2008 / 10
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今日はみつこさんの頭のCTと血液検査に出かけてきました。
最近傾眠が強いので、一度頭の病気を否定しておいた方がよいからと、ドクターイワタからお声をかけて頂きました。
10時前に施設についてみると、カウンター席で食事を済ませてつっぷして眠っていました。
ゆすっても、なかなか目を開いてはくれないのですが、一応うなづいたりはしてくれます。
今朝は寝起きが機嫌が悪かったそうです。どうも眠気がとれないようです。

でも、黒猫のみーちゃんを連れて、うちの車の後部座席に私とふたりで並んで座って出かけました。
最近歩行もすっかり出来なくなりましたが、車のドアを開けると、難なく乗り込んでくれました。
やっぱり、覚えているみたいです。車に乗るのも半年ぶりになります。

車の中でもほとんど眠っていました。
さて、長久手南クリニックへ到着して、今度は車から降りて車いすに移動する時に、思いもかけない嬉しいことがおきました。
どんな状況でだったかは忘れてしまいましたが、確かにはっきりと、「○○ちゃん(パンドラの本名)」と言ったのです。

おぉぉぉ!!! まだ、みつこさんの記憶の片隅に私は生きていました。
何かのはずみで引出しの奥の方から出てくるのかもしれません。
大事にしまいこまれていて、まだ、完全に削除されてる訳ではなさそうです。

さて、CT撮影などは、眠っているので、順調に問題なく撮れました。
結果は、今年の1月の写真と比較して、1ヵ所梗塞が大きくなっている部分がありました。それは脳幹ではありませんでした。
硬膜下血腫もありませんでした。
血液検査の結果は待たなくてはなりませんが、一応、その梗塞が原因かなぁと言う感じではあります。

さらなる梗塞が増えていかないように、薬を追加することになりました。
  プラビックス 25mg×2/日
  サアミオン散 1% 0.7g×2/日

サアミオンは、もしかしてまた元気過ぎるといけないので、少なめです。

さらに、あまりにも眠り込んでいるので、ニコリン点滴をしてもらうことになりました。
それでも、点滴中も、眠っていましたし、帰りの車の中も眠っていました。
施設に帰りついたのが1時半頃でしたので、すぐに昼食にしてもらい、私たちはそそくさと帰ってきました。

お留守番のよしおさんには、クリニックから電話をして、お昼御飯を待っているように伝えると(電話に出ることができました)2時近くまでお昼寝しながら待っていました。

あの後、みつこさんどうしたかなと心配。
また、ころころ笑う元気な時がくるかしら。
そう言えば、診察を待っている時に涙を流したので、「どうしたの?」と聞くと、「何でか、涙が出ちゃう。」と答えました。
これって、感情失禁なのでしょうか。

せっかく私の名前を呼んでくれたのだから、またきっと元気になれるように、願をかけておくことにします。

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今日はお昼からみつこさんのハリ治療がありました。
今日はとっても上出来で、にこやかだし、協力的でもありました。
肩のマッサージも、足のマッサージも気持ち良さそうに目を閉じて受けていました。
体の向きを変えるのも、わからないと言いながらもちゃんと促せばやってくれました。

それに、ハリ治療が始まる前に、テーブルのところから、ベッドまで移動するのに歩いてもらおうと、まず立ち上がってもらうのに四苦八苦していると、介護士さんが手伝って下さいました。
流石、毎日みつこさんを介助して下さっているだけあって、上手です。
まず、車いすごと壁際の手すりのところへ移動します。
それから、みつこさんに向って、「ここにつかまって立って。」と、手すりにつかまって立つように促して下さいました。
そうすると、「ここ?」と言いながら、つかまって立ちあがりました。
それから、手すりを持っている手を、介護士さんの手に置き換えて、つかまって、おぼつかないけれど歩くことができました。

ハリの後は眠ってしまったみつこさんを置いて帰りました。
私は、先日来メニエール病で、通院中です。
帰りに自分の病院へ寄りました。ところが物凄い混み様で、家に帰った時には真っ暗。
よしおさんは自分で雨戸を閉め、新聞を取り込んで、電気もつけていました。
一人きりなら、ちゃんとできます。

慌てて、よしおさんのところへ飛んで行きました。
病院へ寄っていたので、遅くなってごめん。」と言うと、
どこの病院へ行ってたの?」と聞くものですから、
耳鼻科へ行ってたの。」と答えると、
何と、「あんたも耳が遠くなったのかね。」って・・・なんでも自分と一緒にしてしまいます。

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今日はケアマネさんの訪問があり、来月から、早速よしおさんのデイを週3回でお願いしてあります。
よしおさんとみつこさんの撮りためた写真も見て頂き、使用前、使用後の違いを納得してもらいました。
よしおさんは2008年の3月を境に顔つきが激変しています。
同じ表情なのに、目つきとか雰囲気が違います。つきものが落ちたという雰囲気です。

みつこさんは、2008年のお正月までは、険しい顔をしています。
それ以降はどんどんと変化し、2008年7月くらいには、笑顔がはじけそうです。
今は、認知症である自分をあるがままに受け入れた、今までとは別人のみつこさんになっています。
おそらく2008年の1月以前は、薄れ行く記憶の中で、なんとか自分を取り繕って、しっかりしているように見せなくてはならないという気が張り詰めていたのではないかと思います(もちろん無意識ですが)。

さて、今日はよしおさんのデイの日です。
出掛けに、先日デイの皆で外出した時の記念写真を見せていると、自分の顔を見て、「いい男に写っとるがぁ」と自画自賛しておりました。
ちょっと、うつむき加減で、笑顔という訳ではないのですが、そういう顔の表情が好きなのかな。

来月からの週3回のデイ、うまく行くとよいなと期待しています。

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よしおさんの物忘れはだんだん進行しています。
わたしはご飯を食べたか?」と言うのをここのところ立て続けに聞かれています。
一昨日も、夜8時頃にインターフォンがなり、
私の晩御飯はどうなっているんだね?!」と、自分が忘れているとは疑ってもいないような口ぶりでした。
いつも6時なので、今日ももう済んでいますよ。」と答えると、
私は晩御飯食べたのかね?全然覚えとらん。」と何だかめげてしまいました。

ちょっと前までは、「同じことを何度も繰り返して聞く」と言うのが主流でしたが、
最近は「食事をしたかどうかが思い出せない。」と言う風に変化してきました。

でも、勿論、怒るわけじゃないので、全然問題ではありません。
ただ、ちょっと気の毒かなと言う気がしています。


さて、今日も、ほんの駆け足で、みつこさんの様子を見てきました。
以前のこぼれんばかりの笑顔はちょっと影を潜めています。
傾眠も、そんなに異常というほどではないのですが、なんだかちょっと眠そうです。
すぐにうとうとしてしまうようではあります。
それよりも、最近はまた、一番端のテーブルにひとりぽつんといることが多くて、
家族としてはユニットに入っていくと、ちょっと寂しい気持ちになります。

入所当初もそうだったので、とっても気になっていたのですが、
最近は他の人たちと少なくともテーブルは一緒だったりしていたのに・・・ナ、とか思ってしまいます。
本人は気にしている風はないからいいのですが。

