2007 / 12
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今年1年は、私にとっては、ほんとうに激動の年でした。
ネットのお友だち、介護の先輩方の叱咤激励に支えられた部分はとてつもなく大きくて、こうして今自分が壊れてしまわずに在ることに、感謝しています。

来年は今年とは違う局面を迎えて、新たな挑戦になるのでしょうか。
自分や、自分の家族を見失わず、かつ、老親にも温かい、穏やかな気持で過してもらえたらいいのですが。。。

来年もどうぞよろしくお願い致します。


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猫のトムくん騒動で、みつこさんの訪問ができずにいます。
でも、明日の元旦にはお迎えに行って、家で4人でおせち料理を囲もうと思っていますので、みつこさん、それまで、待っててね。

トムくんは昨日獣医さんに預けて、浣腸してもらいました。
すっきり元気になりました。これからは再発防止に心がけないといけません。
トムくんは、私には懐かず、噛む、ひっかく、など、困っていましたが、ここへ来て急速大接近です。
トムの心の中が、どどーーーっと崩れたようです。
私のことを、頼れる人とわかってくれたようで、「いい子ね」って言いたくなります。
何と、膝の上に乗ってきて甘えるまでに急展開してしまいました。



さて、「寂しい寂しい」のよしおさんですが、今日は3人で、年越しソバを食べました。
昔の話など、楽しく語ってくれて、上機嫌で過してくれました。
実はここのところ、可哀想だとは思っても、あまりにも同じことをくどくど言われたりして、私もイライラが募ってしまって、きつい口調で言い返したりして、挙句の果ては、自己嫌悪。
何だかみつこさんとのバトルと同じことを繰り返していました。
進歩のない自分にまた、自己嫌悪。

でも、ひとつ良い事がありました。
よしおさんの先生にメールで相談しました。
お返事を下さって、その答えとは・・・

「認知症であるのに、狭心症発作のことを覚えているというのは、かなりの恐怖感があった証拠です。不安を取り除いてあげることが必要です。」という意味のお返事を頂きました。
坑不安薬の処方箋を送って下さるそうです。
「それまでは、グラマリール増量でしのいで下さい。」とのことでした。
もっと早くに相談すべきであったと思いましたが、、それでも遅過ぎずなくて良かったと思いました。

暗闇に光が差した気持がしました。

さて、明日の元旦、いよいよ、みつこさんの初めての帰宅です。
どうなることかしら、、、ドキドキします。

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夕べは、よしおさんの側についていて、寝かしつけて、寝入ったところで引き上げました。
その後、もう一度12時過ぎに見に行きましたが、穏やかに寝ていました。



さて、今朝、訪問すると、トムくんが嘔吐しはじめました。
そーかぁ、うんうんが出ないものね。苦しくなっちゃったかな。
夕べ、電話をして、今日も対応してもらえる獣医さんが確保してありました。

ヘルパーさんに、ノラちゃんの子供のはぐれ猫をもらってもらった事があります。
その子の時に連れて行くと聞いていた獣医さんです。
そのヘルパーさんがちょうど29日の担当で来てくださっていたので、相談しました。
そこは年中無休の獣医さんで、時間外対応もあります。
電話をしたら、年末年始も休みなしとのことでした。

よしおさんの朝ご飯の用意をしていると、トムがトイレでうんうんし始めました。
まだ、出ないのかな、可哀想に、もう一回、獣医さんへ行こうね。
なんて、思っていると、トイレから出て来て、ヘタってしまいました。

おぉ、見ると、ぶっといウンコが1個出ていました。
しかし、1個では・・・まだ、足りないと思うけど。
「様子をみたら・・」と言う、よしおさんを振り切って、獣医さんへ連れて行きました。

ここは、「噛むかも」と申告しても、きちんと対応してくれました。
家猫であることを確認して、爪を切って、エリザベスカラーをつけて、タオルで頭を包まれました。
レントゲンを取り直して、やっぱり便があるということで、あずかりで鎮静して浣腸することになりました。

5時にお迎えに行きました。

ところが、結果は、意外な事に・・・

「ちょっと、うまくいきませんで、申し訳ありませんでした。」って、
えっえっえっ、何それ?

トムに異常があったわけではなくて、胸を撫で下ろしましたが、
「浣腸して、指で1かけら堅い便が取れました。」と、ぼろぼろ便を見せてもらいました。
「ところが、指の届く範囲にはそれ以上はありませんでした。」
「おなかを圧迫しながら、少しづつ便を下げていくのですが、トムくんは脂肪が邪魔で、手が腸に届きません。しかも上の方は下剤が効いていて、ユルユルの便でした。」
「その便は出す事はできませんでしたから、自然に排出されると思います。」
「浣腸した意味があまり無かったということで、申し訳ありません。」と言われました。

そうかぁ、じゃあ、よしおさんの言うとおり、朝のぶっとい1塊で、終わりだったということらしい。
トムくんには余計なことをしてしまったということらしいです。

でも、安心できたので、それはそれで良いことにしておこうと思ってます。
新しい獣医さんも確保できたことですし。

よしおさんも安心して、今夜は寝てくれるといいな。





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トムはまだうんうんが出ません。
ヘルパーさんから、時間外診療のある獣医さん情報を知らせてもらいましたので、明日連れていこうと思います。


よしおさんから、コールがありました。
「寂しくて死にそう・・・」

でも、私、できないの。。。
まだ、やる事が一杯なのだもの。。。

その代わり、一緒に夜食(おやつ)を食べて、昔の話をして、それから、お布団に入って寝付くまで側にいました。

どうしたらいいのか、わかりません。。。

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昨日のことになります。

鍼治療のお迎えに施設へ行きました。
起きてはいましたが、かろうじて起きたというところで、朝ご飯はまだでした。
でも、朝ご飯は、もう下げられていて、代わりにトーストにチョコペーストを塗ったものとミルクがおいてありました。
すこぶるつきで、ご機嫌が悪く、トーストを勧めても、ミルクを勧めても、「要りません。」の一点張りでした。
たぶん、眠いからだと思いました。
眠いけど、鍼の日ということで、無理やり起こされて、着替えをさせられた模様です。
トーストも一口、ミルクも一口飲んで、それから、喫茶で買ってきたココアと取り替えると、こちらも結局一口だけ、飲んでくれました。

「どこにも行きません。」と言い張るのを、なだめなだめて、何とか出かけました。

途中、車の中で、やっといつものような調子がもどってきました。
それからは、ご機嫌も戻り、無事に鍼治療も終わり、家に向かいました。

雨降りだったので、「どうしましょう?」とよしおさんに聞くと、即座に「会いたいから連れて来て。」というお返事でした。
そう言う訳で、また、何時ものように、車の中でデートになりました。

家に着いた時には、いつもドキドキです。
もしや、みつこさんが「帰る」と言ったらどうしようか?なんて。
でも、そんな心配も無用で、「ここで待ってるわ。」って言いました。
「じゃあ待っててね。」と、みつこさんを車に残して、よしおさんを呼んできました。

ふたりは、車の後部座席で、じっと前を向いて座り、何を話すでもなく、ただふたりで前を向いていました。
自分たちのこと、夫々に、どう思っているのだろうか。
よしおさんは、「ご飯を食べているか?」とか、「寂しくないか?」とか、聞いていました。
みつこさんの答えは、ぜんぜん検討違いだったりして、会話は一歩通行で、何だかとんちんかんちんですが、でも、ふたりは会えたという満足感があるのだろうなと勝手に想像しています。

年老いたふたりにとっては、今と言う状況はたった1回きり。
刻々と状況が変化するふたりにとっては、今できることは今しておかないと悔いが残るかもしれない。
できるだけ、お手伝いするからね。

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トム12月28日
"
よしおさんとみつこさんの大事なお猫さんのトム君が体調が優れません。
まだ6才なんですが・・・ふたりにどんどん食べさせられて、メタボお腹が災いしているのかもしれません。

この前から便秘で、トイレにこもって、「うん、うん」って唸っています。
10月に巨大結腸症で、たいへんな事になりました。
あの時も、入院して、ストレス一杯で、余計にご飯も喉を通りませんでした。

だから、今回は早めにと思って、無理してつかまえて、かかりつけの獣医さんへ走ると、
何故か閉まっています。そしてドアに「忌中」の張り紙が・・・。
「えっ」と言葉を飲んでしまいました。だって、亡くなる様なご家族はいらっしゃらなかったから。
ちょっと不吉な予感を抱えたままなのですが。

トムはそのまま家に帰る訳にもいかず、近くの別の獣医さんへ飛び入りしました。
レントゲンに、エコーに、全て取り直しで、時間もずいぶんかかり、
「噛みつくにゃんこは診れないよ・・」と言われたり、散々。
でも、結局は、トムが大人しかったので、一杯レントゲンを撮って、結果、単なる便秘であろうとわかったと言う訳です。
単なる便秘であろうことは最初からわかっていましたが、飛び入りとなると、検査せざるを得ないのでしょう。
さて、入院して処置する(摘便とか、浣腸)には、日にちが悪い。その日午後は休診で、翌日の今日からはお休みです。

そこで、下剤を処方してもらい、1回は病院で飲ませてもらいました。
それを続けてみて、出なかったら、電話を下さいということでした。
で、2回飲ませたのだけど、まだ、出ません。
全く出ない訳ではなくて、塊が2粒くらいは出ました。

今のところ、食欲もあるし、元気もまあまあ、あるし、これ以上獣医さんは可哀想な気がします。
お腹のマッサージもさせてくれたので、お薬を調整して何とかしてみようと思う。

よしおさんは気にして、見ていてはくれるけど、ほとんど寝ているので、誰がトイレに入ったのか、誰がうんちしたのか、わかりません。
しかたないですね。

頑張れトム君。

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今日は、よしおさんの循環器内科の受診日です。
夫につきそいを頼み、私は留守番です。
昨晩の、「胸がドキドキ、脈がぱっと止まって、また始まって・・・」を覚えていたのかどうか、受診は勇んで出かけてくれました。

留守番中によしおさんの居室のお掃除です。
短時間でも、お布団を太陽に当てて、畳の上も乾かして、掃除機をかけました。

とにかく、みつこさんとよしおさんのふたりで滅茶苦茶をしているので、片付けるところまではまだ至っていません。
部屋の隅から、みつこさんがはいていたと思しき、ズボンが1本、埃にまみれて出てきました。
きっといつか無くなってそのままわからなくなっていたものでしょう!

それが済むと、猫部屋のお掃除もしました。
トムくんがまた便秘らしく、声を振り絞って、あちこちのトイレで粘っています。
明日まで、出なかったら、獣医さんへ行かないと可哀想かな?

