2007 / 11
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【みつこさん】
先週は23日の祝日で鍼をお休みしました。
ですから、2週間ぶりになります。
よしおさんも、「また、みつこさんに会いたいから是非連れて来て」というご要望でした。
「じゃあ、寒いから風邪ひかないように一杯着こんで、門まで来てね。」と言い置いて、施設へお迎えに向かいました。

ところが、施設に着いてみると、今日はパジャマ姿のままでテーブルについています。
介護士のTさんがささっと寄ってきて、
「今日は、起きるのが遅くなって、パンツだけは替えたけど、着替えは出来ていないの。すみません。」とおっっしゃいました。

みつこさんに「おはよう。」と声をかけると、すこぶるご機嫌悪く、
「何ですか?」とお返事でした。
ご飯もぜんぜん手をつけてありません。

「ご飯食べて、出かけましょ」と言っても、
「もう食べました。もういいです。ほっといて。」と最悪です。
どうも、今日は眠い日のようです。

それにしても、いくら暖房が効いているからと言って、パジャマだけってあんまりではないでしょうか。
鍼の時間が迫っているのに、起きてくれない、着替えてくれない、
で、介護士さんが焦って、テーブルまでぐずるみつこさんを連れてきて下さったのだろう
ということは、わかりますが、せめて、何かはおらせて頂きたい。

カーディガンを取ってきて、はおらせると、「いいっ」という感じで、ちょっと抵抗していましたが、
やはり寒いですもの、自然に手を通して、自分でパジャマの上から着ました。

ご飯はどうしても食べそうにないし、眠くてたまらないようなので(病気というわけではなさそう)
15分か20分でも眠ってもらおうと思い、お部屋に誘導しようとしましたが、
テーブルの側に置いてある、剥き出しのベッドに倒れ込んでしまいました。

そこへ、お部屋からお布団を運んでかけて、枕をあてがうと、「ありがとう」って答えてくれました。

毎日起きれないわけではなくて、早くすっきり起きることもあるそうですし、夜は眠れているようなので、しかたがないのかもしれなせん。
鍼は週1で、金曜日に予約しているので、その日にうまく行けなければ無理することは出来ないかもしれない。

結局、今日は起きる事ができなくて、そのまま寝かせて、私たちは家に帰りました。

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【よしおさん】

今日のよしおさんは大分混乱しています。
お薬の袋がまるっとゴミ箱へ入れてあったり、
朝、昼とついていなかったら、何を食べたのか、食べないのか、
お菓子ばかりの生活になってしまいそうです。

5時に訪問した時には、寝ていて、
私の顔を見ると、お布団の上で上体だけ起きて、
「今日は胸が苦しかったから、夜中に見に来て」と言うので、
「夜中も来るけど、その前にご飯は6時ね」と言うと、
「お昼が遅かったから、それでいい」と答えて、また寝てしまいました。

ところが、6時に夕食を持って行くと、盛大な音楽会の最中です。
テーブルを見ると、おやつの串だんごがなくなっていて、もう、お薬が飲んであります。
「夕ご飯は、食べないの?」って、声をかけると「食べようか」って、
串だんご食べて、お薬飲んだ事は忘れているみたいです。

で、その時には、胸が苦しかったことは、もう忘れていて、
「ニトロを枕もとに置いておくわ」って言っても、
「いらない」というお返事でした。

フェルガードの効果、でないかしら。

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先日、内科の薬が切れてしまった時点では、夫の都合で受診ができませんでした。
その時には私が変わりに受診し、薬だけ出してもらいました。
今日は、夫の都合もつけてもらったので、
よしおさんの内科受診とインフルエンザの予防接種を頼みました。

数日前によしおさんにインフルエンザの予防接種のことを打診した時には、
「去年うったから、もういい」なんて、言っていましたが、
「予防注射の効果は2週間後から、5ヶ月くらいだそうよ。」
と伝えるとあっさり納得してくれました。

