2008 / 08
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毎朝一番でよしおさん宅の雨戸を開け、よしおさんの安否確認、それから3猫ちゃんの朝ご飯、という順番なのですが・・・今朝はトムとにゃん吉しか姿がありません。
トムの母猫のみーちゃんが見当たりません。
どうも、男ふたりに苛められているところもあり、行動を別にしていることが多いので、2階にこもっているかもと階段の下から「みーちゃーん」と、よしおさんを起さない程度の声で呼んでみました。
すると、どこか別の方から「みぃぃぃ」と声がします。
そっかぁーーートイレです。
トイレの扉を開けると、飛び出して来ました。
後に残ったのは、おしっことうんち。みーちゃんがトイレの床で用足しを済ませていました。
よしおさんちのトイレはタンクに落ちる水で手を洗う式のトイレで、その水が好きで、トイレの扉を開けると、猫たちがさっとすり抜けて入り込みます。
よしおさんがトイレに入った時に、一緒に入って、気付かないよしおさんに閉じ込められたもようです。
その時はそれで、みーちゃんはトイレから解放されて、台所へご飯を食べに直行しました。

一旦私は家に帰って、自分ちの朝ご飯を済ませます。
その後、今度はよしおさんの朝ご飯に再度訪問しますと、その時よしおさんが起きてきて、「みーはどこに居た?」と尋ねました。
みーちゃんが居ないことには気付いていたようです。でも、みーちゃんの小さな声は聞こえなかったんでしょう。
明け方にトイレに行ったそうなので、そんなに長く閉じ込められたわけではなさそうです。

耳が聞こえないと言えば、よしおさんは左耳は完全聴力ゼロ。残る右耳も最近聴力が落ちているようで、聞こえが悪いのですが、もしかしたら、フェルガード100で、難聴も改善する??なんて思うようなことがありました。

昨日は床屋へ出かけました。夫が連れて行ってくれて、よしおさんの床屋は迎えに往復するくらいなら待っていた方が早いような床屋さんなので、夫がずっと待っていてくれました。
その間、よしおさんと床屋さんがずっとお話をしていたというのです。「話が弾んで楽しそうだったよ。」という証言です。
事実よしおさんも、帰ってくるなり、「よーーくしゃべる床屋さんだった。」と嬉しそうに報告してくれました。
耳は聞こえたのかしら?」と夫に聞くと、「全くスムースだったよ。」と、信じられない報告でした。
耳鳴りに効果があるというのだから、難聴にも良いかもしれません。

因みに、今日になったら、床屋さんとおしゃべりしたことは、すっぽりと抜けております。

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朝、受診予定の時間に間に合うように飛んで行くと、玄関でリクライニング車椅子に乗せてもらったみつこさんが待っていました。
猫のみーちゃんをタオルにくるんで膝に乗せていました。
看護士さんや、事務の方に囲まれて、超ご機嫌でした。

リクライニング車椅子は胸を診てもらうのに、車椅子からベッドに移るのは大仕事なので、そのまま診てもらえるリクライニングが良かろうという施設の配慮です。

外科の先生の診察になりまして、触診だけで、「これはまずいね。」ということになりました。
その後エコーを受けて、、、結果としては、「乳癌」、ステージIorII
エコーでは1.5cmということで、ステージIになりますが、先生の触診の所見ではもっと大きいので、ステージII。

確定診断の為には針生検が必要なのですが、明らかに悪性の場合はその限りではありません。
針を刺すと散らす可能性が大きい為、生検から2週間以内の手術が望ましいそうです。

さて、どうするか?
先生のお奨めは・・・
・とにかく、原発部位だけは外科的に取る(場合によってはリンパ節もとる)
   その場合の麻酔は年齢を考慮して、局所麻酔+静脈注射、入院は1週間
   放置した場合、腫瘍部分が感染したりすれば、悲惨なことになる。
・後は組織検査結果を見て考える。(放射線療法なら他病院へ。ホルモン療法)
・手術なしで放射線だけというのは、お奨めできない。
というお話でした。

心配なことはいろいろあります。
この病院は施設の提携病院で、施設の道路をはさんだ向かい側にあります。
患者さんは、ほとんどが周りの老健、GH、特養、それとすぐ側の有料老人ホームMの住人さんで、認知症の患者のことも理解があります。
入院も最短で、後は施設へ戻って施設で看てもらうことも配慮してもらえるし、癌だと病院からの訪問看護も可能なようです。

もしも、みつこさんが認知症でなければ、乳腺の専門医の所へ連れて行きたいところですが、今はそれはやめた方が賢明なんだろうなと考えています。
今日の先生は乳腺が専門というわけではありません。が、同じような症例を手術した経験はお持ちだそうです。
今日のところは即答ができず、もう一度良く考えて、次回診察日に家族だけで受診し、決定しようと思っています。

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今日はみつこさんの鍼治療の日で、夏祭り以来久方ぶりに施設へ行きました。

みつこさんの穏やかさは、もう本物です。
何だかわからない世界に住んでいるけど、穏やかそのもの。
お部屋の整理をしている間に、介護士さんにトイレ誘導してもらっていましたが、
トイレから漏れ聞こえてくる声は、
介護士さんの「上手だね。みつこさん」と言う、誉め言葉だけ。
思わずにんまりです。

以前だったら、「あっち行ってよ、馬鹿」とか、「やめてよーー」と言うみつこさんの大声だったりしました。

今日は鍼治療も完璧に穏やかにできました。

フェルガード100で、本当に穏やかになるんだ。
ふたりの攻撃系の人が、ふたりとも穏やかで且つ笑顔のある人になってしまったのですから、偶然では有り得ません。

今日は・・ちょっとショッキングなことがありました。
鍼の先生がみえる前にお部屋を用意していると、看護士さんがつつっと寄っていらして、
単刀直入に切り出されました。

あのね、みつこさん、胸にしこりがあるの。3cmくらい。介護さんが見つけてくれたの。
後で触ってみておいて下さいネ。
病院へ行って、悪いものかどうか、検査してもらいますか? ご家族に相談しようと思っていました。」と一気に話されました。

がーーーーーん

時は止まっていないから、悪いことも永遠には続かないけれど、良い時も流動していく。
みつこさんの人生も、よしおさんの人生も、私の人生も、夫の人生も、常に動いている。

明日検査に行ってきます。

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よしおさんも、みつこさんも夫々の認知症の段階で、夫々に改善することができました。

昨日の記事 2008/08/26 (Tue) 明日はデイだね?!
のコメント欄に、きじとらさんが投稿して下さっていますが、「認知症の家族を抱え、介護の海で溺れかけ、過った道へ迷い込みそうな方へ、『そちらじゃないよ、こちらだよ』と教えるのは、改善することができた私たちの仕事だ」という意味のことをおっしゃっていますが、私もそれに同感です。

治療と介護は改善のための両輪」ときじとらさんがおっしゃっていますが、敢えて「適切な治療と介護は改善のための両輪」と付け加えさせて頂きたいと思います。
もちろんきじとらさんのおっしゃる治療の中には、正しい治療という意味は込められております。

みつこさんは「治療と介護」両方そろえているつもりでしたが、不適切な治療を続けていたため、早期発見しながら、早期治療に至れなかった残念な経緯があります。

これまでは、「認知症=介護」と直結するように、介護の部分だけが大きく取り上げられ過ぎていました。
2000年当時、私が認知症に対して持っていた知識は、
・認知症と言えば脳血管性かアルツハイマー型認知症。
・認知症は治療はできない。
・アリセプトで進行を遅らせることが出来る場合があるだけ。

と言ったものでした。それはかかりつけ医の先生でも、さほど変わりなかったと失礼ながら思います。

だから、治療と言っても、アリセプトを切らさず飲むこと。(ご丁寧に途中で止めると進行が早まると脅されました)それしかないのだと思っていました。
それでも進行してしまったら、後は介護で頑張るしかないと思っていました。
頑張りきれなくなったら、施設入所を考える。ケアマネさんからもそうアドバイスされていました。

何年か前のNHKの認知症特集でも、認知症の3大症状は、徘徊、失禁、物盗られ妄想
・徘徊する人には扉を簡単に開けられない方法。
・失禁する人はトイレの場所がわからない場合が多いから、トイレと張り紙をする。
・物盗られ妄想は、徹底して探し物に付き合う。

など、介護のノウハウばかりを特集していました。

温かい介護、認知症の人に対する適切な対応は必要不可欠なものだけど、果たしてそれだけでいいのでしょうか。
みすみす認知症を進行させてしまっていいのでしょうか。
認知症の症状として、暴力をふるう人を対応だけで鎮める事ができるのでしょうか。
鎮められないのは、自分の対応が悪いからだと介護者が自分を責めているなんて、あまりにも理不尽です。
暴力に限らず認知症患者さんの不可思議な症状は、適切な治療で治まることに気付いて欲しいと思っています。
治療をしているのに、不可思議な症状が治まらないのなら、その治療は正しいのかと疑問に思って欲しいと思います。

-----------------------------------
・適切な治療はどこで受けられるの?
・近くに良い病院が無い場合は?
・認知症について勉強しましょう
などは、またの機会に。


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夜のフェルガード100Mを持って、よしおさんを訪問しました。
10時から11時の間に訪問することにしているのですが、今日はすでに眠っていました。
ちょっと揺すると、ちゃんと起きてくれます。
それは何の薬だね?」って聞きますから、「物忘れの予防薬です。」と正直に答えます。
すると、納得して、ちゃんと飲んでくれます。
よしおさんは、すっかり「いい子」になりました。
もう、私の心には何の不安もありません。有りがたいです。

フェルガード100Mを飲んだ後、また、言いました。
明日はデイだったね?」と確認です。
3日続けて聞かれて、結局毎日聞かれているってことです。

そんなにデイを楽しみにしてくれるなんて、半年前には夢のまた夢でしたよ。
もう1日、プラスする???なんて、なんて、どうかしら?
焦らず、本人が言い出すのを待ってみる???

