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今日も午後にみつこさんを訪問しました。
今日もまた、カウンターで伏せていましたが・・・
今日はいつもと違って、ちょっと揺すると「なんねっ」と怖い顔で目を開いて、私の顔を怪訝そうにみて、それから笑顔になって、それから、ずっと目を開いていてくれました。
何だかとってもよく話して、話の内容は子供の頃のことらしい。みつこさん自体が子供の頃の世界にいるのです。一体、私は誰なのでしょう?
mitsuko090630
せっかく目を開いていてくれるので、喫茶室へ繰り出しました。車イスへの移動もスムースにできました。持参したお菓子も「甘いね。」「美味しいね。」と口に運んでくれました。
手と手
おやつを食べた後に、こおろぎの絵本があったので、それを一緒にパラパラと最後まで読みました。最後のページになると、どこからか携帯の着信音が聞こえてきました。
えっ、何だろう、私の携帯とは違うわ。」なんて、思っていたら、それは・・・絵本から流れるコオロギの鳴き声でした!みつこさんも一緒に耳を澄ましていましたよ。

さて、おやつの時間なので、ユニットに戻ると、みつこさんの隣に座っていた9○才のいつものおばあさまが、何やらおやつの説明をしています。
外側はパリパリだけど、中は柔らかくて美味しいよ。」と最初はよかったのですが、どんどんしゃべって、どんどんエスカレートする感じで、面白く受け答えていたら、突然「あなた、いい加減なことを言ってはいけませんよ!」と叱られてしまいました。

すると、カウンター前で洗い物をしていた介護士さんが、「みつこさんの顔が険しくなってきた・・」と、さっとそのおばあさまを別席へ誘導していって下さいました。件のおばあさまは、やはり陽性症状があるようで、夜になるとせん妄が出て、別人とのことでした。

みつこさんは今でも、攻撃的な人と目があうと、やはりダメなようです。(自分も攻撃的になる)
介護士さんたちの配慮があって、成り立っているのが、よくわかりました。

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【ドクターコウノ認知症勉強会in名古屋】での報告(1/3)


平成21年6月27日(土)
ピック病と認知症専門クリニックの未来」と題する、河野先生のセミナーが名古屋で開かれました。

このセミナーの最後に、タイトルと同じピック病の患者を抱える家族として、
管理人パンドラは両親の「改善報告」をさせて頂く機会を頂きました。(主治医の先生の解説も頂きました)
そして、「改善報告」だけでなく、更に、両親を看てきてパンドラが今一番感じていること、皆さんにお伝えしたいことも述べさせて頂く事ができました。

  《改善報告》
  経過報告とCT画像の解説
  《改善の後の介護者である私の心の変化》

という流れでした。

こういう機会を与えて下さった河野先生と、快くご協力下さった岩田先生に感謝し、ここに全文を掲載させて頂きます。ひとりでも多くの方の目に触れ、何かのお役に立つことを願っています。
たいへん長くなりますので、の2回に分けて掲載させて頂きます。


尚、原文は「ドクターコウノ認知症勉強会in京都(2009年5月31日)」の為に用意した元原稿をもとに、kuririnさん他の皆さんで原稿を推敲して下さいました。それに、更に加筆訂正を加えたものです。

京都セミナーにおきましては、
はセミナーを企画された「薔薇と宝塚とキラキラが好き」の管理人kuririnさんのご報告。は河野先生が解説して下さいました。

名古屋セミナーにおきましては、
は患者家族パンドラの報告、は主治医の岩田先生が解説して下さいました。

パンドラは皆さまの前で報告するのは素人ですので、ドキドキでしたが、kuririnさんが優しくフォローして下さって、何とか想いが伝えられたように思いました。

では、
 改善報告
 改善して後の介護者である私の心の変化
を、2回に分けて掲載させて頂きます。

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 ≪ 改善報告 ≫

 私の両親は、2人同時期に認知症を発症しました。84歳になる母はピック病で現在は特別養護老人ホームに入所中、90歳の父はアルツハイマー型認知症なのですが自宅で一人暮らしをしています。2人は、認知症の適切な治療を受ける事が出来、今では大変落ち着いた生活を送っています。しかし、こうなるまでの道のりは大変なものでした。

 母は2000年に、夫婦喧嘩の後に「何もかも嫌になった」と泣き出すなど、今までになかった状態になり、かかりつけ医に相談したところ、うつ状態と診断され、大学病院の精神科を紹介されました。そしてそこでトレドミンを処方され、うつ症状は軽減して行きましたが、その後、物忘れがひどくなり、2005年にアルツハイマー型認知症と診断され、治療を受ける事になりました。

 アリセプト5㎎を処方されましたが、病状はどんどん進行しました。尿失禁が始まり、翌2006年には、自分が誰でなぜこの家にいるのかさえ、分からなくなりました。また、食べ物に異常に執着し、夜中に冷蔵庫の中の物を手当たり次第に食べたり、ジャムひと瓶丸ごと食べつくしたりしました。家事も、やる気はあってもメチャクチャで、ガス台にお椀をのせて火を点けたこともありました。

 今思えば、これらはピック病の症状そのものだったのですが、当時はそれに気がつかず、漫然とアリセプトだけを服用し続け、翌2007年に、母は胃潰瘍で大量に吐血し、緊急入院しました。そして、この入院をきっかけに、一挙に陽性症状が現れました。

 「帰る」と大声で叫んではベッドから降りようとする、それを制止すると殴る蹴る噛みつく、点滴を引き千切り、病院内の徘徊も始まりました。退院後、アリセプトを再開し、加えて抑制系のお薬も処方されましたが、興奮したまま泥酔したような状態に陥ってしまいました。
 認知症の進行に伴い、周辺症状も激しさを増す中で、母は身体的にもトラブルに見舞われ続けました。胃潰瘍が治れば誤嚥性肺炎を起こし、それが治れば帯状疱疹と、私も母も、息つく暇さえありませんでした。

 かかりつけ医から帯状疱疹の治療継続を断られ困り果てていた時、ケアマネさんを通して往診をお願いしたのが、現在、河野先生の認知症治療マニュアル「コウノメソッド」の実践医第一号としてご活躍の岩田先生でした。先生の診察で、母はアルツハイマー型ではなくピック病で、アリセプトの副作用で異常興奮しているのだと初めて分かりました。この時点でアリセプトは休止しました。

 そして私は、遅ればせながら、インターネットで河野先生のブログを丹念に読むようになり、そこで取り上げられていたフェルガードの効果を知って、「もうこれしかない」と思いました。

 そこで岩田先生と相談しながら抑制系の薬と併せてフェルガードを使う事にしました。最初はNEWフェルガードを一日2本から始めました。直に母の言葉がハッキリして来ましたが、逆に妙にハイな感じも受けました。その後フェルガード100M2本に切り替え、しばらくして月1本づつ増量し、10ヵ月ほどのうちに5本まで増量し、以後5本を保っています。

 フェルガード開始から7~8ヶ月かかりましたが、母の改善は顕著でした。その経過は、意志の疎通はあまりできないものの、徐々に穏やかさが増し、満面の笑顔まで出る様になりました。
笑顔
 フェルガードと反比例するように抑制系の薬は徐々に減らし、やがて全て必要なくなり、現在も一切使っていません。入所している施設でも、問題行動は全て消え、スタッフからは、「ちゃん」づけで呼ばれて可愛がられています。


 一方、父の場合は、物忘れ以外に目立った症状は無かったのですが、2004年の暮れに私の夫が現金や通帳を盗んだ、私も夫にそそのかされて盗んだなどと口にする様になり、被害妄想、物盗られ妄想が強く、興奮して、私の首を絞めるほど、攻撃的になっていました。

 しかし、母が診察を受けてから3ヶ月後、父も岩田先生の診察を受ける事ができ、アルツハイマー型認知症と診断されました。父の場合はアリセプト、グラマリールと合わせてフェルガード100を一日2本から始めましたが、4ヶ月ほどで妄想が治まり、全く別人のように穏やかに明るくなりました。
 攻撃的な父が、母の介護の邪魔をして困っていたのですが、おとなしくて明るい普通のおじいさんになってくれたのです。現在は、フェルガード100Mハーフタイプを一日3本にして、とても落ち着いており、母の面会にも行けるようになりました