喫茶に行くと、3人の介護士さんたちがミーティングを開いているところでした。
隣のテーブルにみつこさんとふたりで座って、ティータイムにしました。
肩を揉むと、気持ち良さそうに目を閉じて、じっとしています。
肩こりしているのかな。
前に回って、ちょっとだけ足のマッサージもしました。冷たい足です。
手も足もほとんど動かしていませんから。

嬉しかったのは、手を握ったり、開いたり、「グー、パー、してね。」と言いながら、私がして見せると
みつこさんも真似して、グーパーをしてくれました。
両手ともできたので、脳梗塞は大丈夫そう。(勝手な自己判断ですが)

傾眠傾向はやっぱり心配なので、一度ドクターイワタのところで検査をしてもらうことにしました。
先生の方から声を掛けて下さいました。
久しぶりの外出になりますが、今週の金曜日に伺ってきます。

今日のみつこ語録は・・「第一高女」と言いました。
これは、みつこさんの卒業した女学校の事です。
女学校と言うと、今で言う高校生。今日はその頃の世界にいるようでした。

とっても穏やかで、静かなので、何だか家に連れて帰りたくなります。
ちょっとだけ、胸の中で葛藤中です。

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よしおさんの事で、一番有難いのが、デイサービスに喜んで行ってくれるところです。

夜、寝る前に、「明日はデイだね。」と確認があったり、
朝、起きぬけに「今日はデイだったね。」とか確認があります。
あんなによく忘れるのに、デイの事を忘れていたことは全くないといっても言い過ぎではありません。

先日もショートから帰ってきてから、夕食の時に「ショートの食事はどうだった?」と聞いてみると、
美味しかった。」と答えたあとに、自分から「デイのご飯も美味しい。」と付け加えました。

日頃、あまり美味しいものを食べてもらっていないので、デイとかショートのご飯を美味しいと感じるのかもしれません。
それなら、私もちょっぴり良いことしていることになるかしら。

デイは昼寝をさせてくれるから良い。」なんて言うのですが、以前だったら絶対に「寝るのだったら、家で気楽に寝る。」って言い張ったに違いありません。
ほんとになんて不思議なんでしょう。

さて、デイに出かけるとなれば、それなりの格好をして行って欲しいと思うのですが、身なりには全く構いません。
今朝も割と蒸し暑い感じがしたせいか、下着の上にいきなりブルゾンを羽織って行くというので慌てました。
家で万年寝ている時には、まさに下着姿です。食事をする時には、そのままブルゾンを羽織ります。
それと同じ格好で出かけようとするのですもの。
最近は寝る時はパジャマを着るようにはなりました。これはヘルパーさん効果と言えそうです。

で、今日はポロシャツの上にブルゾンを羽織って出かけました。
今日は午前中にお風呂に入って、午後は喫茶店に出かけ、そこで開かれていた写真展を見てきたそうです。

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25日午後から、メールが不通になっております。
ご迷惑をおかけいたしております。
急ぎのご用件、あるいは、すでにメールをいただいている方がありましたら、
お手数ですが、こちらのコメント欄に非表示で結構ですので
お知らせ頂けると助かります。

開通致しましたら、ここへご連絡させて頂きます。

 管理人:パンドラ

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みつこさんの事は、私が大分楽をして、頻繁には行かなくなったので、様子が今ひとつわかりませんが、介護士さんいわく、「このところ傾眠が強い。それに機嫌もいまひとつ。」なのだそうです。
それもやはり介護士さんによって、おっしゃることも、様々ですが、どうも皆さん、ま反対のことをおっしゃるわけではなく、感じる程度の違いが有ると言う事のようで、傾眠があるのは事実です。

今日は、鍼治療の日で、15分ほど前に到着すると、介護士さんのおっしゃるには、お昼近くに起きて、朝ご飯をぱぱぱっと食べると、また、ばたんと寝てしまった。
気分が悪いとかいうふうには見えない。だけど、一時期のごぼれんばかりの笑顔はなくて、眠いと機嫌が悪い。

それと一時期、お薬が増えて便が緩かったのが、3~4日のうちにいつものペースの便秘状態になってしまい、下剤を飲んでも便秘で、便秘だとイライラして、機嫌も悪いそうです。
それはしかたないかなとは思います。理由がはっきりしているので。

で、今日は、昼食後にうとうとから、バッタリと言う感じで眠ってしまったので、ベッドで休んでもらっています。
という事で、ベッドへ見に行くと、がぁーごぉーと熟睡しています。
揺すってもどうしても起きません。

しかも、あろうことか、昨日車椅子からの立ち上がり中、ひっくり返ったそうで、どこかが「痛い、痛い」と言っているそうです。
一応体は見てもらって、打撲らしいものもないし、まちがっても骨折しているふうではないそうですが、もう一度私の前で看護師さんが、体を調べて下さいました。

そうこうしているうちに鍼の先生が到着で、半眠り状態のみつこさんを施術してもらうことにしました。転んだこともお話して、先生にも診てもらいました。
体の向きを変えさせたりすると、痛がりますが、これはいつもの程度で、手の色も足の色も良いし、大丈夫だろうとのことで、一応安心はしています。

目を堅くつむったまま、何だか訳分からないことを話したり、眉間に皺を寄せています。
鍼の先生は「鎮静剤とか何か薬を飲まされてるよ。」とおっしゃるのですが、報告なしにそれはないと思いますが、如何にもそう思えるような状態でした。

たぶん、「転んだ時のショックで混乱しているのじゃないか。」とも言われましたが、それも昨日のことなので、そうかなぁーーーという感じです。

鍼治療が終わって、先生が帰られてからもしばらく眠っていましたので、様子を見ていましたが、15分くらいすると突如、もそもそっと動き出したので、顔を覗き込むと、目を開いていました。
起きようか?」と声をかけたら、いつもの調子で、からからっと笑って「そうだね。」と起きようとしました。何だかあっけにとられてしまいます。

一応、私の独断で、新しく追加した漢方を見合わせて様子をみて頂く事にしました。
止めてみて、傾眠と機嫌にはっきりした違いが出るのかどうか・・・。
止めてみても何も変化がなければ、フェルガード100×6包はどうなのか?とか考えてみたいと思います。

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よしおさんがどうも危なっかしい状態です。
見当識が保てなくなってきています。
昨日ショートから帰ってきて、一休みしてから、6時に夕食にしました。
その後、また、ゆっくり休んだようです。
10時に寝る前薬の用意をして、もしもしと起すと・・・
むくっと起きて、「今は、朝か?、夜か?」と尋ねました。
この頃これが多いです。

しょっちゅう寝ている身ですから、目が醒めれば、普通ならば朝なのですが、
よしおさんの場合はわかんなくなってしまいます。
ま、それは良いとしても、質問は更に続きました。

今、夜なら、、、私は晩御飯は食べたのかね?
全然、思いだせん。」「何を食べたんだろう?」と続きました。

何を食べたかを忘れるのは年相応の物忘れで、食べたことを忘れるのは認知症と言いますが、
よしおさんは自ら認知症であることを証明してくれています。

それに、自分は認知症ではないと思っているところも、認知症であることを証明しています。

よしおさんが認知症だと言うことを証明してみたところで、何と言う訳でもないのですけどね。

ただ、何となく、自分で混乱している様子があって、ちょっと気の毒かなという気がします。
でも、まあ、機嫌良くしていてくれるし、みつこさんのように、急速に進行することもないと思われるので、これで良しとしたいと思います。