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突如、ブログの更新が止まっておりますが、
みんな元気でおりますので、ご心配なくお願い致します。
もうしばらくお待ちください。

よしおさんは、朝起きると、「今日はデイの日か?」とふつか続けて聞きました。
単に今日が何曜日かわからないだけの話ですが、
そんなにデイを楽しみにしてくれて、感激でーす。

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待ちに待った(?)施設の夏祭りの日です。
みつこさんも私たち家族も初体験になります。

事前にみつこさんの浴衣をどうするか?
家族は何人参加できるか?
の調査がありましたが、その意味が行ってみて初めてわかりました。

屋根のある玄関前の広場で、和太鼓の演奏があり、
外でもお団子とか、お好み焼きみたいな「まきせん」とかいうお菓子の模擬店がありました。
特養のホールでは、ジュースと住人さんの顔写真の展示。
デイサービスでは、ゲームやくじ引き、カキ氷のお店がありました。

施設の住人さんたちは、家族の来ている人は家族に連れられて、家族の来る事ができない人は介護士さんに付き添われて、会場を回っています。
介護士さんも、看護士さんも、皆浴衣姿です。

私たちは事情で、ちょっと遅れて到着しました。
みつこさんはまだユニットの方でお待ちでーーす」と声をかけられて、
3階へ急ぎました。

ユニットにも介護士さんが残ってみえます(参加できない住人さんもいらっしゃるので、当たり前ですが)。
みつこさんは、浴衣を着せてもらって、お化粧もしてもらって、おまけにマニキュアまで施して頂いていました。
綺麗ね。良かったね。」と言うと、「えへへぇ~~」と言った感じの笑顔になりました。

住人さんは、「おだんご」「まきせん」「カキ氷」「ジュース」「ゲーム」「くじ引き」と書いたカードをもらって、いざ出発です。

くじ引き」から始めました。
紐の先に番号がくっついた紐を1本引っ張って、賞品をもらいます。
みつこさんは、理解できないので、ちょっとこわばった顔で、私に「しなさい」と言って、手を出しません。私が手を添えて、無理やり1本ひきました。賞品はハンカチ1枚でちょっと残念。

ゲーム」はふたつあって、鬼の口にボールを投げ入れるものと、机の上をボールを転がすボーリングのようなゲームです。どちらも得点により、後で景品のお菓子が選べます。

こういうのは、どちらもみつこさんの理解を超えており、顔がこわばってしまいました。楽しむにははるか彼方過ぎましたが、怒らないで参加してくれて、上出来な感じがしました。
景品のお菓子も選ぶのは拒んでいましたが、私がひとつ取って手渡すと、「美味しい」と食べていました。
夏祭りa
カキ氷」「おだんご」「まきせん」「ジュース」と言った食べ物は全部頂きました。
みつこさんひとりでは全部は無理ですから、3人で分けて頂きました。
みつこさんは、何でも食べれるので、食べる楽しみは一杯あります。
夏祭りb

和太鼓の演奏はじっと聴いている(見ている)ふうでした。
周りに小さい子が居ると、笑顔になって、「可愛い」と何度も言います。

一通り回って、よしおさんがデイから帰るのを迎えないといけないので、みつこさんとは一足早くにお別れすることにしました。

最後に施設のホールでジュースを頂きましたが、マンゴージュースを注文したら、これはひとりで一気飲みして、「美味しい」と繰り返していました。

みつこさんは台湾での生活が長かったので、舌がトロピカルなものを覚えているようです。
ビーフンが食事に出た時も、「ぺろっと完食」だったそうです。

夏祭りは施設の一大行事のようですが、住人さんの着付けから始まり、お祭りの準備、進行、片付けとどんなにか大変だったことと思います。

でも、住人さんたちは毎日単調な生活を強いられてしまっています。こういう非日常はとても刺激になって、脳も活性化するし、心地よい疲労で夜はよく眠れるのじゃないかしら。
施設の皆さんには心から感謝の1日でした。

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リンクのお友だちのブログ「つるちゃんとかめこ」さんが書籍化されることになりました。

家族に認知症の人がいたら・・・こんなふうに接することができたら、どんなに優しい気持になれるでしょう~。
「バイブル」とコメントされてる方がありましたが、私もいつも「お手本」と思っていました。

早く、本になった「つるちゃんとかめこ」さんにお会いしたいです。


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8月20日(水)のことになります。
みつこさんが認知症の抑制系の薬(フェルガード100以外)を完全にストップして、まもなく2週間になります。この間これと言った変化(興奮が強くなると言った変化)は見られません。

この日もユニットに上がって行くと、机につっぷしてうとうとしていました。
看護士のTさんと、フェルガード100Mの話をしていると、みつこさんが起き上がって、自力で歩き出しました。
トイレに行くようでした。看護士さんがすぐ後を追って、介助して下さいましたが、自力で歩けるし、トイレにも行けていて、感激しました。トイレの場所も理解しているようです。

内科受診の病院は施設から徒歩5分とかからないところですが、道路を横断するため、車を出して頂いています。
病院についてから、この日はかなり待ち時間があり、みつこさんとおしゃべりすることができましたが、なかなか話す内容が理解できません。
子供の頃の話と現実の今がごちゃまぜになっているようで、病院にいるという認識は全くないようです。
話す言葉ははっきりしているので、聞き取れないということはありませんが、内容がわからないのです。
よく見ていると、緊張したりすると、意味不明の音の羅列になることはあるようです。
たとえば、先生に話しかけられた時、慌てると、「○×△34%$・・」みたいに全く意味の無い音が並ぶ事もあります。

こちらの問いかけも、まず理解できません。
でも、たとえば、「こんにちは」みたいな挨拶は理解できていて、「こんにちは」と返してくれたり、私だと、「どこへ行ってたの?」と聞いたりします。

おやつをすすめられた時に、「ありがとうございます。」「頂きます。」とはっきり答えたりすることもまれにあります。

この日は待ち時間に懐かしい言葉を聞かせてくれました。

ひとつは「何か美味しいものを食べに行こうか?」です。
この言葉が懐かしいのは、在宅で、内科とか鍼治療へ送り迎えしていた頃、いつも聞いていた言葉だからです。
2007年の3月以前に、お迎えに行くと、いつもこう言っていました。だからいつも喫茶店とか、食事とかに寄り道したものです。

それと、もうひとつは「もう帰ろうか。」でした。
これも、行きたくないところ、病院とか鍼とかの待合室で良く言っていました。

何となく、1年半前に戻ったような錯覚に襲われました。

ピック病は最後はどうなっていくのでしょう。
言葉は失われて、理解できないし、自らも話さなくなるのでしょうか。
寿命はアルツハイマーより短くて、8年くらいと読んだ記憶がありますが、みつこさんは2000年の脳の検査でわずかな脳の萎縮を指摘されています。それが発症としたら、今年で8年目です。

特別な病気が無い限り、まだ大丈夫な気がしますし、言葉も言語明瞭、意味不明ではありますけど、一応話せています。

そういったことも、フェルガード類の効果と思っていいのだろうか。

などと、待ち時間にいろいろ思いを巡らせていました。

内科は特に何の問題もなく、5週後に受診となりました。

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自分のことになりますが、皮膚科を受診して、もろもろの疑問を解消してきました。

体中あちこちの痒みが、一巡りも二巡りもして、大体のところは沈静化していたのですが、今日は指の湿疹と耳たぶの湿疹が、ピーク状態になってしまいました。

というのも、最近顔が浮腫んでいるのが気になって、もしかして、1年半使い続けているステロイド軟膏が原因なのかしら?なんて疑問に思い出したら、使えなくなって、「脱ステ」頑張ろうなんて思っていました。

指と耳がじわじわと出始めていましたが、忍の一字で頑張っていたら、爆発してしまいました。
耳は知らない間に触っていて、枕カバーに血が滲んでいるし、触れるところの髪の毛が滲出液でごわごわ。

指はうずうずするのをごまかしごまかし、亜鉛軟膏を貼って寝たのですが、朝になっても赤味も痒みもひかないし、ちょっと触ったら、一気に痒みが爆発してしまいました。
洗面所に座り込んで、指を1本1本、タオルで包んで、ごしごしこすってしまいました。
指は真っ赤に腫れ上がり、滲出液と血でタオルはシミだらけ。

さらに、夕べから、顔が痒い。腫れぼったい顔がシカシカと痒い。
触るとざらざらする。何だか悲しくなってきました。

それにまだあります。肩に薄黒いほくろみたいなものができてきました。少しづつ大きくなってきているようで、不気味。これも診てもらわなくちゃ。と皮膚科へ行ってきました。


皮膚科受診のお答えは以下のようでした。

・顔の腫れ:朝腫れていて、夜には多少ひいているならば、代謝が悪くて水分が抜けてないから。
「クーラーの中に入りっぱなしではないですか?」と聞かれました。
夏は汗をかかなくてはいけないのだ・・・・。

ステロイドは全身にくまなく毎日塗り続けない限り、ムーンフェイスになるようなことはありません。
私の使っている量ではそんなことは絶対にないので、大丈夫。上手に使って症状を抑えて下さいと言われました。

・指は、真っ赤で、じくじくなので、感染するといけないからと亜鉛軟膏をぐるぐるに貼り付けてもらいました。痒くならないように、坑ヒスタミン剤と坑アレルギー剤と漢方エキスを飲んで、中から予防。外からはステロイド。

・顔の痒みは、脂漏性の湿疹が出ているそうで、顔なので、弱めのステロイドを塗る事になりました。

・最後に肩のほくろ様の物。「これは、検査しましょうね。」と針を刺して、中身を押すと、黒いぽろぽろの物が取れました。
大丈夫です。これは汚れです。検査の必要もないです。」って。汚れって言っても、皮膚の中に膿包みたいなものが出来て、そこに黒い汚れがたまっている。取り出しても、たぶんまた出来る。
完全に無くしたければ、袋ごと切り取るしかないけど、目立つところでもないし、急ぐ事もないし、という事でした。

もしかしたら、メラノーマって思いましたが、これで安心。できました。

↑と、これは昨日のことで、昨晩指をぐるぐる巻きに湿布して、寝ました。
今朝はまだ赤味が残っていたけど、お昼過ぎからはやっと沈静化してきて、シミだけになってきました。
これで安心すると、直にまた再発するので、しばらく飲み薬を続行しようと思います。

少し生活を見直す必要がありそうです。
合成洗剤、中性洗剤を止める・・等、何かできることからしないと・・。

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昨日のことになりますが、ケアマネさんが来月の予定を立てるに当たって、よしおさんに面会したいということで、来てくださいました。

以下よしおさんとの会話です。

ケ「デイサービスはいかがですか?」

よ「はい。楽しく行っています。」
 「お風呂は入れてくれて、背中をこすってくれるので、気持がいいです。」
 「皆優しいし、ご飯も美味しいです。」
 「昼寝もさせてもらっています。」


