうだろうかと、様子を見に来て下さったとのことです。

でも、あまりにも邪魔したくない状況でしたし、事実、肉体はそこにあっても、意識はそこにはない状態が続いていると思えましたので、もしも目を開いたら声をかけますから、それまでそっとしておいて下さいとお願いしました。

1時間ほどみつこさんの傍で過ごしましたが、全然変わる様子がないので、そっと引き上げることにしました。その間、手をさすったり、足をマッサージしたり、シャンプーできないでいる頭を拭いたりしていたのですが、それでも変わらないのです。ただひとつ動いていたのは、体の位置なのです。見た目には全然わからないのに、頭が少しづつベッド柵に近づいていることに気がつきました。手でベッド柵をしっかり握っていて、自分の体を懸垂のように引き寄せているのです。すごい力を発しているのです。

きっと夢の中でどこかへ引き寄せられているのでしょう、それとも自分で何かを引き寄せているのでしょう。そこはどこですか? それは何ですか? みつこさん。


今日のなんくるカード
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ヒーリング

ヒーリングは フィーリング
自分を癒し まわりを癒す
愛と光で ピーカピカ!

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今日の訪問は午後1時過ぎ、夫と一緒に行きました。
みつこさんはベッド上でパジャマのままで、昼食介助を受けたばかりのところでした。まだ食べたばかりなのでベッドは上げたままでしたが、すでにとろんと眠っていました。呼びかけるとふわっと目を開きますが、意識はないような状態ですぐに眠りに引き込まれていきます。

時々、ふっと目を開き、何か言いたそうに口だけ動かすようなそぶりをしましたが、なかなか言葉にならないようでした。そのうちいつもくらいの感じで、小さな声で何か意味不明なことを言いました。言葉を発すること自体が困難になってきたように感じられました。

1日のほとんどをうとうとと眠り、ほとんど食べることもない状態になってきました。大きな苦痛がなさそうなのは救いです。人は眠っている時には宇宙を探索していると言います。みつこさんも大半の時間を眠り、その時にはすでにあちらの世界に旅立っている懐かしい人たちと会っていることでしょう。

きっと、みつこさんの母上は、「○○ちゃん(私のこと)と充分お別れをしたら、こっちへいらっしゃい。みんな待っているから。」と言っているのではないだろうか。みつこさんの母上はみつこさんが13歳だった私の母親になった時から、ずっと私に一番優しくしてくれた人です。13歳の私と38歳のみつこさんとはなかなかしっくりとはいきませんでした。その溝を埋めてくれたのが、義祖母で、私は義祖母が大好きでした。

義祖母は認知症になって辛い想いをしているみつこさんを1日も早くあちらへ呼び寄せたかったと思うのですが、すぐに呼んでは今度は私が辛い想いをしてしまうから、私が納得できる時間を作ってくれていたのだと思うのです。

施設に入ってから、しだいに落ち着いて穏やかに過ごせるようになるまでの時間も貴重でした。認知症真っ盛りで出血性の胃潰瘍でそのまま他界していたら、私は大きな悔いを残したことでしょう。そしていよいよ病院へ入ることになった今年の夏も、一旦肺炎が治って、でも大きな病気が見つかって、その上で、最後の時間が過ごせるように退院して少し落ち着く1ヵ月という時間をくれました。誤嚥性肺炎であのまま亡くなっていても、それも悔しい想いを残したことでしょう。

どちらの時も、私が納得のいくように誰かが時間を配慮してくれているように思えてならないのです。それがみつこさん本人なのか、お祖母さんなのか、それとも大いなる力みんななのか・・・。

ありがとう、お祖母さん、ありがとうみつこさん。今度は私の方がもう充分助けてもらったよ、っと寂しいけれど応えなくてはいけないのかもしれません。みつこさんを苦痛なくあちらへお返しするのが、それが私の大きな役目なのでしょう。


今日のなんくるカード
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わくわくチムドンドン

わくわく ドンドン チムドンドン
感動 ドンドン ふくらむさぁ
夢も ドンドン ひろがるさぁ


   *チムドンドン:心がドキドキすること
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このところ食べる量ががくっと減ってきました。
ベッド上で食事をするようになり、口を閉じていることが多いので、水分をちょっと口へ入れるというだけに留まります。フェルガードも飲めない状態(?)(半分の1包くらいはいけてるのだろうか?)のようです。