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よしおさんはショート滞在は4時半までになっています。
施設の方で、時間があればふたりを何度か会わせてくれているのですが、
いつも家族のお迎えは4時には施設に到着して最後にもう1回、ふたりを会わせます

今日も4時に、みつこさんの方のユニットへ上がって行くと、
介護士さんがお昼過ぎに1時間くらいショートで会ってきたと教えて下さいました。

じゃあ、「お別れだけ言ってこようか。」と、
みつこさんをショートへもう一度連れて行きました。

よしおさんは、もう荷造りもしてもらって、下着1枚でベッドで寝ていました。
みつこさんが入って行くと、
さっき会わせてもらったよ。」と覚えていました。
みつこさんに「もうお父さんは家に帰るから、お別れ言おうか。
と言ってみましたが、通じません。
みつこさんはひとりで、いろいろおしゃべりしていましたが、よしおさんは当然わかりません。

よ「何て言ってるんだね?」と通訳を求められますが、
私にもわかりません。
それでも、よしおさんはみつこさんに向って、
私は帰るけど、あんたはここにいなさい。面倒看てもらえるから。
また、会いにくるからね。」と言っていました。

さて、みつこさんそろそろお部屋に帰ろうかと促すと、みつこさんがよしおさんに向って言いました。
私、ちょっと行ってくるけど、またここへ帰って来るから、待っててね。

↑この言葉、私の頭から離れない言葉です。

施設へ入所する日の朝、寝ているよしおさんに向って、みつこさんが言ったのと同じ言葉です。
みつこさんの頭の中はどうなっているのでしょう~。どんな世界に住んでいるのでしょう。


家に戻ってから、よしおさんに聞いてみました。
パ「今日は、お母さんと長く会わせてもらったそうだけど、お話できた?
よ「何言っとるのかわからんかった。
パ「でも、元気だってことはわかったでしょう。
よ「わかった。ずっとニコニコしとった。

よしおさんも気付くくらい、みつこさんの穏やかさも定着しているということのようです。

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みつこさんの手術後初めてよしおさんがみつこさんを訪ねました。
今夜は1泊のショートステイです。

いつも、ショートに着くと、荷物の整理ももどかしく、「おかあちゃんに会いに行こうか」とせかします。
検温も後回しにして、介護士さんに「よしおさん、みつこさんに会ってきてね!!!」と送り出されて、みつこさんのユニットへ行きました。
みつこさんは、カウンター席で涎を垂らして、コックリコックリと居眠りをしていました。
みつこさん。」「みつこさん、おはよ。」と揺すぶってみても、起きる気配がありません。
しつこく揺さぶりをかけて、「おはよ、おはよう。」と言い続けたら、突如むくっと目を開いて、すごくびっくりしたみたいな顔をして「何ね。いつ来たのぉ~。」みたいな事を言いました。
さらに、「おとうさんが来ているから会いに行こうか。」と声をかけると、どうわかったのかはわからないけど、また、オーバーに驚いて、「ほんとぉ?行こうか、会いに。」と言いました。

その後、ひとつのテーブルを4人で借り切って、久しぶりの逢瀬をお手伝いしました。
しかし、意味不明で、にこやかなみつこさんと、自分の言った事もすぐに忘れて、かつ、みつこさんが意味不明なことが理解できないよしおさんとの会話を同時通訳するわけですから、それはそれは混沌として、混乱に満ちていますが、その途中途中に笑い声が混じり、特養のユニットに異質な空間ができてしまいました。

よ「おかあちゃん、元気になって良かったね。
み「そうね(笑)。あの人はなんたら、かんたら・・・。」と別の事を話します。
すると・・よしおさんはいちいち通訳を求めます。
よ「今何て言ったの?
パ「おかあさんは、言葉が通じないのだから、適当にハートでお話して。
すると、よしおさんにはその言葉の意味が通じないし、耳も聞こえ難い。
よ「えっ?何?」と、私にもう一度言わせます。
それを聞いていたみつこさんが、
み「何の話しているの?」と、まともな言葉をはさみます。

でも、嬉しいことにみんな笑顔です。
そして、その間にも、みつこさんがお菓子の「卵ボーロ」を、よしおさんや、夫にわけてくれています。
特養のテーブルを4人で囲んで、ささやかだけど、とっても大きな幸せを見つけました。
こんな場面、1年前には想像しなかったよねぇ。。。。。

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我が家に1本の栗の木があります。正確に言うとよしおさんとみつこさんのおうちには1本の栗の木がありますということになります。

もう老木です。ここ何十年と栗の実をつけてくれています。
30年以上前に、ここに引っ越してきた時にふたりが植えたものです。

いつも栗の実が実ると、ふたりでイガを剥いて、栗の実を出して、箱に並べて、陽に当てて、食べ切れないほど取れますから、親戚やご近所に配ります。

ところが、栗奉行はよしおさんです。何時、誰に、どれだけ差し上げるのかは、よしおさんが決めます。
私が結婚して家を出ていた7年間は、ふたりでどうやって栗を分けていたのかは知りません。

私たちがふたりの隣へ引っ越してきてからは、否応無くこの栗騒動に巻き込まれることとなります。
よしおさんひとりに栗拾いやイガ剥きを任せるわけにもいかず、お手伝いをするのですが、そうすると、手伝って剥いた栗の半分をどうぞと言って持たせてくれます。

問題は残りのふたりの方の栗です。
みつこさんは近所のお友達に配りたいのに、なかなかみつこさんに任せません。

栗が好きかどうか、電話をかけて聞きなさい。
陽に当てないと甘味が出ないから、陽に当ててからにしなさい。
そんな人(みつこさんのお友だち等)にあげなくてもいい。」etc. うるさいこと、うるさいこと。

栗の行き先くらい主婦にまかせろと、ふたりは何度喧嘩をしたことでしょう。


年月がたち、よしおさんはだんだんと衰えて、以前のように、きちんと栗拾いも出来なくなって行きました。
代わって、私の夫が栗拾いからイガ剥きまで、几帳面にやってくれるようになったのですが・・それでも、采配をふるうのはよしおさんです。

みつこさんの認知症が進んで、もう栗のことなど何も言わなくなっても、よしおさんひとりで拘っていました。
もう、自分で自分の親戚へ配るわけでもなく、ご近所に分ける訳でもないのに、誰にも勝手にはさせません。
廊下に並べておいて欲しいというので、食べ切れない栗をダンボール箱に詰めて、廊下に置いておきました。

昨年の秋、みつこさんが施設へ入ることが決まって、忙しかった頃ですが、よしおさんが栗を拾い出したので、止むを得ず夫が後を継いで、栗を拾い、イガを剥き・・と、忙しい最中にやってくれました。
それでも、まだよしおさんが権限をにぎっていて、傷んだ栗を捨てるように避けておくと、それを見つけて、
あの栗をどうするつもりなんだぁーー。
もったいないことをするなぁーー。
廊下に上げておいてくれぇーー。」と、ひとり暮らしの部屋の中に栗を抱えておりました。