ケ「他の利用者さんとお話なさいますか?」

よ「あんまり話さないです。だけどデイサービスの人が優しくしてくれるので、いいです。」


ケ「ショートステイはいかがですか?」

パ「お母さんの施設のお泊りのこと」←よしおさんが 怪訝な顔をしているので、助け舟

よ「あそこはBさんが感じが悪いです。恨みでもあるのだろうか。」←こういうことは思い込んだら最後忘れません。

ケ「恨みなんてあるわけないですよ。恨まれるようなこと何もないですよね。」

パ「この前は、Bさん、良かったって言ってましたよ。」と助け舟です。

よ「そうだったかね。」と、それでも納得がいきません。
 「他の人はみんな優しいから、いいです。気にしないようにします。」と自分で解決しました。

ケ「これからも、みつこさんに会いに1泊で行って下さいますか?」

よ「はい。行きます。」と、思い込みはあるけれど、前向きです。


ケ「何かお困りの事はありますか?」

よ「この人(とパンドラを指して)が何でもやってくれるので助かります。」
 「この人がおらなんだら、どうしようかと思っています。」と感謝の気持ちを表現してくれます。

↑なんて、最後は殊勝な言葉で締めくくってくれました。
-------------------------
よしおさん、覚えているかな? 被害妄想に凝り固まっていた頃言った言葉。

「あんたはね。子供の頃はいい子だったのに。あの男と一緒になってから、一体どうなったんだ。」
「ダンナだから、かばいたいのはわかるが、あんたはね、そそのかされてるんだよ。目を覚ましなさい。」


こういう言葉を言う時には、ほんとに演技力(成り切ってるから演技ではないけど)がたっぷりで、涙を浮かべんばかりの迫真の演技(くどいな)でした。

「なあ、頼むから○○を返してくれ。あれがなかったら、どうやって老後を過すのだ。頼む。」なんて、泣き落としは続きました。。。

困り果てた私が、何時まで付き合ってもどうにもならないし、だんだんやばくなることはわかっているので、その場を無い物にしようと、そっと立ち去ろうとすると・・・・。

だんだん、目が釣りあがってきます。「目が三角になる」と言っていましたが、本当にそんな感じです。
そして、「おい、待て!!」「 逃げる気かぁーーーーー!!」と、私の腕をつかんでひっぱりました。
その力の強い事、強い事。
---------------------------
あの同じよしおさんが、今日の言葉を言ってくれたなんて、夢のような話ですね。
これぞ、ミラクル。

今、悩んでいらっしゃる皆さんにも、ミラクルを信じて、諦めないで頂きたいとエールを送ります。


現在よしおさんの認知症の薬:フェルガード100 4包/日
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2008/05/17 (Sat)「みつこさんの鍼治療の限界

↑今年の5月17日の記事からもわかりますように、みつこさんの鍼治療は一旦ストップしていました。
この日、鍼治療を「見合わせて欲しい」と言われて、私もカッとなっておりますが、恥じ入るばかりです。

先日鍼治療院の先生から、お電話があり、「施設への往診を始めたいと思うので、みつこさんどうですか?」とお尋ねがありました。
脳の機能がかなり壊れているみつこさんですから、鍼も治癒に直結しないかもしれませんが、マッサージも組み合わせてなので、少しでも気持が良いと感じてくれるものがあれば、それでも良いからと速攻お願いしました。

今日がその、鍼治療往診の初日です。

初めてなので、遅れてはいけないと、少し早めに言って、みつこさんに説明していました。
話はちんぷんかんぷんで通じませんが、面白いことを言ってくれました。

パ「みつこさん、今日は鍼の先生がここへ来て下さるから、足の痛いのを治してもらいましょうね。
み「あぁ、そうね。どこでするの?」←あれぇ、通じてる?とびっくり
パ「お部屋でしてもらおうか。
み「側についていてよ。邪魔してね。」←「ジャマシテネ」って言ったんです。

みつこさん、もしかして、意思疎通が発展途上段階?!?!

さて、先生が来て下さって、「こんにちは」と挨拶してくださると、
あぁぁ~」と、何か知っている人をみる目つきになりました。
実際、テーブルからお部屋まで、私と先生に両手を取られて、歩きました。
全く知らない人だったら、そんなこと難しいと思うのですが・・・。

治療はベッドの上でお願いしました。ベッドが壁際にぴったりくっついているので、先生はベッド上にあがっての治療になりました。
みつこさん、怒るかなぁって、興味深々で見ていましたが、怒りません。
マッサージは気持が良いのか、まあまあ抵抗なく受けてくれました。

体の向きをあちこち替えるのが、やや難しい。「向こうを向いて」と言うのが通じると、1回くらいは素直に従ってくれますが、そのうち嫌になってきます。

嫌になってきてからの反応に進歩を感じました。
5月17日の時点では、抵抗して私をぽかぽか叩きました。
今日は、「もう止めてって言ってよ。」と私に向って小さい声で言っただけです。

2008/08/13 (Wed)「みつこさんの認知症の薬---フェルガードを飲み始めてから

↑上の記事からわかるように、5月17日の時点では、フェルガード100を3包/日に増やす直前です。まだ2包/日の時点です。
フェルガード類を飲み始めて8ヶ月目の頃です。この後で一気に目に見えた効果が出て来たように感じています。

ピック病の陽性症状には、セロクエルよりも、抑肝散よりも、フェルガード100(フェルラ酸)が効果的なようです。
しかも、ある程度の期間もしくは/および、ある程度の量が必要な様です。
みつこさんの場合には、フェルラ酸300g and/or 服用期間8ヶ月、がキーワードのようです。

ということで、鍼治療は何とかうまくいきそうなので、週1回継続することにしました。

鍼治療が終わってもそのままベッドで横になったまま、ちょっぴりご機嫌斜めなのか、眠いのか・・先生が帰られても起きようとしないので、久しぶりにそのまま寝かせてお部屋の整理をしました。
何しろ、他の住人さんの衣類がたんすの中から出て来ます。
介護士さんも大変なんですよね。下着など洗濯物の仕分けをするのが。はっきりわかるところに大きく名前をつければいいのでしょうけれど、、、。
他の住人さんの衣類はそっと出しておきました。

そうこうするうちに、みつこさんがモソモソし始めたので、「起きる?」と声をかけると、
起きようかね。」と、在宅でまだ調子の良かった頃のように、機嫌良く起きてくれました。
↑「ほほぉ、いい調子じゃない」と私は嬉しくなりっぱなしです。

カキ氷

自力で起きて、テーブルまで歩いて行くと、介護士さんがおやつを用意して下さいました。
今日のおやつは、、、カキ氷、小豆が乗っていて、美味しそうでしたよ。
みつこさんは、完食しました。

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フェルガード100(1包中フェルラ酸100g、ガーデンアンゼリカ20g含有、代謝時間6時間)に新商品としてフェルガード100Mが発売されました。

フェルガード100Mフェルガード100に含まれるフェルラ酸の20%をrシクロデキストリン(環状オリゴ糖)で包んで、代謝時間を12時間にまで延ばしたものです。

わずかなのですが、12時間後までフェルラ酸が体内に残っていてくれます。
施設入所中のみつこさんは、施設の都合で、なかなか遅い時間に薬を飲ませてもらうことができません。一旦眠ってしまうとそれを起してまで飲ませることは難しいからです。

これまでは、朝も起きる時間がお昼近くになったりしていて、ともすると、お昼から夕方までに4包を全部服用するような状態でした。

そんなみつこさんには、うってつけのフェルガード100Mです。

さらに、セロクエル抑肝散を止める事ができて、朝の寝起きもすっきり早い時間になることが予想されます。服薬時間も広がり、わずかでも代謝時間も広がれば、さらなる効果もきっと期待できます。

フェルガード100を飲み始めたことで、セロクエル抑肝散がいらなくなり、その結果として寝起きがよくなり、フェルガード100を朝早い時間に飲めるようになり、その結果としてフェルラ酸の体内残留時間は長くなり、それだけ効果が上がる。

これを良循環と言わなくて何というのでしょう~。

現在5包/日、服用中です。夕方と寝る前の分をフェルガード100Mに替える予定です。

よしおさんは4月以降好調子続きで一段落も二段落もしていましたが、最近また健康不安がクビを持ち上げてきました。

よしおさんの心の根底には「死ぬ事への恐怖感」が根強くあります。
良い意味で解釈すれば、生きたいという願望、生命力ととれなくもないですが、それとはちょっと違っていて、自分の体の不調をすぐに死と結びつけて、「死ぬんじゃないかしら」「死ぬかもしれない」と不安がります。

昨日もインターフォンコールがあり、「私は今、血圧の薬を飲んでいるのか?」「今日は飲んだか?」と聞いてきました。
何故そう言い出したのかなといぶかりつつ、訪ねました。
すると、右手の指の付け根辺りを中心に手のひらから指へかけて浮腫みが出ていました。
手の感覚が鈍くて、グー、パーがやり難そうです。足の甲の部分もやや浮腫んでいます。
以前は(3月頃)顔が浮腫んでいましたが、循環器科を受診した時には既にひいていました。
3月の入院時に心臓関係は全て検査をしていますが、夜間の脈拍が通常の半分くらいの時があったという以外には異常ありませんでした。

血圧が高いのじゃないか?」「心臓麻痺で心臓が止まるのじゃないか?」とすぐに心臓へと結びつけてしまいます。

血液検査からの問題は、腎臓関係数値がかなり前から悪い。浮腫みはそのせいなのかなと思っています。
循環器内科では、「数値は悪いけれど、悪いなりにずっと一定で、急速に悪化するようではないので、現状観察でよい」と言われています。

問題なのはよしおさんの体の不調をとても気にする心。
体の不調→死に至る病気→死への恐怖と、ぴっぴっぴと直結してしまいます。

なにしろ、記憶は曖昧模糊としていますから、昨晩のことは自分では覚えていません。
今日も服薬の時に、「そこに血圧の薬は入っているのか?」と聞いていましたので、何か気にしている事は確かです。
私も藪をつつきたくないので、「ちゃんと飲んでいるから大丈夫よ」とそれ以上は言いませんでした。

何となく、気分が下降ぎみになってきているのは確かなので、サアミオンを復活させた方が良いのか、まずは浮腫みを対処した方が良いのか、、、少し悩める気分になってきました。



蛇足ですが、自分のことも気になってきました。
7月の終わりくらいから、顔の浮腫みが気になっていたのですが・・・
浮腫みではなくて、脂肪? ムーンフェイスなのではないか(そんなにパンパンではないけれど)と気になります。

