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まだ9月なのに、何だか一気に冷え込んできました。
ふと気付くとよしおさんは、パジャマの下にピンクのトレーナーを着ています。
それ、みつこさんのじゃない。
夕べ、寒くて、たんすから引っ張り出したようです。
今朝、自分の厚手のシャツに替えてもらおうと思ったけど、面倒くさいからこれでいいと断られてしまいました。

さて、先日、ケアマネさんがよしおさんの10月の予定を持って来てくださいました。
今のケアマネさんは昨年の4月から担当してくださっています。
ちょうど、みつこさんが胃潰瘍が治って退院する直前からです。
一番たいへんな時を一緒に歩いて頂いた訳で、私たち家族の奮闘を良く見ていて下さったし、一番力になって、助けて頂いた方です。

今はみつこさんも落ち着き、よしおさんも落ち着き、急ぎ何かをして頂くことは皆無になりましたので、ご訪問頂いた時もこちらの様子を報告するとともに、認知症の治療について話し合ったりもできるようになりました。

この前も、老老介護のお宅のことを相談されました。
ケアマネとして、何もしてあげられないようで、虚しさを感じてしまう
私でできることはないかしら」とおっしゃるのです。

よくお聞きしてみると、ご主人が認知症のお宅で、奥様が介護されている。
ご主人は脳血管性とレビーのミックスで興奮がとても強い。
認知症外来を紹介して、受診してもらったけれど、薬剤の調整がなかなか上手くいかない。
毎週のように薬を変更してもらうけど、「もう、これ以上は・・・」と先生にも言われてしまう。
介護者の奥様は、鬱状態になってしまって、夜も眠れない。
とにかく何とかして下さい。施設を紹介してください。」の一点張りなんですよとのこと。

個人情報は守られているので、私はどこのどなたのことかは存じません。

ケアマネさんは、話を続けて、「よしおさんもみつこさんも、すっかり落ち着かれたのに、どこが違うのでしょうね」とおっしゃいます。
答えはケアマネさんの言葉の中にあるように思いました。
介護者の奥様はいつもたいへんです。ちっとも良くなりません。何とかして下さい。とその言葉ばかりを繰り返されます。どこがどう大変なのか良くわかりません。どういうふうに変化したのかがわかりません。
それにご本人も、先生の前ではシャキっとされるみたいです。


少しづつわかってきましたが、きっと、先生にきちんとした情報が伝わってないのではないでしょうか。
最初に診断された時に処方された薬でぴったり合えば問題はありませんが、認知症の場合は、症状がこじれていればこじれている程、薬の微調整は難しくなります。
家族の観察と、それを先生に伝える努力と力が必要な気がします。
うまく受診するコツというようなものでしょうか。
認認介護なら、それは無理。
老老介護でも難しいと思いますが、ケアマネさんが介護者さんにそんなことを話して差し上げるだけでも違うかもしれないと思います。

どんな薬をどれだけ飲んだら、どんな様子になったか、それをきちんとメモに残して、それを医師にきちんと伝えなくては、改善は難しいと思うのですが、それが介護者に無理な時には、だれかが肩代わりしてあげることはできないのでしょうか。

ケアマネさんは、「私がそれをやってみようかと思う。」と力強い言葉を残されましたが、ケアマネさんとヘルパーさんが連携するとか、何かできそうな気はします。
来月、良い報告が聞けたら良いなと思っています。

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昨晩のこと、寝る前薬を持ってよしおさんを訪ねると、しっかり布団に包まって寝ています。
昨晩はやや早めの10時に行ったのに、どうしたのかなと思うと、やっぱり訳ありでした。

起きて、薬は飲みましたが、続いた言葉が次のようなものでした。

よ「今寝てたら、目が回った。心筋梗塞かしらん。」
パ「この前、心臓の検査をして、大丈夫って言われたから違うよ。」
よ「お母ちゃんがよく目が回っておったでしょう? あれは何で?」
パ「お母さんは耳の中の方が悪かったから。」
よ「私もそれかしらん。」
パ「違うよ。天井がぐるぐる回る訳じゃないでしょ?」
パ「心配しないで、今夜はゆっくり休んでいてよ。」
よ「わかった。」と素直に寝てくれました。

一夜明けて、今朝、、、、、今日はデイの日です。

7時半に訪ねた時は眠っていました。
一応布団が上下して、息していることは確認します。
後はお猫ちゃんの便秘猫のトムくんのトイレ確認。
今日も一粒出ていました。嘔吐もしていないし、ご飯も食べます。
一応大丈夫そう。引き続きペトラモルトを手になすりつけて、舐めさせます。
猫のご飯と雨戸あけを済ますと、私は一旦引っ込みました。

9時に朝食の用意に行って、食卓を準備していると、
よしおさんが布団の上から手招きしています。

よ「夕べね、目が回ったから心筋梗塞かもしれん。」とまたはじまりました。
よ「今日はデイの日だけど、休んで家で寝とろかしらん。」
パ「大丈夫、心筋梗塞じゃないし、デイには看護師さんがついてるから、家で寝ているより安心だよ。」と無理やり説得。
でも素直に応じてくれました。
よ「そうかね。」と起きて、ご飯を食べて、デイに出かけました。

4時半に帰って来て、連絡帳を見てみると、お風呂も入って、体操もしていました。(いひひ)
ちょっと血圧が低くて、上が108と言うのは気になりましたが。。。下は78です。
もしかして、薬が効きすぎているだろうか。
それにしても、よしおさんも、体調を気にするとはいっても、以前と比べたら全然違います。
ずいぶん気にしなくなりました。


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よしおさんがデイに行っているお昼の間に、ちょっとだけみつこさんの様子を見に行きました。
カウンター席でこっくりしていましたが、揺すると起きて、満面の笑みでした。
介護士さんも、「昼食は介助する間もなく自分で完食されましたーー。」と報告して下さいました。

また、喫茶までちょっとだけ、出かけました。
今日は土曜日で、他の家族も来ていらっしゃいました。
車椅子の足の不自由なおじいさんを見て、「変な人」と一言。このへんはあまり変わっていません。
それ以外は、終始穏やかの、にこやかで、何だかつられて笑ってしまうことが何度もあります。
喫茶室で、笑ってお茶を飲んでいる私たちのところを通りがかられた看護師さんが、「退院以後、一段と穏やかですねー」っと感嘆の言葉を残して行かれました。

良い陽気なので、ベランダに出て外の空気を吸ってみました。
ほんの数歩なのですが、歩く事は出来なくなっています。
両手を支えて数歩歩くのが精一杯です。
今の状態では、家に帰っても、門から玄関までの階段が上がれないと思います。
触ってみると、足がとっても冷たい。
やっぱり、家族でリハビリしなくちゃいけないわ。
こんなに穏やかになってくれたのだから、何の抵抗もないのですから。

mitsuko08927

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みつこさんが、自分が誰であるかがわからなくなった日、それは2年前の3月でした。
この頃はまだ、言語などはしっかりしています。
子供の頃の記憶はあるけれど、現在のことがわからないと自分ではっきり認識しています。
周りにいる家族も、自分とどういう関係なのかがわからなくなり、非常に悩み始めていました。

アイデンティティーの喪失 2006/3/13(月)

あれから2年と半年。
今は言葉も失われ、自分の気持をうまく表現できないでいます。
今のみつこさんは過去の世界に生きているのか、言葉の端々に子供の頃のことがでてきます。
私のこと、よしおさんのことは見知った人としてだけ覚えています。
私や、よしおさんはみつこさんの子供の頃の見知った人間ではありませんが、ふたりのことは忘れずに、自分の過去の世界に引き込んでくれているようです。

現代に生きている私たちとは別次元に入り込んでいるみつこさんと、生きながらにして死に別れたような、奇妙な感覚で、何とも言えない悲しい、寂しい気持で接していました。
みつこさんは、そこに居るけど、もうここには居ない。

ところが、最近それが変化してきていることに気付いています。
容貌は年齢相応82才のお婆さんなのですが、脳は一旦死に絶えて、何もかも壊死し、萎縮し、ほとんどの記憶も生活の仕方も何もかも捨てて、、、、そこから、新たに再生してきたような、新生みつこさんがいるような気がすることがあるのです。

この仮説はあながち出鱈目でもないような気がしています。
フェルラ酸を服用し始めてから、じわじわ脳の細胞死が止まり、やがて新たに芽を吹き出していないだろうか?
だから、みつこさんは赤ちゃんがだんだん成長していくように、失った機能をもう一度取り戻しながら、新しい人生を生き直しているような・・・、私の錯覚かもしれないけど、そんな気持までしています。
みつこさんの第2の人生が今始まっているのかもしれません。
これからは、子供の成長を楽しみにするように(イワタ先生もそうおっしゃって下さいました)、みつこさんの成長を楽しみに、大切に育てます。