施設にて


ここまでが改善報告で、この後に岩田先生から、 「経過報告とCT画像の説明」がありました。

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  両親が落ち着いて後の介護者である私の心の変化

 今年84歳になる重度ピック病の母と、今年90歳になる攻撃的アルツハイマー型の父を、私はひとりで同時介護していました。2006年・2007年の2年間がピークで、当時母は間違った治療を受けており、父は治療を受けていませんでした。

 今思えば、陽性症状の強いふたりを同時にひとりで看ているのは異常事態で、当時の私は、身も心も崩壊寸前でした。母が認知症の陽性症状から、身体的病気の治療が困難になった時、コウノメソッド実践医第1号のドクターイワタこと岩田先生に巡り合い、この時点で初めて母の誤診を指摘頂き、適切な医療へとつないで頂くことができました。

 この時の私の気持ちは、母に対しての済まなさで一杯でしたが、同時に、奈落の底までとことん落ちて、やっと底に足が着き、後は浮かび上がるだけだという安堵感もありました。


 事態の好転は、後から治療を開始した父の方が、先に感じられました。
フェルガード開始から4ヵ月ほどした頃、父は、動悸を主訴とする体調不良から本人の希望で強引に入院させてもらいました。本人は心筋梗塞で入院し、治療を受けて退院したと思い込んでいるのですが、実際はアリセプトの副作用が動悸という形で現われていたのだと後でわかりました。

 本人は病気が治ったと思ったからなのか、退院後、事態は突然、すっかり好転しました。具体的に申しますと、それまでは泥棒と火事を心配して、家から一歩も出られない、引きこもり状態だったのが、、、

退院後は、

 ・初めてデイサービスへ出かける。
 ・半年前に施設へ入所した母に、初めて面会に行く。
 ・母の施設でのショートステイを抵抗せず受入れ、泊りがけで母に会いに行く。
ショートステイ

などと、びっくりすることの連続。加えて、

 ・絶対に手放さなかった貴重品類も、私に任せてくれる。

と言うように、信じられないことが次々起こりました。

 父はグラマリールでは鬱っぽくなり、アリセプトでは1mgでも興奮する薬剤過敏なところがあり、退院後はフェルガード100しか飲んでいません。
私は、この好転を、フェルガードが効いたとしか考えられませんでした。



 鬼の形相で私の首を絞めていた父が、今年の90歳の誕生日には「あんたも長生きして90歳までも100歳までも生きなさいよ。」と言ってくれました。
 もしも、適切な医療にもフェルガードにも巡り合わず、鬼のままで逝ってしまっていたとしたら、私に残る父のイメージは随分違ったものになっただろうと思います。



 一方、重度ピック病の母ですが。 
先に治療を始めた母は、病状が重いことと、始めにNEWフェルガードを使って時間をロスしたこともあって、目に見えた改善はなかなか感じられませんでした。しかし、じわじわと落ち着きが見え、フェルガード100を4本に増やした、7カ月目あたりから改善を顕著に感じました。

 フェルガードを始めてちょうど1年目に乳がんが見つかり、手術しました。
発見してくれたのは施設の介護士さんで、着替えを手伝ってくれていて、しこりが手に触れたそうです。その頃母は、笑顔も一杯で、攻撃的なところは少しも感じられませんでした。意思の疎通は難しく、何もかも忘れてしまったけれど、穏やかな母が戻っていました。ですから、手術・入院共に、ごく普通の患者さんと同様に過ごせ、とても助かりました。

 こうしたことは、適切な認知症治療に出会う前の母には考えられないことで、認知症の治療ができたからこそ「命拾い」をしたと思い、以前に間違った治療を受けさせてしまった罪滅ぼしが、少しでも出来たような気が致しました。



 母の場合も、もしもあの興奮状態のままで、どこかの精神科に入院し、幽閉されて、そこで一生を終えたとしたら・・・私の心に鉛のように重いものがいつまでも残ったことだと思います。

 両親とも大幅な改善を見ることができ、そのことで私は両親が、認知症であっても優しさとか、明るさ、感謝の気持ちと言った、健全な人間らしい心を決して無くしていないことを再認識することが出来、それは何にも替え難いと思っています。


 認知症の両親の介護を通し、患者家族として切に感じるのは、諦めるのは最後の最後で良いということ、適切な治療法を見つければ、必ず現状より良くなる日が来るということです。

 高齢者と関わりがお有りの医師の皆様には、ご専門の診療科に関係なく認知症について勉強して頂きたいですし、そして、私自身の体験から、その患者がご自身の手に余ると思われたら、患者をそのまま抱え込まず、即、認知症を診ることができる医師に繋いでいただきたいと思います。

 私の両親介護はまだまだ続きますが、穏やかな両親を見守れるのは、認知症改善の為の情報を発信し続けて下さった河野和彦先生と、コウノメソッドを実践され両親の認知症に諦めず向き合って下さった岩田先生のお蔭だと思い、心から感謝しています。
 
 認知症は、改善しうる病気であること、介護と同時に『適切な医療』が是非共必要であるという事が、当たり前の事として、広く認められるようになれば、未来は明るいと思っています。                    



(注)赤字部分および青字部分はパンドラの想いを訴えている部分です。
   黒字部分は事実の説明になります。
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みつこさんを訪ねて行きますと、今日はユニットに姿が見えませんでした。
おトイレ? お風呂? といぶかっていると、「お部屋で休んでもらっています。」と介護士さんが教えて下さいました。
うん? 珍しいこと、どうしたのかしら?と不審に思っていると、お昼ごはんが眠くて食べられなかったこと、またも虫刺されか、手の同じところに赤い斑点ができていること、顔と手がむくんでいることなどを説明して下さいました。

お部屋に入っていくと、肌がけ布団にくるまって、すやすやとお休み中でした。
気持ちよく眠っているので、声をかけるのはやめました。
布団の周りをハエがぶんぶんして気持ちが悪いので、ハエたたきをお借りすることにしました。
室内で1匹、廊下で1匹、計2匹をしとめました。見ると、ユニットの調理場にはハエとり紙がつるしてあります。うーむー、牧場の隣ってこんなことがあるのね。

みつこさんを起こさないように、そっと歩いて、洋服の片づけをした後、私も腰を下ろそうと、洗ったばかりのマットが置いてあったので、それを床に置いて、その上に腰を下ろしてみつこさんを眺めていました。
うん、そろそろ帰ろうかと思って、立ち上がると、お尻がびしょびしょ!!
低反発のマットがまだ水を含んでいたのです。お漏らししたみたいな格好になってしまいました。
これでは長居できないわと、みつこさんとは顔を合わせず帰ってきました。

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ショート最終日です。
ふたりはみつこさんのユニットで昼食を一緒にさせてもらったそうですが・・・
この時、事が起こったそうです。

最近傾眠傾向から逃れられないみつこさんです。
食事中も必ず眠り出します。
今日の昼食もそうだったそうで、よしおさんが、みつこさんを揺すろうと手をかけたらば、いきなりみつこさんが怒ってよしおさんを叩いたのだそうです。みつこさんにすれば、あぁ勘違いなのでしょう。
夢の中で、誰かに揺すられたとか・・・。

ところが、そのことが、よしおさんには物凄いショックだったようです。

お母ちゃんは家に帰りたくて、でも帰れないから荒れてるんじゃないのか?
何でこんなとこに閉じ込めている?と思ってるんじゃないか。」と言っていました。

しかも、昼食を一緒に食べたことを完全忘却していました。
そして、そのことを絶対に認めません。「一緒には食べてない。」と言いはりました。

家に帰ってからも続きました。

ずっと前に、ひとりで暮らしたいと言ってた時があった。あれは、私のことが嫌いだからか?
お母ちゃんはボケがきたか?」←何をいまさら。。。

何となく、嫌な予感も漂うのですが・・・カレンダーを見ると、「ショートステイ」と私が書いた下に「老人ホーム」と書き加えてありました。

これ以上、妄想が広がっていきませんように。

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水木金とショートを利用してもらうと、中日はみつこさんのハリ治療とガチ合います。
どうにもうまい具合にははまりませんので、仕方がないですね。