それを聞いた訪看さんが心配して、内科主治医に進言してくれて水曜日にはステロイドの注射、その翌日から最低量のステロイドの服薬を始めているそうです。多少なりと活気を出させて、食事がとれるようにという配慮からです。「これまで何も薬を使っていないので、少し何かを入れてもいいのじゃないか」と先生に相談してくれたようです。

今日は点滴の日でしたので、そんな話を訪看さんから聞くことができました。今日は血圧は100を超えていましたが脈も100を超えており、どうも、かなり体が辛い、だるいような状態かもしれないということでした。言葉で訴えることができないので、何とか察してあげたいところです。もしもだるさが強くて、だから目を閉じているのだったら、ステロイドで中途半端に元気を出させようとして、眠りたいのに眠れない、食べれるほどには元気にならないという状態になってしまうようならば良くないので、その場合は中止するということでした。

調子がずいぶん落ちてきたので、これからは1ヵ月単位というよりは、1週間単位で看ていった方がよそさうだということでした。

今日の点滴は留置してあった針に入れたので当初は問題なかったのですが・・・プラスチックの細い針みたいな筒なので、簡単に折れ曲がるそうで、手首に近いところなので、手の動きで曲がっていたのか、途中何度か点滴が止まってしまいました。まだ訪看さんが施設内に居らっしゃる間に1度見て頂き、その後も施設看護師さんに2度見て頂き、それでも止まるので、後は私がずっと針を調整し続けていました。

結局全部落とすのに4時間かかりました。私がついていたから全部落とすことができましたが、お願いしていたら途中で止めることになったかもしれません。施設では入れ直すことはできないのです。点滴の時には出来る限り何とかして最後までつこうと思います。

朝ご飯は全く食べれなかったそうなので、途中で目が覚めた時に、介護士さんがりんごジュースとゼリー1個を持ってきて下さいました。りんごジュース50ccくらい飲めました。口は開いてくれないのでゼリーは無理でしたが、流動食1口くらいなら口へ入れれないかな?とか、まだしつこく思っていますが、それも口を開かない限り無理ですし、無理はしないはずでした・・・。

これからは、点滴の時には4時間もくっついているのですから、最初から最後まで何か飲み物をあずかっておこうと思います。せっかくの好機を逃してはいけないもの。

今日のみつこさんは、しきりと、「怖い」とつぶやいていました。
私は「何も怖がることはないよ。私がついているから。」と答えたけれど、今みつこさんはどんな世界で何をみているのだろうと不憫な気持ちになりました。

私がついていると言ったって、全然ついているというほどの時間、傍に居てあげることもできません。「ごめんね」と言わなくてはならないのは私の方だね。


今日のなんくるカード
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イッペー上等

とってもいいよ すごくいい
今のあなたは 美しい
胸を張って イッペー上等!


   *イッペー上等:Very Good!
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午後1時半からマッサージでぎりぎりセーフで滑り込みました。みつこさんは午前中に清拭をしてもらったそうで、すっかり疲れて、ぐっすりお休み中でした。

マッサージは今は少しでも体が楽になるようにという意味でしてもらっているので、みつこさんの顔色を見ながら、そっとそっとしています。先生のおっしゃるには、背中とか足の裏などは気持ちがよいそうです。本当に体が辛くなると、眠っていても眠れない。身の置き所がなくどちらを向いても辛い、居ても立ってもいられない状態になるそうです。そうなっても、背中をさすったりするのは助けになるのだろうな。でも、そうなる前には眠らせてあげたいと思います。

マッサージが終わって、昼食がまだなので、目が開いたら教えてくださいと介護士さんから言われていましたので、目を開いてキョロキョロし出したところでお願いして食事を部屋に運んでもらいました。せっかくの機会なので私が介助することにしましたが・・・・介護士さんのおっしゃるには、なかなか口を開けてくれないので、水分を楽のみで歯の隙間から流す方法がよい(なかなか無謀ですが)とのことです。介護士さんのお手本のようにやってみましたが、ほんの少しが歯の隙間から口へ入りますが、ほとんどは下に敷いたタオルに飲ませているようなものです。そんなことをする意味はないなと思いました。口を開いてくれないので、ゼリーなどスプーンで食べさせるものは無理です。