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今日はみつこさんの摘出組織からの病理検査結果が出ているということで、外科を受診しました。
説明の前に、まずは傷を診察。
何の問題もなくて、「きれいに治っています。」とお褒めを頂きました。
その間、みつこさんは終始落ち着いています。
時折、そばの看護師さんのポケットの何かが可笑しいとか言って、ころころと笑います


さて、結果です。

・浸潤性小葉癌 ・2.5cm×1.5cm ステージIIa ・リンパ節転移なし

・IIaは初期の癌と言えます。
・リンパ節の転移は認められなかったので、リンパに乗って全身へ転移は考えられない。
・癌のまわり3cmは切除してありますが、浸潤性でもあるので取りこぼし、遠隔転移がないとは言えないが、大きいものはない。

予想していた中では、一番良い結果と言えると思います。
今後は治療は、化学療法、ホルモン療法とも、しないことにしました。
もう、癌だったことは忘れてもいいと思っています。そのくらい良い結果だと私は思っています。
今後は血液検査で、時々腫瘍マーカーを追って行くだけで良いと考えています。



病院から帰ってから、久しぶりに、昼食介助をしました。
面会のご家族があって、みつこさんの指定席は空いていませんでしたので、喫茶室でふたりで昼食をとることにしました。
介護士さんがみつこさんの食事を喫茶まで運んで下さいました。

みつこさんは、私が介助すると、口まで食べ物を運んでしまうので、すずめの子みたいに「あ~ん」と口を開けて待っています。
介護士さんが介助して下さる時は、手にお箸を持たせて、みつこさんが自分で食べるように促して下さいます。
こぼしたりするのは気にせず、汚れても気にせずというところはありますが、でも、よくわかっていて下さる。
その方がいいんだなぁと思う事がありました。

今日も、私が口に運んでいると、あまり食が進みません。
ところが、途中で私がトイレに立ってしまって、帰ってくると、みつこさん、自分でぱくぱくと食べています。
私だと汁物、ご飯、おかずとあれこれ順番に口へ運ぶけど、自分で食べる時は1品づつ攻略していくみたいです。
私がいない間にメインの魚料理を片付けていました。成る程。
みつこさんはしっかり回復していますので、あまり介助、介助と思わない方が良さそうです。

さて、言葉のことで、面白い発見がありました。
これまでも、意味不明のことを言語明瞭に話しているところがありましたが、今日は少し意味ある言葉を聞くことができました。

魚の身が堅くて、自力でほぐれません。
これ、たかいわ。」と言いました。「かたい」と言いたかったと思いますが、近い言葉を言っています。

ハーブの入った冷たいお水に氷が浮かべてありました。
そのコップを持たせると、「あつい、あつい」と言いました。

語の意味が反対であったり、50音の順番が逆だったりしていますが、今現在のことを言葉にしています。
これは、進歩なのか、退歩なのか。

最近はつきっきりではない為、よくはわかりませんが、一度は忘れていた語彙を思い出しているような気がして、進歩ととりたいと思っています。

それと穏やかさ、これは更に磨きがかかっています。
今日も外科の先生も、「それにしても、穏やかだねぇ」と感嘆して下さいましたが、ほんとにほんとに、良い意味で別人なんです。

みつこさんて、こんなに穏やかな時があったっけ???
フェルラ酸が、こんなに穏やかにするの???
では、フェルラ酸だけだったら、どうなのだろう。
ガーデンアンゼリカとフェルラ酸を同時に摂る意味は、何なんでしょう???
???が一杯です。

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昨日の記事「介護だけが大切という方へ」で、みつこさんとよしおさんの主治医、長久手南クリニックの岩田先生について触れさせて頂きましたが、先生からコメントを頂いていますので、新ためてご紹介させて頂きます。

こちらは、愛知県名古屋市近郊で共和病院とも比較的近い河野先生のお膝元でもあります。
ですが、コウノメソッド推奨医の先生がそんなに多いわけではありません。(最近は増えつつあるようで嬉しいです)その中で、岩田先生はコウノメソッド推奨医第一号に認定され、河野先生と同じように、患者のため、患者の家族のためを第一義に考えて診察に当たって下さっています。

河野先生のところは全国から患者さんが集まり、現在1ヶ月以上待ちなのではないでしょうか。
岩田先生は、ほぼ1週間の待ちで診察頂けるそうです。更に、午後は往診をして下さるので、範囲は限られますが、通院の不可能な患者さんにはとてもありがたい存在です。しかも、認知症だけではなく他の病気も同時にトータルに診て頂けますので、救世主のような存在です。

また、先生のクリニックでは、ケアマネさん、施設担当者さんなど、地域の方々を対象に河野先生と岩田先生で交替で月1回の認知症勉強会を開いて下さっています。
私もまだ1回ですが、参加させて頂きました。

家族が認知症かな?と思った時、はじめに受診する病院選びはとても大切です。
みつこさんのようにならない為にも。

みつこさんは、かかりつけの内科の先生に最初に相談しました。すると、お医者さまというのは患者を抱え込むご趣味をお持ちなようで、「アルツハイマーかもしれないよ。これ、飲んでみようか。」と、いとも安易にアリセプト5mg(3mg)とドグマチールを渡されました。
うつうつとして、ちっともよくならない、、、ドグマチールを続けるうちに、パーキンソニズムが出現してしまいます。涎は垂れるし、歩けないし・・・。
でも、かかりつけ医の先生はそれがドグマチールの副作用だとはおわかりにならない。
しょうがないからと大学病院の精神科へ紹介状を持たされます。
そこからみつこさんの悲劇は始まりました。


長くなってしまいました。↓岩田先生から頂いたコメントです。
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【認知症外来へどうぞ】

パンドラさんの往診の頃は、開院前で問診だけで診断して治療を開始しました。的確な治療を行えたのも、コウノメソッドと認知症ハンドブック三部作(河野和彦著)のおかげだと思っています。

H19/11 からは長久手南クリニックを開院して頭部CTも撮れるようになりました。往診希望の患者さんも初回のみは認知症外来を受診していただき、その後の往診については往診スケジュールで可能な範囲であれば行かせていただきます。

最近は認知症外来の新患予約(0561-64-5667)も1週間待ちにまで改善しています。認知症で困っている方とその御家族には、なるべく早く受診していただきたいと思います。

認知症は的確な治療により改善する病気です。

ドクターイワタ | URL | 2008年09月23日(Tue)04:39 [EDIT

元記事: 「介護だけが大切という方へ」コメント欄 2008/9/22
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詳しくは 長久手南クリニック をご覧下さい。

昨日のことですが、夫とふたりでみつこさんに会いに行きました。
11時近かったのですが、朝食中でした。

今朝はお漏らしがあって・・・お風呂に入ったりで、今、朝ご飯になりました。」と報告がありました。
排便だけは、入所する時からずーーーっと問題で、結局これだけは改善しません。
改善したのは、汚れた後のシャワー対応などの抵抗が少ないことだろうと思います。
家では逃げ回って、私ひとりではすぐにお風呂に入ってもらうことなどできなくて、清潔に保つことさえ難しかったから。
これがネックで、家に帰ることもなかなか引っ掛かってしまいます。

朝ご飯が済んだところで、いつものごとく喫茶室へちょっとだけ行ってきました。
台風の影響で、突然ざーーっと雨が降ってきたりしていましたが、
ベランダに夏使用したスダレが干してあるのを見て、「取り入れなくていいの?」とはっきりと言いました。

術後、もう、痛み止めも鎮静剤も使用してはいないのですが、今ひとつ元気しゃきしゃきとはいきません。
言葉数も心なし少ないし、声も小さく、はっきりしません。
まあ、まだ、体調が万全ではないということでしょう。静養中の身ですものね。

でも、笑顔は見せてくれました。

mitsuko08921

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認知症ねっと」の掲示板で、「もう、薬はたくさんだーーー」とか、「温かい介護だけが、患者を救える・・」というようなご発言を聞いておりましたら、またまた、みつこさんのことを聞いて頂きたくなりました。

みつこさんは、2000年(当時74才)から途切れることなく、某大学病院精神科を受診しておりました。始まりはうつ状態の治療でしたが、それが奏効して元気になっていくのと入れ違いのように物忘れが始まり、2003年からアリセプト5mgを飲み始めました。
診断は1年遅れて、2004年にアルツハイマー型認知症と診断されました。そして、「治ることはありません。アリセプトで進行を遅らせることができるかもしれないだけです。」と言われました。
当時は長谷川式のテストでも、図形描画ができないだけでしたから、点数としては高かったと思います。

それからの日々は、アリセプトを飲み忘れないように管理し、日々出来なくなっていくことが多くなったり、奇妙な行動が続くみつこさんへ、いかに介護をしていくかを模索し続けていました。
ケアマネさんと相談しつつ、ひとつのことが解決するころには、次の問題が出てくる。全くいたちごっこを続けていました。