コーラスの練習を早めに抜けさせてもらって、施設へ直行しました。
到着した時には、すでにリクライニング車いすに乗せてもらっていました。
相変わらず、こっくりこっくりしていましたが、そのままお部屋に運びました。

みつこさんの部屋は窓全開にして、よい風が通っていました。
しかし、良く見ると、ハエがぶんぶんしています。
そう言えば、ユニットの台所のところでも、お兄ちゃん介護士さんがハエ叩きを持って、ハエを追っかけていました。
ハエがいるなんて、何てとほほな施設なの?と思いますが、これには訳があります。
なんたって、隣が牧場なのです。どうしても虫が入ったりするようです。
殺虫剤も使う訳にはいかず、やむなくハエ叩きとなったようです。

ハリの先生が来て下さって、マッサージが始まってから、目を開いて、今日は笑顔を一杯見せてくれました。みつこさんは本物の童女に返ったようです。無垢な笑顔というところです。
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ハリは無事に終わり、さて、車いすに移動させようと思いましたが、なかなかうまくいきません。
そこで、今日は見まわしても誰もいないので、ちょうど出くわした、もうひとりのお兄ちゃん介護士さんに移動を手伝って下さるようにお願いしました。
あいよっ」っと、気楽に受けて下さいましたが、久しぶりにみつこさんの拒否姿を見ました。
やっぱり、嫌なことは嫌だと言います。
大きいお兄ちゃんが抱き起そうとしたら、「止めてよ」とか、「いやっ」とか言って、振り払おうとしました。その時も私が車イスを指さして、「ここへ来て」と言ったら、「うん」と頷いたので、移動するのが嫌だったわけではありません。

先日、看護師さんが、よいしょっと持ち上げて移動させて下さった時は拒否しなかったので、やはり大きいお兄ちゃんがダメなようです。

今日は見ていた女性介護士さんが、誘導して下さった後に手を貸してくださったら、よいしょと移動できました。お兄ちゃんは今ひとつわかっていないのね。

さて、そのあと、せっかくなので、よしおさんの所へ連れて行きました。
よしおさんはちょうどおやつの最中で、みつこさんの姿を見ると喜んでくれましたが、みつこさんの反応は今一です。知らない人ではないらしいのだけど・・・嬉しくもなく・・・懐かしくもなく・・・どうも、最近そういった反応になりました。

ふと、映画「明日の記憶」のラストシーンが蘇りました。
それでも、みつこさんには、まだこの続きがあります。これでエンドマークという訳でもありません。
この先はどんな展開が待っているのでしょうか。

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今日からよしおさんの月1のショートです。
猫を頼むねぇ~」と言い残して、問題なく出かけてくれました。

いつも、施設に着くと、まっ先に「お母ちゃんに会いに行こう。」と言うので、荷物整理もお任せし、検温も、血圧も測らないで、まずはみつこさんのユニットへ向かいます。
と、今日はおトイレにて奮闘中でした。みつこさんの場合はふたり体制に+看護師さんの摘便つきです。「今、入ったばかりで、時間がかかりますから、喫茶で待っていて下さい。」と介護士さんから言われて、よしおさんと夫に先に喫茶室へ行っていてもらいました。

ところが、待つほどもなく、トイレの扉が開き、手洗いを促されているみつこさんの姿が見えました。
看護師さんが出て見えて、「今日でー2日なんだけど、指の届くところにはあるけど、降りてきてくれなかったわ。また、今夜下剤を追加して様子をみます。だけど怒らなくて、にっこにこよ。」っと説明して下さいました。

思えば、2年近く前、施設へ入る直前には、最大の懸案事項は排便問題でした。今こうして、穏やかになっていても、便秘だけでも、なかなかの問題なので、2人態勢、3人態勢になっています。
不穏な状態での排便介助など、事実上不可能で、ただただ後始末をするばかりでした。
あの頃は私もみつこさんも戸惑いが一杯だったね。

っというところで、にっこにこのままトイレから出てきたみつこさんに、「おはよう。今日はお父さんが来ているよ。」と声をかけると、にっこりしたまま、何?という顔をして、「わからん。」と答えました。

最近のみつこさんは、私が誰なのかも、曖昧模糊としてきました。
それはそうでしょう。

思えば、3年か4年くらい前、まだ内科のかかりつけ医に普通に受診出来ていた頃でも、待ちあい室で、見知った人から声をかけられて、「娘さんに付き添ってもらって、いいですね。」と言われて、「この人、娘じゃありません。私は子供はいません。姉です。」何て、答えていました。あの頃はまだ一見認知症とは見えませんでした。

施設に入ってしばらくは、私のことは誰だか知らないけれど、見知った人という感じはありました。ところが、最近はそれも消え行きつつあるようです。「お父さん」という言葉も記憶の彼方に行ってしまったようです。あるいは耳から入る言葉自体が理解できなくなりつつあるのかもしれません。
それが全て、「わからん」になるようです。そのうち、「わからん」という言葉もわからなくなるのでしょう。

喫茶室へみつこさんを連れて行って、夫とよしおさんと合流しましたが、嬉しさもあまり・・感じられませんが、何となく知った人という感じはあるかもしれません。
やがて、お茶を飲むまでもなく、机に頭をつけて眠り始めましたので、みつこさんはそのままにして、私たち3人はコーヒーを頂きました。


家に戻ってから、午後一番で、ケアマネさんの訪問がありました。
来月の予定はさらりと変わりなくて、話題は先回の施設での、「看とりの指針」と「病状悪化時の対応」についての話になりました。

ケアマネさんはみつこさんの特養とはまた別の特養に所属されていますが、施設により、こういった対応は異なるようです。
現時点では、胃ロウが高度な医療的延命処置に入るという話から、その決断を迫られた時、どうするかという話になりました。もちろん意見を聞くとか、アドバイスを受けるとか言うことではなく、現場の人として、どう感じていらっしゃるかをお聞きしたまでです。

ケアマネさんのお話は・・・病気とか老衰で、体が衰弱した段階で、食べることが不可能になった場合と、たとえば脳梗塞の後遺症などで、比較的体力(生命維持の)があるけれど、嚥下だけが悪く、努力をしても回復が難しい場合とでは、胃ロウにするかどうかの判断には大きな違いがあるのではないかということでした。それに、本人の意思がはっきりしている場合、口から食べられなくても、生きていたいという意思がはっきりと感じられる場合も後者と同じ範疇に入ることでしょう。

やっぱり、一概にひとくくりでは答えられない、たいへん重い問題です。

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以前の日記を読んでいましたら、みつこさんの変貌の速さに比べ、よしおさんはほとんど変化がないことに気がつきました。

変化と言えば、体の変化。体力の低下は感じられます。お買いものツァーと称して、週2回は一緒にスーパーへ繰り出し、食材を買っていたのですから。今はその体力、気力はないです。
しかし、当時も同じことを繰り返すところは、今とさほど変わらずあり、認知症の中核症状としては、それほど悪化している感じはありません。ちょうど3年くらい前のことです。

よくなったことは、被害妄想、物盗られ妄想がすっかり、ばったり消えたことです。
いつもいつもとりつかれている訳ではなかったのですが、突然のように顔つきがおかしくなり、目がつり上がっていきました。
日記には「殺したろか」なんてセリフも書かれていました。
本人は覚えているのかどうか、一度聞いてみたいと思うのですが、ほんとにめげたら困るので、気持を押し殺しています。

あれが、すっかり消えてから1年が経ちます。最初はおっかなびっくり、いつ再発するだろうなんて、ドキドキしていましたが、今はもう2度とないだろうと断言できます。それ以前のちょっとした前兆がキャッチできるようになったからです。

普通、認知症の進行とともに、困った症状もやがては消滅していくと言いますが、その時には体の方も衰えて、妄想するほどの体力、気力がなくなったとも言えると思うのですが、よしおさんの今の状態は、全くそんな感じは受けません。

認知症の中核症状はさほど進行せず、困った妄想だけがなくなりました。
よって、かなり忘れっぽいけど、陽気で穏やかなお爺さんです。

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お昼は蒸し暑い一日でした。
こんな日なのに、よしおさんはデイへの出掛けに、「上着着て行こうか?」なんて言います。
いらん、いらん。蒸れちゃうよ。」とそのまま送り出そうとしましたが、お迎えの車の中を覗くと、座っていらっしゃるお婆さまたちは、みんな長そでカーディガンを羽織っていらっしゃいます。