みつこさんが大暴れしていた、昨年の春頃から、しつこい痒みに襲われて、塗り薬だけなのですが、一番強いステロイドのデモルベートをほぼ全身に塗り続けています。内服もしていますが、ステロイド薬ではありません。
一旦一番酷い状態は過ぎたようなんだけど、完全には治りきらず、ずるずると薬が切れずにいました。
普通、外用薬では皮膚症状以外の副作用は出ないそうですが・・。
ちょっと怖くなって、脱ステ(と言うそうです)決心しています。

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よしおさんがデイの間にみつこさんの浴衣を探しました。
紺の総絞りの浴衣が見つかりました。
みつこさんがその浴衣を着た姿は見覚えがありません。
きっと祖母(みつこさんの母)が縫ったものだろうと思います。
みつこさんがその浴衣に見覚えがあるのかどうかは分かりませんが、兎も角それにお名前つけをして、今日、様子を見がてら届ける事にしました。

連日暑い日が続いていて、雨もちっとも降りません。
この辺りの水源になっている、愛知池を通って施設へ行きますが、その愛知池の水がからからに干上がっています。ヘタすると節水制限がでるかもしれません。

高温になった車に乗って出かけると、施設に着く頃には汗びっしょりになります。
施設に着いて、ユニットの3階へ上がって行くと、今日はいつもの指定席ではなくて、入り口近くのテーブルに他の住人さんと一緒に朝のおやつを食べたところでした。
顔を見ると、介護士のTさんが、開口一番「今日は調子がいいですよ。朝7時半にはご自分で起きていらっしゃいました。」と教えて下さいました。
もしかしたら、抑肝散もなくなって、寝起きがよくなったのかしら。

これまでは、朝の寝起きが悪く、起きたくないのを無理に起そうとすると、不機嫌が爆発するようなことがあったようです。それが進んで、無理には起さない方針に変わり、その代り朝ご飯が抜きになっていきました。
無理に起しても、機嫌も悪く、しかも結局はご飯も食べられないので、無理に起さないのは正解でした。

自分で起きられる日が多くなれば、体にとっても良いわけで、結構なことだと思います。

さて、今日は浴衣を持っていったので、その場で浴衣の話になり、みつこさんにも目の前で広げて見せました。
浴衣を見ると、笑顔一杯になって、「上~等~」と言いました。着道楽だったし、良いもの好きだから、きっと見る目は変わらないのだろうと思います。
やっぱり、浴衣も借りるのではなくて、みつこさんのを持って行って良かったと思いました。
自分のだとは思い出してはいないと思うけど、何か記憶の片隅にでもひっかかるものがあるかもしれません。

その後ちょっとだけでも、喫茶でお茶でも飲もうかと、誘ってみると、はっきりこちらの言う事がわからないふうなのですが、その場から動く事が満更嫌そうでもありませんでしたので、車椅子のまま、移動して喫茶まで出かけました。

自販機のミルクココアとお茶を1本づつ買って、夫と私とみつこさんの3人でわけました。
最近は紙コップを持参しています。
みつこさんは、ミルクココアという文字や、お茶缶の○○茶という漢字もきちんと読んでいました。
目も見えているし、字も読めています。
mitsuko08815

今日は冴えていたと思いますが、簡単な会話が成り立っていました。ちゃんと問いに答えが返って来るという意味です。
その後、ひとりだけで自分の世界の中の話をしていることもありました(言語明瞭)。
また、全く意味不明の言葉になっていない音声の羅列もあります。

終始笑顔だったので、精神的な安定はずっと続いていると言えます。

さて、帰りは歩けるかどうか、歩いてもらおうと思い、みつこさんに車椅子を押してもらいました。
最初はどうするのかわからなくて、戸惑っていましたが、誘導すると何とか車椅子を押しながら歩いてくれました。

歩くのは、何とか支えがあれば歩けそうです。面会に行った時だけでも、ちょっとでもいいから歩かなくちゃと新らためて思いました。

そして、ひとつ発見は、何をすればいいのかわからなくて戸惑った時に、以前はすぐに怒っていました。
わからんっ」と怒鳴ったり、手を振り払ったりとかしていましたが・・・それが今日はありませんでした。
車椅子を押して行こう」と言う言葉が、理解できなかったのですが、「どうするの?」って穏やかに聞いてくれました。

すごいなぁーーーー。凄く安定しています。

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昨日のデイのことです。
いつもデイの前日の夜には「明日はデイです。」と伝えて心積もりをしておいてもらうのですが、一昨日はそれもしませんでした。
それで昨日の朝、朝ご飯の仕度に訪ねると、すでに起きていて、自ら「今日はデイだったね。」とのたまいました。

よしおさん、何たる進歩でしょう!
何の苦も無く進んで出かけてくれました。

帰ってきてから連絡帳を見せてもらうと、
お風呂に入って頂いて、後はゆっくり休んで頂きました。
お昼ご飯を食べてから、オリンピックを少し見て、後はゆっくり休んで頂きました。

と書いてありました。

お風呂とご飯以外は、ベッドでゆっくり休んでばかりいるようです。
それでも嫌がらず出かけてくれる不思議?!です。

ずっと以前に家で引きこもり生活だった頃、ケアマネさんとデイに行かせる方法を考えていましたが、当時もデイで休ませてもらえばいいから、行けたらいいのにとどんなにか思いました。
あの頃は、「デイでゆっくりさせてもらえば?」なんて奨めたら、「寝るなら家の方が気が楽」って答えたことでしょう。

確かに物忘れは進んでいる昨今ですが、デイで少しでも他所の人と話すことは、脳の活性化に繋がっています。
いつも何かひとつはデイで話したこと、聞いたことを話してくれます。

さて、帰ってきて、いつもどおり6時に食事にしました。
7時半にピーとインターフォンがなり、「今日の晩ご飯はどうなってるの?
さっき、食べましたよ。
食べた???」←そんなにびっくりしないでよ。
何食べた?思いだせん。
牛丼です。」と言うと、その場はそれで納得してくれました。

10時過ぎに寝る前薬と戸締りに出かけると
今日の晩ご飯は食べたっていったね。」「どうしても思いだせん。
デイのお昼ご飯は覚えているの?」と聞いてみると
お昼は何を食べたかは覚えていないけど、食べたことは覚えている。」という返事でした。

私と食事の時も、楽しい話をして、印象に残るようにしないといけないのかなとちょっぴり反省。
そしたら、その話題からずるずると思い出せるかしら。

いや、まあ、あまり深く考えるのはよそう。
よしおさん、別にご機嫌が悪いわけじゃないもの。

にこにこしながら、話はオリンピックへと飛んだり、跳ねたり、、、適当に切らないと、どこまでも続くよぉぉぉ。

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ピック病のみつこさんは、2007年9月からフェルガードを飲み始めました。
その時点では、介護抵抗が大きく、嫌なことには暴言、暴力で応戦していました。
向精神薬もたくさん使わざるを得ませんでしたが、約1年後の今月、向精神薬を全て中止しても、何ら困らない状態に落ち着く事ができました。

これまでのところを一覧表示してみると、フェルガード100、3包/日にした頃から、情緒面の改善が急速に見られるような気がします。(飲み始めて8ヶ月目)

2007年9月から現在までの薬の変遷と本人の様子をまとめてみました。
みつこさんのお薬について」(2008/7/12)に加筆訂正したものです。

今後は今日の記事に加筆していきます。


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'07年9月、フェルガード類を飲み始めてからのお薬の変遷を一覧表示してみます。(認知症のみ)
興奮系:赤色  抑制系:青色

2007年9月12日~9月30日
セロクエル25mg×3(4)抑肝散 3包フェルガード 2包/日
施設入所前の在宅時の事。セロクエルは3~4錠を適宜調整中。介護抵抗あり。嫌なことには暴力、暴言で抵抗する。フェルガードを始めて最初の気付きは発語がはっきりしてきたこと。

2007年10月1日~10月7日
セロクエル25mg×2(3)抑肝散 3包フェルガード 2包/日
施設入所から最初の往診まで。夜眠れずに歩きまわることを心配して、セロクエルを夕、夜に集中。介護抵抗はあるものの、思ったより大騒動にはならないで済んだ。

2007年10月8日~10月13日
セロクエル25mg×2(3)抑肝散 3包フェルガード 2包レンドルミン(睡眠剤)1/4錠/日
セロクエルは夕1、寝る前1(2)。
施設に入り、夜眠れない事を想定して眠剤追加。割合馴染んだけれど、険しい表情になることもある。介護抵抗もある。

2007年10月14日~
セロクエル25mg×1抑肝散 3包フェルガード100 2包レンドルミン(睡眠剤)1/4錠/日
夜眠れず動きまわったり、逆にセロクエルで眠気が強まったりするので、セロクエルとレンドルミンの量調整で、夜眠れて、朝起きることができるように、調整中。不穏という状態ではないからとセロクエルは夕1だけに減量。
フェルガードをフェルラ酸主体のF100に替える。

2008年1月○日~
セロクエル25mg×1抑肝散 3包フェルガード100 2包/日
眠剤を止めてみても、夜間に変化なし。

2008年4月21日~
アリセプト1mg(即中止)、セロクエル25mg×1抑肝散 3包フェルガード100 2包/日
アリセプトを入れてから、血圧上昇、嘔吐があり、即刻中止。
体調不良時点滴に通うが入れる時に多少の抵抗があるが、引き抜きなどの抵抗はない時もある。
起床が遅いことが多い。傾眠傾向あり。

2008年5月19日~
セロクエル25mg×1抑肝散 1包フェルガード100 3包/日
フェルガード100を3包に増やす。浮腫、傾眠傾向がある為、抑肝散を減らす。抑肝散1包は昼に飲む。
意味不明だけど、はっきりとした口調で、よく話す。穏やかなことが多い。

2008年6月16日~
セロクエル25mg×1/2抑肝散 1包、アスパラk、フェルガード100 4包/日
セロクエルを減らす。フェルガード100を更に強化。朝2、昼1、夕1。Kが下がってきているので入れる。抑肝散1包は睡眠薬代わりに夕に飲む。
若干の介護抵抗は残っているけれど、概ねとても穏やかな明るい表情をしている。
たま~に、意味ある会話が成立する。

2008年7月14日~
抑肝散 1包、アスパラk、フェルガード100 4包/日
セロクエルを半分にしても、変わらないどころか穏やかになる傾向にあるので、セロクエルを中止する。抑肝散1包とアスパラkはセットで入れる。
フェルガード4包は朝、昼、おやつ、夕に分散する。
必ずあった介護抵抗(摘便時、痛みを伴う処置時など)が、ない時がある。穏やかさが目立つ。
よく話すが意思疎通は難しい。