もちろん精神科でも受診の度に相談していました。失禁とか、過食とか、入浴を嫌がるとか、、、それが認知症の症状であるにも係わらず、「介護認定を受けて、受けられるサービスを受けて、、」と、そういうアドバイスを受けておりました。悪までも薬はアリセプト一辺倒でした。
困る症状があれば、対応した薬を処方します。」とは言われておりましたが、実際に困り果てた2007年になってからは、抑肝散セロクエルを処方されましたが、それでもアリセプトは続行のままでした。

2004年から3年間で、目に見えるような勢いで悪化していきました。
確かにピック病は適切な治療方法はみつかっていない病気ですから、たとえ2004年の段階で正しく診断されていたとしても、もしかしたら、あまり変わりはなかったかもしれません。
でも、正しい診断がされていれば、まちがっても、ピック病に効果のないアリセプト5mgを飲み続けて、ただただ陽性症状に拍車をかけるようなことはなかったはずです。

2007年に過食が元となって、出血性の胃潰瘍で死線を彷徨うこととなり、その時の入院から一気に本人も苦しい、家族も疲弊しきってしまう混乱の極みに突き落とされてしまいました。
それでもまだ、アリセプト抑肝散セロクエルを続けていました。

一旦体調を崩したみつこさんは、次々と病気を引き起こしました。
胃潰瘍が治り、検査で胃カメラを飲んだ翌日に大量嘔吐、それが引き金で誤嚥性肺炎、治ってしばらくすると、今度は帯状疱疹。

本人の興奮状態は極限になっていて、病気治療さえ、もうどこの病院でも受け入れてもらうことができなくなってしまいました。
すでに、みつこさんの認知症は意思疎通がほぼ不可能な段階にまで進んでしまっていました。
その絶望状態の時にドクターイワタの訪問診療を受けました。
ドクターイワタに巡りあわなければ、みつこさんは狂い死にしていたかもしれません。

その後は、正しい診断、適切な治療を受け、コウノ先生のブログからフェルガードを知り、即、採り入れて、ネット友からの助けもあって、今日に至りました。
みつこさんは、命がある間に、良い方へ向けての仕切りなおしが適いました。

どんなに一生懸命介護していたって、早期発見していたって、適切な医療、治療を受けていなかったら、こんな悔しい、虚しいことになってしまいます。
自分の無知をどんなに責めたか、みつこさんに心の中でどんなに詫びたかしれません。

もう、そんな思いを誰にもして欲しくないと思っています。

みつこさんが受診していた某大学病院精神科にも、当時から物忘れ外来ができていました。
ネット検索で、「認知症診断のできる病院」の中にもちゃんと入っています。
そこに受診していてすら、こんな状態です。

認知症は改善する病気であること、早期なら逆戻りも可能であることを忘れないで!
治療しているのに、一向に改善しないのなら、その治療はまちがっているのではないかと気付いてください!
あなたの大切な家族のために!!

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みつこさんは、傷の具合次第では受診すると言う予定でしたので、朝訪ねて参りました。

10時過ぎでしたが、まだ起きたばかりでしたが、きちんと洋服に着替えさせてもらっていて、朝ご飯の最中でした。
今はもう鎮静剤も、痛み止めも使用していません。

髪の毛もドライシャンプーしてもらって、すっきりしていました。

巷では、今、フェルガードで髪が黒くなると評判ですが、みつこさんの後ろに立って、しげしげと頭を見つめていましたが、それはちょっとわかりませんでした。
これからは、じっくり観察してみようと思います。


パジャマ生活も卒業して、無理のない範囲で起きて、普通の生活をしています。

看護師さんが、「傷の具合を見て、治りが悪ければ受診するけれど、良ければ、今日は行かないから、傷を見せてね」と、みつこさんと一緒にお部屋に戻りました。
お部屋に入って、Tシャツとアンダーシャツを捲り上げて、傷を見せてもらいました。
まだ、フェルムが貼ってありますが、傷はきれいに治っていました。

みつこさんは、何の抵抗もなく、とっても協力してくれます。

フィルムを貼った状態で、午後から、お風呂も入れてもらい、その後フィルムを剥がして消毒してもらうそうです。

そして、これで、傷の治療は終了になります。
たった10日足らずで、綺麗に治って、回復力もあり、何て若いのでしょう!

せっかく訪ねて行ったので、以前のように喫茶室でココアを飲みました。
飲みっぷりがいいでしょ?

mitsuko08919

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昨晩、よしおさんに確認をしました。

パ「明日は長久○○クリニックの予約の日ですから、行きましょうね。
よ「あんた、代わりに行ってきて。
パ「どうして?
よ「そんなら、CT撮る時は、あんたずっと側についとってくれる?

なんて会話がありました。

6月28日の受診の時に、CTのスタンバイ状態で、長く待っていて恐怖を感じてしまったことを、よ~く覚えていて、びっくりしました。
3ヶ月近く経っていますので、よもや覚えているとは思いませんでした。

短期記憶はまったくないと言ってよいほどなのに、嫌な思いはしっかり刷り込まれて、決して抜けないみたいです。
記憶ってどういう仕組みになっているのでしょうか。

兎も角、CT撮影があったら、側についているという約束で受診してくれることになりました。


今朝になって、よしおさんはその気で起きてきてくれましたが、台風の影響か、怪しい雨も降っていたので、私ひとりで家族受診することにしてしまいました。

さて、よしおさんがいなければ、先生と本音のお話ができます。

ちょっと興奮ぎみで、フェルガード100を3包に減らしていることは、すでにご存知でした。

私は、よしおさんが薬に敏感なので、フェルガード100、4包中のガーデンアンゼリカ80gにも反応して興奮しているのだろうか?と思っていましたが、先生からは興味あるお話がありました。

フェルガード類(フェルラ酸ガーデンアンゼリカ)は、体のどこで、代謝されるのだろうか?
肝臓なのか? 腎臓なのか? ・・・と。

よしおさんは、腎機能が健常者の半分ほどです。

フェルガード類が腎臓で代謝されるということであれば、よしおさんの体には同量のフェルガード類であっても、単純に計算すれば2倍くらいの影響があることになります。
そんな単純ではないにしても、ガーデンアンゼリカの興奮性も普通より高まるとは言えるのかもしれません。

肝臓は解毒する器官で、腎臓は老廃物を除去する器官と考えると、天然成分でできているフェルガード類は、腎臓で代謝されるのだろうか? と私は思っていますけど、どうでしょうか。
そんな単純なことではないでしょうか。
ご意見お聞かせくださいね。

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昨日退院して、今日は通院することになっていました。
予定の時間少し前に施設に着くと、みつこさんは朝ご飯も済んで、車椅子上で横へ崩れるようにして寝入っていました。
昨日の夕方くらいから俄然活発になってきたそうですが、夜1錠の鎮静剤で夜間は爆睡、朝もとろとろに薬が残っている状態でした。

さて、今日は抜糸をするかもしれないし、車椅子で通院すると診察室でベッドに移るのが大変なことなので、リクライニング車椅子で行く事にしましたが、移動できるでしょうか。
すっかりお寝んね状態で立ち上がってもらうことも不可能です。

介護士さんと看護師さんの女性ふたりで、どうやろうかと思案していると、男性介護士さんが、「お姫様抱っこしようか?」と申し出て下さいました。
体重36kgでも、お米10kgよりはずっとどっしりしてるものね。
というわけで、軽々とお姫様抱っこで移動させてもらいました。
みつこさんは眠ったままです。

外科は混み合っていて、延延と待っていましたが、みつこさんは起きる気配がありません。
かなりの待ち時間の後、みつこさんも目を開き始めた頃、やっと呼んでもらいました。

主治医のO先生は、評判どおり、優しくて、今日はまた一段とファンになってしまいました。

今日は嫌われちゃうかもしれないけど・・・」と言いながら、先生はみつこさんに説明して下さいました。
胸の手術の傷のところの糸を抜きますから、痛いかもしれないけど、我慢して下さいね。」とみつこさんの目を見て話して下さいました。
みつこさんは、ちょっとだけ頷きました。
先生は私と看護師さんに向って、「ちゃんと、手術をしたことを理解していらっしゃるから・・」とおっしゃいました。

認知症だから、何もわかっていない」というんじゃなくて、ひとりの人間としてきちんと対応して下さるO先生に胸が熱くなってしまいました。

抜糸はなるべく痛くないようにとホッチキス止めがしてあり、ちいさなスパナみたいな物でパチっと外していきます。
看護師さんと、私で、肩と手を押さえていましたが、全然何ともありません。
みつこさん、偉いねぇ~~」とまたまた言ってしまいました。
乳首のところの3針くらいは、敏感な部分だけに、「イタッ」と叫びましたが、暴れる事はありませんでした。
1箇所血が滲んできたところだけ、フィルムで押さえて、終了しました。
2~3日異常がなければ、お風呂もOKだそうです。

O先生は新ためて入院中のみつこさんのことも誉めてくださいました。
どうしても落ち着いてもらえなければ、点滴が終わったら施設へ帰ってもらおうと思っていましたが、入院中、落ち着いて、穏やかに過してもらえて、何も問題ありませんでした。

昨年の2回の入院と比較して、天と地ほどの差ができました。

・癌を発見できたこと
・入院前の検査がスムースに受けることができたこと
・入院・手術・術後の治療が何の問題もなくできたこと
・手術から2日間は24時間付き添っていましたが、後は朝10時くらいから夕方3時くらいまでの付き添いで、後は病院にお願いしていました。みつこさんはひとりで猫の縫いぐるみを抱いて、テレビを見て過していました。

全てがすんなりと何の問題もなくできたことは信じられないことのように思います。
少なくとも1年半前より、ずっと改善しています。
入院中も夜間の鎮静剤以外は何の向精神薬も使用していません。
フェルガード100はいつもと同様、入院中も飲んでいました。

フェルガード100と、温かい病院の対応と施設の対応に感謝します!!!