お昼過ぎくらいにふたりが戻ってきました。
あれだけ騒いでいましたが、診察と言ってもいつもどおりで、先日追加で出された狭心症のくすりが、そのまま定期の薬としてプラスされました。

そんなに過剰に心配することはないでしょう。
でも、心臓なので、何が何時あるかはわからない。
でも、でも、それも運命でしょう。
心配し過ぎて、今を暗くしてしまっては、何もならない・・・とは、他人事だから言えるのかしら。

でも、どうやら、「寂しい発作」は、鎮静してきたようです。
今日はテレビのスイッチも入れていました。
行く先が病院でも、半日外へ出ていると、眠れるのではないかなぁ~。

何はともあれ、ちょっとホットしました。

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昨晩は、「何回も見に行くからね」と言って、お泊りはしませんでした。
でも、約束どおり、8時、10時、12時と見回りしました。
12時の時は涙を浮かべているように見えて、ちょっとドキッとしました。
が、別に異変はなさそうでしたから、それで最後にしました。

今朝になって、朝ご飯の後、
「みつこさんを訪ねて行かない?」と誘ってみました。
確かに、昨日、寂しいから泊まりに来てと懇願した時には、「明日みつこさんを訪ねる」と言いました。
でも、私の方も、明日になったら、行かないと言うだろうと想像はついていました。
でもでも、いつか実現すると信じて、誘い続けることにしました。

で、今朝は案の定、「はりの時に連れて来てくれればいい。今日は行かない。」というお返事でした。
「寂しいのじゃないの?」
「猫が布団に乗ってきて、重たかったから、寂しいどころじゃなかった。」って、なんじゃそれは。
真剣に悩んでいると、はぐらかされたみたいになります。

お布団は猫のおしっこだらけ。この寒空に、お布団はなかなか乾きません。
心配していると、なんとなく、腹立たしい。



そんな訳で、少し時間が遅くなりましたが、私一人でみつこさんを訪ねました。
今日も朝ご飯も済んで、すんなり起きれていたようでした。
火曜日なので、喫茶の日です。
足は痛いと言っていたけど、手をとって、ゆっくり歩いて行きました。
話はなかなか通じませんが、言葉とは別のところで、通じているみたいで、
手を取って歩いて行って、誰もお客さんのいない、貸切喫茶に入って、
いつもの、ハーブティーとクッキーを頼みました。

今日は、穏やかで、ご機嫌もよくて、
まずはお水を「美味しい」と言って、
それから、ハーブティーを「熱いけど美味しい」と言って、
クッキーも「美味しいね」と言って、
全部美味しそうに食べて、飲んでくれました。

あまり時間はなくて、それだけで、帰る事にしました。
帰る(と言ったって100mくらいのところです)途中で、トイレに寄って介助させてもらいました。
抵抗もなく、すんなり介助できました。

ずいぶん、施設の生活に馴染んできたように感じられます。

帰り際、「もう、帰るね。」と言うと、
「いいよ。」「行ってらっしゃい。」と言ってくれました。

お昼ご飯の手伝いに上がってきて下さった元ケアマネさんとバッタリ会って、最近のみつこさんのことを教えて下さいました。

何と言っても、週3回は通っている私が、一番の通い家族みたいで、かなり目立っているかも・・。
「みつこさん、可愛いところがあって、ご機嫌が良いと、トイレ介助の時に、介護さんのほおを撫ぜ撫ぜしたりするのよ。」
「ダメな時はダメなんだけど、可愛いところがあるものだから、『こういう時があるから、娘さんがみつこさんに優しいのねぇ』って言ってるのよ。」って耳打して下さいました。
嬉しかったわ。

3ヶ月も通っていると、大分わかってきたのだけど、可愛いお婆さんたちは何人か存在します。
みつこさんも『ああいう風になれると良いのになぁ~』と思いつつ、『無理かな』とも思っていました。
でも、『なれる時もあるんだ』とわかって、とても嬉しかった。
可愛がってもらえてるとわかって、とても嬉しかった。


一方よしおさん、
火曜日なので、午後にはお風呂に入りました。
それが終って、夕方、ヘルパーさんがみえた時に、むくっと起き上がって、
開口一番、「お風呂の後で、心臓がドキドキっとして、胸が詰まった。」
「病院へ連れて行ってもらうなら早い方が良いと思って・・あんたに聞こうと思って。。」

何だか、不安神経症って感じなのでしょうか。。。
ちょうど、明日は内科の予約日なので、それを話すと、それならそれでいいと納得してくれました。

しかし、食事が終ってすぐに、インターフォンで呼び出しがかかり、
「また、お泊りの催促かな・・」と気が重くなっていると、今度は、、、
「風邪薬持ってないか?」って、そう言えば、鼻声だったもの。

でも、風邪薬のおかげか、今夜は眠れそうです。。。

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昨晩もお泊りを懇願されて、決行しました。

夕食後から、「何時来てくれるんだ。」と矢の催促でしたから、よしおさんはるんるんだったと思いますが・・・。
私は、悲惨でした。

8時くらいにインターフォンがあり、「寂しくて死にそう~」とヘルプコールがありました。
行って、なだめて、少し話をしていたら、「ファ~」とあくびをして
「眠たくなったで、寝るわ」と向こうを向いてしまいました。

10時に、今度は雨が降り出した中を、布団を持って出かけました。
よしおさんは、眠っていましたので、ちょっと揺すって、
「12時過ぎには来ますから」と声かけだけしておきました。
ここで、自分のお布団を敷いて、電気毛布にスイッチを入れておきました。
一番上には、猫におしっこされても良い肌掛け布団をかけておきました。

11時半頃にインターフォンで、再度コールがありました。
「何時来てくれるんだ。寂しくて死にそうなのに。」って。
「今からお風呂に入るから、それから~」って、なだめて、ほんとに12時過ぎに出かけました。

今夜は寝れそう~と思ったのですが、、、。

実際、直に眠りについたみたいでした。。。
が、最初は、蚊の羽音で眠りを破られました。
ぶーーん、ぶーーーんという音が、払っても払っても、顔の周りから離れなくて、
ぱっちり目を開いても、掴まえることはできないし、目を閉じると、ぶーーーーーん。
電器蚊取りをつけるにも、電器の差込がないーーー。
でも、ずいぶん眠ったみたいだし、もう朝なのか、と時計を見ると、2時でした。

それから、ぶーーん、うとうと、ぶーーん、うとうとを繰り返していると、
突然、だぁーーーーんと凄い音がして、猫が降って来ました。
何で夜中に駆け巡るんだろう。それに何だか臭いし・・・。

よしおさんは、猫がトイレを蹴散らす音も、障子破りをする音も、一向に気にならないらしく、
すやすやとお寝んねです。
そして、夜中に2回くらい起き出しては冷蔵庫を開けていました。

うとうとすると、だぁーーーんと猫が飛び回り、しばらくすると、ぶ~~~んと蚊が寄ってくる。
3時、4時、5時、6時と続き、とうとう、そのまま起きました。

くさい臭いは電気毛布におしっこがかけてありました。危ない!よ。

病人の付き添いや、認知症で危険な人の付き添いのことを思ったら、もちろん、楽です。

でも、よしおさんは、今も、一国一城の主の気分なのです。
何も人に任せられない王様の気分なんです。
それが、変化した時には、私も腹を据えようと思うのですが。


よしおさんの狭心症の方は、薬が追加になって、治まっている(安定している)様子です。
多分に神経というか、不安感があるような感じがします。
1日中朝も昼も夜も寝ている生活ですから、夜にぐっすり眠れないのも当然過ぎます。
お昼の接触を増やしていくことで、夜安心して眠ってもらえるように持っていきたいと思ってます。

食事の時は極力、ずっとついて、お話するようにしています。
今日も雅子妃のこととか、知り合いの人の話とかが出ていました。

そして、今日はクリスマス。
ささやかですが、サンタショートを3個買ってきて、コーヒーを淹れて、3人で一緒に頂きました。
喜んでくれたので、こんなことでも良かったかな。
みつこさんも一緒だといいのに。
施設へ一緒に訪ねて行けば、出来る事なのに。

近々、よしおさんをみつこさんの施設へ連れて行くことを目標に、今は頑張ろうと思っています。

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【みつこさん】
午前中はみつこさんの面会に行ってきました。
お部屋のベランダ側の鍵は、簡単には開かないようになっていました。
今日は起きて、朝ご飯も済んでいましたが、机につっぷして居眠りしていました。
あの姿を見ると、何だかねぇ~って思って、お部屋でベッドでしっかり寝かせてあげたくなります。

でも、私の顔を見ると、「どこ、行ってた?」って、目を開けてくれました。
では、喫茶まで、歩く練習ねって行って、手を取って歩いて行きました。
とっても、穏やかで、時々にこっとしながら、ゆっくり歩きました。
足はやっぱり痛そうで、「痛いね」っと言っていましたが、このくらいはどうしようもないので、ごめんね。
安易に痛み止めは怖いからねぇ。

喫茶室で、30分くらい、、いつものように、ミルクココアと持参したフルーツゼリーをひとつふたつ食べました。
やっぱり眠いらしく、うとうとしてしまいます。
「みつこさん」って呼びかけて起すと、「ちょっと、一休みしようか」って、寝ようかって誘います。
「もうじきご飯だからね」って言うと、「じゃあ、ご飯が済んだらにしようか」って、よくわかっているものね。
こんなにはっきりしゃべる訳ではないけれど、何となく、天の耳で分かってしまっています。
12時には、ロビーまで、送り返して、「行ってきます」と分かれて来ました。


【よしおさん】
何となく元気はありません。
朝ご飯を食べながら、「今日、みつこさんの所へ行くけれど、一緒に行きませんか?」と誘った時には、「う~ん」と言っただけで、返事がありませんでした。
諦めることなく、声かけはしていこうと思っています。

みつこさんの所から戻って、お昼ご飯を誘ったけど、「起きたくない」という返事でした。
「後、2時間したら食べる」と言っていたので、2時間後に訪ねると、既にちょっとだけ食べ物をつまんで、昼食後の薬が飲んでありました。
その時が3時なので、「夕食は6時ね」と声をかけると、「わかった」と答えてくれました。
その間、食事以外はずっと布団の中です。

約束どおり、6時に、夕食を食べてもらって、薬を飲んでもらって、またお布団に直行しました。
その時には、「また、何度か見に来るから」と言うと、「お願いします」と答えていましたが・・
家に戻って、食事をして、まだ片付けも終らないうちにインターフォンが鳴りました。
その時が7時半。「寂しくてしょうがないから、泊まりに来てよ。」

直行すると、猫にふとんをかけたり、かいがいしくお世話をしているところでした。
お昼はいいけど、夜はどうしても、ひとりでは居られないんだそうです。
「寂しくて、どうしようもない」のだそうです。
でも、自分は家を離れられない。他人は家に入れられない。
「あんたが、夜、ここで寝てくれれば、それで良いんだ」
「うつ病だろうか?」って自分で言っていますが、たぶんそうなんだろうと思う。

またまた、難題が持ち上がり~~~。
今日も今からお泊りしますけど・・・。
早急に対策を練ろうと考えてます。

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ウルルさんからのプレゼント

ネットのお友だちのウルルさんのイベントに参加させて頂いて、参加賞を頂きました。
微笑み介護日記

とっても暖か~~~い、プレゼントでした。
身も心もほかほかです。

レッグウォーマーは、みつこさんに欲しかったものです。早速持って行きます。
ピーナッツの入ったおせんべいはよしおさんが好きなものです。
もう、届けてきました。

お手紙もとても嬉しかった。

カードに印刷されていた、どなたかの言葉も、胸に沁みました。


  頑張っているコトはムダじゃない

    いつか自分のチカラになる


どうもありがとうございました。
皆さんも良きクリスマスをお過ごしください。


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昨晩はお泊りしました。
12時を回ったくらいの頃にお風呂上りで湯冷めしないようにコートを羽織って訪問すると、玄関によしおさんが下着姿で立っていました。
パ「何してるの?風邪ひくじゃない。」
よ「ほんとに来てくれるか、見ていた。」って、疑り深いね。

布団が敷いてあるのだから、行くに決まっているのに。

私の姿を見て、安心してお布団に入ってくれました。

覚悟はしていたけど、大変なのは私の方です。
猫3匹が、「誰が来たんじゃい」とばかりに寄ってきます。
それより、お布団におしっこする癖の子がいるので、羽毛布団を持ち出すわけにはいかないのが困りました。
そこで、みつこさん用に買っておいた、肌がけ布団を借りて、それで寝る事にしました。

ところが、危ないのはお布団だけではありませんでした。
着ていった、表面つるつるのコートが危ない。ビニールみたいなものが好きなんですよね。
枕もとにコートを置いていたら、おしっこマンが寄ってきました。
おっとぉ と、コートをハンガーにかけて高いところへ吊るしました。

それだけではなくて・・・・
3匹が、タンスの上から飛び降りたり、障子の破れ目から飛び出たり、飛び入ったり、どったん、ばったん、たまりません。かなりな時間、部屋から部屋へ駆け巡った後、猫部屋に戻ったようで、静かになりました。

眠れない・・・・。
眠れないまま、よしおさんを観察していました。
夜中にトイレに行ったり、台所へ行って、みかんを食べたり、食事の残りをつまんだりしていました。
ふ~~~ん。私がいるから、安心しているということだろうか?