2008年8月11日~
フェルガード100 4包+(寝る前に飲める時だけ追加で)1包/日
抑肝散1包はあまり意味がないし、飲む必要もないようなので、中止。
フェルガード100を飲める時だけ1包追加。(朝、昼、おやつ、夕、寝る前)
若干の介護抵抗はないわけではないけれど、全く問題ない程度。
向精神薬なしで、完全に落ち着いていると言える。穏やかで、笑顔も多く見られる。
よく話すが意思疎通は難しい。たま~にぴかっと光ることはある。

2008年10月7日~
フェルガード100 6包/日
フェルガード100を1包追加、寝る前はほぼ毎日飲めている。寝る前だけはフェルガード100Mになるようにしている。
穏やかさはずっと継続。9月10日からの乳癌手術も、何も問題なく推移した。
にこやかで笑顔もたくさんある。体調管理のため、十全タイホ湯をはじめる。

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みつこさんの施設で夏祭りが催されるそうです。
昨日施設へ訪ねていくと、1階の事務室から事務員さんが手招きされます。
たいてい用事があると、ここで呼び止められますので、「なあに」と、待っていると、

M「夏祭りがあるのですが、何人来て頂けますか?
パ「ふたりでーーす。」と、家族のことを答えた後に質問が続きました。
M「ところで、浴衣なんですが、お家にあればそれを着て頂いて、なければ、こちらでお貸しすることもできますけど・・どうしましょう。」と話は続きました。
パ「最近、ずっと、浴衣を着たことがないので、全部処分してしまったの。
M「そうですよね。じゃあ、お貸ししましょうか?
パ「でも、着るのも面倒だし、なしでもいいですか?
M「そういう方もいらっしゃるから、それでもいいですけど・・・。」とそこまでお話して、往診があるので、急いで3階へあがりました。

すると、今度はユニットの介護士さんからも質問されました。
T「夏祭りの浴衣のことなんですが、お家にあればそれを持って来て頂いたらいいし、なければお貸しできるのですけど・・。」と同じ質問を繰り返されます。
パ「上手に着れないし、めんどうだから、なしでいいですよ。」と私も同じ答えを繰り返すと、
T「着て頂くのは私たちでやりますよ。早めのお昼を食べて、それから、着付け、お化粧もしてもらいます。皆さん、結構嬉しそうにされますよ。

そこまで言われると、鈍い私もやっと気付きます。

パ「ぎょっっっーーーー!!!」「本人のことなのねぇ~。あぁ恥ずかしい。
 「も、も、もちろんお願いします。家にもあると思うので一度探してみますゎ。」と、大爆笑になってしまいました。。。

その間、みつこさんは、ぽかーーーーん。

帰りにまた事務室の前を通りかかり、Mさんもいらしたので、、、
パ「私が浴衣を着てくるかって聞かれたのかと思いましたよーー」って言うと、またまた大爆笑。。。
M「着て来て下さっていいですよ。盛り上がりますからーー。」(爆)

さあ、明日よしおさんがデイに行っている間に、みつこさんの和ダンスをひっくり返して、浴衣を探そうと思います。
浴衣なんて、着てくれるかなぁ? でも、お化粧は嬉しいだろうな!

8月23日の夏祭り、、楽しみになってきました。

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今日はみつこさんの認知症の往診日でした。
1ヶ月前の診察で、セロクエルを完全に中止しました。
あれから、1ヶ月、特に悪化する様子はないだけでなく、どんどん穏やかになる方向を向き続けています。
抑肝散1包だけ、気休め程度に残していましたが、これもやめようと先生からご提案がありました。
「1包というのはあまり意味がないし、もう必要ないと思うから」と言う事でした。
私もお願いしようと思っていたことで、願ったりかなったりです。

ドクターイワタに診察して頂く様になって、ちょうど1年です。
今日を持って、ピック病の陽性症状を抑えるための薬は全て終了ということになりました。


施設での皆さんの対応がとても良いこと。
みつこさん自身が施設での生活に慣れてきたこと。
それももちろんあることでしょうけれど、何と言ってもフェルガード100の力が大きいと信じています。

これまでは、フェルガード100、4包/日(朝、昼、おやつ時、夕)でしたが、それに寝る前に飲める時もう1包追加がお願いできることになりました。
毎日と言う訳にはいかないと思いますが、(眠ってしまったら、起して飲ませる事はできないから)1日4+何包になるのか、チェックシートを作って下さることになりました。

先生はもちろん、フェルガード100の増量を奨めて下さる。
施設の方たちも後押しして下さる。何てありがたいのでしょう~。

みつこさんが自然な感じで落ち着いているのを、この写真から感じて頂けるでしょうか。
今日は無修正でお届けしたいと思います。
認知症の人ということを感じさせない表情になってきていると思うのは娘の欲目ばかりでもないと思うのですが。
mituko08811

今日は採血がありました。1度やり直しもあって、痛かったと思うのですが、
痛いよ。
へただね。」←看護師さんに向って
と、お口だけは参加していましたが、暴れることなく、採血させてくれました。

ほんとに、「みつこさん成長したわねぇ~」と嬉しくなりました。
ドクターイワタと、フェルガード100に謝謝。
ANM176のことを発信し続けて下さった、ドクターコウノに謝謝。
惜しみなく情報提供して下さったお友達に感謝しています。

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昨日のデイでは、オリンピックの開会式の様子をビデオで見たりしたそうで、今日はオリンピックがらみのおしゃべりをたくさん聞かせてくれました。

認知症の症状として、思い込んだら頭から離れないというのがあるそうです。
これもりっぱな認知症の症状なのですね。よしおさんもぴったり当たっています。
音楽の「主題」みたいに話の中に何度も何度も繰り返し出て来ます。

よ「今、オリンピックをやってるんでしょ?」「どこでやってるの?」「中国だったかね?」と自問自答しています。
よ「オリンピックは何年に1回だね?」「5年に1回かね?」と、どんどん続きます。
パ「4年に1回よ」と答えると、
よ「4年かね」と頭に入れたふうなのですが、これが、全然入っていません。

5年に1回かね?」というのが、話の途中に繰り返し繰り返し現れます。

あるまとまった話全体を繰り返すという、「ロンド形式」のお話もあります。
これはエンドレストークとなり、にこやかに笑顔で聞いているのには3回くらいが限度です。(私の場合)それ以上続くと、こちらの笑顔は消えて、「いい加減にしてよ」と言いたくなってきます。

でも、こんな楽しい話題の時は、笑って「もういいでしょ」と言えますが、これが「盗られたらしい」なんて疑惑と妄想に満ち満ちた話の時は、聞いているのも苦痛以外の何者でもありません。(自分が標的でなくても)
これがなくなっただけでも、どんなにか幸せーーーです。

今日はほんとは、よしおさんの陽性症状についてまとめようと思って、書き始めましたが、あまりの生々しさに途中で挫折しました。
少し書き方を考えてみようと思っています。

で、今日はオリンピックの話題をひとつご披露させて頂きます。

よ「日本人で柔道で出てる子がいたね。」「谷亮子とか言う・・」←よくわかってるじゃない。
よ「あの子は、どこの出身なの?
パ(あまり知らないのです)「どこだろう。四国とか、西の方?北の方ではないものね。
パ「でも、今は東京じゃないのかしら?」とつぶやくと、、、
よ「今は中国でしょう。」←と落ちがつきました。

他にもいろんな話題が続きましたが、本日はその合い間合い間に「オリンピックは5年に1回?」の主題が繰り返し現れる、ソナタ形式のような曲でした。

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【保存版投稿コメント】

このブログに投稿頂いたコメントから、いつでも皆さんの目に触れる所に残しておきたいものを、記事として更新させて頂きます。

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【認知症の人の痒みに対する漢方治療】

さてさて、これは相当やっかいです。本当の痒みはどのくらい?本当の痒みが十くらいだとすると、それを何百にも感じている可能性がありますね。普通なら、「ああ、痒くてたまらん!」というくらいの状況を、感覚異常で、実際の何十倍もの苦痛を感じ「か、痒い!く、苦しい!たまらん!、助けてくれ!わー!」と表現しておられるのかもしれません。痒みを感じる→受容神経が興奮する→神経は痒みの程度分より過度に興奮する→関係ない神経まで巻き込んで興奮させる→絶叫するのパターンだと思います。不快・不調を受容する神経が暴走しているらしいことは容易に想像できる症状です。そもそも異常な痒みの正体は、皮膚にはなく、実はそれを感じ取る頭の中(脳)にあるのかもしれません。

想像と妄想の結論:認知症がらみの陽性症状がある程度抑えられたら、痒みも相応に鎮まる可能性がある。

もちろん皮膚科の医師に対処療法をしていただくことはかまわないでしょうが、効果は大して期待できないかもしれませんね。
今、薬物に対して、とても敏感な状態が継続している状況下で、漢方治療を行うのは危険に感じます。薬剤過敏がなければ、頓服で飲めば痒みが鎮まりそうな漢方エキス剤はありますが、過敏症を刺激したら本末転倒。ひとつひとつの薬剤を、これは大丈夫か?とチェックしながら一歩ずつ前進している状態のところに、漢方を同時に加えて、結果を複雑にすることはおすすめできません。
まず今のやり方で、ひとつひとつ薬剤の反応見ながら、ピントあわせをして認知症の陽性症状を少しでも取り去り、お父様が少し落ち着きを取り戻し、介助付きで外出できるようになったら、マトモな漢方医にしっかりと診断していただき、痒みを感じさせていた根本部分をしっかり治してもらうことです。今、目に見えている症状(痒み)を治療する(標治といいます)だけでなく、何故痒みが起こったか?なぜ痒みを感じたか?というところまで遡って、その大元を治療する(本治といいます)ことをすべきでしょう。
お父様は何らかの原因で体のバランスを崩され、脳が何らかのダメージを受けて、脳神経が過度に不必要に興奮・暴走する状態が続いているのだと思います。そのような経過も含めて、より深いところにもしっかりとアプローチできる処方を組み立てる能力のある、論理的思考を持った漢方医が必要ですね。でもこれはまだまだ先のことでよいでしょう。
まきぼんさんの件とは別件として
老人の乾燥性の皮膚掻痒症(特に冬に多いですね)というと、最近、金太郎飴みたいにどこにでも出てくる「当帰飲子」(トウキインシ 番号は86)。別に老人専用というわけでもなく、皮膚や髪の毛に潤いを与える処方(詳しく言うとそれだけではないが)。間違って飲んでも、そこそこ健康な人なら、もーのすごい副作用がありそうな処方にも見えません。でも胃もたれする人は案外多いのですよ。地黄が入っている処方は胃の弱い人には要注意です。試してみたい人は、医師のところで処方してもらえば保険も効きます。
でも漢方って、自己判断でなく、まとも(ここが苦しい!)な漢方専門医にきちんと診断して貰い、処方をうけるのが原則です。片手間で漢方エキス剤も出しますよ!ってところが多いですが、腕は??のようです。