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みつこさんは10日に入院して、当日手術、予定どおり1週間の入院で、本日無事退院して参りました。
みつこさんの手術をご心配頂き、無事手術が終わった事を喜んで頂き、誠にありがとうございました。

元気になってからは、動きが出て来て、夜間の対応が心配な事もあり、鎮静剤を使用されていますので、今日は昼食時にもまだ薬が残っている状態で、目を開けたりつむったり、ろれつがはっきりしないのも、薬のせいのようです。

病院と施設は連携プレーがきっちりできていて、家族は何もしなくても、自動的に施設からお迎えの看護師さんが来てくださって、施設まで運んで下さいました。

拘束服も脱いで、体を拭いてもらい、パジャマに着替えさせてもらって、帰ってきました。
後は施設で対応して下さるそうですので、特に何かを考える必要もなさそうです。
傷テープ(フィルム)の大きいのが貼ってありますから、それを剥がすこともないだろうと思います。

1週間ほぼ寝たきりでしたので、現在自力立ち上がりはできません。手助けすると、起き上がって、車椅子にかろうじて移動できる程度です。

痛み対策はロキソニンを飲んでいます。胃潰瘍の元になった薬なので、心配なのですが、飲み方に気をつけて、胃潰瘍の薬と同時に服用しています。

体重は1週間で、1.5kg減で、現在36.5kgです。
鎮静剤の使用が落ち着かないと、きっちり食べられるようにはならないような気がしますが、エンシュアリキッドなどで、栄養状態が落ちないように工夫して下さるそうです。
時間をかけて、体力回復に努めたいと思っています。

明日は通院で、たぶん抜糸をすると思います。
これが痛いのだそうで、どうなることでしょう。
因みに少しでも痛みが少ないようにと、ホッチキス止めになっています。

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日ごとに回復しているみつこさんです。

今朝訪ねて行きますと、ベッドサイドにベッドマットがもうひとつ置いてあります。
夜間は転落時の事故防止に置いてあるものです。

病院のベッドは最低にしても、施設のベッドよりかなり高めです。
もしも転落すると、床は固いし骨折しかねません。骨折で済まないかもしれません。
ベッド柵がしてありますので、それを乗り越えることは無理だと思うし、ベッド柵を外す程の腕の力は出せないと思うけど、そのへんは日々元気度アップなので、できないとは断言できません。

私が部屋に入って、ベッドマットを片付けていると、看護師さんが飛んで来て説明して下さいました。
何と、今朝、朝食後にベッド柵を外して、ベッドの頭を最高に上げた状態で朝食をとり、そのままひとりでおいておかれている間に、自分でベッドを降りて(脚から落ちて)廊下までお尻をすりすり出て来ていたのだそうです。

恐らく、トイレを探して移動していたのでしょう。
怪我がなくて良かった。でもずいぶん動けるようになりました。
日々回復しているのがよくわかります。
それで、その後、夜間と同様にマットが敷いてあったと言う訳です。

施設からは毎日のように、どなたかが様子を見に来て下さいます。
今日はショートの介護士さんが、子供さんを連れて来てくださいました。
今日は敬老の日で、学校がお休みなので、子連れ出勤されてたのかな?

先日のみつこさん入院時のよしおさんは、「ちょっといつもと様子が違っていたねぇ。」と介護士さんも感じられたそうです。
よしおさんは、フェルガード100の調整で、大火傷しないうちになんとか治まると思います。

お昼には内科の主治医の先生も様子を見に来てくださいました。
聴診器を当てて、診察もして下さいました。
みつこさんは、「冷たい。」と言いながら、きょとーーーん。

さて、いよいよ明日は朝の回診で、傷の具合が悪くなければ、そのまま退院となります。
どうか、今夜、突発的なことが起こりませんようにとお祈りして、今夜は早めに休もうと思います。

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昨晩はよく眠れたそうです。

病院で、つきそいもなく、ひとりでよく眠れるなんて、素晴らしいぞ、みつこさん。
施設でも個室にひとりなので、状況的には似ているのかもしれません。

施設に入所して1年、フェルガード100を飲み始めて1年ということで、1年前とは全然条件が違ってきました。

今日は入院以来初の排便があり、私がついている時だったのに、おやと思ってから2時間もそのままにしてしまい、可哀想なことをしてしまいました。
サインは一杯あったのに、見逃してしまいました。

おむつ着用で、自分で腰を上げることはできないので、私ひとりでおむつ交換は難しい。(看護師さんはやって下さいますが)
おむつ交換、陰洗は、看護助手の方がチームを組んで、時間ごとに回って来て下さいます。
その途中でもナースコールすれば、看護師さんが来て下さいます。

昨日はみつこさんがもそもそするたびにナースコールして、見ていただく都度、出てないという状態だったものだから、今日はついつい呼びそびれてしまいました。
それに休日で手も足りない状態です。

昼食介助の時に臭いが「あれっ」と思ったのですが・・・そのまま忘れてベッドに寝かせてしまいました。
今日は昼食を車椅子に座って、テーブルで食べたのです。これも初めてできました。
それから1時間半くらいして、あまりにもつなぎの上から手をおなかに当てるものですから、ナースコールをしました。
何度も呼んで、やっと看護師さんが来てくださって、つなぎを開けて、おむつを開けると、「おっ」物凄い悲惨な状態です。
ひとりじゃ無理だ。今日は手が足りないし。待ってて下さい。」と、看護師さんは消えてしまいました。

待つ事、20分くらいの長い長い時間でした。おむつ交換隊の看護助手の方がやってきてくれて、助っ人で別の看護師さんを呼んできてくれて、二人で下半身を洗って下さいました。
さっきの看護師さんはどこかへ行方不明でした。
私はみつこさんの手を持っていましたが、手には力が入るわけでもなく、顔をしかめながらもじっと洗ってもらっていました。

偉いねぇ、みつこさん」手術が決まってから、この言葉を何度も聞きました。
ほんとに、穏やかに落ち着きました。

フェルガード100、5包、(フェルラ酸500g、ガーデンアンゼリカ100g)摂取中。
よしおさんは、ピック病のみつこさんよりも、薬に敏感で、興奮しやすいようです。

病院にいるため、やはり、普段とは違います。認知症としては一過性ではあると思いますが、症状が一気に進んだように見えます。
話す内容は遠い昔のことばかり、それが目に浮かぶようで、昔の誰かが目の前にいるように話をします。
入院前は言語明瞭、意味不明だったのが、今は言語不明瞭、意味不明で、さっぱりわかりません。
全身麻酔ではありませんでしたらか、それでもまだ、良い方なのかもしれません。
私のことを「おかあさん」と言ってみたり、「せんせい」と言ってみたり・・。
あと1日頑張ったら、また、元に戻れるでしょうか。頑張らなくちゃね。

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よしおさん、みつこさんのことを心配して、気分的に少し変になっているのかなと思っていましたが、どうもそうではなくて、少し興奮状態になってきているように感じます。

現在、フェルガード100、4包/日 服用中です。

6月26日から4包に増量。
8月はじめ頃から、たいへんよく話をするようになった。
テレビで見たこと、新聞で読んだこと、歴史上の人物の事等々。

この頃は、いろんなことに興味が出て来たみたいで、「いいないいな、調子がいいな」と思っていました。

ところが、9月に入ってから、「泥棒」と言う言葉が出てきて、ちょっとぎっくり。
自分が泥棒扱いされているという、逆被害妄想ではあるのですが。

更に、最近、自分の貴重品をあれこれ調べているようです。
あれがない、これがない、どこへやった?」が始まったら、とんでもない事になります。

そして、今日は自分が頂いたお中元を、自分の手に渡っていないのではないか?!という疑念が出て来たみたいです。

よ(毎年お中元を持って来てくれる)「○○から、お中元をもらったか?
パ「水羊羹を頂きましたよ」
よ「私はそれを食べさせてもらったのかね?」・・・と。

それ以上の会話にはならないので、今のところ大丈夫そうですが、
フェルガード100、4包中、フェルラ酸400g、ガーデンアンゼリカ80g、
このガーデンアンゼリカ80gは薬に過敏なよしおさんには多いのかもしれません。