ということで、無事に内科の診察も受け、予防接種もしてきました。


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話は前後しますが、昨日はケアマネさんの訪問がありました。
よしおさんとみつこさんのケアマネさんは同じ方です。
ちょうど、孫くらいのお若い女性のケアマネさんです。
ヘルパーさんが入って下さっている時間に合わせて来て下さいました。

私が一番年長で、その次がヘルパーさん、その下がケアマネさんと
おばさんふたりに、おねえさんに囲まれて、
よしおさんは何だかテンションアップしてしまいました。

ケ「最近、調子はどうですか?」「何か困った事ありますか?」
よ「あなたもコム○ンの人?」
ケ「違います。私は○○ホームから来ました。」「すぐそこです。歩いてもこれます。」
よ「困った事はないです。」
よ「この人(ヘルパーさんを指して)がよくやってくれるで、助かります」
よ「介護保険って、昔、お金を払った覚えがあるけど・・・」
ケ「今も払ってみえますよ。」「必要なことには、どんどん使って下さい。」
よ「こういう制度があって、助かります。」「これは、いつできたの?」
と、あっちこっちへ飛んだり、戻ったり、エンドレステープになったり、
でも、終始にこやかに対応してくれました。


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と、よしおさんの具合は今はたいへん良好です。

物忘れ妄想から、暴力、我を忘れる状態になることが鎮静しているので、
私としてはとても平和です。
どうか、このままであって欲しい。
恐らく、グラマリールを飲み始めたので、あまり強力なのは、もう出ないのではと期待している。
想像するだけで、私の心臓がパクパクして、パニック症候群という感じになってしまう。

よしおさんは、先日の物忘れ外来受診の時にも、
私や夫への不信感を先生や看護師さんに訴えていたそうなので、
今でも心の中には、私たち極身近なものを信じていない気持はあるようなのだけど、
発作的に、暴力的になることは自制できているというか、
疑うようなことがないのかもしれない。
極力不信感を持たせないようには気を使っているから。

逆に言えば、何かあれば、いつでもまだ起こり得るのかもしれないけれど・・。

兎にも角にも、周りが気をつけることと、薬とで、医師の応援も得て、
発作が抑えていければ、ほんとに上々。

みつこさんも落ち着いているし、これまでの数年と比べて、
私としては、今が一番落ち着いた時なのかもしれないと思う。

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口腔ケアに付き添うことになっていましたので、午前中に会いに出かけました。
3階のユニットへ入って行くと、今日のみつこさんはソファで居眠りしていました。
揺すって、「みつこさん」と声をかけると、
「あら、どこへ行っていたの?」と答えてくれました。


みつこさんの頭の中では、今は施設が居場所になっていて、
私は以前から、通い介護だった訳だから、その延長線上になっているのではないだろうか。
以前はみつこさんとよしおさんの居る家に、私が頻繁に通っていた。
今はみつこさんの居る施設に私が時々顔を出す。

みつこさんにとって、今の施設が居場所になれば、
後は今までと何も変わっていないのではないかしら。
やはり、今、家に連れて帰りたいと思うのは、家族の単なる感傷で、
本人にとってはあまり良いことではないように思える。
頻繁に会いに行った方が良いように思える。

ただ、よしおさんにそれをわかってもらうのは、どう説明したら良いのか、大変だけど。


さて、口腔ケアは、順番がきて、みつこさんのお部屋で歯科衛生士さんに歯磨きをして頂きました。
今日は2回目?か3回目。
先回も付き添ったけど、あの時は5分くらいで嫌になってしまいました。

今日は、物凄く上出来で、衛生士さんにもお褒めを頂きました。
しっかり、最後まで、口の中を綺麗にしてもらうことができましたし、ちゃんと口も開いてくれたし、自分でも磨いて見せてくれました。