それから1時間ほど、目を開くとベッドを上げる、目を閉じたら下ろすを繰り返して挑戦してみましたが、とても無理な状態でした。そこまで無理する必要はないと私が言っていたのに、何しているのだと自分に腹立たしくなってしまいました。結局、ほぼ何も食べられませんでした。最近はだいたい2食ですから、しかたありません。

その後、看取り看護中の人にはお部屋への往診がありました。施設担当の女医さんです。「心臓はしっかりしているから大丈夫。」「薬(ステロイド)が追加になっているので、少し活気が出るといいね、それでご飯を食べる気になるといいね。」とおっしゃってました。

もうひとり癌で看取り看護中の方がいらっしゃり、その方は痛み止めも使っていらっしゃる状態なのですが、それでも、みつこさんより食事が摂れるそうです。そんなこと張り合っても仕方ないのに、言ってることと、していることの違う自分にいらいらしてしまいます。みつこさんの傾眠と食事が摂れないのは、やっぱり認知症の進行も大きく影響しているのだと改めて確認してしまいます。

みんなの熱意にひっぱられてブレないように・・・私は私のままでいよう、みつこさんとの約束を守ろうと思います。


今日のなんくるカード
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くちびるにうた

つらい時も うれしい時も
いつも歌って ルンルンルン
天使も歌って ランランラン!

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今日はみつこさんには何もない日なのですが、ちょっぴり顔を見に2時半頃に出かけて行きました。すると昼食中でしたが、今日は車イスでユニットのカウンター席で介助を受けていました。ということは多少は調子良さそうという感じでしょうか。

しかし、起きて来て10分くらいということでしたが、すでに車イス上でへたっていました。目を閉じているけれど聞こえてはいる状態です。口は固く閉ざして「要りません」状態です。車イスに座っているのがしんどそうで、しきりと背中を立て直そうとするので、お願いしてベッドへ移動させてもらうことにしました。

ベッドに寝かせるのも、介護士さんによって、それぞれ独自のパターンがあります。今日は細い方のお兄ちゃん介護士さんがベッドへ移動させて下さったのですが・・・・。

みつこさんは腕は柔らかですが、足は拘縮が強く、自然にすると膝が胸につくくらい丸くなってしまいます。当然横向き寝しか無理です。そこで詰め物が大活躍です。○トリの抱き枕が2種あります。ひとつは犬。ひとつはくまです。可愛い縫いぐるみです。それから、本当の長い抱き枕、それから座布団です。

まず横向きにみつこさんの体を置きます。横を向いて前に差し出した両手の間にくまちゃんを抱かせます。前に出た手は何かをつかんでいたいようなので、くまちゃんを抱き締めてもらいます。くまちゃんの足の方はひざとひざの間に入っています。これでくまちゃんは動きません。両足の下には横向きに長い抱き枕を置きます。というか、足を抱き枕の上にあげると言う方が正解かもしれません。それから背中側にわんちゃんぐるみを置いて背中の浮きに添わせます。ベッドの中で小さな体が横向きに横たわっていて、今はまず動きませんからベッドから転落ということはまず有り得ませんが、それでも一応前側の足もとにもベッド柵を置いています。このベッド柵に挟まったと言う事故がみられるため、ベッド柵にそって抱き枕を置く人もいます。その時には足の下には座布団が置かれていたりします。

みんなそれぞれのやり方があるんですとお兄ちゃん介護士さんが笑っていました。私は毎度、へぇ~とか言いながら楽しませてもらっています。


本日午前中は、よしおさんの循環器外来の受診日で、10月1日からインフルエンザの予防接種が始まっているし、今年は予約なしなので、次回(2ヵ月後)でもいいけど、今日でも良いですよと言われ、早々に予防接種を受けてきました。その後はデイに直行だったのですが、「お風呂に入ってもいいの?」っと心配そうなので、お風呂は止めさせてもらうことにしました。ほんとは1時間すればよいそうなのですが、無類の心配症ですから、刺激するのは止めようと思いました。