そーかー、お年寄りとはこういうものかと思いました。
みつこさんの施設でもそうだけど、みなさん、じーーっと動かない生活ですから、熱を発散する必要もないわけです。

でも、まあ、よしおさんは結構厚手の長そでポロシャツを着ていましたから、そのままで出かけてもらいました。

この前まで、下水工事が気になって、済めば済んだで支払が気になって、しばらくはそればかりの毎日でしたが、デイは嫌がらずに行ってくれます。明後日からは、恒例の月1ショートですが、それも行くつもりでいてくれます。ほんとに助かります。

今から3年くらい前・・・みつこさんが、デイに行くのを嫌がっていた頃、あの手この手で出かけさせようと試みていると・・・「嫌がるものを、無理に行かせるなっ。」「お母ちゃんを外へ出して、何をしようと企んでいるんだっ」と大声を上げていたものです。
もうすでに、あのたいへんだった頃が遠い日になりつつあります。

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みつこさんとよしおさんのお家には猫が3匹いて、1匹はにゃん吉と言います。
私の命名なんですけどね。
みつこさんは猫たちと離れてしまったので、寂しいだろうなと縫いぐるみをプレゼントしています。
目下可愛がってくれている、画像のたぬき猫、この前、介護士さんが「にゃん吉」と呼んでいました。
へぇ~、どうして名前がわかったのだろう?偶然かしら?」と思いました。

今日は、面会に行くと、たいへん良い調子でした。
目も開いているし、食欲もありました。
喫茶コーナーで、かっぱえびせんとボーロを出して、おやつにしていると、
みつこさんは、にゃん吉くんのたぬきお腹に顔を埋めて、
良い子だね。大好きよ。」と呟いていました。
にゃん吉くん大好きよ


こんな日が続くのだったら、施設の生活も悪くないよねと思います。
入所する時には、ここは決して「終の棲家」ではないと言い聞かせていました。
今はどうしても、在宅では困ってしまって、居てもらえないから、一時的に施設に居てもらおうと考えていました。

その気持ちは翻っています。
この施設がたいへん良かったということもあります。
みつこさんの認知症の進行もあります。体調の変化もあります。
それに引き換え、在宅での環境と介護者には変化がないので、明らかに無理です。
ほんとはふたり一緒に居られるのが理想なんだけどね。難しい問題です。

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今日、薬局で、NEWフェルガード1包を半分づつに分包してもらいました。
1包15円ということで、これはとても助かります。
みつこさんのフェルガードに含まれるガーデンアンゼリカは16日から140mgに増量しています。
今日でまだ4日目なので、まだ何とも言えないでしょうけれど、今日の様子では何の変化もないようでした。

怒りっぽくなったようにも見えないし、傾眠が減ったとも見えません。
今日は訪ねていくと、ソファで休ませてもらっていました。
側に行くと、目を開いていたので、なんたら、かんたら、意味不明のおしゃべりをしました。
ご機嫌はまあまあと言ったところで、やはり昔話のようでした。と言いますか、みつこさんは昔の世界に生きているのですから、みつこさんにとっては日常のことを話していることになるのでしょう。
ちょっと笑顔になったりもしました。

喫茶まで行って来ようと思って、車いすに移動させようと試みましたが・・・・
なかなかうまくいきません。2人の介護士さんが手伝って下さいました。
私が奮闘していると、最初は介護士のTさんが手伝って下さいました。
みつこさんの前に車いすを持って来て、「こちらへどうぞ。」と、車いすを指し示すのですが、「いいわ。」とか、拒否されてしまいました。Tさんも、みつこさんだけに掛かりきりになれないので、途中で、「ダメかしらね。」と席を外されます。

また、私が奮闘していると、今度は介護士のMさんが、手伝って下さいました。
彼女は車いすの置く位置が反対だと言います。移動のさせ方も違いました。みつこさんに移動する気にさせなくては、始まらないところは一緒ですが、その気になったところで、抱えるようにして、車いすにお尻から座らせました。
みつこさんがその気になって、立ち上がろうともがきはじめたら、さっと抱えて、私がみつこさんのお尻の方角に車いすを移動します。そこへそのまま座らせるわけです。

Tさんの方法はみつこさんにその気にさせたら、みつこさんに車いすの手を持たせて(車イスと合い向かいに)それから、体をねじって座るようにさせます。その時上手にお尻を車いすにはめるように介助します。

その日の担当の介護士さんがあって、それぞれが、自分の介助方法を持っていらっしゃるというのは面白いと思いながら、聞いていました。皆さん、ひとりひとりの住人さんに対して、それぞれの適切な介助方法を考えていて下さることに、感心し、感謝の気持ちでいっぱいです。

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早朝から下水工事が再開しました。
昨日は「交渉して、工事のやり方を変えてもらい、値段を下げてもらう。」と息巻いていたよしおさんですが、果たして、そのことを今朝も覚えているだろうか?
でも、昨日は「諦める。」と言い切りましたので、そちらを覚えているだろうか?

こわごわな感じで「朝ご飯です。」と起こしました。
台所の窓のまん前で工事をしていますので、身を乗り出して見ていました。が、何も言いません。何も言わずに、ご飯を食べました。
どうやら、「諦める。」の方を覚えていたようです。
そして、今日は一度も外へ出てくることはありませんでした。

よしおさんを観察していると、やはり、お脳の気力が衰えているのを感じます。
フェルガードで穏やかになっているのも事実だと思うのですが、「怒る元気もいまひとつ」のようでもあり、ひとつのことに集中できる時間が短くもなっているようでもあります。

あれだけ、よく忘れるのですから、「何だったっけな?」とか、「何が気になっていたんだっけ?」とか、思い出そうとすること自体、面倒くさいのではないかと推測しています。

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よしおさんのこの拘りは一体どう説明したら良いのでしょうか。

今朝もデイの出掛けに庭に出てうろうろしています。

パ「どうしたの?」(どうしたの?って、庭に出ているのだから、下水工事を気にしていることはわかっているのですが)

よ「今日から下水工事だったな?

パ「今日はこないよ。明日からですけど。

よ「そうか。よかった。工事の人と話し合って、やり方を変えてもらわな、いかん。やらんでもいいことは止めてもらって、値段を下げてもらわないかん。

前に説明して、納得してもらったことも、忘れたわけではなく、納得できていないということなんでしょう。
一番最初に自分が思ったことに、どうしても戻っていってしまいます。

今日はどうしたかというと、「浄化槽をそのまま残すのは、不潔で、危険で、埋め戻すことが市からの通達だ、業者の一存ではなく、市に申請して許可が下りたから工事が始まっているので、今から覆すことはできない。」と、感情的にならないように、ゆっくり、はっきり説明しました。

で、よしおさんは何と答えたかというと、
そうか。そんなら、もう諦めるわ。」と言いました。

ほんとに諦めてくれたらいいのですが、明日から工事が再開すると、どうなることでしょう。
それは明日のお楽しみと言ったところです。


これが、所謂陽性症状ではないことはわかっています。
以前は、屋根の修理見積もりを依頼しただけで、よしおさんは激怒して、私は首を絞められてしまいましたから。

しかし、昨今は金融関係のちょっとした手続き(定期預金の更新とか)だけでも、今日は何をするのか、昨日は何をしたのか、とか、いつまでも繰り返し聞き続けます。
この、下水工事も、何度も説明して、その都度、「しかたない」という形で渋々納得しているので、納得しきれていなくて、聞いたことは忘れているのでしょう。今朝は自分で交渉しようとしだしたので、ひやりとしました。

かーーっと怒らないことは、大いなる進歩ととらえなくてはいけないのですが・・・。

私の本音:90歳の(認知症の)おじいさんなんだから、もう、いい加減隠居して、次世代に任せて下さいよ。

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みつこさんの面会に行ってきました。
着いた時には、下を向いてこっくりこっくりしていました。
揺すっても、反応がないので、先にお部屋に行って、衣替えを少ししました。
厚手のベストは仕舞って、半そでTシャツを出してきました。