うとうとしながら、朝を迎えました。
早朝もトイレに行ったりしているようでした。一応お部屋に尿瓶を持ち込んで、使っているのですが、トイレにも行くようです。
猫の様子をみたりもしていました。

私が起きた時には、寝ていましたので、声をかけずに、布団を片付けて家を出ました。
隣に寝ていれば、「寂しい発作」は起きないということらしいです。


朝、主治医の先生に、グラマリールの件をお訪ねしました。
これは、抜くとかえってうつが悪化するのだそうで、抜かないようにと指示がありました。
聞いて良かったです。


時が変わり、夕方になって、
「今夜も来てくれないか?」「寂しくて死にそうだから」と深刻な顔をされましたが、「今夜は何回も見に来るからね。」と、それで納得(してないかもしれないけど)してもらうことにしました。

今日のところは、お布団も片付けてしまって、雨も降っているので、雨の中をもう一度布団を運ぶ気にはなれません。

よしおさんの体調には気をつけているつもりです。
たぶんに神経質になっているだけで、本来の病気はどこまでほんとうなのかはわかりません。
嘘だというわけではないけれど、心配が勝っているのだろうと思います。
狭心症の薬は追加になっているので、めったなことはないと思えます。

不安を和らげてあげるのが、私の役目かもしれないけれど、自分の中に「そうしたい」という強い気持が湧いてこないと、後々まずいことになります。
今ひとつ、この強い気持が湧いてきません。

午後8時に訪問した時には、「大丈夫だ」と言っていました。
きっと、時々波のように、「不安な時」が押し寄せてくるのじゃないかと思います。

私も自分の気持ちに正直でありたいと思いながら、では、その正直な気持とはどんな気持?
っと、1日、考えあぐねていました。

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【みつこさんの鍼治療】
お迎えに施設へ行くと・・・
生活相談員さんが、「今朝は起きてみえたから、大丈夫だと思いますが、、、ちょっと別の件でお話が・・・」と続きました。
聞いてみると、昨晩9時半頃、ベランダ側の扉から外へ(戸外へ)出てしまうという事件がおきたそうです。
少し歩くと 牧場へ入って行けてしまいます。
施設が牧場と接しているのです。そこの境目のところにセンサーがあります。
そのセンサーで引っ掛かって、見つけてもらったそうですが、寒空にパジャマではだしだったことと思われます。

とっても自由な施設で、認知症でも、閉鎖されていません。
特にみつこさんの部屋は牧場側になり、そちらへ出られるようになっています。
それは、お部屋によって異なります。
それは承知で入れてもらいました。

で、生活相談員さんから、「牧場側の扉を開けられないようにしたいが、拘束ととらないで欲しい」と言われました。
冬場はそちらの扉は開ける必要が全くないので、もちろん了解致しました。

さて、今日の目覚めはばっちりだったそうで、ご機嫌も良く、言葉も良く理解してくれて、自分の発する言葉もしっかりしていました。
鍼治療もとてもスムースに出かけることができたし、治療もしっかり、ゆっくり受けることが出来ました。

その後は、よしおさんの待つ、おうちへ直行しました。
まだ、玄関まで上げる勇気はありません。
よしおさんが門まで来てくれるので、例の如く、車の中でデートです。

みつこさんは、早起きはできたけど、やっぱり、すぐにコックリと居眠りしてしまいます。
よしおさんが隣に座っても、あまり感慨なさげです。
よ「私が誰だかわかるか?」って聞いていました。
もちろん、みつこさんはわかっています。でも、「おとうさん」とか、そういうふうに言葉は出てきません。
ただ、満面の笑顔で答えてくれました。
よ「おかあちゃんが寂しくなければいいわ」と言って、今日は早々に「もう、行くか?」と帰してくれました。

みつこさんは、アルツハイマーの一番たいへんなところを通り越してしまったようで、施設ではずいぶん穏やかに過しています。
ただ、椅子に座って、本を見たり、テレビを見たり、転寝したり、ぼーーーっと過すだけなのですが、皆さんがそうで、その中のひとりに溶け込んでいるので、これでいいのではないかと思うようになりました。


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【よしおさん・続・寂しい】一方よしおさんですが、今日も、泊まって欲しいと言われているので、
今夜は1泊してみようと思います。

どうも、言う事が滅茶苦茶で、心配になります。

うなぎが大好きなので、うなどんを買いに行っていたちょっとの間に、ニトロを飲んだと言います。
それが、「ちょっと胸が変な気がしたので、試しに飲んでみた。」と言うので、
パ「試しに飲んだりしない方がいいのじゃないの?」と言うと、
よ「じゃあ、手の届かないところへやっておいて。」って、それじゃあ、ほんとに必要な時に飲めないでしょ?

うなぎを食べた後に、夕食後の薬を飲んでもらおうと用意すると、ニトロを飲んだばかりだから、飲みたくない。一時間後で飲むから。というので、
一時間後に確認に行くと、
よ「胸が気持が悪いから、飲みたくない」
パ「胸が気持が悪いってどういうふう?」
よ「重苦しい。」・・・それって、危ないのかも・・・

それに続いて、先日と同じ、「寂しい」「死ぬかもしれない」それに、今日は「死んでるかもしれない」(誰もいない間に)も続きました。

どうも、とても、不安感が募ってしまっているようです。

今飲んでいる、グラマリールも気になるので、今日の夕方は抜いてしまいました。
明日、先生にお電話で確認してみようと思います。
グラマリールでうつうつとするのかどうかは、お聞きしないとわかりませんが、
もう、「泥棒、泥棒」と騒ぐ事もないかもしれないと思うので、
差し当たりは抜いても良いのではないかと判断しています。


ほんとは、こうやって、ひとりでは暮らせない時が、いきなりやってきたのではないかと
私の方が恐怖心にとらわれそうです。

もしかしたら、それこそ、あっけなく、幕切れがきたりするかもしれないし。

どうしよう、どうしようと思っているまに、事態は変わってしまったりして。
元気になれば、また、騒ぐかもしれないし・・・。

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昨晩は、10時半頃によしおさんを見回って、それから日記の更新をして、
寝る前にもう一度見に行こうと思ったのだけど、窓から、そっと覗いて見ただけで、
結局、中に入るのはやめてしまいました。

早急に、「カメラつきのよべーる」を考えてみようとは思うけど、
それ以上はよしおさんの希望に応えようとは思わない。
もちろん、よく判断して、緊急事態は見逃さないようにはしたいけど。

冷たいようだけど、どこかで一線を引かないと、底なし沼に引き込まれてしまいそう。
よしおさんの不安な気持はわからない訳ではないけれど、
相手のことは構わず自分の要求だけをする姿勢は、やっぱり頷けない。

よしおさんのそういう姿勢は、ずっと以前からのことで、
みつこさんはそういうよしおさんに喧嘩しながらもずっと付き合ってくれていました。

20年程前に縦隔腫瘍の手術を受けた時も、みつこさんに付き添いを頼み、
何と8日間も一度も家に帰さなかった経歴の持ち主です。
自力で歩けるようになって、ナースコールも自分でできるのに、
「何かあるといけないから(自分の身に)ずっと寝ている時も見ていて欲しい。」と言っていました。

「お父さん、もう、お母さんを家に帰して上げないと、お母さんが倒れるよ。」
って、周りの皆が忠告していました。でも、聞き入れませんでした。

昨晩も、あの時と同じことだったのでしょう。
「死ぬような気がする」って言われても、思わず「そぅお?」って、冷たく言い放ちたい気持がしました。

「ずっと側についているから、安心して・・」って言えたら、天使なんだけど。

もちろん、死は突然の時もあり、本人だけが胸騒ぎがすることだってあるでしょう。
でも、その時は、側についていたって救えないかもしれない。
88才の老人に「もっと毅然としていて」と願うのは、酷なのかな? 酷なんだろうな。

人生の最終章に来て、今更、生き方を変えられる訳もなく、最後に来ているからこそ、
戸惑い、迷い、自分の本性があらわになっているのでしょうけれど。

それに、とことん付き合おうとは思わない。とことんなんて無いもの。
ひとつ満たせば、また次へ・・・行き先も、終わりもないのだもの。
底なしの沼に落ちてしまうのは、巻き込まれた私の方だもの。

と、思う一方で、こんな状態が、あと何年も続く訳ではないのに、
そんなことを言ったら、後で後悔するのに・・・
という気持も沸いて来て、どうにも自分の気持の始末のつけようがない。

また、優柔不断な自分が悩み始めてしまっています。


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夜が明けて、今朝、訪問してみると、何時もと変わらぬ朝で、すうすうと寝ていました。
しかし、猫の面倒をみた形跡はあったので、夜中か、明け方に起きて、
猫にお布団をかけたり、ご飯を与えたりしたようです。

「それで、良いんだわ」と、思いました。
よしおさん、頑張って、自立して。

食事の用意に出直した時には、もう起きていました。
食事をしながら、昨晩のことを聞いてみました。
パ「ゆうべ、何を言ったか、覚えている?」
ちょっと、考えてから、
よ「『寂しいから、隣で寝て欲しい。』って言ったか?」って覚えていました。

よしおさんが割りと素直だったし、無理な要求をするふうでもなかったので、
「あまり、放ったらかしでも、悪いかな?」ってちょっぴり罪悪感もあり、
伸びきった手足の爪切りをさせてもらいました。

毎日寂しいと思うから、みつこさんの施設を訪ねてみたら?って、また言ってみたけど、
拒否されてしまいました。
でも、それで怯まず、デイサービスの利用を切り出してみました。
意外にも、そちらは、拒否はありませんでした。
「見学してみてもいい」という言葉が出ました。

いざとなれば、何度もドタキャンみたいなこともあるでしょうけれど、
プッシュする価値はありそうです。

少しづつ、こちらのペースで、おじいさんの社会性を育てていかなくては・・・。

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午後には、ケアマネさんの訪問がありました。

昨日の話をひととおり聞いてもらって、
来年からの予定で、ヘルパーさんの訪問日を1日追加しました。
デイサービスの利用ができるよう、気長に勧めることを相談しました。
みつこさんのお世話になっていたデイサービスにも聞いてくださるそうです。

まだまだ、「行きつ戻りつ」しなくてはならないでしょうけれど、
大きく見て、前進でありますように。

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今日は夜の出来事から・・

午後9時過ぎにインターフォンが鳴りました。
ギクッとします。胸が苦しいのだろうか?
インターフォンをとると、無言が続きます。

「どうしたの?」
「何か、変なんだ。寂しい。。。ここで寝て欲しい。」
「苦しいの?」
「苦しくはない」
「今、行くから」
「頼む」

駆けつけてみると、布団にもぐって寝ています(何時ものように)

インターフォンと同じ事を繰り返す事になりました。

「寂しくてしかたがない。」
「暗い穴に落ちて行くみたい。」
「死ぬような気がする。」
「隣に寝てくれないか。」「ふたりでいいから。(私と夫のこと)」
とよしおさんの言葉が続きました。

もしかしたら、ほんとに何処かが、不調なのかもしれない。
私も、子供の頃、体が弱くて、よく病気をして、とても具合が悪い時に、自分の寝ている布団が寝たまま、空飛ぶ絨毯みたいに、階段を滑り降りていく夢をよく見た。
そんな日は、翌日往診にきてくれたお医者さんが、「今度はダメかと思った」と枕もとでささやいていたのを覚えている。

あんな感じなのかもしれない。
それとも眠れなくて気分が悪くて嫌な夢ばかり見ているのかもしれない。
1軒の家にぽつんと1日中ひとりぽっちなのがいけないのかもしれない。
考えてみれば、1日中、昼もなく、夜もなく、寝てばかり(眠ってばかり)では、悪い夢も見るってものかもしれない。

よしおさんのことも、何とか考えないといけない日が、すぐそこなのかもしれない。

隣に、夫とふたりで、寝に行く訳にはいかない・・・な。

CDが一杯、布団の側に置いてあるので、「かけようか?」と聞いてみたけど
「そんな気にならない。」
「テレビをつけようか?」と聞いても、「そんな気になれない。」
以前は眠れなくても、起きて本を読んだりしていたのだけど・・・。