自分で茹でて、結局腐らせたり、庭に置いてある虫食い栗がひからびたいたら、水につけて(戻すつもりなのか)結局忘れて、うじが湧いていたり・・。
とまあ大変なことでしたが、いちいち目を吊り上げ、興奮して怒るので、嫌気がさして、気の済むようにしてもらっていました。
去年廊下に置いておいた栗は、今もひからびたまま、廊下にあります。


さてさて、フェルガード100で、好々爺に変身したよしおさん、今年の栗がよしおさんの変身を証明してくれるかしらと期待しておりました。

実に見事に証明してくれました。

9月半ばくらいから落ち始める栗を、今年は全面的に夫と私も手伝って、栗拾い、イガ剥き、近所へのお裾分け、全部済ませて、後は栗ご飯、栗きんとんと食べられるように変身してから、よしおさんのもとへ届けました。

よしおさんは、栗きんとんを見ると、「これは作るのに手間がかかるんだよね。」と言って、ぱくぱく食べて、「美味しい。」と言っておりました。
それだけ!!! それ以上何も言いません。

昨年は、何と言ったかと言えば、忘れもしません。
栗きんとんの話になった時に、「ほんのちょっと食べさしてもらっただけ。後は持ってただろう!!」と語気荒く言われただけでした。

たかが栗の実なんですけど、されど栗の実なんです。

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昨日に引き続き、今日もみつこさんを訪ねてきました。
鍼治療とマッサージはお部屋のベッド上でしてもらいますが、みつこさんにベッドに横になってもらうのに、ずいぶん時間がかかります。

何しろ、鍼治療と言う言葉も、マッサージという言葉も理解の外なので、何とかかんとか適当に説明しながら、部屋に連れて行って、ベッドに腰を降ろさせます。
腰を降ろしたところを見ると、リハビリ用のずぼんを穿いていません。足の内側の縫い目がファスナーになっていて、ずぼんを脱がなくても足が出せるものです。

何だかとっても久しぶりにみつこさんのズボンの穿き替えをさせてもらいました。
ベッドにしっかり腰をかけてしまっていたので、ずぼんの穿き替えの為に、腰を浮かせることができるかしらと思いましたが、いつもやってもらっているからか、すんなり腰を上げてくれました。
上半身の力は何とか保たれています。

ずぼんは穿き替えたものの、今度はベッドで休むのが、なかなかできません。
みつこさんがベッドの足元の方へ腰を降ろしてしまったので、どうやったらもう少し頭の方へ移動してもらえるかしらと考えて、私がみつこさんより更に足元の方へ腰を降ろそうとしました。
並んで座る形ということです。するとみつこさんが席を譲るように頭の方へ移動してくれました。
それから、言葉の通じない外国人に話しているような感じで、枕に頭をつけるようにジェスチャーを交えて説明していたら、先生が現れました。

変な格好で横になってしまったみつこさんを「えいやっ」と直して下さいました。
全然怒らなかったのに、びっくり。
みつこさんが「せんせい」と呼びかけたので、先生が「私の事、覚えている?」と聞くと、「うん。」とか答えているのに、又びっくり。
うん。」なんて言うのは聞いたことがありません。

マッサージを力を抜き加減でしてもらうと、気持よさそうに、うとうとしてしまいます。
先生にマッサージしてもらいながら、以前の話になりました。
みつこさんが陽性症状花盛りだった頃、まだ私が気がつかなくて、鍼治療院の診察室へ呼ばれるまではついていて、呼ばれて診察室へ入ったら、後はお任せして帰っていました。
あの頃、すでに何をされているのか理解できなくなっていて、先生に「悪魔!」とか叫んでいたのだそうです。
申し訳ないことをしていました。

今日も鍼には痛みがあると、「痛いね、何するの。」とかは言ってしまいます。
鍼は、脳が壊れていては、意味がないのだろうなと思いつつも、嫌がらない範囲でやってもらっています。
マッサージだけでも歩けなかった人が歩けるようになったりするそうなので、やれる範囲でこれからもお願いしていくつもりです。

治療が終わると、大抵そのまま眠ってしまいます。眠気がしてくるから、そのままにしておいて、と先生もおっしゃるので、そのまま寝かせておきます。
30分ほど休むと、もそもそしているので、「もう起きる?」と声をかけると、「起きようかね。」とご機嫌です。それに言葉が通じています。

いつも何気なく言葉が通じていることがあって、後で、「今、通じていたねっ」ってびっくりしたりしています。
みんなのおやつを食べてる声が聞こえていたので、出て行くと、今日は焼芋でした。
私にも出してもらって、一緒に食べました。お芋を食べながら、一方通行の話をしていると、今度は「おかあさん」と言う言葉が話の中に出てきました。私のことを言っているようでした。

今日は鍼の先生が、「せんせい」で、私が「おかあさん」。みつこさんの心の中で、どんな1日だったのでしょう。

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昨日は、耳鳴り、めまい、吐き気が復活してしまって、更新お休みしてしまいました。
今日は元気が復活しましたので、続きを更新します。15日(水)のことです。

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よしおさんは今朝は循環器内科の定期受診で、診察が終わるとその足でデイサービスへ送り込みました。
お昼から、ほんとちょっとだけみつこさんの様子を見に行ってきました。

カウンター席で車椅子に座って、雑誌をぺらぺらめくっていました。
目は雑誌の方へ行っています。
みつこさん、こんにちは」って何度か声をかけても、目は雑誌の方を向いたままです。
何度目かに痺れがきれて、ぽんぽんと手をたたきました。
するとやっと、私の方を向いて、にこっと笑ってくれました。
mitsuko081015

一体何だったのでしょう。
ちっとも会いにこないのね」って抗議?
あなた、誰?」って抵抗?

今のみつこさんには、暴力とか、暴言とか、興奮(は少しあるかな)とか、全く縁がなくなりました。
穏やかで、笑顔が一杯あります。
ただ、言葉は発しているけれど、意味が不明です。
一生懸命意思疎通を図りたいと思うけど、なかなかね。できません。
改善しているふうにも見えません。

コウノ先生のブログでは、認知症で失語状態は言語療法を行なうことは意味がないそうです。
第一できないのではないかしらん。
ANM176(NEWフェルガード)は失語状態を改善させるそうですから、いつか一度は試してみたいと思っています。

穏やかだけど、こちらからの問いかけを理解できない。
言葉は理解できないけれど、介護士さんの指示はジェスチャーも入るからか、毎日のことで慣れてきたからか、朝の着替え、洗面なども、車椅子から椅子に移る時なども、言葉がわかっているように反応できている。

にこっと笑ってくれたので、また喫茶室へ出かけました。
家で毎年作っている栗きんとんを持参したので、それと、喫茶が開いていましたから、みつこさんに紅茶、私はコーヒーを頼みました。

せっかく作っていったのに、栗きんとんは「まずいね」って言われてしまいました。
甘さ控えめだからかしらん。
紅茶は大分、冷めてから手渡したけど、「熱いね」って言いました。
ミルクを2個入れた紅茶は、「美味しいね」と答えてくれました。
こういった表現は割りと正確に出来ます。