元気が良いのは嬉しいけれど、ちょっと一線を越えそうかもしれない。
今日から夜の分は止めて、フェルガード100、3包で様子をみようと思います。

NEWフェルガードはもってのほかでしたね。

先日、フェルガードの話題で、NEWフェルガード100(ガーデンアンゼリカの量が半分のもの)が出ていましたが、私は自分でブレンドできるようなフェルラ酸だけを飲みやすくしたものも欲しいです。

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昨晩はみつこさんひとりで、病院にお願いしてきました。
今朝、出かけてみると・・見慣れない寝巻きをきています。
あれっと思っていると看護士さんが説明に来てくださいました。

夜は鎮静剤で対応したこと、それから、いよいよガーゼをべりべり~が始まったので、「やむなくつなぎを(拘束服)着て頂きました。」ということでした。

傷の痛みが治まってきて、気になってきたのでしょう。
可哀想だけど止むを得ません。
一緒についていたって、止めれば剥きになってしまうので、少しの間仕方がないでしょう。
本人はそんなには気にしていません。
傷に手をやりたくて、前を開けようとは盛んにしていました。

それよりも、どんどん元気になっているのが、目に見えるようです。
もそもそもそもそと動いて、起き上がりたそうなので、看護士さんに「起してもいいかしら?」と聞いてみると、「良いですよ。散歩してきますか?」と、背中を支えて起して、車椅子に移動させて下さいました。

みつこさんの居る部屋は看護士詰め所のある2階です。
3階は困った人はいないそうで、詰め所がありません。
3階の突き当たりのドアを開けて外へでると、ホスピスがあります。
「ホスピスのお庭が綺麗だから、行って来たら?」と奨められて、行ってみました。
今日は30℃を越しているので、日差しが暑すぎました。
ずっと外へ出ていないみつこさんには強すぎたようです。
直にコックリし始めましたが、今度は3階から1階へ降りて、いつもの外来へ回りました。
土曜日の午後で、人気がなくなったところで、お茶を飲んで、ちょっとだけ外を眺めました。

そうそう、今日は点滴も完全に取り外しました。
着実に回復に向っています。この調子であと二日を乗り切りたいです。
まだ、自力で起き上がれないので、良いけれど、起き上がれるようになると今度はベッドからの転落とか、ひとりでベッドから降りて転ばないように気をつける必要がありそうです。
夜間は転倒防止の大きなマットが敷いてありますが。

施設に戻ると、つなぎに変わる方法を考えなくてはならないと思いますが・・・
何か良いアイディアありますでしょうか?


よしおさんは、今日はデイに気分よく出かけてくれました。
みつこさんが手術をしたことは覚えていますが、「何の病気だったかは曖昧です。」
すんなりと、いつもの日常に戻りつつあります。

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みつこさん、入院・手術から早3日目を迎えました。
当初、不穏で病院にいるのが大変だったら、「今日退院も有り」ということでした。

昨晩は付き添いさんをお願いして、病院の規則ではいけないので、家族ということでついてもらいました。ところが、職業意識を発揮してか、みつこさんが点滴に触ったり、ちょっと動いたりすると近寄ってお世話をしようとして下さったため、かえってみつこさんが落ち着かなくなり、眠れなかったようです。

朝、交替に病院へ行って、開口一番「昨晩は3時まで寝られませんでした。」とおっしゃり、「入院が伸びた場合、またお願いできますか?」とお尋ねすると、「昨晩寝てないから、今夜はね・・」と断られてしまいました。

ところが、それでちょうど良かったと言っては御幣がありますが、看護士さんからは、「昨晩ついて下さった方はご家族ではないので、みつこさんの周りでうろうろされて、かえって興奮されたみたいです。もう大丈夫そうですから、付き添いなしでやってみましょうか。」と提案して下さいました。

外科手術なので、悪いところを取ってしまえば、後は傷が治るのを待つだけです。
日に日に元気になっています。熱も下がり、食欲もあり、テレビを見たり、みーちゃんを抱きしめたりしています。
猫のみーちゃんの縫いぐるみは、施設入所の時に持っていったもので、とても気に入ってくれています。
入院する前に、介護士さんたちがみーちゃんもお洗濯しておいてくれました。
みーちゃんとベッドで

今朝はドレーンも抜いてもらいました。これは痛そうでしたが、頑張りました。
点滴を入れるのも、お手伝いなしで、看護士さんひとりでできてしまいます。
見ている私がはらはらして、「押さえていましょうか?」と聞いても、以前をご存知ない看護士さんは、「大丈夫です。困るようならお願いします。」って、でも、大丈夫なんですよ。ほんとに。
すごいぞ。みつこさん。

ただ、まだ全然身動きしてない状態で、上体も持ち上がりません。
ジョクソウ予防に体位変換してもらい、トイレはおむつ交換してもらっている状態なので、このままで施設に帰ると介護士さんの手を煩わせてしまいます。私が手伝うというのなら、病院の方が手が多いので助かります。

それに+みつこさんがとても穏やかで、落ち着いていてくれるので、術後1週間、「入院治療を続けましょう」ということになりました。

と言う訳で、連休明け火曜日に退院することになりました。
今日は朝から、夕食介助まで病院で過しましたが、明日から退院までは、朝から夕方早めで、よしおさんの夕飯支度が間に合うくらいには帰ってくる予定です。

よしおさんも3日間、穏やかにショートで過してくれて、今日自宅へ戻りました。

皆、フェルガード100のおかげで、おりこうにしていてくれて、大助かりです。

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みつこさんの手術に際しては、ご心配頂きましてありがとうございました。
おかげさまで、昨日13時から2時間の予定で、15時きっかりにやや早めに手術を終えて戻ってまいりました。
無事に手術が終わりましたことをご報告させて頂きます。


昨日の朝、私は一足先に施設へみつこさんをお迎えに行くため、よしおさんのショートへの送りは夫に頼みました。
よしおさんの朝ご飯を用意しに行くと、いつもは寝ているのですが、流石にむくっと起きてきて、また、始まりました。

あんたが、おかあちゃんのところへ行く時に一緒に行ったらいかんのかね?

よしおさんのショートはショートの都合ではありますけど、デイと重ならない10時半くらいにして欲しいと言われているので、一緒に行っても、私は病院へ行ってしまうし、自分で時間調整してショートの時間まで待てるわけでもないし、夫とふたりで待っていてもらうわけにもいきません。

それが、ダメとなると、さらなる抵抗です。

ショートへ行くのは止めて、○○さん(夫)とふたりで、ここ(家)でご飯食べてるわ。

夫は「お父さん、ご飯の用意してくれるのか?」と言っておりました。
ご飯だけじゃないのにね。

みつこさんのことだけで頭が一杯のところへ、よしおさんもおんぶしてくると、私のキャパオーバーになってしまいます。
まあ、それでも以前のように、怒ったり、それ以上しつこく食い下がらないでくれるだけ、どんなに助かるかしれません。

後は夫にお任せして、無事にショートへ着きました。



さて、みつこさんは、施設に着くと、介護士さんに着替え、整容してもらっているところでした。
本当に感謝の気持ちで一杯になるくらい、にこにこと素直にパンツを替えてもらい、お尻を拭いてもらい、顔を拭いてもらい、、、、フェルガードさま、介護士さま、河野先生、岩田先生と皆さんに手を合わせたいくらいの気持でした。

病院へ着くと(施設の看護士さんが同行して、入室するまで一緒に手伝って下さいます)まず、CT検査。リンパ節を見るため、両手万歳の姿勢で、器械に横になり撮影時間5分ほどじっとしていなくてはなりませんが、上手にできました。

入室して、施設の看護士さんが帰られて、入院の諸手続きに続いて、すぐ手術の準備に入りました。
浣腸は上手に済ませました。
その後、点滴に入りましたが、血管が確保できず、やり直しがあって、少々お冠になりましたが、まだこの辺までは上出来でした。

時間が近づき、点滴をつけたまま、トイレで排尿・・これも上手にできました。

さて、病衣に着替える段になって、異様な雰囲気を察知して、だんだん興奮してきてしまいました。
何とか騙し騙し、着衣を脱いで、病衣をはおり、帽子は拒否があり、その場では中止、そのままベッドへ移り、そこからストレッチャーへ移し、いよいよ手術の雰囲気になります。
その時点で点滴針が細すぎることが判明、急遽太針にさしかえることになりましたが、血管がないため、たたいたり、蒸しタオルで熱したりで、どんどんパニック度はあがります。
針を刺した時にとうとう拒否が爆発して、噛みつきそうな勢いになりました。

この段階で、予定時間を過ぎてしまい、看護士さんは何度もオペ室へ待機願いに走ります。
一部始終を見ている私は、何も知らないみつこさんをオペ室へ送り込む後ろめたさをひしひしと感じていました。