2008/08/09 09:34 | きじとら [ 編集 ]
元記事:ショートへお迎え 08/8/9

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連日35℃を越える暑さの中、元気にデイに行って、帰ってきてくれました。
デイサービス、ショートステイ1泊、デイサービスと4日連続外出記録を更新しました。
夕べもショートから帰って来てから、「明日はデイサービスです。」と恐る恐る言ってみましたが、「そうだね。」と肯定的なお返事でした。

さて、今朝も「今日はデイサービスです。」と言ってみましたら、「何時にお迎え?」と来ました。
更に、「ここのところ連続でお風呂に入っているよ。」と満更でもなさそうです。「背中を流してもらえるから気持がいいよ。」と嬉しそうです。
もう、よしおさんの陽性症状ははるか彼方へ飛んで行ってしまったようです。


今のよしおさんは、みつこさんが施設入所をしていることを、ほぼ認めてくれているようです。
そういう気持になってくれるまでには、いろいろな経過をたどってきました。

陽性症状が花盛りだった頃のよしおさんは、みつこさんをデイに出す事すら、訝っていました。
いわく、「お母ちゃんを外へ出して、何をたくらんでいる?」←この頃のよしおさんはみつこさんを留守番役としてしか考えていません。
私たちに養老院へ行けと言って、家を乗っ取るつもりか。」とも言っていました。「養老院へ行け」なんて言ったことはないのですけどね。

みつこさんが病気をして、とても家でやっていくのは難しくなって、施設を申し込んだ頃には、よしおさんにも折りをみては施設のことを話しました。「何時か入所してもらおうと思っている。」「お母さん安全のためにもその方がいいから。」と。
その頃は「おかあちゃんには話してあるのかね?」「いいと言ってるのかね?」と本人が望んでいるのかと気にしていました。行かせたくなかったのでしょう。

そうそう、はっきりと、「ほんとは行ってもらいたくない。」「そうしなければいけないと言うなら仕方がないけど・・・。」と正直な気持を言ってくれたこともありました。
それでも、入所していく日には、黙って布団をかぶって寝ていました。諦めの気持だったと思うのです。
みつこさんは、どこへ行くのかわからないまま、でも何かを感じて、よしおさんの寝床まで行って、「どこか知らないけど、行ってくるから・・」と声をかけました。
すると、よしおさんも起きてきて、玄関まで送って出て、「行ってらっしゃい。」「元気でな。」と声をかけたのでした。

これを思い出すと、みつこさんの認知症の症状もあれから(2007年10月)進行していることがわかります。
まだ、この時は自分の想いが言葉に出来ています。
自分が何のために、どこへ行くのか、理解できていないけれど、何だか変だと感じて、家に残る夫に助けを求めるような気持だったと思うのです。
そして、よしおさんに、「私帰ってくるから。」と言い残して家を出ました。その時にはどこかに出かけるだけと思っていましたから。

施設に着いて、お部屋でちょっと眠って、目が醒めたところで、はっきりしない言葉で、「私と夫がこんなことを企んで・・許せない。」という意味の言葉を発しました。

みつこさんが入所してから、よしおさんの陽性症状がまだ取れない間は、よしおさんは、みつこさんのことを心配していながら、決して会いにいくとは言いませんでした。
元気でいるならいい。」「うちへ連れてきて・・・。」と言っていましたので、鍼治療の帰りに家に寄って、車の中でのふたりのデートをしばらく続けていました。

その時のみつこさんの反応は、わかっているけど、わからない。
よしおさんの気持ちと、ふたりを引き裂いているという私の気持ちから、そうやって合わせていたのですが、みつこさんには可哀想だったのではないか・・・と思うこともあります。

自分の家の前にいるという気持もなかっただろうし、よしおさんの事もわかっているけど、わからない。見覚えがあるような気がするけど、誰なのだろう~、そんな気持だったんだろうと思う。

よしおさんが入院し、みつこさんが鍼治療に出かける事もなくなり、ふたりのデートは自然消滅しました。その代り、よしおさんの陽性症状が落ち着き、よしおさんがみつこさんの施設へ訪ねて行ける日がきました。

みつこさんにとって、私も、よしおさんも、「何となくどこかで体が覚えている人」なのだけど、どこの誰だかわからない。
みつこさんは自分がどこの誰だかもわからないのですから。
もう、家族の気持だけで、みつこさんを振り回さない方がいいのかもしれない。
みつこさんにとってのほんとうの幸せは何かを考えてみようと思う。

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4時半にショートを出る予定にしてありました。
早めに行って、みつこさんとよしおさんのご対面をもう一度して、それから帰ることにしています。
4時前にみつこさんのユニットに上がると、「今、よしおさんの所で~す。」と皆さんがおっしゃいます。
ぐるっと施設の中を回ってショートに着くと、ロビーのテーブルにふたりで並んで座って、おやつを頂いたところでした。

よしおさんはもう早く帰りたいばかりです。着替えもすっかり済んで帰りしたくは出来上がっていました。忘れ物がないか、そればっかり気にしています。シェーバーを手に持っていて(部屋を出る時に心配で持って来たらしい)それを自分でカバンに入れ、すぐに「カバンに入れたか?」と何度も確認していました。
みつこさんとは30分くらい一緒にいたようで、「もう、おかあちゃんを返してきてもらおうか。」ってまるで物扱いです。

もういちど記念撮影をさせてもらいましたが、みつこさんは真っ赤な下まぶたをして、他の人の生活記録を難しそうな顔でしっかり読んでいます。
よしおさんは、「帰りたい~」って顔をしています。
ショート0888


よしおさんは、ショートはあまりお気に入りではなさそうです。それでも来る事は拒まず、不穏にもならず、理解してやっていてくれるので、花◎にしましょう。

みつこさんは、ショートの主任さんも「昨年のショート利用時と比べれば全然違うけれど、現在の生活には波がある。今日のおやつもあっという間に手づかみしていた。」とおっしゃっていました。
それは有り得ないだろうけど、完璧に良くはなりません。ここまで来ただけでも大進歩と思わなくては。

しかたがないこととは理解した上での話ですが、意思疎通はなかなか難しく、時たま奇跡のように「かちっ」とつながる時は別として、普段は本来(病気以前)のみつこさんとは別の人です。
これが、人格の崩壊、人格が変わるということなのだと感じています。よしおさんには妄想時以外はそういうことはありません。
それから考えてもみつこさんの病気の深さはわかります。脳が修復不可能に壊れてしまっているのでしょう。暴れ回っていたのは治まり、穏やかににこやかに過せる時はとても増えているけれど、「○○みつこ」さんという人は、もういないのだと感じています。←凄く誤解されそうな表現ですが。

もちろん、だからと言って、諦めることなく、見捨てることなく、可能性は信じて、治療にも介護にも専念しますが・・・自分の心の中に醒めた目も持っていないと、愕然となってしまうかもしれないと自分を戒めています。
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昨晩は開会式を最後まで見てしまい、更新できませんでした。

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今日からショートと言う事は話してあります。
それはわかっていたと思うのですが、体調がまた下がり気味なのか、朝食が進まず、「ほんとは今日は行きたくない。」と申しました。

兎に角、酷暑が続いているので、老人には堪えるのかなぁ。
まあ、そう言わず、お母さんに会って、避暑だと思って楽しんで来てよ。」と言うと、「そうか」と頷いてくれました。

10時に出かける時には、もう出かける気でいてくれました。
猫のことは良く覚えていて、「ちゃんと面倒みてよ」と念を押していました。

施設に到着し、手続きを終えて、みつこさんのユニットへお邪魔しました。
みつこさんはカウンター席でつっぷして寝ていましたが、起すとすぐに起きてくれました。

あら、今日は右目の下が真っ赤に腫れています。痒くも痛くもないらしいのですが・・・。
何だか次々と何かが出来ます。やっぱり脳が相当へたっているのでしょうか。
 
でも、カメラを向けると、「あらっ」とか言いながら、良い笑顔を向けてくれます。
反面よしおさんは、どうも、下向き、うつむき加減になってきました。
何せ、本物のうつ病の既往がありますから・・・。
サアミオンを抜いたからだろうか。やっぱり必要?なの?

昨日のコウノ先生のお話でも、認知症の人に坑うつ薬は絶対ダメとおっしゃっていましたが、みつこさんは今思えばうつ状態と診断された時は、すでに認知症だったと思うので、あの時の「トレドミン」はどんな作用をしたのだろうか・・と思います。

ふたりは向き合っても、さしたる感慨はありませんでした。もう4回目だものね。
今日のみつこさんは、やっぱり、意味不明でした。でも穏やかで、こんな笑顔を振り撒いてくれました。
ショート0887

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今日はよしおさんのデイの日でしたが、何故だか2回もデイサービスから電話がかかってきてしまいました。
というのは、よしおさんちの3猫ちゃんは、みんな逃亡癖があります。もともと外から入ってきた子たちなので、完全室内飼いになるのには時間が必要です。
出かける時にドアの隙間から一緒にすり抜けようと狙っています。それを防ぐ為に一部屋に閉じ込めておいて、玄関を出入りするようにしています。

今朝は上手に猫がすり抜けないように目配りしながら玄関を出たので、猫たちは閉じ込めにはなっていないのですが、よしおさんが何故か勘違いしたみたいです。

最初の電話はデイの主任さんからで、「よしおさんが、猫を部屋に閉じ込めてきてしまったから、暑さで参ってしまうから、出してやって欲しいと心配してみえます。」という電話でした。
閉じ込めてはいないし、ちゃんと見ているから大丈夫とお伝えください。」と伝えました。
ところが・・しばらくして、またデイからお電話です。
ご本人が納得されないので、直接お話してください。」と、電話を替わる事になりました。
本人が電話に出て、「猫をちゃんとみてやってよ」と言います。
ちゃんと見てるから、心配しなくて大丈夫よ」と答えると、納得したらしく、それきりかかってきませんでした。

どうしたのかしら。拘り復活? 物忘れの方が進んでいるのかな?
帰って来た時には、「今日って猫のことで電話したか?」ともう覚えていないふうでした。


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さて、今日は念願のイワタ先生のところで月1に行なわれている認知症の勉強会にもぐりこませて頂きました。
ケアマネさんとか、施設の医療関係者さんたちが対象ですが、イワタ先生のHPには患者家族も対象として記載されていたので、お願いして入れて頂きました。