何か問い掛けても、全然違う答えが返ってきますが、全体としてはとっても穏やかでにこにこしていてくれるので、介護士さんたちも今では誰も身構えていない様子です。
みつこさんも施設で生活していることに不満はないように見受けられます。
生活の変化は好まないので、こちらの気持でセンチにならないようにしようと思っています。

邪気が全て抜けきった感じを受けます。
無邪気そのもので、人生を生き直しているという言葉がほんとにぴったりなのです。

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よしおさんが現在利用している介護サービスはと言いますと、
月1回、1泊のショートステイ。
週2回のデイサービス。
週2回のヘルパーさんによる夕食の用意と室内清掃で1時間。
以上です。

ショートステイはみつこさんの居る特養のショートです。
デイサービスはみつこさんが行っていたデイサービスです。
ヘルパーさんもみつこさんが在宅時、毎日来て頂いていた同じヘルパーさんたちです。

よしおさんは、認知症の先生からして、すべてみつこさんの後を付いていっている感じで、みつこさんのお古と言っては御幣がありますが、みつこさんで試して良かったものをそのまま流用させてもらっています。

みつこさんが初めてヘルパーさんに自宅へ入ってもらったのが、2005年の12月の終わりでした。
捻挫をして、お風呂に長く入れなかったため、ヘルパーさんに入浴介助をお願いすることにしました。
当時よしおさんは、物盗られ妄想もあるし、それ以前から、他人が家に入る事を極端に嫌っていました。
庭に庭師さんが入るのも嫌ったほどで、家の中に上がってもらうなどもってのほかという状態でした。
みつこさんの認知症が進んできて、よしおさんとみつこさんのふたり暮らしの家の中はすごいことになっていましたから、少しでもヘルパーさんに手伝ってもらいたいと私は熱望していましたが、よしおさんががんとして許しませんでした。

2005年の12月にヘルパーさんに来てもらうことにした時には、みつこさんの居室には入らない。玄関からお風呂場へ直行してもらう。掃除は台所、お風呂、トイレ、玄関とそれに続く廊下だけ。
あとの部屋はのぞいてもいけない。ということを徹底してもらいました。
もちろん物盗られ妄想があるので、疑わしいそぶりはしないようにとか、荷物は極力単純にして何かを持ち帰った思われないようにして欲しいとか、冷蔵庫は開けないとか、いろいろケアマネさんを交えて事前打ち合わせをしました。
しかも、私も必ず同席するという条件でしたので、私はその間、ヘルパーさんの入ってもらえない部屋の掃除をするようにしていました。

やがて、みつこさんが悪化して、毎日の夕食準備をお願いするようになったのが2007年の4月です。
その時には、ヘルパーさんはダメと拒否していられるような状況ではないことくらいは理解できたようで、拒否することもありませんでしたし、意外とヘルパーさんとお話しながら食事ができました。
居室に入ってはいけないというのも、みつこさんの介助もあって、部屋に入らざるを得ない事もあり、しだいに崩れてはいきました。

それでもいつも気を抜かないように、不信感を持たせないようにとヘルパーさんにも徹底してもらっていました。

その頃から来て頂いているヘルパーさんが、今日の夕食準備と掃除に来てくださって、「この頃はよしおさんはどうですか? やっぱり妄想とかあるんですか?」と尋ねられました。
「どう思われますか?」って逆質問してみました。
「そうは見えないです。穏やかですね。」と答えて下さいました。
あまり、穏やかなので、そういう質問をされたと思うのです。

今はヘルパーさんが来てくださると、鍵を開けて、あとはお願いしまーーーす。とお任せしています。
1時間たったら、もう一度行って、「ありがとうございました。」と、ヘルパーさんを迎えに行って、玄関の鍵を外からかけて帰ります。

ずっと夢見ていたことが、いつの間にか実現しているのでした。

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よしおさんは今現在、寝る前にフェルガード100を1包飲んでいます。
夜10時から11時くらいの間に、戸締りも兼ねてよしお宅を訪問して、フェルガード100を飲んでもらいます。

いつも薬を飲む時には「これ何の薬?」と聞かれることが多いのですが、朝、昼、夕は循環器の薬と認知症の薬(と言っても今はフェルガード100だけですが)を両方一緒に服用します。
だから、「何の薬?」と問われれば、「血圧と物忘れ」と答えることにしています。

ところが夜はフェルガード100だけなので、実際、薬でもないわけなんだけど、説明すると理解してもらうのにどれだけの時間がかかるかわかりません。
聞く端から忘れていくから、全部を理解することは有り得ません。断言してしまいます。
なので、「物忘れの薬です。」と簡略に答えることにしています。

すると、「効くのかい?」という思わぬ側面からのアタックがありました。

私は、もちろん、物凄く「あれ」に効いたと思っていますが、「あれ>」のことを本人に言う勇気はありませんから、よしおさんの言う(物忘れに)効くのか?」という問いに真摯に答えなくてはいけないと思い、「これは予防薬なので、酷くならなければ効いているということです。」と答えました。

予防か、、、」と、何だか、「自分は認知症ではないのだからね」と、満足げな感じが漂いました。

今夜もこれから行きますが・・果たしてまた、聞かれるでしょうか。


注:「あれ」=物盗られ妄想
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みつこさんの手術のことを心配してくれた、叔父一家が神戸から訪問してくれました。
まずは、よしおさんと会って、30分ほど懇談。
よしおさんは叔父に「あなたはいくつになられましたか?」という質問を10分程のうちに5回繰り返したとパンドラ夫に指摘されてしまいました。
その時、よしおさんは、「何回聞いてもちっとも頭に入らないようになりました。」と答え、「がははぁ~」と笑いました。
何とも大らかになってくれて、私は嬉しいです。

よしおさんは来週ショートステイがありますので、それまでみつこさんに会うのはお預けにして、今日は叔父たちだけとで、みつこさんを訪問しました。
みつこさんは、叔父のことは覚えていません。
喫茶室へ行くと、連休でもあって、珍しく家族が一杯でした。
人でざわつく喫茶室は何時もと異質なようで、最初のうちは興奮気味に不機嫌でした。
でも、30分ほどしてからは、徐々に表情が崩れて、笑顔も出てきました。

叔父たちは母の手術が無事に終わって、元気を取り戻していることをとても喜んでくれました。
ほんとは、手術を受けることに反対であったことも、ぼそっと教えてくれました。
元気な母の姿に、結果オーライ、良かったと言ってもらいましたが。

母の歩行能力が低下していることに話が及び、ほんとは背筋、腹筋など、体の大きな筋肉を弱らないように鍛えるといいのだけど、そういうことはしてもらえないの?と言われました。
病院のリハビリに通うのには、病気の後遺症など、はっきりしたものがないと難しいのではないだろうか。
介護士さんたちはあまりに人手が足りず、忙しく、母のリハビリのために時間を割いてもらうことは頼めません。頼んだところで実行してもらうことは無理でしょう。
家族が意識してするしかありませんが、本人の自覚がない分、とても難しいところがあります。
特養に居て、デイサービスに通うようなことができたら申し分がないのですが。
ま、もう少し体力回復したら、一度外出を試してみようと思っています。