オペ室の前まで送り、扉がバシャっと閉まるのを見ているのは、本当に心臓に悪いです。

2時間の予定でしたが、15分くらい早く戻って参りました。
みつこさんは術後の鎮静の注射でガーガー眠っていました。

ほどなく、主治医のO先生が控え室へ呼んで下さって、
見る勇気ありますか?」と、摘出物を見せて説明して下さいました。
腫瘍は肉眼で3cm弱、はっきりと形のわかる物で、どこにも癒着などはありません。
リンパ節はCTでは腫れがあるような感じがしたが、実際にはなかったこと。
乳首は一部残すことができたことなど説明を受けました。

術後6時間くらいは注射が効いていると説明を受けていたとおり、夜の9時にO先生が見に来てくださった時には、まだ、やっと覚醒したかなーーーというくらいで、もそもそする程度でした。

が、やがて、ごそごそ動き出し、顔をしかめて、痛そうな表情をするようになります。
痛いかなと思うと、またガーーと眠るの繰り返しでしたが、、、、

12時くらいには、痛そうな様子が頻繁になってきたので、点滴に痛み止めを入れてもらいました。
そのまま、あまり眠れないまま、手足をバタバタさせたり、酸素を引きはがして、手でくちゃくちゃにしたりし始めたので、再びナースコール。それが2時半でした。

痛みと、手術の興奮から暴れているので、鎮静剤を入れます。」と、点滴に12時の時とは別の薬を入れて頂きました。
この時、私は寝たり起きたりを繰り返しているうち、軽い脳貧血を起してしまい、吐き気がして、立っていられなくなってしまい、その後ベッドに横になって、後の記憶はありません。
看護士さんの入室も気がつきませんでした。

5時くらいに気がついた時には、みつこさんの点滴も交換してありましたし、みつこさんも大人しくなったのだと思います。

6時には痛い痛いとはいいながらも、昨晩とは違い、多少落ち着いてきたようです。
37度台の発熱あり。
朝、「みつこさん、ご飯食べましょうか?」と声をかけると、「はあい」と返事があり、一度はにっこりしました。
実際には食べれませんでしたが、何とか落ち着いて行きそうです。

9時にはO先生の回診あり、傷を消毒してもらいましたが、出血もなく、良さそうです。
O先生はオペ後、午後9時にも診て下さり、朝9時にも来て下さり、もしかして、当直されていたの?
今、認知症ねっとで議論沸騰の「権威」って何?、私も参加したいけど、余裕がありません。
みつこさんを乳腺の専門医に診てもらうべきだろうかとチラとでも思ったことを恥じてます。
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昨年のみつこさんだったら、病気を見つけることも、診察を受けることも、もちろん手術なんて、考える事もできなかったことでしょう。
認知症がコントロールできているから、良い選択ができたのだと思っています。

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明日みつこさんが入院、手術を受けます。
私は明日は一晩泊まり込みします。
たいへん認知症の患者にも良くして下さっている病院ですが、
それでも「せめて一晩はついていて欲しい」と遠慮がちに頼まれました。
入院期間中は24時間、誰かがついている予定で準備をすすめています。

その間、よしおさんの食事、服薬管理ができなくなりますので、
ショートに置いて頂く様に手配をしました。
ちょうど、みつこさんと入れ違いになります。

前々からよしおさんには話しているのですが、どうも情緒不安定になってきました。
みつこさんのこと、自分のことが心配で仕方がないとは思います。

非常に記憶が悪化して、今話している内容が全然頭に入りません。
よ「いつ入院するんだった?」
パ「10日です。」
よ「今日は何日?」
パ「9日です。」
よ「それで、いつ入院するんだった?」
パ「10日ですってば。」・・・
なんて具合に、今話していることが頭を素通りして、エンドレステープになります。

更に、ちょっと危ない感じもあります。被害妄想もちらほら?
お髭が伸びているので、
パ「お髭が伸びているけど、明日ショートに行くから、かみそり(シェーバーのこと)を持っていって、向こうでゆっくり綺麗にしていてね。」
よ「かみそりは持って行かない。あそこは荷物の検査とか言って、人を泥棒扱いする。何か持って帰るんじゃないかと思ってる。」なんて言い出してしまいました。

荷物には、こっそりシェーバーを入れて置きました。
持っていかなければ、今度は向こうで、シェーバーがないと大騒ぎしそうな気がします。

明日、私は先に入院準備に施設へ行ってしまいます。
よしおさんはパンドラ夫に後からショートへ送ってもらうことになっていますが、ひと悶着起きなければいいけどと・・少々不安です。

いつも一晩泊まっているところを、二晩泊まるだけなんですけど、すごく大変なことになってしまっています。

更に、ひとりでいると、自分の手を見つめて、しおっとうなだれています。
みつこさんは心配。自分の行く末も心配。猫も心配。
うつうつとし始めてしまいました。

もう、明日のことなので、一日も早く、みつこさんに元気に戻ってもらって、安心させるのが一番かなと思っています。

ということで、明日は更新ができませんので悪しからず。
よろしければ、皆様でお話なさっていてください。

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【保存版投稿コメント】

このブログに投稿頂いたコメントから、いつでも皆さんの目に触れる所に残しておきたいものを、記事として更新させて頂きます。

「認知症ねっと」で、皆さんの質問に丁寧にお答え下さっているhokehoke先生(医師)が、フェルラ酸とガーデンアンゼリカ、及びフェルガードについてのお考えをお寄せ下さいましたので、こちらに記事として残させて頂きたいと思います。

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引用開始

【フェルラ酸とガーゼアンゼリカの作用について】

フェルラ酸は、障害を受けた神経細胞の回復と神経回路の修復作用があるのではと私は考えています。ガーゼアンゼリカは、神経回路の修復のみでなく、神経伝達物質(アセチルコリンとかドーパミンなど)の作用に影響を与え一部の機能を活発にしていると私は考えています。
 ガーゼアンゼリカが嚥下障害の改善をしているとすると、ドーパミンの働きを良くしていることは、間違いないと思います。このため興奮することがあるのだと思います。

 私はフェルガードの存在を知ってまだ半年・実際に使用を始めて2ケ月程度にしかなりませんが、フェルガード100の効果には注目すべき効果があります。フェルガードは一日2回以上服用しないと効果が無いと言われておりそれが早期導入の障害になっていましたが、この考えは作用時間が6時間しかないということが元だと思いますが、血液中の濃度と、脳内でのフェラル酸+ガーゼアンゼリカの働きとは必ずしも一致しないのではと考え、フェルガード100を一日1包を基本として導入に踏み切りました。その結果で言えばフェルガード100の効果は目覚しいものがあります。今までの認知症治療では何をやっていたんだろうと自己嫌悪になるくらい効果がありました。あとフェルガード100をあえて選んだ理由は、ガーゼアンゼリカが神経伝達物質の働きに影響を与えることです。認知症のように脳の神経回路に障害がある部分があると、神経伝達物質が予測できない本らいの効果以外の働きを示す可能性が高いのです。このため、フェラル酸の効果を見極めるため、あえてフェルガード100を試用しております。もっともフェルガード100の効果がフェラル酸とガーゼアンゼリカの相乗効果で有ると考えられる面も強く、フェラル酸単独の効果には限界があるのではと考えています。

 現在投与回数を減らすため、フェラル酸を2倍にしてガーゼアンゼリカの量はフェルガード100と同じにした、Newフェルガード100なるものが出来ないかと、期待しております。

引用終わり (一部省略させて頂きました)

hokehoke | URL | 2008年09月08日(Mon)22:24 [EDIT]
元記事:「認知症を学ぶ会」第一回勉強会報告 2008/9/8 コメント欄 

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引用開始

【フェルガードについて】

フェラル酸のみで効果があるか?
ガーゼアンゼリカとの相乗効果があるか?と言う点は、私も非常に知りたいところですが、これを明らかにする作業は、結構骨が折れると思います。コウノ先生の仲間の先生が研究を始めているという話も有りますので、しばらく待つ必要があると思います。
私自身Newフェルガード100が欲しいといったのは、投与回数が少なくともフェラル酸を増量すれば効果が上がるのでは、と考えているからです。現在フェルガード100を試用していますが、現在10名ほどに増えていますが、私の患者では8名の方が一日1包で十分効果を挙げていると言うことがあるからです。アリセプトを5mgのままでも改善効果は十分あります。最近村瀬社長に報告しましたが、フェルガードでレビーのパーキンソン症状も軽くなっている方も見られております。アリセプトは5mgのままの方でも効果が感じられます。
一部のアリセプト過敏の方の場合、アリセプト中止とフェルガード100で著名な改善が得られている方がおります。
こういう方を見るとアリセプトは本当に必要か?と言う疑問もわきます。ピックに関してはパンドラ様やキジトラ様の実践を拝見していると、アリセプトなしでも対応できるような気がします。レビーに対してどう判断するかが、今後の課題だと思います。