憧れのコウノ先生にもお目にかかれて、最高に幸せです。
今日の勉強会は先日の北海道と同じ、「レビー小体型認知症(前半)」でした。
1時間半がほんとにあっという間で、こんなに集中して聞くことのできた講義なんて、今までに覚えがありません。

内容は、ブログにまとめるには、消化不良でごめんなさい。メモをとるのも必死の有様で、今夜もフェルガード100を飲んでおこうと思っております。

認知症ねっと」のお話もありました。
何でも質問があれば、認知症ねっとで答えますから、「こぶたちゃん」とか、適当な名前をつけて質問してくださいとのことでした。←こぶたさん、聞いてみえます???
内容は、科学的かつ簡略かつドライにとのことです。長いのは読む時間がないし、「嫁姑が・・・みたいなのは答えられない」そうです。
コウノ先生からお返事を頂くためには、上記心がけてください。

また、フェルガード(100)などは、使用している患者サイドから、どのくらい服用して(期間、量)、どんな効果があったかを先生方にフィードバックしていくことも大切だと感じました。
皆でよりよいものを作り上げていく意気込みも必要かと思います。

グロービアの社長さんにもお目にかかりました。よりよい製品開発の為に頑張って下さっているのが伝わってくる好印象の社長さんです。

またの機会にも是非出席させて頂きたいと思いました。

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きじとらさんへのQ&Aはこちらにまとめさせて頂きます。
参考になること一杯だと思いますので、皆さんで情報を共有しましょう!
ご質問がありましたら、具体的に、こちらに書き込みお願いします。

きじとらさんのお母様はアルツハイマー型認知症ですが、
現在は何年か前の状態に戻っていらっしゃいます。
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①「完全U字型」とおっしゃっていましたが、どの辺から戻ってきたのでしょうか。<めい>
元記事:続みつこさんの陽性症状 コメント欄
②きじとらさんのご両親は転居の際、何か不都合はありませんでしたか?<かつみ>
元記事(続)みつこさんの陽性症状 コメント欄
③フェルラ酸単体について<かつみ>
④味覚・嗅覚について<ちゃー>
④a どうして甘味は感じるのだろう<きじとら>
⑤アルツ好転報告<ちゃー>
⑥服薬管理されたくない人を管理する方法<かつみ>
敬称略

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  • Q&A 第二弾 (2008/09/05)

2007年3月、胃潰瘍で入院し、退院後ショートステイに滞在して療養するつもりでおりましたが、あまりの激しい陽性症状の出現に、ショートでの滞在を断念し、自宅へ戻ってきました。

2ヶ月ぶりの我が家でしたが、よく覚えていて、勝手知ったる我が家に昨日の続きのように上がってきました。3日くらいは、トイレの場所がわからず探し回ったり、お風呂で排泄したりということはありましたが、いらいらをぶつけたような暴力行為はなくなりました。

食べ尽くしは胃潰瘍発症後は姿を消しましたので、陽性症状と言っても、したくない事への介護拒否くらいで、可愛いものでした。

みつこさんのよく言っていた言葉は、「嫌だって言ってるでしょう!」で、その後にびしばしと手が出たり、足蹴りが出たり、すごく怒った時は噛み付いていました。

ところが何とかデイに通いながら在宅でやっていけるかなと安堵した頃に、また入院することになりました。
胃潰瘍の後の定期検診で、退院後初の胃内視鏡を撮った翌日、大量の嘔吐をして、誤嚥してしまいました。この時もよしおさんとふたりで居て、よしおさんはふすまの向こうで、全然気がつきません。
運良く窒息死を免れたと思います、、みつこさん、運が強いよ。

今度は精神科で通院していた大学病院の内科に入院となり、精神科、内科両科で管理してもらうこととなり、入院中もしっかり、アリセプト5mg、セロクエル抑肝散を飲む事になりました。
入院となると、また、同じことの繰り返しで、点滴を抜こうとしたり、外へ出ようとしたり、昼夜逆転で夜になるとごそごそし始めます。便を手で触るようになるのも、この入院中からでした。

この時の入院で目立ったのは、「布団たたみ」。シーツを全部外して、布団とシーツを1枚1枚きれいにたたみ続けていました。夜中ずっと布団をたたんでいたこともありました。
これがピック病特有の同じことを延々と続けるということだったんでしょうか。

この退院後は空きの出来たGHに入所できることになり、病院からGHに直行となりました。
ショートでの二の舞にならないようにと、最初から私が泊まり込み体制に入りました。
↑薬の見直しなくして、対応だけで何とかしようという愚かしさを露呈してしまっています。

また、環境が変わったので、みつこさんには苛酷だったと思いますが、ショートの時のようなすごい事はありませんでした。
ただ、あちこちで排泄する。トイレ誘導には応じないで拒否する。トイレを探して他の住人さんの部屋に侵入する。けんかになる。と、トイレが覚えられないためのトラブルが続出しました。
それを「とても困ったこと」として報告されることの辛さに負けた感じがあります。
軽度認知症の人対応のGHは、みつこさんには無理だと諦めて退所しました。

さて、それからは腰を落ち着けて、特養に申し込み、空を待ちながら、在宅でやっていく決心をしました。
↑まだ、薬を見直さず、施設を探す事ばかり考えていました。

この頃の困ったこと・・・
・デイに出かけられなくなってきた。排便のリズムが整わないために出かけられないこともありました。
・デイに出かけてしまうと、今度は帰りに帰るのを嫌がる。車から降りるのを嫌がる。(家がわからなくなってきました)
・トイレ介助をさせてくれない(排便)、汚しても体を洗わせてくれない。逃げ回る。大声を出す。
・ヘルパーさんが誰なのか(どういう人なのか)理解できずに、ヘルパーさんが家にいることに怒る。
・初めの頃はヘルパーさんがお掃除をしていると、「私がするからいいです」と止めさせようとしていた。
・食事中、よしおさんとヘルパーさんが話しがはずんでしまって、みつこさんが話の輪に入れないと、怒って席を立つことがありました。←よしおさんは理解がないので、みつこさんは可哀想でした。
・初対面の人にぶつぶつと意味不明なことを言って怒る。

いろいろありましたが、アリセプトを減らすか止めるだけでも、ずいぶん違ったかもしれないのにと、知らないことは罪であるーーなんて思っています。

みつこさんの暴力:なぐる、ける、かみつく(万一を考えて当時刃物は隠してありました)(人間にかみつかれたのは初めての経験です)
みつこさんの暴言:「馬鹿、馬鹿」「嫌だと言ってるでしょ」「うるさい、うるさい」「あっち行け」など。

みつこさんの暴力も暴言も結構、あっけらかんとしていて、「3分待てば気分が変わる」、インスタントラーメンみたいなところもありました。怒っている時はその場を離れて、ちょっと間をおくようにしていました。鬼の形相もありましたけど、笑顔もたくさんありました。「ありがとう」もありました。

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2007年8月10日:ドクターイワタと出会い、やっと、アリセプトを止めてもらうことができました。
だからこの日はみつこさんの陽性症状ストップ記念日!!!

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みつこさんも絶好調」(8月2日)の記事のコメントで大盛り上がりをみせましたので、認知症の陽性症状(みつこさんの場合、よしおさんの場合)、うつ病(うつ症状)(みつこさんの場合、よしおさんの場合)など、おいおい書いていきたいと思っています。

今日は「みつこさんの陽性症状」を書いてみたいと思います。(何度も書いているのでダブってすみません)
ピック病というと、非常に陽性症状が強いという印象があるのですが、実際にピック病のみつこさんとアルツハイマーのよしおさんと比べると、よしおさんの陽性症状の方かずっと介護者の心臓には悪いという印象を持っています。

みつこさんの暴力も一時凄まじかったけれど、いかにも認知症のみつこさんは、見ていて痛々しくもあり、時に可笑しくもあり、可愛くもあったのです(今だから言える事かもしれませんが)

最初の頃(2006年までのアリセプト5mgだけを飲んでいた頃)(アルツハイマーと診断されていた頃)の陽性症状は、入浴拒否とか、デイに行くのを嫌がるとか、おパンツ交換を嫌がる。嫌だと足蹴りする。
そのくらいで、それを攻撃性というふうには全然捕らえていませんでした。でも、足蹴りされて、おパンツ交換ができなかった時には、布団蒸して帰ってきてしまったりと私も仕返ししてましたけど(恥)

この頃、妄想もあって、借りてないものを「返して」「返して」とうちへ押しかけて来て、「借りてないから、うちにはないよ」と答えると、「若いのにボケたこと言わないでよっ!」と語気を荒げたりしてました。
それでも、何とか納得してもらうと(どうやってかは忘れた)、「さっきのは、ご破産(そろばん用語)」とか言って、機嫌を直してくれて、みつこさんが認知症なのはわかっているので、上手に付き合っていければいいと思っていました。
それに妄想は数えるほどしかありませんでした。対処を考えている間にどんどん次の段階へ進行していました。

食べ尽くしがこの頃から始まって、後にこれも攻撃性の現われと聞いて、納得しました。食べ物への執着が強くて、寝る前に布団の回りに食べ物を並べたり、冷蔵庫を開けて、前に座り込んでいたり、らっきょう一瓶食べたり、ジャムの大瓶を抱えていたり、砂糖壺を抱えていたり、、、、。
甘いものへの執着はピック病の典型なんですが、当時は知る由もありませんでした。

が、この食べ尽くしで胃潰瘍が着々と進行していた模様です。頻繁に嘔吐するようになった最後の頃にこともあろうか神経痛の痛みを抑える為に、毎日のように、消炎鎮痛薬のロキソニンを胃薬とともに服用していました。その結果、胃粘膜の太い動脈が傷つき、大量吐血で、危く命を落しそうになりました。

それが、2007年3月。この入院で一挙に陽性症状が花開きました。
点滴引き抜き、尿管引き抜き、ベッドの柵越え、院内徘徊、止めれば、叩く、噛みつく、怒る。
この間1ヶ月はアリセプトも切っていました。病院から出された抑制系の薬はグラマリール25mg×3/日とリスパダール(量は不明)、眠れないと睡眠薬(薬名は不明)。
兎に角治療優先で、昼夜逆転、ぐてんぐてんのトロトロ状態でした。