叔父が帰り際に「さようなら」と言うと、みつこさんも「さようなら」と返していました。
言葉にできなくても、何かが心に残っていると思いました。

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いつもみつこさんを訪ねる時には、よしおさんにも伝えておきます。
昨日も、「今からお母さんのところへ行って来ますね。」と言うと。
よ「ありがとね。私はおかあちゃんのところへ行かなくていいかい?」と言うので、
パ「よかったら、一緒に行きましょうか?」と声をかけました。すると、
よ「おかあちゃん、元気か?
パ「もう、すっかり元気よ。
よ「そんならいいわ。元気でやってるならいいわ。」と答えました。

ちょっと意地悪して、
パ「『おかあちゃんのところへ行かなくていいかい?って、施設へ入らなくていいかということ?」と聞いてみました。

なんて答えるかな~って思ったら、こんな答えでした。
よ「うちがいいよ。」そして、「あそこは部屋がひとつしかないもの。」と続きました。

うーーーーん、確かに。ひと部屋だけの世界です。
よしおさんときたら、広いおうちのあの部屋も、この部屋も全部自分専用の物置にして、並べるわ並べるわ、何年も前の週刊誌すら捨てさせないのですもの。
それを全部ホームのひと部屋に詰める事はできないものね。

しかも、プライバシーはないものね。
しかし、誰かについていて欲しい。死ぬかもしれない。怖い。と不安が一杯で暗く沈んでいたところから見事に脱出しているということの証明です。

3月の時点では、これでは施設に入ってもらわなくては、自宅でひとりでは置いておけないと思って、みつこさんの特養の申込書ももらって、すでに記入済みなのです。
ところが、だんだん調子が上向いてきて、特養に入所希望していたことも忘れてしまうくらいです。
申込書は机の奥にしまわれたままなのです。

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今日は鍼治療の往診日ですので、約束の時間より少し早めに出かけて行きました。

着いた時は、何やらご機嫌があまりよろしくありませんでした。
私が手をとっても、「何ですかっ」とちょっと怖い感じです。
私たちの横を車椅子を自走している住人さんが通りかかると、「何ですかっ」とまたつっかかります。
その方が何もおっしゃらないで、すーっと通り過ぎて行かれると(たぶんお耳が悪い)、「嫌な人」とつぶやいておりました。

うーーむ。可愛くないお婆さんが戻ってきています。
何故だろう? ガーデンアンゼリカが多い? 慎重に見たいと思います。

ちょっと怖い顔でしゃべっているみつこさんの側に座っていると、介護士のMさんが側に来て、今日のいいエピソードを教えて下さいました。
この方は乳癌を見つけて下さった方です。

今朝も起床介助に来て下さると、機嫌良く起きてきたみつこさんが、介護士さんに話かけたそうです。
み「ちょっと見て!
M「なあに?
み「こんなに日が差し込んでいる。
M「どこどこ?
み「ここっ」って、部屋に差し込んだお日様の跡を教えてくれたそうです。

嬉しかったですよ。
これが、今、私が目標としていることなのです。
記憶が戻らなくてもいいから、今現在のことで、言葉のキャッチボールができるようになること。

こんなことが増えていくといいな。

そして、介護士のMさんは私が行くと、いつもそんなエピソードをひとつ、ふたつ、知らせて下さいます。その気配りが嬉しい私です。
素敵な介護士さんです。まだお若いお母様です。

さて、鍼の先生が到着された頃には、機嫌も直っておりました。
ベッドに横になってもらい(それがまたひと苦労ではあります)、マッサージを始めることができました。
先生がおっしゃるには、指圧なので、ある程度は痛みを感じるくらいでないと効果がないし、「痛・気持ちよい」というくらい力の入れ具合を好む人が多い。
みつこさんは、マッサージを受けているということが理解できないために、少しでも痛みを感じると、「止めてーー」となるのだろうと言う事です。
成る程。言われてみればそうですね。
それで、みつこさんには、痛みを感じないくらいの力でマッサージしてもらいます。
あまり効果的ではないようですが、気持ち良く眠くなるようで、じっとしていてくれました。

先生が、「私のこと、わかる?」とお聞きになると、みつこさんは「わかる」と答えました。
マッサージのことも、今日はなんとなくわかっていたかもしれません。

順序が前後しますが、今日は施設に着くとまず最初に介護士さんから、ここのところ便が緩いことを伝えられました。
今朝から何度か排便が出ているので、もしも鍼の最中に出たら教えて下さいということでした。

先日から、十全大補湯と、フェルガード100増量を行なっています。
十全大補湯にも、ガーデンアンゼリカにも緩下作用があるそうで、両者が相まっている可能性がありそうです。(きじとらさんに教えて頂きました)
みつこさんはもともと物凄い便秘で困っていました。パンカマ、マグミット、座薬に摘便とフルコースです。
こちらを調整してもらって様子をみようと思います。
それでも緩ければ十全大補湯の量を考えるか、少し止めるかにしようと考えています。

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よしおさんが怒らなくなって、久しくなります。
今日もみつこさんの経過をまとめていて、過去の日記に浸っておりましたが、よしおさんの怒りのピークは2007年の前半だったことがわかります。

ちょうどみつこさんががたがた崩れてきて、食べ尽くしと排便処理に私ひとりできりきり舞しているところへ、追い討ちをかけるように、「盗んだな」「返してくれ」「大悪党め」と、うるさくて、辟易していました。

みつこさんが入院しても、施設に入っても、決して会いに行こうとはしませんでした。
家を空けたら、その間に私と夫がぐるになって、何をしでかすか分からないからだそうです。

あの頃は、普通に普通の話をしているのに、突如、目が釣りあがってきて、三角になるとよく言っていましたが、まさしくそんな感じでした。

突然怒り出して、訳がわからない。
その場を離れようとすると、「逃げる気かーーー」と追ってくる。
その場に居れば、掴みかかって、「どこにあるのか言ってみろっ」とか、言えないでいると余計興奮して、「殺してやるーー」とか言い出して、手に負えませんでした。

それでも、何とかやり過ごしてこれたのは、月1くらいの頻度で済ましていてくれたからでしょう。
2007年前半で、一旦ピークを過ぎたら、クビを締めたりする酷い妄想発作は起こらなくはなりました。
でも、ぶすぶすと中程度の物盗られ妄想はくすぶってはいました。

フェルガード100を飲み始めて、4ヶ月目に入院し、それ以降ぱったりと治まりました。
当初は本人は死ぬ思いで入院したのだから、無事退院できて、生れ変わったつもりになったのか、娘に感謝する気になったのかと思いましたが、そうではなく、フェルガード100がじわじわと効いてきたのと、時期がちょうど合致したのではないでしょうか。

退院後はデイサービスに出かける。
みつこさんに会いに行く。
ショートに滞在する。とびっくりすることばかり。

そして、まだ信じきれずに、はらはらしている家族を尻目に全く不穏になりません。
ちいさな不安とか、興奮するかなーーというサインはありますが、気付いて対処すれば大事になることは決してありません。