引用終わり (一部省略させて頂きました)

hokehoke | URL | 2008年09月09日(Tue)00:44 [EDIT]
元記事:「認知症を学ぶ会」第一回勉強会報告 2008/9/8 コメント欄 

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みつこさんは月1で、ドクターイワタの往診をお願いしています。
今日はその日で、午後からいつもの時間に出かけて行くと、「今、検査に病院へ行っている所です。」と事務の方が教えて下さいました。
慌てて、病院の方へ回ると、検査室前についたてを立てた中にみつこさんがリクライニング車椅子に寝ていました。
険しい顔をして目を閉じているので、ちょっと揺すって、「こんにちは!」と声をかえると、
あんた、誰ね?」と問い掛けられてしまいました。
私○○ちゃん。」と昔の名前を言ってみました。最後に名前を呼んでくれたのは今年の5月だったかな。
覚えてないだろうと思ったのですが、意外や意外。
違うわ。嘘でしょ。」という答えでした。
ということは、目の前の私とは違うけれど、○○ちゃんのことを覚えているということです。

1年とちょっと前にもこんなことがありました。
神戸から叔父が訪ねてくれた時、「△△ちゃんが、来てくださいましたよ。」と私が言うと、
違うわ。嘘でしょ。」と答えたっけ。
違わないよ。嘘じゃないよ。」と言うと、「ほんとに△△ちゃんね。あんまり変わったからわからなかった。」と答えました。
記憶に残っているのはうーーんと若い時の△△ちゃんで、目の前の脳梗塞の後遺症で体が不自由な叔父は別人に思えたのでしょう。

すっかりおばさんの○○ちゃんは記憶にないのだよね。
でも、○○ちゃんの名前を覚えていてくれただけでも、1年前に戻っているかなと嬉しくなりました。


採血と心電図は抵抗なくできました。その前にレントゲンも難なく撮れたそうです。

施設に戻ると、程なくドクターイワタが来て下さいました。
先回の血液検査上も特に異常なし。
明後日の手術も「それがいいと思う。」「そんなに心配することはないよ。」と後押しして頂き、気分が軽くなりました。

1ヶ月前から、フェルガード100を5包にしていますが、みつこさんの穏やかさは揺ぎ無く本物です。
この上は更なる改善を望みたくなります。

癌細胞を取り去って、体調を整えたら、もう1包、増量してみようかと先生と相談中です。

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【保存版投稿コメント】

このブログに投稿頂いたコメントから、いつでも皆さんの目に触れる所に残しておきたいものを、記事として更新させて頂きます。
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きじとらさんが、9月7日 東京にて行なわれた「認知症を学ぶ会」第一回勉強会にゲスト出演され、その時のご報告を頂きました。

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「引用開始」

認知症を学ぶ会 第一回報告結論:目新しいことは一点+αのみ。


目新しいことは以下の点です。

フェルラ酸単独でもまれに興奮する人がいる!!!

OH!びっくりです。でも別の見方もできます。やはりフェルラ酸、脳に何かしてますね。明らかに修復してます。神経だか細胞だかわかりませんが、いじってます。ってことは、これ単独で治療薬であることが、よりはっきりしました。炎症を抑えるなんて、単純なことだけではないようです。



ガーデンアンゼリカの多いNewフェルガードで、嚥下機能が極端に落ちた人(ほとんど寝たきり)の嚥下機能が劇的に回復!でもフェルラ酸単独では効果がなかった!

でもガーデンアンゼリカの興奮作用はとってもとっても強い。「河豚は悔いたし命は惜しい?」大げさですか?

全般的にフェルラ酸剤を使ったことがない医師が多かったせいか、河野先生のブログやらコウノメソッド2008を暗記するほど読んでいる武闘派介護家族には、上記一点+α以外全部知ってるぞ!なことでした。

松本記者や厚労省の高齢者行政の事実上のトップも来られていました。
「引用終わり」一部省略
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元記事:よしおさん、気分がダウン2008年09月07日(Sun)コメント欄

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よしおさんは、やっぱりみつこさんの病気を心配しています。
先日のショートの帰り際、みつこさんとお話をしていましたが(行き違いの話ですが)私たちがお部屋に入っていくと、「お母ちゃんはわかっているのか?」「手術しなくちゃいけないのか?」と心配そうに聞いていました。
そして、しこりを「見えるか?」なんて見せて欲しそうにするので、それは丁寧にお断りしました。

そして、自分の手のひらの浮腫みも気にして、何度も何度も手を眺めています。
その姿がうなだれて、沈み込んでいます。
うーーーん、何となく、自分たちふたりの老い先の運命を感じているのかな?
でも、そんなに悪い運命じゃないでしょ?!

あまり沈み込んでいくようなら、サアミオンを戻してみようかとも考えちゃいます。

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今日はきじとらさんから、「認知症を学ぶ会」のご報告が聞けそうです。
きじとらさん、よろしくね。ygraciaさんもいらっしゃったんですね。わぁ~お

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よしおさんの循環器内科定期受診日は水曜日なのですが、今度はちょうどみつこさんの入院日と重なってしまいました。
そこで、担当の先生のもう1日ある受診曜日、土曜日の今日出かける事にしました。

ほんとは10時半からの診察だったのをうっかりして、朝ご飯が済む早々によしおさんをせっついて出かけました。9時半くらいには病院についていましたから、延延と待つことになりました。
それでも順番は10番。3分診療だとしても30分はかかります。待ち時間1時間に+順番待ちの30分。

椅子に座りっぱなしの1時間半はくたびれました。よしおさんもいい加減疲れてしまったようで、最後には薬をもらってくるまで待てないから、先に家に送ってと言い出してしまいました。

それにしても、椅子にじーーーっと座っている、みつこさんたち特養の住人さんは辛いだろうなと思います。
もちろん、お部屋にもどるのも自由なので、自分の意思で動ける人はいいと思いますが。

さて、診察になって、先日から手の指の浮腫みが気になっています。指を握り難いようで、しきりと手を見つめたりしています。

7月末の血液検査の結果では、BNPが28.8、基準値は18.4以下なので、高いことは高いのだけど、「心不全から浮腫むと言ったら、70とか80という値ですよ。」と言われました。
浮腫みはたんぱく質や、糖質の不足、それに運動不足と言う事でした。

よしおさんは心臓由来のものではないと言われた事でとても気が楽になったようです。
よしおさんにとっては、心臓疾患=死を意味するので、それをとても恐れています。
死そのものを恐れています。「まだ死にたくない」「もっと生きていたい」とはっきり口に出します。

そう思えるのは、89才にしては、とても恵まれた健康状態にあるからと言えると思います。
自分の身の回りのことは自分でできます。
認知症と言っても、短期記憶が悪い以外は何の困る症状もありません。

心筋梗塞で倒れた4年前も、当時85才でしたが、「90までは生きていなくては・・」と皆に言われて、「90なんて、後5年しかない。5年なんてすぐだ。」と不満そうに言っていました。

よしおさんの場合は、「生きていたい」「死にたくない」と思える健康状態であることに感謝しなくてはならないのかな。
というのは、よしおさんは不思議な性格で、ある種、(生への)諦めも潔いくらい凄いところもあるのです。
痛いこと、苦しいことには1分でも耐えられない性格でもありますし。


私自身は幸いにも死と向き合わなくてはならない状態になったことはありません。
だから、恐らく、89才で、死が身近になっているよしおさんの本当の気持ちを実感してあげることはできないのでしょう。

私が89才まで生きていたら、どういう心境になっているでしょう。
その時にもしかしたら、よしおさんの気持ちがわかるかもしれません。

今日は何だか禅問答みたいになりました。

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よしおさんのお迎えに行った時に、施設の生活指導員さんに、みつこさんの早期退院後に付き添うことが必要かどうか、お尋ねしました。

実際はみつこさんがどういう状態になるかは、想像がつきません。
一応、医学的処置が必要なくなれば、帰ってよいということになるそうですが、それでいきなりひとりでお部屋に置いておいていいのかしら?
でも、夜間、ついていて欲しいと言われるのも辛いし・・・とか、思っていました。

その答えは、「よほどのことがない限り、そういうお願いをこちらからすることはありません。」ということでした。
術後1週間くらいは毎日通うつもりではありますが、それを確認して、一安心です。
行ける時間に行って、様子をみてくればよさそうです。

最近はほんとに穏やかになったみつこさんです。
密かに、1年半前の大混乱の入院時とどのくらい違うか見てみたいと期待しています。


生活指導員さんのお話は続きました。

それはそうと、みつこさんは、本当に穏やかになられましたね。
実は今日は、悲しいお別れがありました。
施設で訪問診療、訪問看護を受けながら、みつこさんのユニットの方がこちらで亡くなりました。
今日、その方をお送りしてから、何だか悲しくて、泣いてしまいました。
みつこさん、悲しいわね。」って言うと、みつこさんが私の頭を抱えて撫ぜて、慰めて下さいました