それから、みつこさんのところへ戻り、もう一度揺すると、今度は目をぱっちり開けてくれましたので、それならばと喫茶室まで繰り出すことにしました。
mitsuko090615
「かっぱえびせん」の袋を見ています

今日は笑顔が一杯という訳ではないのですが、しっかりとした顔つきをしていて、しかも険はなく、よく話していました。車イスから椅子への移動もスムースにできました。なかなか良い調子だと感じました。

しばらくしてから、ユニットへ戻り、そちらでおやつを頂きました。
ゆっくりですが、ふわふわのカステラを一切れ頂きました。
何とか食べれています。飲みこみが悪いということはありません。

さて、帰りますと、「出かけてきます。」と言うと、
どこへ行くの?」とはっきり言いました。ちゃんと通じていることも、まだまだあります。

ユニットを出て、下の事務室の前を通りかかると、生活指導員さんに呼び止められました。
今日のタイトルの書類2通を渡され、説明を受けました。この書類の確認書を1ヵ月以内には提出しなくてはなりません。今後毎年春に再確認していくことになります。

たいへん重く、重要な確認になりますので、私の考えは書類提出時までにまとめてみたいと思います。

今日はさらっと説明だけ。
【看取りの指針】
みつこさんの入所中の特養では、積極的治療の終わったターミナルの人の看取りを行っています。家族も泊まり込める体制で、チームを組んでターミナルケアに当たって下さいます。そのガイドラインです。このガイドラインを確認し、同意書にサインをします。

【病状悪化時の対応についての確認書】
特養は医師は常駐ではありません。夜間は看護体制もありません。そこで、病気や衰弱で生命の危険が予測される状態になった場合、治療をどう希望するかという家族の意思の確認です。
現状では、胃ろうになると特養には居られませんので、胃ろう増設も積極的治療のひとつになります。
①可能な限りの治療、延命を望む。
②積極的な治療は望まない。

さらに①の場合、A.高度な医療設備をもつ医療機関、B.療養型医療機関の選択になります。
②の場合は、A.特養にて看取りを希望するか、B.在宅で訪問診療、看護で看取るかの選択になります。

現時点での私の気持ちは、決まっているのですが、できるだけ詳しく気持ちを述べて欲しいということなので、熟考しようと思っています。
みつこさんも、ターミナルと言われる部分の比較的近くにいるのか・・という感慨があります。
そういう訳でもないでしょうけれど、気持は固めておく必要があります。

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今日の記事は全くの私見ですので、「へぇ~」と思って聞いて頂いたら幸いです。認知症の種類によっても異なるでしょうし、個人差もあることでしょう。

みつこさんはフェルガード歴、1年と10ヵ月になります。
よしおさんはフェルガード歴、1年と8ヵ月になります。

この間、軌道に乗るまでの間はガーデンアンゼリカの量をあぁでもない、こうでもないと調整してきました。ガーデンアンゼリカの量というところが、面白いと思うのですが、フェルラ酸とガーデンアンゼリカの量をわけて考えています。

フェルラ酸は気持ちを穏やかにし、興奮状態を落ち着かせ、かつ明るくしてくれる。(他にも良いことしています)
ガーデンアンゼリカは嚥下機能を快復するという特別な作用の他に、言葉がはっきりするとか、頭の回転が良くなるとか、元気も出るのではないかとか、、そのかわり興奮することもある。そんなふうに考えています。

みつこさんが一番最初にフェルガードを使い始めたのは、2007年の9月で、この時ドクターコウノの認知症ブログを熟読し、「ANM176(フェルガード)の改善報告」という記事に目が行きました。
実はピック病のみつこさんに、それまではアリセプトの5mgと抑制系のセロクエルと抑肝散という滅茶苦茶処方をして苦しめていました。

これに賭けてみようとフェルガードを始めたわけですが、何もわからないところからの始まりなので、みつこさんの様に重症ならば、認知症治療用のフェルガード(現在のNEWフェルガード)でなくては効かないのではないかと(NEW)フェルガード2包/日からいきなり始めました。

NEWフェルガードはフェルラ酸100mg、ガーデンアンゼリカ100mg/1包ですから、1日ガーデンアンゼリカ200mgからスタートしたことになります。

この時の印象は、意志疎通が難しくなり始めて、意味不明の言語が出るようになった頃ですが、言葉がはっきりとして、よく話すという印象を一番に受けました。しかもそれがいき過ぎで、話す話す、かかかっと笑いながら話して、しかも「ざーます言葉」を連呼したりして、「元気が良くて明るいのだけどぉ~」と苦笑したくなるような感じでした。

でも、兎も角、これを経験しているので、ガーデンアンゼリカ200mgだと、あの感じという感触はつかめています。

みつこさんが一番穏やかで明るく、ほんとにいい感じと思った頃はフェルガード100、5包/日でした。これですと、ガーデンアンゼリカ100mgです。

今現在はずいぶん元気消失しているので、まずはガーデンアンゼリカの量で調整できないかと奮闘中です。ガーデンアンゼリカ100mg以上、200mg以下で適正なところが探れないかと思っています。

一方よしおさんは、みつこさんの経験を踏まえて、無駄なくフェルガード100、2包/日からのスタートですから、ガーデンアンゼリカ40mgからのスタートです。

みつこさんに習って、一旦はフェルガード100、4包まで増量しました。ガーデンアンゼリカ80mgです。よしおさんは攻撃的アルツハイマーですが、ピック病のみつこさんよりはるかに興奮しやすいのがわかります。ガーデンアンゼリカ80mgで、危うい感じになりました。
穏やかで明るくなり、新聞も読み、テレビも見、話題も豊富で良い感じ~と喜んでいたのですが、やはりしゃべり過ぎるくらいになって、話題が「あいつは悪党だ・・・」みたいな、妄想では?と思わせるような雰囲気になりました。

このあと、3包に減らしたりして様子をみているうちに、フェルガード100、ハーフタイプが発売となりました。そこで、ハーフタイプ4包(GA40mg)に落ち着きましたが、これでも、興奮ぎみな感じを受けることがあり、今はハーフタイプ3包(GA30mg)に落ち着いています。

興奮と言っても、暴力、暴言などというところへは至っていませんが、長年陽性症状とつきあっていると、これがこのままいくと、陽性症状にと成長していくんだなと言う、陽性症状の芽みたいなものが分かるようになります。危ういところへは近寄らないに越したことはありません。
フェルラ酸の量は減らしたくないので、ハーフタイプはとってもありがたいシロモノです。


フェルラ酸の良いところも付け加えておきます。
中核症状の進行を抑えている、もしくは改善しているかもしれないと思います。

よしおさんの状態は横ばいです。確かに記憶は悪いけれど、生活に支障がない、人との関わりで困ることがあまりない。進行している感じは受けない。抑制系の薬を使用していないので、体への害がなく健康状態が保てている。

残念ながら、みつこさんは言語の面で意思疎通が非常に難しくなり、その点は進行していると思いますが、以前の崖からころがり落ちる勢いから比べたら、大幅抑制がかかっています。何より興奮状態がなくなったこと、精神薬が必要ないことで、生命予後がアップしていることはまちがいないと思っています。

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一瞬の笑顔090614
ベランダで一瞬の笑顔をとらえました

いつものように、午後のおやつの少し前に訪ねました。
すでにおやつを頂いているところで、中途半端な時間で変だなと思っていると、今日はお昼ごはんが4~5割しか食べられなかったそうです。
眠りながら、口へ運んでもらっていました。

私がユニットへ入って行くと、介護士さんがみつこさんに「ほら、娘さんよ」と左90度の方角の私を指さして教えて下さいましたが、みつこさんは横90度に目を向けることができません。それとも、介護士さんの言葉がわからないのかもしれません。
私が近付いて、「こんにちは」と声をかけても、今一つ反応がはっきりしません。私のことは記憶の彼方に仕舞われてしまったのかもしれません。

体はいつも左へ傾いています。
介護士さんと選手交代して、おやつ介助をしましたが、何とか草もちの半分くらいを口へ押し込んだ形です。飲み物はポカリでしたが、それも半分くらい飲みました。