球形の歯ブラシに練り歯磨きがついていないと訴えてもいました。
「液体がついているからいいのよ」と教えられて、納得したみたいで、じぶんで磨きました。
「今日は、ほんとに良くやらせて下さって、ありがとうございました。」と衛生士さんがおっしゃると、「こちらこそ」と答えていました。


入所の時にも皆さんにお願いしたのですが、「訳のわからない老人ですが、プライドは捨ててないので、子供言葉を使わないで下さい。丁寧な言葉を使って下さい。それを好みますから。」と言うのを、皆さんが良く守って下さっています。

口腔ケアが終わっても、まだお昼までに少し時間があったので、喫茶へ誘って行ってきました。
歌の好きな同じユニットの住人さんたちも、おふたり陣取っていらっしゃいました。
みつこさんと私も、その後ろに入れて頂いて、いつものように、ハーブティーと焼きたてクッキーを頂いてきました。
みつこさん、クッキーは美味しいと言いながら、食べました。ハーブティーも飲み干しました。
テーブルの上の値段表に目をやって、自分は何も持ってきてない(お金を持っていないという意味)けど、いいの?と聞きました。
お金のことは、とても気にして、それは、ずっと以前からそうです。

デイサービスでも、送られて帰ってくると、私に「お金は?」「ちゃんと払ってよ」とよく言っていたものです。
そんなところは、何も変わっていない、以前のままです。


口腔ケアを待っている間、テレビの前で二人並んで座っていたのですが、
じっと黙ってテレビの方を向いて、時々、こっくりしたりするので、
「ご飯は食べた?」「夕べは寝れた?」とか、話し掛けてみましたが、
「何を言っているのかわからないよ」と返されてしまいました。

でも、以前のように、苛立った感じは全然なくて、穏やかな口調でした。
そうか、無理に話す必要もないかな・・一緒にいる時間があれば、
それでいいのかなと思ったことでした。


みつこさんは、どこに居ても、家族だよ。
4人家族のひとりだよ。って伝え続けていればいいかなと思ったことでした。

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昨日のサトコさんのコメントのお返事にも書いていますが、
みつこさんが、まわりの家族を誰が誰と認識できなくなったのが、1年半程前です。
この頃はまだ、言葉ははっきりしていますし、受け答えはしっかりできました。
ただ、自分が何者なのかがわからず、苦しんでいた頃です。
みつこさんらしいのは、私が説明しても、「そんなの嘘だ」と信じないところです。

この頃から、私のことは、誰なのかわからなくなっています。
いつも、近くにいる親しい人とは思っているようですが・・・。


過去日記
母じゃなくなった日(2006年3月20日)をご覧頂くと、その日のことが書いてあります。

記憶に障害を受け、人格が変わってしまうと言う、アルツハイマー型認知症、アルツハイマー病。
みつこさんの頭の中を擬似体験できるものならば、してみたいと思います。
どういう世界なのだろう。

それが理解できれば、たとえ介護拒否があっても、みつこさんにとってはちゃんと理由があることなんだとわかるのじゃないだろうか。

今、施設にいて、そこがどこで、まわりにいる人たちがどういう人たちなのか、
介護の人たちがどれだけの人がいて、どの人が身の回りのことをしてくださっているのか、
など、何もわかっていないだろうと思う。
一体、どういうふうに思っているのだろうか?不思議。

私が訪ねていくと、いつも「あれっ?」って顔をしてくれる。
嬉しそうに笑ってくれる時もある。
笑顔を見せてくれる時があれば、それで良いのだと思える。

ほんとに、良い時期に、施設に入る事ができた。
そう思っています。

今日は訪ねていってはいないので、思い出した事、感じたことを少し書きました。

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お名前つけ

施設内での、みつこさんの薄着がとっても気になってしかたありませんでした。
「他の方はどうなのかなぁ?」って、他の住人さんたちの洋服へ目がいってしまいます。
ウールのものも着せてもらっていらっしゃるのか、自分で着ていらっしゃるのか、
皆さん、暖かそうにしていらっしゃいます。
そこで、今日はとうとう勝手に、みつこさんにも1枚余分に着せてしまいました。