病院からデイまでの車中、「インフルエンザの予防注射を打ったのかね?」「お風呂は入らないとデイの人に言ってよ。」っと、自分が忘れることをよく自覚していて、命にかかわることを忘れないように、伝え忘れないようにと一生懸命でした。最近はカレンダーに朝昼夕の食べたものが克明に記入されています。体の不調(足が痛かった)、服薬(セデスを飲んだ)などもきちんと書いてあります。最近、自分が忘れることを自覚してきたようです。これって進歩なのでしょうか。進歩なら、フェルガードAの効果でしょうか。


今日のなんくるカード
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ユイマール

結び合って 丸くなる
助け合って ニコニコと
縁と縁で 結○(ユイマール)。


   *ユイマール:助け合い
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今日は午後3時頃にみつこさんを訪問すると、お部屋で昼食中でしたが、ほとんど何も食べていず、意識はありそうなのに目を閉じて口をつむっていました。食べたくないのには食べたくない理由があるのだと思うようになりました。介護士さんも「これ以上は無理ですね」とおっしゃって、片付けられました。それでも昨日のことを思うと眠っている表情が穏やかなので安心しました。

しばらくすると、生活記録を持って、もうひとりのいつもいろんなエピソードを話して下さる介護士Mさんが居室に入っていらっしゃいました。昨日心配しながら帰った私を安心させてくれるように、その後の様子を話してくださいました。

夕方になったら、表情がとっても穏やかになっていて、目も開いていて、ご飯も食べれそうな様子だったし、実際夕方その日の2食目の食事が摂れたこと、「きっと点滴が体に入って、少し楽になったんですね」と結んでくださいました。

いけないと思いつつも家族はちょっとしたことにどうしても一喜一憂してしまいます。
看取り介護の時のスタッフの心得」の中に、「不安定になる家族の心を理解し、それに添えるようにする」というのがありました。介護士Mさんはそれを実践して下さっているのですね。お若いのに、この仕事を天職として全うしようとしていらっしゃるのがわかり、学ぶことが多く、感謝の気持ちでいっぱいになります。私もこうして、みつこさんを通じて学んだことをどこかで何かの形でお返ししていきたいと思います。


今日のなんくるカード
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ブラボー

ブラボー! 私の人生に
ブラボー! 私の魂に
ブラボー! 今日の一日に。

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みつこさんは本日85歳になりました。
今日のお誕生日を迎えることが目標でしたから、身近な目標を達成したと言えます。

今日は訪看さんの日で、1週間ぶりに点滴をする日になっていました。今日から手から点滴をするということで、どんな具合になるのか私が最後までつくことにしていました。

この1週間は点滴も一回でしたし、食事も摂れず、明らかに下降してきたのを感じました。それで今後点滴は元通り週2回に戻りました。

今朝出かけて行くと(10時半)まだ、朝ご飯を食べさせてもらっているところで、ほとんど手つかずでしたが、すでに車イスの上でダウンしていました。お話を聞いてみると、朝起きた時には笑顔もあったそうなのですが、着替えて、食事の用意をして、車イスに移動してテーブルまで出て行く過程で体力を使い果たしたようで、食べ始める前にぐったりとしてしまったようです。

そういうこともあって、施設看護師さんから介護士さんと相談の上、状況を見ての話しですが、今の状態ならば、食事はベッド上にする、着替えも無理にしないでパジャマ対応にする、入浴は無理、清拭にすることを了承してほしいと話がありました。これは私の方も「無理をしないで欲しい」と再三お願いしているところでしたから、こちらこそお願いしますと申し出ました。

点滴に関しては、私が最後まで付けない時には、リクライニング車イスに移動してユニット中央で目の届くところにいることになりました。リクライニング車イスは辛いと思うので、出来る限りつこうと思います。今日のところは特に問題になるようなことはありませんでしたが、ベッド柵にぶつけて漏れるとか言う事も有り得ますので、人の目の届くところにいる必要はあると思います。