でも、日本の歌曲の良さそうなのを、かけておくことにしました。
「ジュース、飲みますか?」と聞くと、今度は「もらおうか。」と答えてくれたので、ジュースを1杯運ぶと、起き上がって飲んでくれました。

その頃にはちょっと落ち着いたみたいで、「寝れるかな・・」と言いながら、横になってくれました。

それから1時間後・・・もう一度様子を見に行くと・・・CDは止めてあり、
やっぱり眠れず、悶々としていましたが、それ以上、側に来て欲しいとは言いませんでした。

また、後で、見に行きましょう。。。


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【みつこさん・口腔ケア】

朝の事に戻ります。
午前中にみつこさんの口腔ケアの予約があったので、10時半に間に合うように出かけました。
今日は朝早くに起きて、すっきり、朝ご飯も済んでいました。

薬を飲んでいても、こういう日もあるということは、薬は関係ないのかもしれません。
それならば、薬を止めても変わらないのかもしれない・・・し。

先日、薬をたまに抜いて欲しいとお話した、看護師さんが来てくださって、
「介護さんたちと相談したのですが、今、具合の悪い人が集中しているので、もし、ご家族がついていて下さるなら、試しても良いということなのですが・・」と、言いにくそうにおっしゃいました。

それは、私も考えていたことなので、「私もそう考えていましたから、いいですよ」とお答えしました。

その件は、よしおさんがこんな状態だと、私がお泊りに行ってしまうのはまずいかもしれません。
振り出しに出戻りかもしれません。

さて、今日の口腔ケアは、衛生士さんもびっくり、私もびっくりの上出来のみつこさんでした。
口を開けて、じっとしてくれているし、歯も磨いてくれたし、、、
最後の口ゆすぎの水をごっくんだけはまずかったけど。それもご愛嬌です。

終ってから、「みつこさん、今日は満点」と先生が言うと、
みつこさんも「ありがとうございます。」としっかりお礼も言えました。

「これなら、歯の治療もできますね。」って、良かったね。

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火曜日はよしおさんの入浴日です(私が勝手に決めているのですが)

よしおさんの体調を考えると、ひとりで入浴させるのはかなり危険な気がしますが、
それは承知で、敢えて、不穏にならない方を選んでいます。

介助は、もちろん、「まだいらない」そうです。
兎に角、急に冷え込んで来ましたので、まずは風呂場、洗面所、台所(両親家は一続きです)を温めておきます。

お風呂にお湯が入って、部屋も暖まっている状態で、入ってもらいます。
手すりなども、つけたいと思っていたのですが、よしおさんが「うん」と言いません。

ならば、何かあっても仕方がないと思うことにしています。

洗面所で、衣服を脱いで、片足(身体障害なので)で、ケンケンして、お風呂に入って行きます。
湯船の蓋を取って、中へ入って、「ふわぁ~」と気持良さそうな声を聞くところまで、
私は台所で待機しています。

浴槽に浸かってゆったりしているなぁって確かめたところで、洗濯物を持って帰ります。
ストーブはつけたままです。

「お風呂に入っている間に、家の中をさばいて(荒らしてと言うか、ひっくり返して、の方言)○○を持って行った。」と言われてから、入浴中は家に帰ることにしています。
冬のお風呂場はよしおさんには危険が一杯ですが、仕方ないことは、どうしようもありません。

そして、そろそろ上がるかなあという頃に、もう一度安否確認に行きます。


ところが、今日は、出かけてみると、家に居ません。
ぎょっとして、庭を見ると、お風呂上りで薄着で、寒くなってきた外をうろうろ歩いています。

「何してるの?そんな格好で。湯冷めするよ。」って声をかけると、
「み~が居ない。寒いのにどこへ行ったんだろう?」って、猫を探していました。

最近、猫を自分で出しておいて、すぐに、また探しに行ったりしています。
今日は、風邪をぶり返したら大変と、すぐに家に戻ってもらいました。
み~ちゃんは、たぶん、今日は家の中にいたのだと思います。


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今現在よしおさんに入ってもらっているヘルパーさんは、
みつこさんの頃からの3人の方に定着しました。
よしおさんは、大体、この3人の方の顔を覚えたようです。
1日おきに夕食介助と簡単なお掃除をしてもらっています。

ヘルパーさんが、来て下さった時には、私が鍵を開け、一緒に入って、よしおさんに伝えます。
大抵寝ていますので、揺すってでも起して、
「ヘルパーさんがみえました。ご飯ができたら声をかけてもらいます。」と声かけをします。

最近では、よしおさんは、ふとんから顔を出して、ヘルパーさんに「お願いします。」と言うまでになりました。
ヘルパーさんが、居室に顔を出しても良い。顔を出す事を認めるようになった。と言う意味です。

他人が家に入るのは絶対にいやだ。と言っていた人ですから、ずいぶんの進歩だと思います。
ヘルパーさんの導入が出来ても、最初は居室の扉を開けることも許さなかったし、入ることももちろん許しませんでした。

今もまだ、居室の掃除は頼めませんが、扉を開けて、声をかけることは可能になりました。
ヘルパーさんがお仕事中は、自分は台所で新聞を広げて、監視しています。
ずっと寝ているより、そのくらいの緊張感は持ってもらった方がよいでしょう。


さて、最近の体調不良で、、、ニトロが枕もとに置いてあります。
頭の上に収納ケースがあるので、その引き出しにひっかけて、すぐ目に入り、すぐ取れるようにしてあります。

それを、ヘルパーさんたちも「覚えておきたいから、置き場所の確認をさせて下さい」と申し出がありました。
ありがたいことです。
もしもの場面に遭遇したら、「まずは薬を飲ませて(含ませて)、それから連絡と言う手順をとりたいから」とも、申し出がありました。

3人のヘルパーさん同士で連絡を取り合い、よしおさんへの対応を一定化させて下さっています。
一挙にそうなった訳ではなく、ある程度の時間をかけ、試行錯誤もあり、こうなってきました。

ヘルパーさんの導入には、かなり始めはお互いの忍耐と努力が必要で、
こちらの気持が切羽詰まっていると、ひとりづつに説明したりすることが苦痛に感じられます。
一度説明しただけでは、通じない事もあり、再三同じことをお願いするのも苦しい。

ですが、そこを乗り切ると、やはり、たいへん助かる事が多いと実感しています。
そんな気持になれたのも最近です。
みつこさんの時のヘルパーさん導入から、かれこれ9ヶ月かかっています。



差し当たり、当分は、よしおさんの生活パターンは、こんな調子でいけそうです。
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先週の金曜日に鍼治療の為、みつこさんを迎えに行って以来、訪問していなかったので、みつこさんに会ったのは、今日で3日ぶり。
正確には金曜日は寝ていたので、その前の水曜日から5日ぶりになりました。

でも、いつもと変わらず、声をかけるとちょっと微笑んで「どこへ行ってたの?」って聞いてくれました。
5日前でも、昨日でも、とにかく前のことは覚えていないのだから、私のことを完全に忘れてしまわない限りは、何時会っても、久しぶりでも、あまり変わりはないのかもしれない。
そう思えば、割と気楽になります。

でも、実際はどうなのかな。。。私がいないと、「どこへ行ったのかな」「何時来るのかな」とか思っているのだろうか。
それとも、そういう感覚すらないのだろうか。

私と話している時も、どこか、みつこさんの記憶の深いところへタイムスリップしているらしい。
誰か、子供の頃の知り合いの人らしき人のことを話していたりする。
そんな時は、ただ、相槌をうつことにしている。

今日は訪ねて行った時間が午前11時。
その時点で、今起きたところで、これから朝ご飯でした。
介護士のIさんが、忙しそうに他の方の介護をしながら、ちょこちょこと側に来て、このところの様子を話して下さいました。

大体、10時くらいに自力で起きてくることが多い。
時として、お昼まで起きる事ができない日もある。
まれには、早い時間にトイレに行きたくて、目が醒めて、そのまま起き上がることもある。

そんなふうに話して下さいました。

先日までは、8時くらいまでの早い時間に起きれる事と、10時過ぎまで起きれない事とが半々くらいだと聞いていました。

夜は8時くらいに睡眠剤を飲んで、寝付くのは11時から12時ということでした。

朝、起きないことは、生活に支障はないように思えるけれど、食事が2時間しか保管できないそうで、2時間経つと処分されてしまいます。
もちろん、別に軽食を用意して下さいますが、たまにならば良くても、半分くらいがそれでは、栄養的にも問題が出そうな気がします。薬もずれ込んでしまったり、抜いたりということになります。

再三、睡眠剤が蓄積されて来るような気がするから、たまに一度抜いてみる日を作って欲しいとお願いしています。
看護師さんにお願いすると、介護さんと相談してみますとおっしゃるし、今日は介護士さんにお願いしたら、看護師さんと相談してみますと言われました。

「ほんとに、相談してくれているの?」って、だんだん言いたくなってきました。
みんな忙しさにかまけて、命にかかわらないことは、後回しなんだろうな。
家族は自分の家族だけに目が行っているから、施設の方たちとは、全然感じ方が違うのだろうと思う。

もうちょっと我慢?する必要あるかな?
もしも、こんどの鍼も行けなかったら、絶対、生活指導員さんに相談しよう~。

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花束


ピアノの先生をしているお友だちの、生徒さんの発表会を聴きに行ってきました。
ふたりの先生が合同で発表会を開いていらっしゃって、夫々が聴き応えのある講師演奏を聴かせて下さいました。

それぞれに、家庭にはご事情がありながら、仕事を続け、発表会を開催し、その中でご自分も立派な演奏を披露されている姿に、素直に拍手を贈ることができました。
そうなれた自分が嬉しくもありました。


私が演奏会とか発表会とかから離れてしまってから、久しくなります。

りっぱな先生じゃないけれど、小さい子たちに自宅でピアノを教えていました。
よしおさんが、心筋梗塞で倒れて入院した2004年の暮れに、ピアノ教室をお休みさせてもらって、その後、みつこさんも立派な認知症になってしまい、とうとう、ピアノ教室の復活はなりませんでした。

どんなお仕事も同じだと思いますが、いったん切ってしまったら、もとに戻ることは困難です。
まして、私の年齢では、さらに難しく、技術面でも(もともとたいした技術はありませんが)もとのレベルに戻る事は有り得ません。
それは承知の上で、もう戻らないと決心して、止めました。
止めざるを得ませんでしたから。

でも、そのことで、少なからず、悩むこととなりました。

いつ何時何があるかわからない状態で、生徒さんに変更をお願いしたり、キャンセルをお願いばかりしているのは、自分にもストレス、相手の生徒さんにも失礼です。


ただ、仕事としては止めても、自分のレッスンだけは受け続けていました。
習う立場だけならば、自分の都合で、お休みを申し出る事も構いませんし、自分のレベル維持だけは何とかできるのではと思っていましたから。
趣味でもいいから、続けていたかったからです。


でも、やがて、それも困難になってしまう時がやってきました。

今年の3月のみつこさんの入院からは、ピアノに触ることが不可能になりました。
始めは時間がなかったから・・・でも、みつこさんが退院しても、やはり、触れなかった。
精神的に、自分の趣味などに関わることが、できなくなってしまいました。

趣味に関わる事どころか、日々の生活すら、怪しげになっていきましたから。


そんな中でも、お友達が、発表会や演奏会に声を掛けて下さって、聴かせて頂きに出かけて行くようになりました。
最初は今年の7月だったかしら。

久しぶりに聴く、ピアノの演奏は、とてもとても不思議なものでした。
いつもだと、
「あぁいうところが素敵」とか、
「音色がきれい」とか、
「演奏の仕方が好き」とか、いろいろ思うのに、
その時は、ただ、音が頭の上を通り過ぎて、何だか遠い遠い、他人事のよう~でした。