トイレ誘導もとってもスムースです。」「前はよく怒られたけど(苦笑)」と嬉しい報告を頂きました。

アリセプトを切って、フェルガード類を飲み始めてから、ちょうど1年になりました。

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コメント欄にご質問頂いたもので、皆さんで共有させて頂いてよいものはこちらへコピーを残させて頂きます。
直接、こちらにご質問頂いても結構です。
よろしくお願いします。


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①フェルラ酸の増やし方<かつみ>
元記事:「よしおさんが2弾目の階段を上がった」2008/9/3 コメント欄

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今日は予定どおり、よしおさんの月1のショートステイです。
来週のみつこさんの入院中もショートステイをしてもらう算段になりました。

絶対に嫌がらないで行ってくれるのがほんとに助かります。
10時半に施設に着いて、すぐにみつこさんのユニットへ訪ねていくと、もう朝ご飯も済んでカウンターでお茶しているところでした。

最近はみつこさんの悪い調子の時なんて見た覚えがありません。
介護士さんが、「いい写真があるんですよぉ」って見せて下さいました。
ユニットで、夏休み中に中庭で花火大会をしたそうです。
その時の写真です。車椅子のみつこさんの足元に幼稚園くらいの男の子がくっついています。
みつこさんは、子供や動物を見ると、とても喜んで、「かわいいねぇ~」と連発します。
この時も職員さんの子供さん(みつこさんの施設は子連れ出勤可です)が来ていて、その子に「こっちへいらっしゃい」と側に呼び寄せていたのですって。

さて、よしおさんとご対面をして、ゆっくりしていようと思ったら、すでに鍼の先生がお待ちでした。
先生はみつこさんのいない、みつこさんの部屋でひとりで待ってみえたのに、誰も教えてくれないので、大変お待たせしてしまいました。

よしおさんにはお部屋に戻っていてもらって、みつこさんは最後の鍼治療をしました。
入院するので、しばらくお休みです。
こちらの「ベッドに横になって」という言葉が理解できないので、身振り手振りするのですが、なかなか通じません。
そのために、「行かないよ」とか、「嫌だね」とか、抵抗の言葉が出てしまいますが、何とかベッドに横になってもらったら、後はスムースに気持良さそうに、全工程終了しました。
いやーーーほんとに先生もびっくりなくらいでした。

鍼治療終了後、みつこさんを連れて、よしおさんの部屋を訪ねました。
よしおさんには通じないのですが、みつこさんははっきりした言葉で、意味不明な内容ですが、よく話します。
今日は、よしおさんの髪の毛の薄いのが気になったみたいでした。
この頭は変だ」とか、「こんな頭だから(おとうさんだと)わからなかった」なんて言って笑っていました。

何だか「しあわせーー」な時間でした。

大暴れのふたりがたどり着いた、平安です。
ほんとに諦める事はないのですね。

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嬉しいニュースをひとつ掲載させて下さい。
このブログや、認知症ネットでも、いつも適切なアドバイスを下さるきじとらさんのお母様はアルツハイマー型認知症で、一時は家族が倒れてしまいそうな症状にまで進行していらっしゃいました。
きじとらさんは、主治医の先生のお奨めの治療法とは別に独自のフェルラ酸の強化療法でお母様をすっかり改善へと導かれました。

その努力と成果を主治医の先生も認めて下さいました。
詳しくは、(株)グロービアの 社長のコラム 主治医の大変身」をご覧下さい。


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今日の記事は、よしおさんのフェルガード100強化療法の第2弾目の成果か?と思わせることがあったことです。

耳の聞こえが確かに上がっているし、かつ、気力がアップしています。

昨日の夕方、ヘルパーさんが食事介助に来てくださって居る時のことです。

へ「お電話がありましたよ。よしおさんが出られました。」

パ「あら、そうですか。」よしおさんに向って、「電話に出たの?」と、聞きました。

と言うのは、これまでは、耳が聞こえないからと、電話が鳴っても気付かなかったり、気付いても自分で出る事は拒んでいました。ところが、この日は出ただけでなくて、ちゃんと聞こえてかつ答えています。

よ「郵便局からだった。今度お邪魔したいと言ってたから、どうぞと言っといた。」

「ほぉぉ・・」と思ったのですが、きちんとメモがしてありました。

それだけではありません。夜になって寝る前薬のために訪問すると、その電話の内容のことを自分から話し始めました。

よ「郵便局の人が来たいと行ってた。来たら、話が聞きたいから、家に上がってもらって、あんたも同席して一緒に聞いてよ。」と言うのです。

新商品の勧誘とか、そういうことだと思うのですが、これまではそういう話があっても、面倒がって、億劫がって、「もういい。断っておいて。」の一辺倒でした。

それよりもっと以前は「盗られた、盗られた」ばかりでしたから、そんな危ない話はおくびにも出せませんでした。

■妄想で怒り狂っている

■穏やかになったけど、面倒なことをする気力はない(フェルガード100、4ヶ月目)

■穏やかなままで、気力も出てくる、聴力もアップしている(もしかしたら、聞こうという気が起きているのかもしれない)(フェルガード100、9ヵ月目)

記憶は怪しいので、今日はもうその話はしていません。
自分のメモを見ても、覚えていないかもしれません。
でも、活気が出て、活動的になっているのは事実です。
まだまだ、嬉しい変化が期待できそうです。

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施設提携のI病院外科に家族による代理受診をして、もう一度説明頂き、その後、入院、手術を決めてきました。

施設の看護師Tさんも同席の上、長い時間をとって、説明して頂きました。

長いQ&Aがあるのですが、O先生お奨めの治療法の部分のみ載せさせていただきます。


Q:お奨めの方法について、もう一度教えてください。

A:体の負担にならないように、麻酔は局所麻酔と静脈注射にする。
腫瘍まわり3cmの広さで切除する。乳腺が乳頭まで一続きになっているので、乳頭も含めて切除する。
場所的に一つの傷でリンパ節も切除できるので、リンパ節もとる。
リンパ節を残して、結局、後で再手術した例もあるので、取った方が安心。
今なら充分この手術には耐えうる。
90才を越えてから同様の手術をして、再発なく、何年か後に別の病気で亡くなった方もあります。

年齢的に考えて、進行はゆっくりであることを期待するので、後はこのまま何もしなくても、寿命を全うできるのではと期待している。
どうしても心配で、放射線治療を希望されれば、他病院を紹介するので、1クール15回、通院することになります。
組織検査の後、必要があればホルモン療法(飲み薬)をします。

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上記の説明を受けて、手術を決心しました。
9月10日入院、その日に手術、順調なら2日後の12日に退院可能ですと言われました。
施設と一体となっての治療が行なわれるため、入退院も施設から送迎してもらえますし、施設の看護師さんが、入院前、退院後のフォローはして下さいます。
フェルガード100の持込も許可頂きました。

まあ、何て有り難いのでしょうか。
みつこさんが今現在、たいへん落ち着いていることも、良い結果に結びついています。
昨年1年間の何度かの入院とは雲泥の差となりました。

認知症の老人が病気になった時には、よい病院選びが不可欠です。病気になる前に探しておいた方が良さそうです。

つきそいは必要なので、よしおさんも初めて1泊以上のショートステイを経験することになりました。それができる(本人の了解もとりました)ことも、何て有り難いのでしょう。

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癌とわかってから、みつこさんの事が気になり、今日も訪ねてきました。

いつものように喫茶で持参したお菓子と自販機のミルクココアとお茶で、ティータイムを過していると、看護師のTさんが、夏祭りの写真を持って来て下さいました。

ちょうどといっては何ですが、みつこさんが入院しようかと思っている病院のことを単刀直入に看護師さんにお聞きしてみました。

まずは外科のO先生のことは・・・「I病院の副院長先生で、私たち施設のナースがとても信頼して尊敬している良い先生です。」ということで、花◎

I病院は・・・
施設の提携病院でもあるので、認知症に理解が深い。ナースも認知症患者さんの扱いに慣れている。
すぐに拘束ということもない。
私たち施設のナースも毎日通院しているところなので、様子を見に行きます。
ただし、設備は古くて、良くないです。ホテルの一室みたいなお部屋はないよ。
ということで、これも花◎

そして、更に、手術ができる状態のうちに見つかったのだし、みつこさんの体調も今なら充分大丈夫だし、、、、と後押しして下さいました。

更に、よしおさんのショートステイのロングステイはいかが?と、みつこさんが入院中、よしおさんがショートに泊まってはどう?と提案がありました。
それは、また別途検討することにします。

病院はここでいいのかな? 先生は専門医じゃなくても大丈夫かな?とか、不安が渦巻いていましたが、何だかふっきれてしまいました。
火曜日の診察で、お願いしてきます。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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2009.5~6 報告

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