訪看さんとのお話で、体が辛い時にはどういう対応があるのかとお尋ねすると、ステロイドの服用(注射)ということでした。まだ今そうするというお話にはなりませんでしたが、何となく体が辛そうな感じはします。眉間にしわを寄せていたり、明らかに痛そうな表情をすることもあります。それは一瞬のことなので、持続的に痛みがある段階ではなさそうですけれど、どこかで少しづつ始まっている感じはあるかもしれません。口に出せない辛さを極力わかってあげたいと思います。

今日は午後には認知症外来の往診もありました。私は点滴が終わって、少し時間があったので、一旦家に帰りましたが、とんぼ帰りしてきた時には往診はすでに始まっていて、みつこさんの分は施設看護師さんが報告して下さっていて、1日NEWフェルガード2包で、飲めるだけを飲むということで了解を得ていました。

往診が全員済んだところで、先生がみつこさんの部屋を訪ねてくださいました。そこで不思議なことが起きました。目を開いていたみつこさんが、I先生に手を差し伸べたのです。そんなことは初めてでした。みつこさんは全てわかっていると思います。自分のことも、私のことも、先生のことも・・・。
差し伸べた手は「私を絶望の淵から救って下さってありがとうございました。これでお別れです。」と言っているのだと私は感じました。1ヵ月後には命はあっても意思表示できる状態にはないかもしれません、そのことも分かっているのだと思います。

先生と施設看護師さんの間で、ステロイドの話が出ていました。訪看さんにお願いするということになっていました。I先生のアドバイスなのだと感じました。たくさんの人に支えられて幸せです。

なんとなく辛そうに見えるみつこさんの背中を施設看護師さんが撫でて下さると、看護師さんにしか聞こえない声で、「ありがとう」とみつこさんがつぶやいたそうです。言葉を失っているのに、「ありがとう」と、「ごめんね」を覚えているみつこさんは何て偉いのでしょうか。

3時間ちょっと一緒にいると、時々目を開いて、何か言います。今日は何だか辛そうで、何かを訴えていたのですが、わかってあげることができませんでした。「もう帰るわ、また来るから」と言うと、とても寂しそうにしているように見えて、とても後ろ髪をひかれます。できることなら、ずっと一緒にいてあげたいのに。


今日のなんくるカード
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パワーアップ

落ち込んだって 平気だよ
そのあと 必ず ついてくる
パワーアップが ついてくる。

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今日はちょっとだけ様子を見るつもりで、午後2時頃にみつこさんを訪ねて行きました。まだ、お昼御飯が終わったところでテーブルの前に車イスで座っていて、うとうとと眠っている状態でした。何でも介護士さんのお話では「朝全々起きる事ができなくて、11時起床、それから朝食をとり、お昼は午後2時の時点で試みたけれど食べれなかったというところで、フェルガードは飲めていないので、後で目が覚めたら試みるつもりです」というお話でした。

今からベッドで休んでもらおうと思っていたけれど、せっかくだから少し散歩でもしていらっしゃいますか?」っと背中を押されたので、目を閉じたまま、施設内散歩に出かけました。牧場が見える喫茶室へ行ってみたり、風が気持ちのいいベランダに出てみたりしましたが、やはりずっと目を閉じていました。

私としては眠り込んでいるのなら、ベッドで休ませてあげたいと思ったので、ぐるっと一周して早々にユニットに戻り、ベッドに移動させてもらいました。持ち込みで持って行っていたヨーグルトも食べるのがむつかしそうなので、少しだけ残して持ち帰ることにしました。

1日3回の食事と同時にNEWフェルガードを半包づつつけてもらっていますが、1日3回の食事が難しいことも増えてきました。食事時以外の時にフェルガードだけ飲ませるのは介護士さんにとっても、みつこさんにとっても難しそうです。飲める時には半包でなくても1包でも飲めそうなので、NEWフェルガード1包を1回の食事で摂り、それを1日2回というふうに次回からお願いしようと思います。

この状態で何のためのフェルガードかというと、意識状態が改善できないか、誤嚥性肺炎を防ぎたいという2つの目的を持っています。そのどちらも今のみつこさんにとってはプラスになると信じているからです。