頑張っている人たちの姿が、ただただ眩しくて、正視できなかったかもしれません。

でも、今日の演奏は、楽しく聴かせて頂く事ができて、少し、以前の感覚が戻ってきたような気がしました。

もう、悩まない。
もう、怯まない。

有るがままに、受け入れていこう。と思いました。



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昨日ニトロを飲んだ事はかろうじて覚えていたようですが、今朝は気分の悪いのは治まっていたからか、億劫になったからか、たぶん、その両方から、朝様子を見に行くと、目覚めていて、「もう良くなったから、今日は病院へ行くの止めようと思う。」と言い出しました。

その時には、もう夫が病院へ順番取りに出かけてくれた後ですし、11月から数回、発作らしきものが起きているのは事実なので、出かけてもらうよう説得すると、渋々でしたが、納得してくれました。

1軒の家に一人暮らしなので、冬になって、一段と寒々としてきました。
人気がない上に、もともと、和風の家で、欄間があったりして、気密性が悪いので、エアコンを入れてもあまり効き目はありません。
ストーブ類は危険防止で、居室では使っていません。
この、寒いのが一段と身体に悪いのだろうと思います。

冬の間は、超要注意かもしれません。この冬、乗り越えられるだろうか。
見た目の衰えも著しくなってきました。



「夫がつきそい、私が留守番」というシフトは、よしおさんは絶対に変えたくないので、病院へは夫につきそってもらうことになります。
夫から先生に渡して読んでもらえるように、発作が起きた日などのメモを書いて託しました。

診察の結果、10日先に予約の受診日なので、それまで飲んで様子をみるようにと狭心症の薬が現在飲んでいるものに加え更に1種追加になりました。


私は、ふたりが病院へ行って留守の間に、よしおさんの居室の掃除をしました。寝具類一式、交換して、猫におしっこをかけられた上着も取り替えて、万年床を上げて、掃除機をかけました。

ごみ箱の中で寝ているような生活。

みつこさんが施設に行って、3ヶ月。片付けようと思いながら、遅々として進みません。
何時まで経っても気抜けしたままです。自分の家も片付かないのに、よしおさんのところまで手が回りません。

去年の11月。よしおさんが白内障の手術で5日間家に居なかった時に、だいぶ片付けました。
あれ以来、よしおさんが家にいないことがあまりないし、あれから「物盗られ妄想」が酷くなって家の中を触れなくなりました。

それに、あの頃は、私がまだ気力がありました。まだ、大変さの始まりだったから。
みつこさんを連れて、よしおさんの病院介助をしたこともありました。
二人とも進んでいるのもあるし、私の気力も減退して、今ならできない・・。


これでいいのかしら? これが望んでいたよしおさんの晩年なんだろうか?
違うよね。何だか、こんなふうになってしまった。そういうことだよね。


みつこさんと同じ施設に居てくれたら、生活は絶対に清潔で、安全で、安心なのに・・・。
まあ、今のよしおさんにとっては、まだ、窮屈だと感じるところもあるかもしれないけれど。

いつか、ふたりが元気で居られるうちに実現すると良いのにと思う。

みつこさんは? 今のみつこさんの姿は、みつこさんが決して想像したことのない、自分の姿でしょう。




人間て、何のために生まれ、生きて、そして、死ぬのだろう。
全てにきっと意味がある。意味の無い事なんて何もない、、そうなのかな。。。

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みつこさんとの格闘の日々が一段落し、一息ついたと思ったら、よしおさんとの新たな戦いの火蓋が切って落とされた。そんな感じの今日この頃です。

11月半ばから、狭心症の発作のようなものが続いているよしおさんです。今日も胸がイライラして(本人弁)吐きそうになったので、ニトロを飲んだ。そう言っていました。

それに、風邪もぶり返しているようで、咳きが続いています。

明日は病院へ行こうと思います。

病院へ行く事は、今までも、できているのですが、、、、、夫のつきそいで、私が留守番ならば・・・。

私がうかつにも、『入院』とか『救急車』という言葉を出してしまってから、おかしなことになってしまいました。
詳しくはここで語る気力が失せています。。。。。ごめんなさい。

まだらボケのよしおさん、何年か前のみつこさんを思い出しました。
これから、あの、混乱の日々が再開するのかと思ったら、頭を抱えたくなりました。
こんなこと、経験があるからと言って、慣れません。

でも、先を思い悩んではいけないですね。スマイルあるのみ。


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みつこさんはと言うと、今日は鍼治療の日だったのに、
またも、起きる事ができませんでした。
揺すると、反応はあって、返事はしてくれましたが、「起きたくない」と言っていました。
ハリに行くよと呼びかけると、「あなた、行ってらっしゃい」と答えて、絶対起きません。
諦めました。

看護師さんには再度お話ししたけど、薬をたまには抜く件、考えてもらえないかしら???






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【昨日の続きです】

みつこさんの施設から家に戻ったのは午後4時を回った頃でした。

よしおさんを訪ねて行くと、いつものように、スースーと寝息をたてて眠っています。

食卓のテーブルの上は、昼食をした形跡がありません。
この頃、食が一段と細くなりました。
「寝てばかりだから、仕方がない。」と本人が言うように、そうかもしれません。

せめて、お薬だけは飲んでもらわなくちゃと、薬袋を見ましたが、薬が見つかりません。
いつも、1日分づつ飲んだ薬の空袋や空カプセルはひとつのタッパーの中に入れてあります。
飲み過ぎ、飲み忘れがないように、本人の確認の為でもあります。
その中にも空袋が見つかりません。

と言うことは、何かおやつをつまんで、薬を飲んで、空袋をどこかへ捨てたのかもしれません。
起さないで、そのままにして行こうとしたところで、むくっと起きて呼び止められました。

キタキターーー!!

内出血した自分の手のひらをみせて、
「これ、心臓のせいだろうか?」
「○○(夫の実家の地名)のお義父さんの法事のことだけど、私はね、とっても自分の体が心配だから、あんたは行くの、止めといて。」
「胸が苦しくなったら、電話なんか、できないよ。」
「救急車、呼んでもらわなくちゃいけないのに、呼んでもらえないがね。」
と、続きました。
さらに、「あんたには、私のことをみていて欲しい。ずっと家に居て欲しい。」と続きました。

ここぞ、ケアマネさんのアドバイスを使うところ~~~
えいっと心を決めて言いました。


パ「体のことが心配だったら、お母さんの居る施設はお昼の間だけでも居させてくれて、ずっとみていてくれるよ。」
パ「看護師さんも居るし、ナースコールもできるよ。」
パ「お母さんとも一緒に居られるし、一度行ってみてはどうだろうか?」


すでに、顔つきが少し変わりつつありました。

よ「じゃあ、家はどうするんだね?」
よ「留守にするのかね?」
よ「ドロボーが入ったら、どうするんだ!」

パ「大切なものは、家に置かないようにすることができるよ。」
よ「火事になったら、どうするんだ。」
よ「家を空けるなんてことはできん。」


この次の手は・・・「ヘルパーさん」だったなっと思案して、

パ「じゃあ、家にヘルパーさんに時々、見に来てもらうこともできるよ。それはどうだろう?」
よ「ずっと居てもらうのか?」
パ「2時間おきくらいに安否確認してもらうの」
よ「そんなことっ。」
よ「私は他人は嫌だっ。」
よ「あんたに、ずっと、側に居て欲しいのだ。」


そして、とうとう

よ「○△□○△□(公開できない言語)がわからんのかっ」

Oh,No, これ以上続行すると、感情失禁に突入しそう~~~

パ「まだ、先のことですから、ゆっくり考えましょう。」
よ「そうだ。よく考えてくれっ。」(行き違っています)

と、第1回のケアマネさんのアイディアは、こんな結果になりました。
私は精神的にもろくて、説得とか、話し合いとかが、とても下手で、、。
それが対よしおさんになると一段と強く、トラウマが騒ぐ、古傷が傷むところがあって、逃げ出したくなります。


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思えば、よしおさんは、若い時から「感情失禁タイプ」
子供の頃は、「○○したいのだけど・・」とか、「○○してもいいですか?」とか、聞いているだけなのに、「○×△□、バカタレーーーー!!!」みたいに怒鳴られたものです。
それがイヤで、私も何も言わなくなりました。

その頃と今と、ちっとも変わりません。


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よしおさんの頭の中では、すぐに忘れる事と、まちがって記憶して、絶対に忘れない事とがあります。
この、「私たちふたりが丸1日出かける」という事だけは、絶対に忘れません。
その代わり、その周辺の何時とか言う事は、ごそっと忘れて、自分の思い込みになります。

夕ご飯の用意に再度訪ねると、自分ひとりで食べようとしていました。
そういう事は、ままあることですので、さほど気にはしませんでしたが、ちょっと雰囲気が変でした。。
でも、そ知らぬ顔して食事の用意して、食べてもらいました。

怒っているのだなーーーとは思いましたが、まさかの勘違いをしているとは思いませんでした。

突如、口を開いて、「明日はお供えを持って行ってもらうのかね?」と聞きます。
パ「明日?」「来年の話だよ。まだ1ヶ月先のことよ。」と言うと、
よ「何だ、明日かと思った。」と、ちょっと表情がほぐれました。

「お供えを持って行って」の真意はわかりません。
夫にあつらえるという意味なのか、私も行くのを諦めた(認めた)と言う意味なのかは不明です。

でも、ケアマネさんが言うように、少しは心に残ったのだろうか?

これを事あるごとに繰り返すの?
疲れるゎ。


----------------------
【みつこさんのことも、続きがありました】

ケアマネさんとお別れした後、みつこさんがモソモソとするので、きっとトイレだろうと、「お便所に行こうか?」とトイレに誘導しました。

一緒に手を取って歩いていると、出会った看護師さんが、「みつこさんのお尻に薬をつけたいから、後で行きます。」と声をかけて下さいました。

例のこの前のトイレ介助で、わたしがみつけたお尻の「かぶれ」です。

上手にトイレ介助が出来たところへ看護師さんが入っていらっしゃいました。
よいしょっとみつこさんを立ち上がらせて、後ろから、薬を塗って下さいました。

ところが・・・・あれーーーっ
看護師さんが薬を塗ったのは、お尻の右のほっぺ。
パ「それは、帯状疱疹の痕ですーーー。」「反対側です。ここっ(左のお尻を指す)」
看「あら、そうなのぉ。」
看「聞いて良かった。」
看「これは(左のお尻)、やっぱり、皮膚が弛んでいるところへ椅子ですれて色素沈着しているんだわ。」
看「お薬替えますね。」「すみません。」
って、介護士さんに早速連絡して下さいました。

私がトイレで見つけて、介護士さんに左のお尻って口伝えしてお願いして、介護士さんから看護師さんに伝えて、看て頂いたものなのですが、それだけの間に、もう、まちがいがおきてしまっています。

やっぱり、慎重にする必要があると再確認しました。
ごめんね。みつこさんは、なんもわからんもんね。

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来年早々に義父の法事があります。

よしおさんの病気、みつこさんの病気と認知症があって、ずいぶん長い間、私は夫の実家へ行っていません。

今回はどうすべきか、みつこさんも施設ですし、よしおさんも今ならまだ大丈夫そうな気がしますが、自分のことにはとても敏感なよしおさんですから、何と言うだろうかと恐る恐る聞いてみました。


「○○のお義父さんの法事があるのだけど、行かせてもらって良いかしら?」

その時には・・・
「そうか、何年になるのか?」「泊まらないのだろう?」って、良さそうな感じだったのですが、
家に戻るとすぐにインターフォンが鳴って、
「私は、心臓が悪いから、何か起きそうな気がする。」
「○○さん(夫)ひとりで行ってもらって。」と言ってきました。
そう、来るだろうなとは思っていましたが、案の定です。
事実、最近、狭心症発作みたいなものはあるし、手足に皮下出血もあって、梗塞よりも、脳出血が心配でもあります。


よしおさんの反応を夫に伝えると、これまた、予想どおり、ぶちっ!と切れてしまいました。
ここ何年かのストレスが溜まっていることでしょう。
私の両親のためなのに、いろいろと手伝ってくれています。
「ありがとう」の言葉はないわけではないけれど、自分の身のことでいっぱいいっぱいの老人のことですから、充分な労いの言葉も感謝の言葉もありません。
夫にすれば、赤の他人なのに、「なんと報われない!」と思うことでしょう。