口を閉じて、目も閉じてしまうので、食べるのは止めにして、爽やかな外の空気を吸ってみることにしました。
喫茶室から牧場に面したベランダに出ることができます。
きれいな青空の下で、ちょっとだけ爽やかな風に吹かれました。

どこへ行ってもみつこさんは直に目を閉じてしまいます。
今度訪ねる時にはガーデンアンゼリカがもう20mgアップしているはずです。
どんなみつこさんに会えるかな。

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早朝、
おーい、おーい。」と言う声で眠りから呼び覚まされました。
寝室の窓を開けて顔を出すと、よしおさんがパジャマ姿で玄関の前に立っています。
(注:よしおさん宅の玄関はうちの寝室と向き合う形になっています)
どうしたの?」っと寝ぼけ眼で尋ねました。起きて立っているからには自分が具合が悪いわけではなさそうです。
猫が出ちゃった。連れてきてっ
ぅん、もぉぅ。そのうち自分で帰ってくるからぁ。」と言い放って、ベッドへ再突入。

30分くらいはうとうとしていましたが、よしおさんがウロウロしている気配に眠れません。
しかたなく、起きて、着替えて、猫探しに出かけました。

何だか懐かしいような気分です。ふたりがいて、混乱していた頃は、しょっちゅうだったな。
みつこさんがカギをかけ忘れると、にゃん吉が器用に手で扉を開けて外へ出て行く、その後を臆病もののトムと不器用み~母さんがくっついて出て行ったものです。

今朝も同じパターンだったのでしょう。トムとみーはすぐに捕まりましたが、にゃん吉だけは行くえ不明です。
玄関に座りこんでいるよしおさんに、
どうして、こんな朝早くから外へ出たの?」と聞くと、
何でだったかな?」と考えた後、「下水工事がどうなっとるか見ようと思って・・・」という返事です。
そうかぁ。やっぱり、まだ気になっているんだ。
納得してくれていると思ったけど、そういう訳じゃないんだ。
朝食の時にも、「下水工事は終わったわけじゃないんだね。このままではいかんのかね?」と浄化槽の埋め戻しに不満を表していました。

そこで、一計を案ずることにしました。
夫に現地できちんと説明してもらうことにしました。
デイから帰ってきたら、その足で工事現場の裏庭に直行して、これとこれとこれを地表から30cmくらいを壊して、地下は庭土を掘ってそれを埋め込みます。足りない分は外から土を運びますと説明してもらいました。

よ「それが市の決まりなのかね?」(注:私がそれが決まりと言ったから)
夫「市からの指導です。」(確かに、なるべくそうするようにと言うことだから。)
よ「業者が儲けたいんだ。」と危ない感じの発言はありましたが、何とか不満ながらもおさまりました。

1分おきくらいに会いの手のように「それでいくらかかるんだった?」という質問が繰り返し入りましたが、やはりそこが認知症だと思うのですが、同じことに意識を集中させ続けることができないようで、考えることが嫌になっちゃうみたいで、「まあ、いいや、しょうがない。」という雰囲気になります。

でも、これは、一応きちんと説明したからねぇ・・・っと言うことで、これは私の言い訳みたいですが、一件落着としました。

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昨日に引き続き、今日はハリ治療で、みつこさんのところへ出かけてきました。

施設に着くと、ちょうどリクライニング車いすに移動させてもらっているところでしたが、ご機嫌が悪いらしく、険悪な顔で怒っていました。どうやら眠いところを起こされて持ち上げられていたからのようでした。

お部屋で先生の到着を待っている間も、先生がいらしてからも、しっかり目を閉じて眠り、体が傾いているので、直そうとすると、「何するのっ」と語気荒く、抵抗します。
施療中も時々思い出したように、ふっと目覚めて、その時はよくしゃべります。
全く意味をなさない訳ではなく、意味あることも話します。が、眠っている時に何かをしようとすると、嫌がって手を振り払ったりします。

週に2~3回、1時間程度の訪問なので、介護士さんたちの観察には負けると思いますが、私が見た感じでは、少し言葉が多くなり、少しはっきりしてきた。だけど、機嫌はやや悪い。眠いせいもあるかもしれないけれど、険がある感じはする。

介護士さんたちにもよくお願いしてあるので、私が行くと、皆さんみつこさんについて最近感じることを話して下さいます。やっぱりご機嫌が悪いとかマイナスなことが多い。でも、人によって言うことも違うし、一概には何とも言えない。

今回は極力私が口だししないで、看護師さん、介護士さんのご判断に任せてみようと思います。
さて、ガーデンアンゼリカ、何mgまで行けるでしょうか。

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病院待合で雑誌をぱらぱら
病院待合で雑誌を見ています

傾眠傾向の強いみつこさんの薬の調整を始めて、1週間以上経ちました。
これまでは、フェルガード100M,5包/日でしばらくやっていましたところから、若干ガーデンアンゼリカの量のみを引き上げてきています。

現在フェルラ酸500mg、ガーデンアンゼリカ120mgです。
今日は内科の受診日でしたので、付添がてら、様子をみていました。
最初に気付いたのは、よく話すようになっていることと、話す言葉が少ししっかりしていることと、話す内容が意味がある(自分ひとりの世界ではなく、相手に対する質問がきちんとできているという意味)ことが、感じられました。
うとうとするのは相変わらずですが、すぐにはっきりと目覚めます。

受診つきそいの看護師さんとも、ゆっくりお話すすることができました。
薬の分包のことで、行き違いそうになり、はらはらした看護師さんですが、きちんと真意を説明してお話することができ、お互いに理解を深めることができたと思います。

その看護師さんのお話では、ガーデンアンゼリカを120mgにしてみて、気づいたことは、しっかりはしたような気もするけど、険のある感じを受けることもあるということでした。20mgのことでも、違いが出てくることは確かなような気がします。不機嫌とか怒りとかが勝ってしまわない程度のところは、そんなに遠くではない気がします。とすると、ガーデンアンゼリカ120mgどまりか、140mgでバランスがとれるか、その程度のところで、それ以上にはならない気がします。

今回看護師さんと、受診の待ち時間にお話しした内容:
■NEWフェルガード1包を半分づつ処方する件は、以前にも1包を半分づつ与えて下さいとお願いしたことがありますが、やはり、介護士さんの段階でまちがいが起きやすいということです。以前にも1包を1度に飲ませてしまったこともあったようです。やはりこれは、薬局で清潔にかつ分かりやすく分包してもらうのが一番なようです。

■カルシウム剤のマイカルのことは、3錠×3回/日が結構負担であるということです。
みつこさんが飲んでいる薬及びサプリメントの量が相当なものです。これをゼリーに混ぜて食べている状態ですが、それだけでおなかが膨れるくらいあるので、あまり食欲のあるとは言えない現在、どちらでもよいサプリメントは少なくする、止めるという方向の方がよいのかもしれないと、話あいました。これは、看護師さん、介護士さんのご判断に任せることにしました。

■それと、マイカルは私と同じで、関節へのカルシウム沈着のある人があるけれど、カルシウム剤を飲んでいると起こり易いということはないのだろうかと質問されました。私の場合は「カルシウム剤を飲んでいるから、カルシウム沈着が起きるということはないと思うけれど、心配しながら飲むのは精神衛生上良くない。」と言われて、現在やめています。みつこさんは自分で心配することはないけれど、看護師さんのご心配はもっともだと思います。もしも痛みが起きたら、その方がずっと負担になります。

ということで、マイカルは今のところ飲ませてもらっていますが、今後については、お任せすることにしました。

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昨日から急きょ下水工事が始まりました。
以前から申請してあったものが、やっと許可が下りて、工事の運びとなったものです。

よしおさんは、できることなら工事をしたくないのですが、下水工事自体はしないわけにはいきません。期限としてはもう少し猶予があるのですが、いずれにしてもしなければなりません。

しかし、やり方にはいろいろな方法が考えられます。
よしおさん宅の浄化槽は非常に古いもので、今のものでは考えられないコンクリート造りの大きなものです。本来は撤去するのですが、これは出来ません。

そこで、よしおさんはそのまま放置したい。
業者の勧める方法は、地上に出ている部分は壊して、地中部分は土を入れて、埋め戻すという方法です。私と夫で相談してその方法を採ることにしたのですが、よしおさんの説得がちょっと大変でした。