ただ、みつこさん同様、認知機能の方は衰えております。
今言ったことも、全く記憶に残りません。
それなのに、人に任せることは、できません。(家の中の修理、大きい買い物など)
もう、何回でも何回でも何回でも何回でも、しつこく聞きます。
あまりのことに、この前もつい、「もぉ、さっきから何回でも言ってるじゃない。ボケてるわね。」とつい言ってしまいました。

以前だったら、(怖くてそんな言葉は言えないけれど、言ったとしたら)
予想される反応は、「ボケてるだとぉ、それが親に言う言葉か、大悪党にそそのかされたか、このぉ」と、手を振りかざす。と言ったところでしょうか。

それが、この前は、何と何と、

がはははぁ~」と笑った後、「そんなに何回も聞いたかね??」だって。
やっぱり、フェルガード100は穏やかになって、かつ、朗らかになります。(断言します)

写真はよしおさんちの「にゃん吉」くんです。

にゃん吉08108

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5日、6日のみつこさんのことをまとめてもう一度書きます。

4日のお誕生日に訪ねて行けなかったので、5日にちゃーさんから頂いたケーキを持って出かけました。
ユニットに着くと、すぐに介護士のTさんが、「昨日の写真です」とデジカメの画面を見せて下さいました。
ユニットで、簡単お誕生会をして下さるようです。ちっさなケーキにロウソクを立てて、「お誕生日おめでとう」と言ってもらったようです。
右手に○○、左手にフォークを持って、ロウソクを吹き消して、器用でしたよーー」と教えて下さいました。
カメラの中には笑顔のみつこさんが見えました。(○○は何だったか忘れてしまいました)

それから、いつものように喫茶室へ移動して、今度は家族でケーキを食べました。
喫茶室のカップやお皿を使ってもいいそうなのですが、洗っておかなくてはならないし、ふきんなどがみつからないので、面倒なので、最近はお懐紙と紙コップを持参しています。

懐紙の上にケーキを取り分けていると、「これ何?」と懐紙を指さします。
それとか、夫のカメラのケースを「あれ、何?」と聞きます。
1才のお誕生日を過ぎたみつこちゃんは、いろんな物に興味を持ち始めたようです。
この調子で日本語をもう1回、覚え直したりして・・・。
先が楽しみです。

6日には、認知症外来がありましたが、先生がいらっしゃる前に少し時間がありましたから、前から気になっていたひげそりをしました。
「顔の産毛剃り」はやってもらっていないよね。写真を見てもひげが気になります。
そこで、この日はかみそりを持って出かけました。
じっとしていてくれないと、怖いのですが・・・。
ちゃんと説明してから、鼻の下をひっぱりつつ、かみそりを当てました。
じーーーっと身動きせずにいてくれました。終わると、「もういいの?」って、聞いてくれました。
私は内心、「やったぁーーー」状態になりました。

これからは、こうして、みつこちゃんの成長記録をつけていけるのかと思うと、感慨無量です。

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先回の外来が1ヶ月前で、ちょうど手術の直前でした。
次回には元気な姿が見れますね。」と言って頂きましたが、お約束どおり、すっかり元通りのみつこさんに会って頂くことができました。

そこで、これまたお約束どおり、フェルガード100を1日6包に挑戦してみることに致しました。
飲み方は朝1、昼2、おやつ時1、夕1、寝る前1 です。

今日のみつこさんは、穏やかは穏やかですが、気分もちょっとダウンぎみで、「もう嫌になっちゃった。」とか呟いておりました。
9月分の生活記録のコピーももらったので、目を通していたら、「とても悲しそうな顔をして、涙ぐんでいた」という記録がありました。
みつこさんの脳の中で何がおきているのかは不明ですが、少し、うつうつとしてきたのでしょうか。
気力がダウンしてきているのでしょうか。

また、漢方にお詳しいきじとらさんから教えていただきました、十全大補湯も先生に処方して頂きました。
病後の体力回復、気力アップにも繋がるそうで、気分のダウンも持ち直すかもしれません。

今日は診察中に1回だけ、私の問いにきちんと答えてを返してくれました。
何を聞いたのだったか忘れてしまうところが私のお脳の老化を表しておりますが。
こういうピカッとしたものが、少しづつでも増えていってくれたら、嬉しい。

フェルガード1包追加と十全大補湯で、さらに一歩踏み出せたら、いいな。

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勉強会でもコウノ先生がおっしゃっていらっしゃいましたが、白髪が黒くなるそうです。
kuririnさんのブログでも話題となっていました。

その話を受けて、ふたりの頭をしげしげと見てみましたが、みつこさんも、よしおさんも、黒くなっているような気がします。
「写真を撮っておいて下さい。」とコウノ先生もおっしゃってましたので、みつこさんの頭は撮ってきました。

mitsukohead

よしおさんも真っ白だったはずなのに、ごま塩とまではいきませんが、大分黒が混じっています。
ふたりとも写真に撮って、追跡調査していきたいと思います。
自分の頭も追跡していきたいです。(私もフェルガード100飲んでます)
自分の頭で実証できたら、いいな。

「黒くなりました」って言う方、ありましたら教えてくださいね。

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みつこさんは本日、満の83才になりました。
本人は、今日がお誕生日とも、今日で83才とも理解はしていないことでしょうけれど、
私としては、みつこさんの83才のバースディは特別な感慨を持って迎えることができました。

82才は、施設入所したばかりの時でした。
心配で心配で、毎日施設に通っていました。
施設はとても良くして下さっていましたけれど、みつこさんはまだ落ち着かなくて、他の住人さんのお部屋に侵入したり、廊下で寝ていたり、、、介護抵抗もあり、殴る、蹴る、噛みつく、、なんてこともまだありました。

あれから1年。
こんなに穏やかに83才を迎えるとは想像していませんでした。
良かったね。みつこさん。

今日は訪ねて行けなかったので、明日は様子を見てきます。
ケーキを持って行こうかな

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みつこさんは、2007年9月からフェルガードを飲み始めました。
ちょうど1年が過ぎましたので、経過をご報告させて頂きます。
ピック病の末期であっても、改善がかなうということを知って頂くよい例になれたと思います。



<フェルガードの種類と飲み方>
(みつこさんの場合)


2007年9月~10月
フェルガード(フェルラ酸100mg、ガーデンアンゼリカ100mg)朝、夕、各1包
フェルガードとフェルガード100の違いを知らなくて、医療用の方が効果があると思ったためにフェルガードを飲んでいました。特に興奮が強くなったという感じはありませんでした。


2007年10月~2008年5月
フェルガード100(フェルラ酸100mg、ガーデンアンゼリカ20mg)朝、夕、各1包

2008年5月~
フェルガード100、朝、昼、夕、各1包、計3包

2008年6月~
フェルガード100、朝2、昼1、夕1、計4包

2008年7月~
フェルガード100、朝1、昼1、おやつ1、夕1、計4包

2008年8月~
フェルガード100、朝1、昼1、おやつ1、夕1、寝る前1、計5包

2008年9月~
夕、寝る前は、フェルガード100Mに変更、計5包は変わらず。


<改善点>
(1年前と比べて)