さて、どうするべきか、、、また、ひとつ課題をもらってしまいました。

私はどう思うのか? 考えてみました。

よしおさんが、後何年、今の状態で居れるでしょうか?
恐らく、私と夫のふたりでの行動が制約されるのは、そんなにいつまでも(何年も)・・ではない気がします。
だったら、夫の面子はもうしばらく我慢して欲しい(確かにそれも私の勝手かも)。


と思ってみたり、

これを機会に、よしおさんにヘルパーさんに看てもらうことになれてもらう。
ショートステイを利用するように勧めるべきか?と思ってみたり・・


心は定まらなくなってきました。

みつこさんでも、デイサービス初利用から、慣れるまでには、何ヶ月かかかっています。
ショートステイなんて、結局慣れるところまでいきませんでした。

よしおさんはみつこさんの何倍も、引きこもりで、他人嫌いです。
もっともっと時間がかかってもしかたがないかも。

そして、夫の気持も考慮しないといけない・・・なら、
それは、ちょっとシンド過ぎる。

--------------------------
午後、みつこさんの内科受診日でしたので、施設へ出かけてきました。
みつこさんはご機嫌さんで、良い調子でした。
先生も優しくて、みつこさんとちゃんとお話してくださいます。
「大事にしてあと10年、頑張ってくださいネ」と言って下さいました。

施設提携の病院の受診の時には、看護師さんがひとりついていって下さいます。
待ち時間に、看護師さんとゆっくりお話できる、とても良い機会です。

今日は、みつこさんの朝寝坊のことを話しあいました。
現在、睡眠剤を1/4錠、毎日飲んでいます。
それで、夜中に起きる事がなくなり、夜勤者の負担が減りました。
負担が減ったというより、みつこさんの危険の要素が減ったというのが正解です。

ただ、時々、薬が身体に残るのか、お昼近くまで起きる事が難しい日がある。
それで、たまに、薬を抜いて、それでも夜眠れるかどうか試して欲しいとお願いしてあります。

その話ができました。
「現在、状態の悪い住人さんが複数いらっしゃる。夜勤者がそちらに手を取られている。」
「もしも薬を抜いて眠れなくなっても、対応できるような万全の状態で、トライしてみたい。」
「もう少し待ってください。」と言うのがお返事でした。

もちろん、命にかかわることでも、何でもないので、
「どーぞ、皆さんのご都合の宜しい時にお願いします」とお返事しました。

それから、下半身の保温の話もできました。
床暖房で、かなり部屋の下部が暖かいそうで、これも心配いらなそうです。
かえって、むれるかもしれないので、ひざ掛けで調節する方がよいということでした。
これも、話してみて良かったことです。


------------------
診察は割合早く終り、施設に戻ると、ちょうど元ケアマネさんとお会いしました。
よしおさんのことも知っていて下さるので、筋違いとは思いましたが、すがる気持でご相談してみました。

以下、ケアマネさんのアドバイス。
私が考えていたことと重複します。


・今までできなかった、みつこさんの施設入所、ヘルパーさんの導入が、今できていることを進歩だと認めてあげてほしい。
・本人の不安な気持は認めてあげて、ひとりにはしない方がよい。
・日帰りショートに行ければ、それが一番。一回目はダメでも良いから、ことあるごとに話して行く方がよい。
・次に、ヘルパーさんに留守中に訪問を頼むのはどうかと聞いてみる。
・本人の納得が得られなければ、現ケアマネさんに説得を頼む。

などを試して、もしも、今回はダメでも、機会があるごとに怒らせない程度に話を持っていけるといい。
次第に体力、気力共に衰えていくのだから、いつか、事態は変化していきます。

ということでした。

----------------------
家に戻ると、よしおさんと、またまた、勘違いの騒動が待っていました。
その事は、また後日書かせて頂きます。


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今日は少し遅くなって、11時過ぎに施設に着きました。
階段の踊場の干し柿は全部なくなっていました。
皆で食べたのね。みつこさんも食べたかな?


「今日は少し遅くて、今トイレです。」って、教えて下さいました。
ちょうど、トイレから車椅子に乗って、介護士のNさんと出てきました。
もう、着替えも済んでいました。
でも、何だか眠そう。
それから、タオルで顔を拭いてもらって、食堂と言うか、食事をするところへ出て行きました。
とっても不機嫌で、ぶすぶすっとしています。
やっぱり、朝ご飯を出されても、しらーーんぷり。そのうち目を閉じてしまいます。
食前薬を持って来て下さったけど、ちょっと飲むのは無理だし、無理すると危ない。

「もう少し、ベッドで寝かせてもらっていいですか?」ってお尋ねして、
「寝かせるのを手伝って頂けますか?」ってお願いして、ベッドへ寝かせました。
足が痛い、痛いといいながら、寝てしまいました。
上着だけ脱がせて、エアコン入れて、毛布だけ被せて、しばらく寝かせておくことにしました。

みつこさんが眠っている間に、衣装ケースのラベル貼りをしました。
下半身が寒いと、足も痛くなったり、神経痛も出たりすると思うので、
ぼてぼてズボンを穿かせてもらえるように、置いてあるのだけど、なかなか穿かせてもらえません。

介護士さんがシーツを替えて下さった時に、それとなく言ってみました。
なかなか、上手く言えませんでした。でも、一応言いました。
何度か、機会をみては、少しづつ言っていきます。


私も、気長になったよねぇーーー。
もともと、そんなに気短ではないけど、みつこさんが在宅で大変だった頃は、イライラ、カリカリ、最高でした。

今は、待てるし、考えられるようになりました。
やっぱり、あんまり大変だと、人間、心身ともに狂ってしまいます。
これ以上行ったら危ないという境目は自分では判断が難しい。
密室の中で、介護者と被介護者が向き合っていたら、、、いつ事件がおきても不思議じゃないと思います。

私は、通いだったことが、大変さに輪をかけているようでいて、実は逃げ場になっていて助かっていたのだと、今更ながら思います。


ハーブティーとクッキー

話はもどって、
今日は火曜日なので、喫茶の日です。
みつこさんは眠っているので、私ひとりで、ハーブティーとクッキーを買いに行ってきました。
いつも、とても美味しいので、家でもお茶を淹れてみようと思います。
アップルミントティーとミントティーは紅茶とブレンドしてあって、飲みやすいです。
レモングラスティーはハーブだけなんですって。全部頂いて来ました。

この喫茶は、知的障害の方たちが、お仕事をしているグループがやっているものです。
ハーブも育てているのかしら。今度聞いてみましょう。

さて、お部屋に戻って、しばらくすると、みつこさんがもそもそっと目を開きました。
起きてくれそうな感じだったので、「ご飯に行きませんか?」と声をかけてみました。
今日はちょっと、言葉が通じませんでしたが、でも、起き上がって、車椅子に乗ってくれました。
車椅子を押して、食堂(?)ロビー(?)、、実は皆で食事をしているところを何と呼んだら良いのかわかりません、が、そういうところです。
そこまで行って、いすに移ってもらって、朝ご飯抜きの昼食になりました。

一度、睡眠剤を抜く日を作ってみて頂きたいとお願いしているのですが、介護士さんたちの不安から、まだ実現しないでいます。
夜勤者が1名なので、どうしても、「今夜起きて動かれたら、困る」って気持が先立つようです。
ぐでんぐでんになっている訳ではなく、たまに、起きられない日がある程度なので、私も強くは言えません。
でも、諦めずに、言い続けます。
いつか、タイミングが上手く合えば、実現できる日があると思うから。

みつこさんが、朝昼兼用の食事を始めたので、私は失礼してきました。
今日は、一応(無理やり?)「行って来ます」「行ってらっしゃい」と声を掛け合いました。

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よしおさんは、午後から週1のお風呂に入りました。

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【2007年7月のこと】

この頃が、在宅で過した最後の穏やかな日々でした。


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7月の始めに4ヶ所目の特養の申し込みを済ませて、あとは入所の案内を待つだけとなりました。

希望としては、4ヶ所の中で、現在住んでいる市内にある特養が、第一希望でした。
市内ということは、何かにつけ便利ですし、入所の判定でも確か、考慮されるようです。
他の3ヶ所が、新しいものばかりで、きれいなマンション風であるのに対して、第一希望の特養は、木造の木の香りの漂う、市民参加で検討して作られた建物で、築数年になるものでした。
この特養に実際に入所している人、建築に関わった人のお話も聞くことができたことで、親近感も感じていました。
しかし、4ヶ所の中なら、どこから入所の案内が来ても、最初のところへ決めるつもりではいました。

また、近くの建築中の新規特養の工事現場も見に行きました。
こちらは、場所がわかっただけで、イメージをつかむことはできませんでした。

さらに、待機者の中で、上位に位置するためには、介護度の区分変更をする必要がありました。
みつこさんは2007年の2月に介護度3の認定が出たばかりでしたが、特養に入所するためには、3では新設で無い限り無理と聞いていましたので、早速区分変更の申請をしました。

認定は直におりて、介護度4になり、4ヶ所の施設に変更届の提出をしました。


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みつこさん自身は、特養への準備として、
  ・ヘルパーさんの介助を受け入れる事、
  ・ショートステイを利用すること、
  ・できるだけデイに通うこと
  などを目標に生活していました。

6月に家に戻って、数日して落ち着いてきてから、7月一杯までが、在宅で過した、最後の穏やかな日々になりました。

この月、デイでのお泊りを1回経験しました。
いつも行っていたデイサービスで、1日にひとりだけ、所長さんがつきっきりでみて下さいます。
ただし、介護ではなく、実費になりますが、これも練習と思い、お願いしました。

この日は、デイに出かけたまま、ひとりだけ残って、そのまま1泊、翌日またデイに参加して夕方帰宅という予定でした。
どの段階で不穏になっても、その時点で送って頂くという予定でお願いしました。

お昼の間は順調で、夕方、他の方たちが帰る時にも帰宅願望もなく過せましたが、夜だけが、眠れなく、眠ってもすぐ起きる、の繰り返しで、本格的に眠りについたのが明け方だったようです。


当時飲んでいた薬は、アリセプト5ml、セロクエル、抑肝散でした。
これがよく合っていて、不穏になることもなく、落ち着いた毎日でした。

【問題はふたつ】
・ひとつは排便がスムースにいかないこと。
・ひとつは自分の居場所がわからないで、どこかに(慣れたデイでも)出かけるのを、とても嫌がるようになったことです。

出かけられない理由に、排便の問題が絡んでいることもありました。
朝など、排便したい気持があるけれど、それを伝えることもできないし、なかなかすっきり出ないと、そのことに囚われてしまって、デイへ出かけられなくなりました。

排便の問題はそれだけではなく、パッドに漏れた時に、恥ずかしい、隠したい、洗いたいという気持が発生して、思わぬところに汚物があったり、素手で汚れた箇所を掃除したりするようになりました。
気持は分かるけど、こちらとしては困ってしまう状態が発生するようになりました。

今、施設にいて、排便の問題行動がある場合には、ふたり体制で介助してもらっています。
それを思うと、通い介護で、ひとり介護で、介助できるわけがなかったと思います。

出かけられない時に、よしおさんがさらにそれをややこしくすることもありました。
始めの頃は「嫌がるものを行かせるな。」と、言っていましたが、それもやがて、お迎えの方にお任せするようになってくれて、デイの主任さんに説得してもらうようになりました。

出かけるのを嫌がるだけでなく、一端出かけてしまうと、今度は帰るのを嫌がるようになりました。
今、居る所が、みつこさんの居場所となり、居場所を転転とすることが、居心地が悪くて仕方がなかったのではないでしょうか。
デイから送られてきて、車から降りてくれなくて、仕方なく、最後の人が済むまで乗せてもらっていたこともあります。



【良かったことは】
ヘルパーさんに家事を手伝ってもらうこと、身体介助をしてもらうこと、どちらも抵抗がありましたが、どちらも慣れていったことです。
みなさんが努力して頂いた結果でもありますが、本人も次第に受け入れていきました。