今日の洋服は、半袖アンダーシャツの上にトレーナーというスタイルでした。
そこで、トレーナーの下に長袖Tシャツを着せました。

「これを着ましょうね」と言って、トレーナーを脱がせると、
「おぉ、寒っ」と言いながら脱いでくれました。ちゃんと意思疎通できてます!!!
それから、Tシャツを着せて、トレーナーを着せて、その後、
下のTシャツの袖を引っ張り出してあげると、
「それそれ」って言って、喜んでくれました。
肩のところにもそもそ溜まっていては、気持が悪いよね。

夜の着替えの時に、介護士さんが、「あれっ」って気がついてくれるといいけどな。

防寒ズボンとか、ぼてぼてセーターとかも、やっと持って行くことができました。
「やっと」というのは、用意は大分前からできていたのですが、
お名前つけがなかなかたいへんで、それに時間がかかっていました。
1枚1枚、布テープに名前を書いて、それを縫い付けています。
冬用のウールの靴下は1足づつとなると、た~くさん縫わなくてはならなくて
今だ、ストップ状態です。

下着も半袖は持ち帰って、長袖を持って行って、置いてきました。
半袖はもう着せて欲しくないので、着せて欲しくないのは持ち帰るに限ると悟りました。
何人かの介護士さんが交代で担当して下さるので、ひとりの人に伝えておいても、
なかなか皆に徹底してもらえません。
それなら、一層、使って欲しくない物は、使えないように持ち帰るのが一番ということになりました。

明日からは、暖かい格好させてもらえるといいねぇ、みつこさん

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フェルガード100

写真は、よしおさんが飲み始めた、フェルガード100です。
みつこさんは、これよりもガーデンアンジェリカの量が多い、フェルガードです。


みつこさんがフェルガードを飲み始めて2ヶ月半くらいになります。
最初に、「おっ」と思ったのは、言葉(発語)がはっきりしたのではないかな?ということでした。
フェルガードを飲み始めて1週間目くらいでした。

みつこさんとの会話が困難になってきたのが、今年の初めくらいからです。
こちらの言うことが理解してもらえなくなり、みつこさんの発する言葉が意味不明になってきました。
会話は成り立たなくて、一方通行の相互通行の平行線の会話です。
半分くらいは想像なんだけど、それでも家族でみつこさんの言葉を一番理解できたのは私です。
それでも、半分以下くらいしか、理解できない状態でした。

それが、フェルガードを飲み始めて1週間くらいの頃に、何だったかは忘れましたが、
意味のある言葉をはっきりと発してくれました。
もちろん、フェルガードとは関係なく、照る日、曇る日あるわけで、因果関係はないのかもしれませんが、
結び付けたくなってしまいます。

今日も訪問した時に、また、ちょっとした出来事がありました。
訪ねて行った時には出来るだけ、自力で歩いてもらいたいと思っているので、
食堂のカウンターで、車椅子に座っていたみつこさんを「お部屋まで行こうか?」と誘って、
手を繋いで歩いて行きました。
途中に、車椅子を自操している住人さんがいらして、その方は発語ができません。
その方の前を横切らなくてはならなくて、車椅子の前を手を引いて歩いていると、
いきなり、みつこさんが怒り出しました。

「どうして見るんですか?」「何ですか?」「怖い顔して」って、つっかかりそうになりました。
何とか引っ張って、お部屋に連れ込みましたが、、、、
怒りだしたことよりも、その言葉のはっきりしていることに感激してしまいました。