まずは、そのまま放置するのは、危険である。いくら蓋をしても深い穴が庭に残ることになる。
もともと浄化槽。それだけでも不潔。雨水がたまれば蚊もわき、更に非衛生的。

ということで、何とか説得完了致しました。

それから、少し日数が経っておりますので、果たしてよしおさんの反応や如何に・・と案じておりました。
カレンダーにも、←ここから、→ここまで、下水工事とわかるように記入し、そっと反応を伺っていました。
しかし、よしおさんは特に気にするふうもありませんでした。

いよいよ当日になったので、この日は流石に、「今日から下水工事がはじまるよ。」と伝えましたが、「いくらかかるんだった?」と心配は値段だけのようです。
やらないかんのでしょう?」(やらなければ、いけないのでしょう?)とも言っておりました。

いよいよ、今日になり、工事も進んだ状態になり、窓から工事の人の働いている姿が見えるようになりました。私が確認のため、台所、お風呂、トイレと水を出したりしているのを見て、よしおさんが自分から言い出しました。

浄化槽は壊して、埋めるんだったね?」←!!! 覚えていたこともびっくり! それで納得していることもびっくり!
2重の驚きで、喜びでした。

それで、いくらかかるんだった?」と、値段だけは何度聞いても覚わらないのですけどね。

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先日、施設の看護師さんとのやりとりで、「NEWフェルガードとカルシウム製剤のマイカルは一包化すれば袋が少なくてすむし、飲ませるのにも楽だから、一緒にして下さい。」と言われて、ジッパー付きの小袋に一緒に入れてセットしました。

今日、夕方になってから、お願いしておいた調剤薬局さんからお電話を頂きました。
薬の分包は一袋いくらということで受けて下さるそうです。お値段は紙代、印刷代などから計算してくださったそうです。

その時にカルシウム製剤とNEWフェルガードを一包化してほしいとお願いすると、カルシウムは湿気を呼ぶので、原則的に他の薬とは一緒にしないというお返事でした。

それを聞いて、今夜の夜なべ仕事が、また一つ増えました。
NEWフェルガードの中から3粒づつ、埋もれたカルシウムを拾いあげて、別袋に移し、貼り付けたシールも剥がして、貼りなおししました。

結構時間がかかり、テレビをつけてやっていたら、2時間ドラマが1本見れました。

またまた、ひとつお勉強させて頂きました。


     カルシウムは湿気を呼びやすいので、他の薬とは一緒にしないこと!
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昨晩、NEWフェルガードを少し分包してみました。
分量はアバウトで、できれば夕より朝の方が多めになるようにだけは気をつけて、1包を朝、夕にわけて、ジッパーつきのビニール袋の一番小さいのをたくさん買い込んできて、そこへ入れました。

今日施設へ持って行って、すでにセットしてある分と入れ替えてもらいました。
みつこさんの薬の多いこと。それなのに、ああして、こうしてととっかえひっかえでは、看護師さんも、ほんとに大変だと納得しました。住人さん60人の薬を全部管理していらっしゃるわけですから、それは手間がかかります。

これからは、サプリメントのたぐいは家族でセットして、すぐそのまま飲める状態で持って行こうと思います。
分包作業も、家にいた頃を思い出して、結構楽しい作業でした。

でも、今日は施設へ行きがけに、先に薬局へ寄って、相談してみました。
手数料をお支払したいのでと申し出ました。なかなか良い感触でした。お金は要らないと言われましたが、それではお願いし辛いので、ぜひにとお願いすると、少し時間を下さいと言われました。
どうやら、分包だけはしてもらえそうです。

肝心のみつこさんの様子ですが、眠り姫ではありますが、揺すり起こすと目が覚めて、結構はっきりしゃべります。何となく私のことがわからない風で、最初は他人行儀にしゃべります。そのうち記憶の隅から出てくるみたいで、いつものような調子になります。

フェルラ酸500mg、ガーデンアンゼリカ120mgだと、さほど変化は見られません。
ガーデンアンゼリカがどのくらいまで、いけるかしら。私の予想では(根拠はありません)160から180くらいまでいけるのじゃないかしら。期待してしまいます。

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【6番にバンド装着】(2009年6月5日)

今日は矯正歯科の予約日でした。
本日は上下左右6番の歯にバンド(ここを起点にして歯を引っ張る)を装着しました。
左上下バンド

院長先生が、私の抜歯の傷を見て、「傷の治りがきれいなので、先行きが期待できる。」とおっしゃいました。皮膚の再生能力があるというか、細胞に活気があるというのか、まだまだ年の割に若さがあるということで、矯正のできばえが期待できるということだそうです。

今日はまずは、最後の抜歯になった、右下4番の後の6番にエラスティック(ゴム)を挿入しておいて、
上左右6番と下左6番のエラスティックを外し、そちらにまずバンドを入れました。まさしく金属でできたバンドを歯に上からスポッとはめ込みます。はめ込むというより、ちから一杯押し込みます。痛いです。

バンドを入れた後に上左5番の歯に小さな穴が見つかりました。4番を抜歯したため境目にある穴が見えるようになったわけです。神経を抜いて、冠をかぶせてある歯の冠の一部が欠損していました。
これは神経がないので、痛みもないから、一応セメントで穴だけ塞ぐことになりました。矯正が終了してから、冠の修復をして下さいと言われました。

それから、右下6番はエラスティックを外して、即バンドをはめました。ここは冠のかぶせてある歯が隣どおしなので、間が狭く、動きも悪いので、痛いこと痛いこと。でも、力一杯で、はめてもらいました。

次回は7番の歯にもバンドを装着するため、親知らずのある左下は7番の前後に、他は7番の前にセパレーティングエラスティックを挿入しました。

これで本日の作業は終了ですが、この感覚に慣れなくてはなりません。下のバンドには歯の外側(頬側)にひっかけ金具があります。上のバンドには歯の外側と内側(舌の方)の両方に金具がついています。これが、頬と舌に触れて、物凄い違和感があります。口内炎ができたりするそうです。
外側用にはワックスをもらってきましたが、中側はどうするのでしょう。プラスティックの蓋をしてもらいましたが、家に帰って食事をしたらすぐ取れたし、プラスティックの蓋自体、なめらかではないので、やっぱり当たります。

しゃべったり、歌ったり、食べたりすると、あっちこっち痛くて、舌の置き場に困ります。
親知らずのあるところは、だんだんエラスティックの痛みが出てきました。
何だかやっかいだわん。でも、きっと歯が整ってくる頃には、やってよかったと思えるのだろうな。

今回は1時間半の作業でした。次回はいよいよ装置が全部つきますので、2時間の予定です。

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今日はハリ治療で出かけると、すでにリクライニング車イスの上でスタンバイ中でした。
昨晩は何故か眠らず、朝になってからおねむの状態とか・・・まさかガーデンアンゼリカを20mg増やしたせいではありませんよね。

今日のお昼は中庭でバーベキュー大会だったそうで、みつこさんも遅ればせながら参加し、ゆっくりながら完食したところだったそうです。
たぬき猫のにゃん吉くんを抱きしめてしっかり目をつぶっていましたが、突然目を開くと、やけにはっきりした言葉で意味不明なことをしゃべって、あははと笑顔になります。

あれれ、何だかちょっぴりハイじゃない?
もしかしたら、ほんのちょっぴりの量の違いでも、変化が見られるかもしれません。
楽しみです。でも興奮し過ぎないでね。

後半2週間のフェルガード類を持参して、看護師さんに渡しました。
その時にフェルガード類の朝昼夕夜の配分を少し変えたことを伝えて、「なるべく半包をなくそうと思っている。」と伝えると、看護師さんの本音も伺うことができました。

薬をセットするのは看護師さん、住人さんの状態をチェックするのも看護師さん。
実際に薬を飲ませたり、体調を直接感じるのは介護士さんなので、住人さんの口に届くまでには2重の人の手を借りるわけです。

看護師さんはまちがいが起きないように細心の注意を払っていてくれます。薬も早めにセットされています。家族が軽々しく様子をみながら調整してほしいなんてことを言ってはいけないのだと気づき、反省しました。