この頃の【みつこさん語録】

お泊りから帰って来て : 「ここは私がずっと住んでいる家だよね」

何も記憶に残らなくて、一体自分は何者?どこから来たの?今どこに居るの?・・そんな不安と闘い続けているように見えました。

でも、この頃は、このくらいの状態なら、あと1年くらい、何とかやっていける・・と考えていました(続)

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【よしおさん】
昨晩も10時頃見に行った時には、スースーと寝息をたてて眠っていました。
今朝、見に行くと、昨晩見回りの後で、猫にご飯を与えて、自分もおにぎりの残りを食べたようでした。
猫は1日に何回もご飯をもらって、メタボになっています。
枕もとにはティッシュペーパーが散らばっていませんでしたので、タンは治まったようです。
9時過ぎに起して、朝食を食べるように言うと、起きてきてくれました。

具合はどおお?って聞くと、
「病院へ連れて行ってもらったので、良くなった。」って、一体何だったのでしょう。
せきはちょこちょこ出ているので、タンがからむこともあるさって思うのですが、、、

本人は「インフルエンザが治った」とか、「インフルエンザになるところだった」とか、
インフルエンザに拘ってしまっていますが、しょうがありません。
インフルエンザということにしておこうかな。

一応、薬は飲み続けてもらっています。おかげで、いつもに輪をかけて寝てばかりです。

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両親の家は、古い家で、家の中もあちこち、ガタガタしています。
午前中に、夫に手伝ってもらって、玄関の蛍光管をかえました。
ついでに、電器のお掃除してもらいました。ありがとうね。

それから、買い物に出かけて、あっちの家と、こっちの家の買い物をしました。
よしおさんは、食べ物の好みが偏っているので、うちと同じものという具合にいきません。
血圧を薬で抑えているのだから、何と言っても基本は食事療法なのに、説得できないまま、食べたいと言うものを食べてもらっています。

腎臓も肝臓も、検査値が怪しいので、ほんとに食事は見直さなくてはならない時に来ていると思うけど、
「頑張ってやるぞーーー」っていう気力が出ません。悪い娘だと思うけど、ごめんね。


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【みつこさん】

午前中はそんなことでつぶれてしまったので、お昼からみつこさんを訪ねて行きました。
眠くなってきて、ちょっとごろりとなったら、起き上がるのが辛くなりましたが、気合を入れて行くことにしました。

今日は日曜日の午後なので、面会の家族に何組か会いました。

特養での人生模様・・・
私にも、少しづつわかってきました。

みつこさんが珍しくテーブルにつっぷして眠っていたので、ちょっと揺すって「みつこさん」と呼びかけると、すぐに起きてくれました。
いつものように、喫茶室に誘ってみると、「行くの?」って立ち上がって、歩いてくれそうだったので、手をとって、歩いて行きました。
背中が痛いとは言っていたけど、できるだけ歩こうね。

喫茶室は南の牧場に面した側が大きいガラス窓で、ベランダに出られるようになっていて、そこからさんさんと陽が入ります。
今日はお天気が良いので、カラス戸越しの日光浴ができました。

ベランダには、いつも見る老夫婦がいました。
ご主人の方が入所されているようで、車椅子に乗っていらっしゃいました。
車椅子に向かい合うように老奥様が座って、合い向かいで、足の指から、ふくらはぎまでを丁寧にマッサージしてあげています。

後から通りがかった看護師さんが、教えて下さいました。
「あのふたり、いつも仲がいいのよ」
ふたり暮らしで、奥様がご主人の面倒をひとりで看ていらしたそうです。
老老介護がたいへんになっての入所なのですが、奥様は今も毎日通っていらっしゃるそうです。
朝から、最終バスの時間(午後割と早い時間)まで、一緒に過されるのですって。

みつこさんもそんな風だったら、幸せでしょうにね。
よしおさんは「会いに行く」とは口ばかりで、なかなか腰があがらないし、
私は週に3回くらいで、しかも1時間くらいしかいないけど・・・我慢してくださいネ。

今日は穏やかに、ご機嫌も良くて、笑顔もありました。
ずいぶん落ち着いてきたように感じます。

今日は何だか、子供の頃に戻っていたようです。
このところ、いつもそうかもしれません。
「弟が・・」とか、「○△さん・・」とか、たぶん、子供の時に過した環境を思い浮かべているらしいことを言います。

そんな時は、ただ、話を合わせていくだけです。

看護師さんが、一緒にお話の輪に入って下さって、ちょっとの間、3人で、ちんぷんかんぷんの話しをしました。

その時の【みつこさん語録】

看護師さんを見て、「子供みたいだね」(とても若いってこと)
そして、私の顔を指して、「この人はここが(私の顔)違うもの」(しわが多いと言いたいらしい)
うーーーん、と唸ってしまいます。みつこさん、良く分かっているのね。
確かに、看護師さんは私の娘みたいな方ですもの。
「私、でも、子供がいるのよ」って、子供と言われた看護師さんが笑っていました。

在宅で、みつこさんとバトルを演じていた頃には、考えられないような、和やかな瞬間が流れていきました。
これも、いいよね。こういうのも、いいよね。


タイトルの「かぶれ?」は、みつこさんのお尻のこと。
看護師さんが見て下さって、じょくそう化する前段階とは違うそうで、もしかすると、リハパンのゴム部分にかぶれているかもしれない。
「かゆそうだけど、良くなってきているので、薬をつけながら様子を見て、皮膚科も視野に入れておきます。」
と説明して下さいました。

次回訪問は、明後日?かな

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今日は2週間に1度のヨガ教室に行ってきました。

新しい年を迎える準備として、この1年(12ヶ月)を振り返って下さい。と先生から言われました。
目を閉じて、1月からずっと月ごとにこんなことがあった、あんなことがあったと振り返っていくのです。
わからない月は飛ばしてもよいそうです。
この1年は、私たち家族にとっては、激動の1年でしたので、どの月もはっきり思い出す事ができました。

初詣に行っても、ただ、新年のお願いごとをするのではなくて、振り返った年の報告をし、感謝をするのだというような意味のことをおっしゃっていました。
ちょっと違うかもしれません。何しろ、私は、まだ、修行ができていないものですから。

腰痛対策、肩凝り対策などのポーズをとるのですが、形に囚われないように、きれいに見せようと思わないようにと言われました。

今やろうとしていることは、形を作ることではありませんから。
心を解放することを目指しているのですから・・・という意味のことをおっしゃいました。

もう、コースの半分過ぎてしまいましたが、あと半分で、心のコントロールができるようになるかな?


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家に戻って、しばらくすると、よしおさんからインターフォンがありました。
「たんが出て、気持が悪くて困るから、薬が欲しい。」
 
風邪をひいたのだと思うから、食後に風邪薬を飲みましょう。と話して、ヘルパーさんがいらした時に同行して、もう一度、食後に薬を飲むように話すと、、、
「気持が悪くてしょうがない。いますぐ薬を飲みたい。すぐにたんを止めて欲しい。」
「私はインフルエンザの予防接種はしたのか?」
と、訳分からずになってしまいました。

ご飯を食べてからでないと、胃が悪くなるからと話しても、
「それまで待てない。死にそうだ。死ぬかもしれん。」と脅します。
じゃあ、今から病院へ行きますか?と聞いてみたら、
「頼む。行く。」
「私はインフルエンザの予防接種はしたのか?」とまたエンドレスが始まったので、
大丈夫。インフルエンザの検査もしてもらえるから。鼻に綿棒を入れて・・・と言ったら、
「そんな恐ろしいことをするなら、病院は止める。。」と、全く子供以下です。

ともかく、行っておいた方が安心だろうということで、
夫にお願いしました。

ヘルパーさんはすでに来て頂いているので、帰ってもらうのか、どうするのかしらと思いましたが、
私が居れば、ヘルパーさんにも居てもらってもよいそうなので、
いつもどおり時間まで居てもらって、私も一緒に片付けをしました。

1時間ほどで、薬をもらって帰ってきました。
風邪薬、抗生物質、せきどめ、等をもらってきました。
胸の音もきれいで、肺炎の心配もないそうなので、一安心です。

食欲もなく、薬だけ飲もうとするので、それは止めて、ひとくちおにぎりを食べてから、
薬を飲んで、寝てもらいました。
またも、
「私は何と言う病気なのだ?」
「インフルエンザの予防に行ったのか?」と、全く情けない状態になりました。

もう、ダメだね。。。
いつまで、ひとりで暮らせるかしら~。

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祭日をはさんで、1回は起きられなくて、3週間ぶりの鍼治療になりました。

よしおさんに、会いたいか確認すると、嬉しそうに「連れて来て」と言いましたので、
そのつもりでみつこさんを迎えに行きました。

今日は、すでに朝ご飯も済んでいました。
話し掛けると、気分も上々、言葉も冴えているし、ご機嫌も良くて、ほんとに良い調子でした。

ミルクが残っていたので、「飲まないの?」って、声をかけても、
「要らない。」「台湾人がしたから、汚い。」ってお返事で、飲もうとしません。

これは、注釈が要りますし、差別用語になってしまうけど、お許しください。

みつこさん一家は戦争中、台湾(中華民国)に住んでいました。
その当時、祖母(みつこさんの母)が、現地の人の作った食物を不潔だと言って、一切子供たちに食べさせなかったそうです。
みつこさんは、その時のことを言っているようでした。気分は子供に戻っているのかな。


時間もあったので、黙ってそのままテーブルの上に置いておいたら、ちゃんと自分で飲んでいました。
すぐ、忘れちゃうものね。

出かける前に、トイレに誘導してみたら、「行く」って素直に手引きでついてきてくれました。
久しぶりにトイレ介助させてもらって、パンツを下げて、お尻に目が行って、ぎょっとしました。

赤黒くシミになっています。
えっと思ったけど、ゆっくり見る時間もなくて(イヤになって、怒ったらたいへん)そのままトイレを済ませて、パンツを上げました。

介護士さんには伝えておいたので、また、見て頂けると思います。
その時は、椅子に座っている時間が長いので、じょくそう前段階なのか?と思いましたが、
後で家に帰ってから、もしや、おむつかぶれかもしれない気がしてきました。

夕食中にふと、そう思って、夫に言ったら、「食事中に何を・・」と顔をしかめられました。

介護中心の生活していると、そういう感覚ってなくなってしまいます。
介護と縁のない人にそんな話をしたら、やっぱり不快なんだなと反省。
夫も、手助けはしてくれていて、助かっているけど、身体介助はしないから、その辺の温度差は生じる。

それは別として、みつこさんのお尻のことは、また、次回に訪ねた時に、確認してみようと思います。


外は寒いので、コートを着せて、出かけました。
今日は終始、ご機嫌が良くて、車の中でもおしゃべりしてくれました。
「どこへ行くの?」「遠いね。」とか、いろいろ。

鍼も順調に丁寧にやってもらいました。
混み合っていて、待ち時間も長く、いつもより時間がかかってしまいましたが、
みつこさんはずっと、おりこうさんに過せました。
今日は誉めてあげたいみつこさんです。

終わったところで、よしおさんに電話をすると、電話に出ません。
「電話をするから、それから外に出ていてね。」っと言っておいたけど、
そこのところは忘れて、11時頃と言う時間だけを覚えていたのでしょう。
きっと外で待っているのだろうと思いました。

みつこさんには、「お父さんに会って行こうね。」と声をかけると、
「お父さんて、誰?」というお返事でしたが、大丈夫です。
会えばちゃんとわかります。

よしおさんは、外で座り込んで待っていました。会いたいのだよね。
また、前のように、ふたりで車の後部座席に座って、お話していました。
お話するというか、よしおさんが話しかけるけど、みつこさんは前を向いて黙って座っています。
機嫌が悪いわけでもないし、何を言っていいのかわからない状態なんだろうと思いました。
どこにいるのか、何をしているのかがわからないのでしょう。ごめんね。