この時、精神科のある病院へ転院するか、さもなくば家族で24時間つきそって欲しいと言い渡され、一時、通院中の大学病院精神科へ転院を考えていましたが、ネット友の「今は治療に専念した方が良い」の言葉に目を覚まされ、転院を中止しました。
思い出してもぞっとするとはこの事。転院していたら、アリセプトセロクエルで、火に水と油と両方注ぐ事になったことでしょう。

胃潰瘍は無事1ヶ月の入院で軽快することができました。ところが長い絶食で排便コントロールができなくなり、便に触る、周りを汚す、体を汚す、汚れた手を便器で洗うなど、問題行動が出現しました。
退院してそのまま家に戻ることは、無理だと判断して、ショートステイ専門のところへ滞在しつつ、ずっと落ち着けるところを探すことにしました。
治療より、施設を考えている愚かな私、発見。

これだけ困った状態になっているのに、全然認知症の治療を真剣に考えていない自分を、今ならほんとに叱り付けたい気分です。
ショートへ移ると同時に、以前からの精神科に戻り、薬の調整を受けました(←まだ目が醒めない
出された薬は、アリセプト5mg、セロクエル(多量)、抑肝散3包。偶然にもセロクエル抑肝散はピック病に著効なのですが、アリセプトが余分でした。
そして、ほんとの暴力、暴言はこの時から始まりました。

ショートステイは、お部屋にトイレと洗面所がついている個室でした。

・トイレの水洗タンクのふたを持ち上げて落す。便座の蓋もばしばし叩く、落す。
・床暖房のスイッチをがちゃがちゃ言わす。
・他の人の部屋に侵入する。ドアが閉まっていれば、がんがん叩く。中で排泄する。
・夜、食堂の椅子を廊下をひきずって歩く。
・他の住人さんと喧嘩をする。殴りかかる。ステッキでつく。
・止めに入ると、たたく、かみつく。大声を出す。
・ベランダへ出てしまう。
・非常階段から(2階から鍵を開けて)道路へ出てしまう。

最後5日くらいは泊まり込みました。そうすると、その間は大きな問題はありませんでした。
だから、環境が変わって、どうしてそこにいるのかわからず、怒りを表していた。トイレを探してうろうろしていた。(室内トイレは使用禁止にされたので)ということはわかります。
でも、対応だけでは治らなかったはずです。それでもアリセプトを飲んでいましたから。

後、もうちょっとあるのですが、また、明日~~~。(続)
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陽性症状のことを書きましたが、コメントは関係なくどーぞ!

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愛知県名古屋市郊外から発信しています。
もう、連日暑くて、暑くて、フーフー言ってます。
一時、夜だけ涼しくなるか?と思わせたのですが、また、元の猛暑に戻ってしまいました。
この暑さ、何時まで続くのでしょうか。

よしおさんが家にいる日は温度調整に気を使います。
体温は35℃台で低め、暑さをあまり感じないようで、エアコンを入れても(高め設定で)切ってしまう。
それで、気がつくと、むっとした部屋で、扇風機をぶんぶん回しています。
気がついたら、この前みたいに食欲低下・・なんてならないようにと思っています。

このところ、よしおさんの好調を書いていますが、今が2度目の「階段昇り」* の時期かと思います。
1度目は妄想がすっかり消えて、家を空けることができるようになり、外へ一歩を踏み出した、フェルガード100を飲み始めて4ヶ月目の時、今8ヶ月目が2度目の浮上期。

最近の変化は、この頃時々書いていますが、興味を持つ範囲が急に広がってきた。テレビを見たり、新聞を読んだり、雑誌を読んだりして、その内容に興味を持つと、そこから更に話を広げて、、疑問に思う事を聞いたり、昔の出来事と結びつけて、楽しそうに話したりしてくれます。

・デイで聞いた、力士の出身地の話。そこから広がって、モンゴルはどこにある?ブルガリアはどこ?と探究心も出て来ている。

・興味のなかったはずの野球のイチローの話をしたりします。

・先日の記事に書いた、長谷川一夫さんの話。エピソードをよく思い出して話してくれました。

・昨晩は、夜の薬と戸締りに出かけると、ふすまの向こうの部屋でゴソゴソしていました。何だか妄想に取り付かれて、探し物をしていた時を思わせて、ギクッとして、「何してるの?」と恐る恐る聞きました。
本を探してるんだけど・・」探し物には違いなかったけれど、
フランスの王妃で、首を切られた人が何て言う名前だったかなと思って・・・」と、そんな本を読んでいたのだ・・。
マリーアントワネットでしょ。」と答えると、「そうそう。マリーアントワネット」と答え、
それから、ずーーーーっと話が続きます。
フランス人は残酷だーー」「ギロチンなんて考えるなんて
マリーアントワネットは3日に1回、服を新調したんだって。
最後は逃げていく時に、見つけた人に捕らまえられてしまったんだ。逃がしてやればいいのに。」等と、止まることなくどこまでも話が続きます。
更に革命の話から、アメリカの南北戦争とか、日本の源氏、平家の話とか、どんどん話が広がり止りません。

・今日も、お昼ご飯に行くと、テレビで「NHK素人のど自慢」を見ていたようでした。
そのゲストのふたりの話が始まりました。
固有名詞を良く覚えていること、びっくりです。

私の方がよく忘れます。家に帰ってくる間に名前を忘れてしまって、新聞を見て思い出しましたもの。
細川たかし」と「瀬川暎子」です。それから関連して「千昌夫」の話も出ました。

何だか、脳の中がぐるぐる回っていませんか???

それから、これは別件ですが、もうひとつ。

来週、デイサービスとデイサービスの間にショートステイが入っていて、4日連続お出かけになります。ちょっとキツイかな、どちらかのデイをお休みにしようかなと思って、念のため本人に聞いてみましたら、何と、「いいよ」って答えたのです。

どこまで理解してくれたか、実感としてわかってるのか、どたんばでどうなるかはわかりませんが、兎にも角にも一度はそれでいいと言ったということ、それだけでも、物凄いです!
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みつこさんの事も書き忘れがあるので、ひとつ追加です。

みつこさんは、訳の分からないお話の合い間に、訳の分かることを言うので、一緒に話していると、不思議の国にいるような感じがします。

昨日も一緒に雑誌をぱらぱらとめくっていると、破れたページが出てきました。
これはたぶん、みつこさんの仕業です。
本を読んでいるのではなくて、1ページづつ、びりびりぃ、びりびりぃ、と破って進んでいた時がありましたから。最近はあまりやってないようです。

なのに、その破れたところを見て、「こんな悪い事、誰がやったんだろ?」ですって。
誰だろうね」って相槌打ちながら、くっくっくっ。

自分の世界に入って話していることがほとんどなのですが、そういうふうに、目の前のことに反応することもよくあります。
言葉のキャッチボールができるようになるのが、夢のまた夢です。
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*階段昇り:フェルガード(100)の効果がある一定の不変の期間を経て、階段状に現われること。
勝手に作った言葉です。

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今日はよしおさんがデイなので、早めの昼食をとってから、みつこさんの昼食介助に間に合うようにと出かけました。が、1時ちょっと前に着くと、すでに昼食は終わっていました。
看護士さんがお話があるということで、テーブルでみつこさんとお話しながら待つ事にしました。

特に笑顔というわけではないのですが、情緒はすっかり安定しているようで、穏やかな感じです。
そこにあった雑誌を広げて、ふたりで見ていました。
写真を撮らせてもらおうと、「写真を撮ってもいいですか?」と聞くと、全然意味不明の答えが返ってきましたので、そのままパチリとさせてもらいました。

すると、フラッシュが光ったので、ちょっとあれって顔をして、「もう、いかんよ。」(これ以上はダメよの意)と言いました。
肩もみをすると、気持良さそうに目を閉じて下を向いてくれるので、そのまましばらく続けました。
この分だと、鍼治療とマッサージも上手く行きそうな感じがします。

そのうち、看護士Sさんが来てくれました。話は脂漏性ゆうぜいのことでした。顔のシミ様のものは今は小さく、薄い状態ですが、同様のものが首の所にも見られます。たぶん、他にも出てくるだろうと思われるけれど、「治療をするか、このまま様子を見ていていいか?」ということでした。
うつるものでも、悪性のものでもないので、よほど見た目が酷くならない限り様子をみることでお願いしました。

それから、足の水虫はじくじくは治まってきた。まだ抗生物質は飲んでいるけれど、良い方へ向っているという報告でした。ほんとは足を乾かしておきたいけれど、ガーゼをどうしても取ってしまうので、やむなく靴下着用しているそうです。

そして看護士Sさんも、みつこさんの穏やかな状態はここのところずっと続いている、介護士さんたちもそう言っていると教えて下さいました。たとえば足の治療も、痛そうなんだけど、顔をしかめるだけで、きちんとガーゼ交換、治療をさせてくれるそうです。

セロクエルを抜いているけれど、もう必要はないと思うと断言して頂きました。
セロクエルから血糖値が高い話になりました。入所してからの血液検査データを見せて下さって、昨年11月には正常値であったが、今年の4月に高めになっていて、その後、高めで一定だとわかりました。
もしかしたら、4月からの嘔吐などの不調は関係しているのかしら。今はセロクエルを抜いているので、次の血液検査がどうなっているか、見てみたいですね、という話になりました。

セロクエルを抜いても、不穏になる気配もない、というより一層穏やかになっているようなので、更にフェルガード100を増やしてみたい気でいることを伝えました。ただし、時間的に幅を拡げてもらうことが可能ならば・・と相談してみました。
朝は、今より早く、たとえば起き抜けに1包というのは、ちょっと難しい。夜、休むために部屋に戻る直前だったら、可能かもしれないということで、看護士さんが介護士さんに聞いて下さいました。
看護士さんも、介護士さんにお願いすることになりますので、あまり無理は言えません。
すると、「できる時だけでよければ、可能です。」とお返事が頂けました。
やったーーーー。次回診察から、できる日だけ1日5包の「フェルガード100浴びせかけ作戦」に入りたいなと思っています。(もちろん先生に相談の上です)

どうやら、みつこさんの情緒面の安定も、揺ぎ無いものになってきたように思います。
脳神経の炎症が、すっかり治まってきた? と考えていいの? かしら。
フェルガード100、5包になると、newフェルガード1包分のガーデンアンゼリカが入ることになります。さて、それでどうなるか?(まだ、ちょっと先のことですが)
シナプスさんがどんどん伸びてきて、意味あるおしゃべりが増えたりしたら?Ohミラクル!

くまのプーさんと

画像:喫茶に行った帰りに、カウンターに置いてあったクマのプーさんに「こっちへいらっしゃい」と話し掛けていたので、手に渡しました。ほんとはチュっとしていたのですよ。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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