家じゃないのだから、今日の様子を見て、明日の薬に反映することは無理というものです。
薬のセットの手を煩わせないためには、家族が薬のセットをして、持参すれば良いのだと今頃きづきました。
しかし、問題はNEWフェルガードです。これだけはどうしても一回に一包を飲ませるわけにはいきませんが、良い分包の方法がみつからない。
介護士さんに半分づつ2回で飲ませてくださいとお願いすることは、避けたいそうです。
飲むかどうかわからないものを、大量に半分に分けて置くことも無駄になるかもしれないし、お値段の張るものなので、無駄にはしたくないし、、、悩めます。

薬局の分包機が欲しいなと検索してみたら、たいしたお値段で、諦めました。
もうちょっと安価で家庭で使えるような手軽なものないのかしら。

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市内のインフルエンザ発生の情報は何の混乱もありません。
発症者も濃厚接触者も全員自宅待機など守って下さっているということで、人から人への感染は報告されていません。

デイサービスからは、「できればマスク着用でお願いします。」と案内を頂いていました。
よしおさんは、熱心に新聞を読んでいますし、心配するだろうなと案じていましたが、意に相違して、朝出かけに「マスクをしていきましょうか。」と声をかけても、「インフルエンザはもういいんでしょう?」と気にするふうもありませんでした。

送られて来たときには、「次回からはマスクも結構です。」とデイからの通達もありました。
大騒ぎにならずほんとうに助かりました。

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【抜歯4本目】(2009年6月2日)

2009年5月20日に矯正歯科の方で、セパレーティングエラスティック(矯正の時の引っ張る元になる歯にバンドをつける為に、歯に隙間をつくるもの)を抜歯済みのところの6番の歯の両端に挿入しました。
この痛みは今も鈍くありますが、ほとんど支障なくなりました。痛み自体は10日くらい続きました。そんなに続くなんて、もしかしたら、私は異常児かしらん。
ところで、今日1個、自然に外れました。すでに装着から13日目なので取れても大丈夫です。十分に隙間ができたということだそうです。


今日は紹介元の歯科で、4本目の抜歯をしました。これで最後です。

今日でこちらの歯科はしばらく来ないことになるので、抜歯の前に先生といろいろ矯正についてお話をし、相談に乗って頂きました。
まずは矯正歯科での確認書のコピーをお渡しして、診断と治療法を説明しました。

歯科の先生の個人的意見は、たとえ矯正がうまくいっても、口腔外科的処置も加えた方がより完璧な仕上がりになると思うということでした。それは私も感じています。

たとえば少し時間が経った、後から手術だけをしようと思っても、それは歯科矯正の一環とはみなされないか、あるいは矯正を新たに組み直す必要がでるのかもしれません。そうすると費用面でとんでもないことになります。

やはり、1年後には、よくよくよく考えて決断しようと思います。

抜歯に入る前に、ひとこと、「私に矯正治療を勧めて下さって、感謝しています。」とお礼を申し上げると、「僕の方こそ、○○さんに感謝しています。」と思わぬ言葉を頂いて、のけぞってしまいました。

先生は言葉を続けて、
僕は矯正をしたらいいのに・・と思う患者さんには、全員一度は勧めるようにしている。
あなたがこれまで一度も矯正を勧められなかったように、普通の歯医者は大人の患者さんだと、『この人はする気がない。』と決めつけるか、費用のかかることを言いたくないという気持ちで勧めないのではないだろうか。
僕が勧めた患者さんも、ほとんど実行に移さないよ。
大人だから、いろいろ事情があることはわかるよ。あなたのように介護している人がいるとかね。だけど今自分の健康を守っておかなかったら、親の介護もできなくなるかもしれないよ。そんなこと親だって喜ばないよ。」(しっかり噛めない状態の歯では、体の健康が保てない。歯の健康も保てないという意味)

土台から直そうとしない人は、やっぱり治療歯が何度でも悪くなって、そのたびに治療には来るけど、『すぐに悪くなって、治療の仕方が悪い。歯医者が悪い。』って言ったりするんだよ。だけどそんなの崖っぷちに家を建てているようなもんで、すぐに壊れて当たり前なんだよ。」と、気炎があがりました。
私はこの先生に出会えたことは、非常にラッキーだったと思っています。

前置きが長すぎですが、
今日の抜歯は右下4番。健康な歯です。これならスポット抜けて楽かなと思いきや、揺すってもなかなか抜けないらしい。
いつもとちょっと違うなぁ。」という言葉があってからも、しばし頭が揺すぶられ続いて、「動いた。」という言葉があって尚、渾身の力で頭が引っ張られて、やっと抜けました。
見えている歯の2倍くらいの長さの二股のしっかりした歯根でした。

今ふと思ったのですが、抜いた歯をもらってくればよかったわ。
最初の時に「持っていきますか?」と聞かれたのに、お断りしたのでした。

3ヵ月後にこちらへも経過報告に来院することになりました。

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最初に、昨日の記事で、施設の看護師さんへの私の気持ちはちょっと傲慢だったなと反省しています。記事はあえて治しませんけれど、何だか奢り高ぶっているようで嫌な家族だと思います。
実際には売り言葉に買い言葉になりそうだったのを堪えたという感じでしたが、もうちょっと意を尽くして説明すべきだったかなと思っています。

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さて、本題。とうとう私の住んでいる市で、いきなり新型インフルエンザが発症しました。

アメリカに旅行をし、中部国際空港に戻って、空港からは自家用車で家族の迎えで帰り、しばらくして発熱したとのことで、濃厚接触者は10何人とかだそうです。

まだ、人から人への感染は確認されていないということで、学校閉鎖、デイサービスのお休みなどはありません。デイからも「続行します。できたらマスク持参して下さい。」と連絡が入りました。

よしおさんは、今のところ何もいいません。刺激しないように、私も何も言わず、ヘルパーさんも「その話題にはふれませんでした。」と気を使ってもらっています。

テレビのニュースでも見ると、明日はデイに行かないと言うかなぁ~。

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本日はみつこさんの往診日でした。

みつこさんは大きい目で見ると、情緒は落ち着いているものの、体力、気力が大幅ダウンしています。毎日接して下さっている介護士さんたちには返って分かりづらいのではないかと思うのですが、歩けなくなり、食べることができなくなり、しゃべらなくなるという、認知症のゴールへ向って着実に進んでいるのではないか・・・という感じがします。

無理やりにそれを薬で止めようとか、大幅に遅らせようとか思っているわけではないのですが、一度はそれを多少なりと遅らせる努力をしてみたいと思っています。

実は半年程前にも、ガーデンアンゼリカの量を増やしてみようと試みたことがあります。
フェルラ酸500mg、ガーデンアンゼリカ140mg/日を試みたことがありますが、何やらぶつぶつ怒っている姿に、やーめたっと思いました。

フェルガード100M×6包/日も試してみましたが、これもすぐにストップしました。

半年前のことではあっても、すでにその時と同じ状態ではありませんから、条件は異なってきていると思います。嚥下が悪いわけではないので、まだNEWフェルガードを使う時期には早いのかもしれませんが、そちら方面に向かって歩きだしている感じはしています。今から少しブレーキをかけてみるのも良いかと思います。

フェルラ酸の量は500mgで固定しておいて、ガーデンアンゼリカを現在の100mgから、20刻みで、120を経て140という具合に増やしていきたいと思っています。その中で、興奮が強くなるか、傾眠が軽くなるか、ちょうど良い所を探りたいと思います。

しかし、施設でお世話になっている身ですので、家庭で勝手に匙加減をするような具合にはいきません。先生にお願いする前に看護師さんに打診してみましたが、感触は難しいものがありました。
でも、看護師さんの口から「先生がこうしなさいとおっしゃれば、私たちはそれに従いますから・・」と言って頂きましたので、その言葉に甘えて、遠慮しないで、先生にお願いしました。

I先生は「何でも良いと思うことは試してみたらいい」とおっしゃることはわかっています。そういう先生だから、みつこさんはここまで改善することができたと信じています。

一生懸命、認知症について勉強する気になっていて下さる、スタッフの皆さんなので、これを機会にみつこさんを実験台で構わないから、お薬の調整も勉強してくださって構わないのにと思っています。

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Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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