今日のなんくるカード
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だからよー

なんでかねぇ だからよー 
上等さぁ
追いつめず 追いこまず ゆるやかに。


   *だからよー:ものごとをうまく転換することば

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今日は土曜日で、よしおさんがデイに出かけていますし、私の都合もついたので、みつこさんの食事介助ができないかなと期待しつつお昼時に訪ねていきました。

施設について、そう申し出ると「先ほどお部屋を訪ねたら、とてもよく眠ってみえるので、少し後にしようということになっています。目が覚めたら教えて下さい。用意しますから。」と答えて下さいました。

お部屋に入ってみると、口を開けて、くぁーっと寝ていました。ちょっとやそっとでは起きる気配なしなので、そっと様子をみることにしました。CD1枚聴いて、洋服を片付けたりしても、まだ起きませんが、その頃から、ふっと目を開くようになりました。一瞬開くけれど、まるで昏睡しているように、とろんとした目を直に閉じてしまいます。

目を開いた時に「みつこさん、こんにちは」っと言うと、とろんとした顔をして「わからん」と答えます。夢の中の出来事のようで、私が誰なのかわからないのね。

何度かそんな事を繰り返して、だんだん目の開く感覚が狭まってきたので、「ご飯食べる?」っと聞いてみると、「うんうん」と頷いています。そこで食事の用意をしてもらおうと扉のところまで行くと、もう目を閉じています。そんなことも何度か繰り返し、とうとう諦めました。無理することないものね。

後はお願いして、帰ってきました。


今日のなんくるカード
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テーファー

天からふぁあと ふってくる
笑いの天使が ふえてくる
あなたも りっぱな テーファー族。


   *テーファー:ユーモラスな人
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早いもので今日から10月です。ということは今日から訪看さんが24時間対応ではなくなります。みつこさんの何でもない様子に緊急時だということを忘れてしまいますが、これからは夜中に何かが起きそうな前兆があれば気をつけていかなくてはいけないという事を改めて思います。

今週の月曜日に点滴をするのに苦労して、午前は諦め、午後にやり直し針を留置しました。今日も点滴予定の日になっていました。10時少し遅れて行くと、大急ぎのお風呂に入れてもらっているところでした。ずっと入れなかったようで、足にビニールをかぶせてシャワー対応でシャンプーと身体洗いをしてもらっていました。介護士さんがフーフー言って大急ぎで済ませて下さるのと、訪看さんが来て下さるのが同時くらいでした。

針の留置してあるところへ点滴をつないだのですが、結局点滴が降りませんでした。血管の壁に当たっていたのか、どうなのかよくわかりませんが、何度も試みてもダメなので、抜くことになりました。結局一度も使えないまま、痛かっただけで終わりました。その後何度か足で点滴を入れようと試みましたが、どうしてもダメなので、もう足からは諦めることになりました。案外早く足の血管は使えなくなってしまいました。今日は点滴をしないことになりました。その代わり来週の月曜日に手から点滴することに決めました。

手の場合もどうも手の甲でないと無理なようです。腕の内側は内出血が多く、恐らく血管が傷んでいるであろうとのことです。手の甲に入れるとなると、人の目がないと自己抜去したり、動いて漏れたりとか何かが起きてもそのままになってしまう可能性が高いです。かと言って介護士さんに見ていてとお願いすることは不可能です。看護師さんもしかりです。看護師さんはたまに覗いてもらうことは可能でしょうけれど、それでは危ないかもしれません。そうなると、家族が3時間半ほどつける時でないと点滴は無理ということになります。

さしあたりは1週間に1回の予定なので、何とかしていくつもりですし、施設の方でも介護士さんと看護師さんで検討して下さるとのことですが、どうなることでしょうか。やってみないと何とも言えません。

意外と早く点滴が入れられない時がきてしまうのかもしれません。寂しいですがそれもしかたがありません。恐らくみつこさんが自分の人生のシナリオはきちんと書いていることでしょうから、私は心を落ち着けてそれに従えばよいのだと思っています。


今日のなんくるカード
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アファメーション

力強く 心をこめて
宣言しよう 自分の夢を
断言すると 実現だ!

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

↓セミナー情報はこちらをご覧ください。

「セミナー情報」

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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