介護抵抗が全くと言ってよいほどなくなった。

 以前は、朝、眠っている時に声をかけて起すと、殴る蹴るの抵抗があった。
 「馬鹿、あっちへ行け」などの暴言があった。
 トイレ介助、入浴介助もスムースにはさせなかった。


非常に穏やかで、笑顔が多くなった。
顔つきが柔らかくなった。
声を出して、明るく笑うことが多い。
苛立ちがなくなった。


 以前は、不機嫌なことが多く、顔つきに険があった。


意味はなさないけれど、言葉ははっきりしていて、よく話す。
(ただ、思っていることが言えているわけではない。)


 1年前には言葉が出なくなり初めていた。
 思っていることが言えなくなってきていた。


何よりも大きな改善は、乳癌が見つかり、普通に入院、手術ができたこと。(2008年9月)
認知症だからということで、特別に向精神薬を使うこともなく、極普通の患者と同じように治療が受けられたことは信じられないような改善点です。

もう1点補足します。
ずっと向精神薬を使用してきましたが、2008年8月に完全に止めることができました。
以後、悪化する気配は全くありません。





<認知症が進行したと思われる点>
(1年前と比べて)


言葉が理解できなくなった。
ゆえに会話が成り立たない。
思っていること(感じていること)が言葉で表現できなくなった。
歩行が悪くなった。

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入院中、入院後もしばらく鍼治療を休んでいましたが、すっかり元気なので、今日から再開しました。
 
午後から往診して頂けることになっていましたので、時間に合わせて施設へ訪ねました。
久しぶりに会う、介護士のMさんが側に寄ってきて、みつこさんの様子を報告して下さいます。
みつこさんて、最近、何とも言えないくらい穏やかで、朗らかですね。
今朝もお風呂に入ってもらったのですが、ほんとにいい調子です。よく笑って・・

ここ、1ヶ月くらいだろうか?
会う人毎に、「穏やかさ」と「明朗」を皆さんが言って下さいます。
もう、絶対的に、定着しています。嬉しいことです。

意思疎通の方は、今一で、なかなか話が通じません。
適当な相槌をうってしまうしかないことがたびたびです。
字は読めています。漢字もひらがなも。

けれど、この穏やかさと笑顔があれば、みつこさんのいる世界の居心地がとても良い事は現しているわけだから、それはそれで良いと思っています。
みつこさんが、自分の世界の中で、笑顔でいられるのなら、こちらの世界の私たちと交信できなくとも幸せではいてくれるのだもの。

フェルラ酸とガーデンアンゼリカの力で、こちらの世界にも少しでも足を踏み入れてくれたら、もちろんそれは嬉しいことですけれど。。。

さて、褒めちぎったところで、久しぶりの鍼治療は残念ながら、上手くいきませんでした。
と言っても、大声を出したりするわけではないですが、マッサージも「いいです」と拒否。
何だか結構「痛い」と言っていたので、実際には痛くないと思うのだけど、何をされるのかわからないという恐怖感があったのだろうか?
鍼の前のアルコール綿で拭くのも、冷たくて、「痛い」になってしまうので、そこそこで止めてもらいました。

鍼を続けるかどうかは微妙なところですが・・・上手く行く時もあるので、しばらく様子をみて、あまり嫌がるなら止めてもよいしと思っています。


・ふと思い出しましたが、昨日の勉強会で、パーキンソニズムの強いレビーの患者さんにひざ回りのマッサージを15分くらい続けるだけでも歩けるようになるということでした。

・レビーの鑑別に、「1時間以上昼寝をする」というのもありました。よしおさんはどうなるのじゃ?

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○久手南クリニックでの、河野先生の認知症勉強会「レビーの後半」に出席させて頂きました。

今日の講義で心に残ったことは、ふたつ。
一つは認知症の進み具合、改善具合を具体的に知るためにはぜひ写真を残して下さいと仰っていました。

実際、みつこさんは認知症になってから、ほとんど写真を残していません。
改善具合を知るためにもぜひ必要ということですので、これからは意識して撮っていこうと思っています。
数少ない写真を見ていましたら、いくつか気になることがありました。

もうひとつは、河野先生がおっしゃっていた、くりくり眼、これは脳が生きていないことを意味するそうです。
情報を得ようと必死になって目を見開いているそうです。

みつこさんの目もそうです。
みつこさんはそう言えば、元気だった頃は、写真を撮るというと、さっと顔を構えるというか、顔の表情がポーズをとるというか、身構えるというか、きりっとした口元をしました。
それが2007年のお正月の写真ではみられますが、それ以降はありません。

今、改善してきたと言っても、知能の改善はみられてないのがそれでもわかります。
穏やかになって、笑顔が増えて、情緒的に非常に落ち着きましたが、認知症としては進行しているということを表しているのでしょうか。

みつこさんの写真を探していて、きづいたのが、よしおさんの変化です。
よしおさんこそ、全く写真がありませんが、お正月の写真と、この春からショートへ滞在中のみ、みつこさんと一緒に写真を撮っています。

よしおさんはみつこさんのような極端な知能の低下はないので、所謂呆けたような表情はありません。
そのかわり、暴力を振るっていた頃の表情はとても暗く、陰鬱な険悪な顔をしています。
フェルガード100が効果をあらわしてきてからの、今年の春以降の写真は割りと晴れ晴れとしています。
こんなふうに表情に表れているのだと、よくわかりました。

ブログには顔写真の羅列は控えたいので、わかって頂けないだろうと思うと残念です。

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急に寒くなってきましたので、みつこさんの衣替えが気になっていました。
みつこさんは、私にとっての母ではなくなってから久しいので、今では寄宿舎に入れている私の娘のようなものです。
冬物の洋服を一山抱えて、施設に着きますと、何だか、がらーーんとしておりました。
端の方で、みつこさんが机につっぷして居眠りをしていました。
見ると机に涎が・・・みつこさんの口のまわりは昼食のおかずがべったり。
でも、寒くないように一応、長袖Tシャツにカーディガンを羽織らせてもらっていました。

入所当初は気になることが一杯で、毎回生活相談員さんに「あーだ、こーだ」と聞き苦しい注文をつけていましたが、今はそういうことは小さなことだと思えるようになって、あまり何も言わなくなりました。
大きい目で見れば、施設としてみつこさんのことをしっかり見ていてくれます。
健康上のこともしかり、怪我をしないようにということもしかり、口の周りが汚れていたり、洋服が食べこぼしで汚れていても、そんなことは、家族が気付いたら綺麗にすれば良い事で、みつこさんの場合には、それは些細なことだと思っています。

このところ寒いので、もしかしたら、風邪が流行ってきているかもしれません。
それで、自室で休んでいる人が多いのかもしれない。

お部屋の洋服の詰め替えをちゃちゃっと済まして、みつこさんと喫茶に行きました。
最近食欲があるようで、持って行った「たまごボーロ」も、ぱくぱくと食べました。
穏やかな表情で、意味不明なことを話して、時々笑って・・・。

過ぎた過去を想うと、寂しくもあるけれど、今のみつこさん自身が穏やかな平和な世界の中にいるのなら、それで充分ですわと思っています。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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