でも、私がそろそろ帰ろうかって促して、よしおさんに車から降りてもらおうとすると、
「もう、行くの? もう少し居なさい。」ってみつこさんが言いました。
別れたくはないんだね。
それで、もうしばらく、話していてもらいました。

よしおさんは慣れてきたので、「また、鍼の帰りにお出で。」と言って、すんなり帰してくれました。


目下の目標は、よしおさんに施設を訪ねてもらうことです。
いろんなネックがありますが、ひとつづつ打開していくのみです。
ひとつ、崩れると、そこまでは当たり前になって行けるので、焦らないことです。

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初診から2週間経ちました。
今日はよしおさんを抜きで、夫とふたりで物忘れ外来を受診して、
先回の検査の結果を再度説明して頂きました。

CTの結果から、
脳の萎縮は見られない(確か、そうおっしゃったと思うけど、わずかと言われたのかもしれない)
梗塞は小さい物が少しある。

長谷川式のテストからも、認知症であることは、はっきりしていました。
「夫はずいぶんできた。」と言っていましたが、点数は正常範囲からは、出ていました。
認知症の初期から中期ということです。

やはり、脳血管性の認知症で、アルツハイマーも混合しているということです。
アルツハイマーが混じっているというのは、どこから判断するのかは聞きそびれてしまいました。
次回の時に忘れずお尋ねしようと思います。

今日から、アリセプトが1.5mlにアップしました。
すごく少ない量から、慎重に上げてもらっています。
それでも、「ちょっと怖いけど」とおっしゃって、意味を図りかねたら、
アリセプトで、暴力的な要素が出てこないかが心配という意味でした。

今はアリセプト10mlが出ています。
アリセプト1mlからスタートというのは、ほんとうに慎重にして頂いているのだと思います。

思えば、みつこさんは、どかんと5mlからスタートしました。
それは、製薬会社と大学病院のからみとか、そういうことだったんだろうなと、
またまた後悔の気持がほろり・・・。
過ぎた事はしかたがないです。前を向いていきましょう。

少なくともよしおさんには活かせるし、これから認知症になる方には、参考にして頂ける。


ネットで、脳血管性認知症を検索していたら、よしおさんの、物盗られ妄想に続く暴力行為は、
「感情失禁」なのではないかと思い当たった。
怒りが頂点に達してしまうと、我を忘れた状態で、暴力行為に及ぶことが過去に数回ありましたが、
それが、感情をコントロールできない状態なんだと納得しました。

脳血管性認知症は、物忘れは激しくても、人格は左右されないので、その人らしさは変わらない。
話の受け答えは正常にできる。感情失禁があるなど、納得でした。

脳血管性の治療と言うと、特になく、よしおさんは心筋梗塞の治療薬(予防薬)を飲んでいますから、既に治療薬(予防薬)は飲んでいることになります。

最近、狭心症発作みたいなものが、続いているし、認知症もあるということになると、
薬を飲んでいても出て来ている状態なので、先が見えているのかなと思いました。


よしおさんには、診断を受けても、あまり大きな変化は期待できないかもしれませんが、
それでも、現在の状態が把握できた事、アリセプト、グラマリール、フェルガードが飲み始めることができたことの意義は大きいと思う。

これからでも、やれるだけのことは、やっていきたい。
今の状態を長く続けられるように努力することは可能だと信じています

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デスクトップ画面

ちょっと話は介護からはそれますが、
このところ、体調が優れなくて、優れないと言っても、
寝込むような不調ではないのですが、
あちこち、具合がよくなくて、ついつい健康雑誌に目がいってしまいます。

そんな中で、おやっと目をひいたのが、
電磁波のこと。
毎日パソコンに向っているし、携帯電話も使うし、
電子レンジも使うし、
電磁波は浴び放題かもしれない。

首が凝ったり、肩が凝ったり、
私は、頚椎のヘルニアがあって、慢性肩凝りですし、
首が痛い。時々、キェっていう感じで、首がかくっとなって、
ギョッとしたりします。

それが、電磁波の影響ということもあるそうです。
それで、それで、
それを防ぐのに、黄色のものを見ると良いと書いてありました。
パソコンの壁紙(壁色)を黄色にするのも良いと書いてあったので、
そんなことで良いのなら~と早速、黄色に変えてみました。

これで、具合の良いようなことがあったら、
また、お知らせします。

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【2007年6月のこと】

2007年5月一杯で、GHを引き上げる決心をしましたが、ずっと在宅でやっていくことは無理だということはわかっていました。

在宅でやっていくためには、次の条件がクリアできない限りはいつか破綻してしまうと考えていました。
------------------
①よしおさん、みつこさん夫婦と猫3匹と介護者家族(パンドラと夫と犬)が同居すること。
②主たる介護者であるパンドラを助けてくれる人が少なくとももうひとりは存在すること(たまに替わってくれる人)。
夫は足回りとか、病院への介助とかで手助けをしてくれていますが、身体介助を助けてもらえる人がもうひとりは必要です。
ヘルパーさんの入ってもらい方を検討すれば、それでも可能かもしれないと今は思います。
③家の中の改造ができること。同居するためにも、みつこさんの安全の為にも必要です。

①②③をクリアすることは、よしおさんが居る限り無理でした。
特に①③に、よしおさんの理解がどうしても得られません。
よしおさんは、パンドラひとりが同居して、みつこさんを介護して欲しいと望んでいました。そこまで深くは考えてもいないと思いますが、パンドラひとりで通いで、できると思っていたのかもしれません。
-------------------
よしおさんにも、みつこさんにも可哀想だとは思いましたが、私が主たる介護者である以上、私ができなければ、残念だけど、できない。
それを譲ることはできませんでした。
心情的に譲ったとしても(譲りたい気持は溢れていましたが)、破綻することが目に見えています。
もし、そうなったら、もっともっと悲劇です。

そういう理由で、有料老人ホーム、あるいは特別養護老人ホームで、納得のいくところを早急に探すことにしました。
その当時、私が持ち堪えられる限度は1年くらいではないかと考えて、あくまで特養で、どうしても入所が困難ならば、有料老人ホームで探そうと考えていました。

6月1日から、みつこさんの(両親ふたりの)生活をみながら、合い間に特養探しが始まりました。
家からなるべく近い範囲で、まずは電話予約し、地図で場所を確認し、面接をして、中を見学させてもらいました。
手筈は夫が揃えてくれて、地図も確認、運転手も勝手出てくれて、とても助かりました。
プライバシーの問題から、居室は見せてもらえないところもありましたが、共有の場所などは案内してもらうことが出来ました。

少ない経験からも、認知症専門棟を設けていない、ユニット形式の個室が良いと思っていましたが、果たしてそれがほんとうにみつこさんに良いのかどうかは、わからないままでした。
見学は、ユニット形式に拘らず、従来型の特養の認知症専門棟も、させてもらいました。

1軒、2軒と見ていくうちに、大体どういうところが良いのかは固まっていきました。
トータル10軒くらいの特養と、有料老人ホームも1軒飛び入りでちらっと見せて頂いて、パンフレットだけもらってきました。

特養見学と平行して、有料老人ホーム紹介サイトからも近辺のホームのパンフレットを送ってもらいました。

特養の待機人数は100名から300名くらいでしたが、緊急度、必要度から優先ということで、待機人数はあまり心配しなくても良いと思えましたが、空きがない限り入所できないので、1年に何名も入所は出来ない訳ですから、どのくらい待てば入所できるのかは想像がつきませんでした。

良さそうと思えたところを4軒絞りました。
それに加え、新設特養の予定が近いところでは、2007年4月と2008年9月にありました。
新設ですと、一気に全部を埋めるわけですから、かなりの人数ですし、介護度も4,5に限らず、幅広くとってもらえるそうです。
最終的にはこの2軒の新設の特養のどちらかには入れてもらいたい。
それもダメならば、それ以上は待たないで、有料老人ホームで探そうと考えました。

見学させてもらうのと平行して、良さそうと感じたところから、順番に申し込みもして行きました。
最終的には4軒のユニットタイプ特養に申し込みをしました。

特養を申し込むにあたっては、
特養に早く入居するコツ-「ふたりの父の雑記帳」さんから
をたいへん、参考にさせて頂きました。


大体、どの特養も申し込みの書式は決まっています。
その中の、「困っていること」と言う欄が、ほんの数cmくらいの欄なのですが、
これを別紙の形でA41枚にびっしり、箇条書きのレポートを作成して、切々と窮状を訴えました。

これを書いたことが、特養に結果として非常に早く入居できた理由だと確信しています。

どの特養も大体2ヶ月に1回の判定会議があり、待機者の順位の見直し、新しい申し込み者の順位づけが行われます。5月に判定会議が済んだばかりのところがほとんどで、次回は8月に行われるところばかりでしたので、遅くとも7月までにここぞと思うところへ申し込みをしました。

------------------
6月から家に戻ってきたみつこさんの生活は、3月の入院前の状態とさほど変わらないくらいに戻ることができました。
やはり、家だと落ち着くということでしょう。

ただ、以前と違ってきたのは、排便の問題でした。
そして、それが、在宅でやっていく上での一番大きなネックになりました。

よしおさんとみつこさんのふたりの生活を通い介護で最長1年は支えていく覚悟で、ふたりの生活をケアマネさんと相談しながら、決めていきました。

よしおさんはどこにも出かけないけれど、自分のことだけは自力でできていましたので、特に問題はありません。
ただし、みつこさんのことをみてもらうことは無理でした。でも、介助しようという気持だけはあり、みつこさんがトイレを探してうろうろしていると、気がついた時には誘導してくれようとしていたり、私を呼んだりしてくれました。

みつこさんは、まずは、日中だけでもできるだけ外で介助を受けて欲しかったので、デイサービスへ3日から4日/週、出かけてもらうようにしました。

みつこさんのデイの無い日に、よしおさんの通院、みつこさんの通院、鍼治療、を入れました。
夕食準備から、片付けまでは、ヘルパーさんをお願いしました。
毎日1時間で、その間のみつこさんのトイレ介助も、できるだけお願いするようにしました。
少しでも、みつこさんに他人による介助を受けて欲しかったからです。
始めの頃は、私もヘルパーさんと一緒についているようにしましたが、だんだんにお互いに慣れて、ヘルパーさんだけでお願いできるようになっていき、助かりました。

トイレ介助は、なかなか受け入れてもらえず、苦労しました。
自分できちんとできればいいのですが、できないけれど、できていない意識はないので、「どうしてトイレについてくるのか、、」と、私も、ヘルパーさんも、みつこさんからずいぶん怒られました。

排便についてはふたつの問題がありました。
ひとつは、排便のリズムが整わなかったこと。
それは、座薬の使用、滴下薬の使用、カマと試行錯誤しながら、この頃から、カマの服薬だけで、様子をみるようになりました。

もうひとつの問題は、排便自体がきちんとできないこと。
便秘気味の頃は、自分の手を使っての摘便が始まってしまいました。
カマを使うようになり、それは治まってきましたが、手を汚すのは毎回のことですし、その手であちこち触って汚す、身体も汚れる、、、だけど、介助は拒む、パニックになる。。。
排便の度に、本人の身体を清潔に保つことができなくなっていって、それが最大の問題になりました。

でも、まだ、この頃は序の口という感じでした。

6月末に一度、特養付属のショートステイに1泊をしました。
特養入所の練習の意味です。
私も別室に内緒で泊まって様子をみましたが、大きな問題はありませんでした。

お風呂はデイで介助してもらいました。
この頃は、まだ、デイに出かけることも、デイでの入浴も、まあまあ大丈夫でしたが、次第に、出かける事を嫌がるようになり、出かけてしまうと、逆に帰るのを嫌がるようになっていきました。
今の状態から、変わることを嫌がるようになっていきました。
あっちこっち、病院から施設へと転転として、居場所がわからなくなっていたようでした。

こんな感じで、排便を除けば、まあまあ在宅での滑り出しは上々でした。

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終了しました
長い間有難うございました。

Bl「友わんこ&3にゃんこ&パンドラの徒然」

パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「セミナー情報」

↓以前のセミナーでの報告原稿はこちらをご覧下さい。

「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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