Sさんには、悪かったんですが、じっと見られると、怒ってしまうのは以前からです。
自分が変だと思われていると思うようです。

それは、困ったことなんですが、それよりも、言葉がとてもしっかりしていました。
そのことが内心とても嬉しかったのです。


フェルガードのことを知ったのは
↓ドクターコウノの認知症ブログでした。
ドクターコウノの認知症ブログ

ほんとに、奇跡のように、アルツハイマーが良くなる患者さんがいらっしゃるのです。
家族なら、絶対に試してみたいと思います。
みつこさんの先生は、ドクターコウノから勉強された先生です。
ご相談すると、「飲んでみる価値はあると思う」と言って下さり、早速始めました。
よしおさんにも、処方されましたので、よしおさんへの効果も期待しているところです。

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今日から、フェルラ酸も飲み始めました。
昨日の物忘れ外来での、よしおさんの処方は、アリセプト0.2ml、グラマリール25ml、フェルガードと言うものです。

これを飲んでくれるだろうか。何て思うだろうか。とまだまだ心配は続いていたのですが、
案外、あっさりと、ボケ予防ということで、飲んでくれています。
昨日の夜から飲み始めて、今のところ、特に不調などはなさそうで、大丈夫なようです。

朝食後の薬をつきそって飲んでもらっている時に、昨日のことを話始めました。

「どうも、ボケ始めたらしい。」
「先生に昔の自慢話なんかしてしまって、あんなこと言ってどうかしていた。」


と、昨日の診察の時のことを思い出していました。
何だかしっかり、自分のことを分析していてくれて、嬉しくなりました。

「次回の受診の時にも、また、行ってくれる?」と聞いてみたら、
「行くわね」と、これまた色よい返事をしてくれて、ほんとに、長年の懸案事項が肩から滑り降りてくれた感じです。

そして、極めつけに嬉しかったのが、

「あんたが居てくれたから、私は先生に診て貰えて、助かった。」

と、物忘れ外来の受診のことを言ってくれました。
胸がほわっと温かくなりました。


-------------------
さて、よしおさんの内科の薬が無くなってしまって、5週に1度の診察を受けてもらいたいのだけれど・・・
よしおさんが出かけるためには、私が留守番をしていなくてはならない。
そして、夫が付き添って一緒に出かけなくてはならない。
というややこしい事情があります。

何しろ、家を留守にすることは防犯上できない。
さらに夫はよしおさんの心の中では「大悪党」ということになっているので、留守番はさせられない。
となると、私が留守番、夫が付き添い兼運転手以外方法がない。

ということで、3者の日にちが合わないと、受診ができません。

今日は、夫の都合が悪かったので、私が薬だけをもらってくることにしました。
病院は、11月一杯が市民無料健康診断(私の住んでいる市の)の時期なので、滅茶苦茶混みあっていました。
駐車場からはみ出た車が、道路まで溢れて、しばらく順番を待つことになりました。

やっと病院に入る事ができて、よしおさんの先生に久しぶりにお目にかかりました。
私がよしおさんについて受診できたのは、みつこさんがまだひとりで留守番ができた頃が最後でした。去年の秋頃まではできていたのかな?

昨日の「物忘れ外来」受診の話をすると、
「それは良かったですね」とたいへん喜んで頂きました。
今年の4月のよしおさんの物盗られ妄想最高潮の時に、泣きついて相談したのを覚えていて下さいました。


薬を延延と待って、もらって帰ると、ヨガに出かける時間を過ぎてしまっていました。
お昼ごはんを食べる間もなく、バナナ1本、口に放り込んで慌てて出かけました。


今朝はほわほわと、よしおさんの言葉に良い気分になれましたが、結局はちょっとだけ落ちがつくことになりました。

ケアマネさんが「一度よしおさんに会ってお話したい」ということでしたから、その旨伝えると・・。

「何しに来るんだね?」
「どのくらいボケたか、見に来るのかね。」


と、何だかいつものよしおさんに戻っていました。。。

まあ、このくらいは、多めに見ておきましょう~~。
今朝の嬉しさと差し引きしても、まだ、おつりがありますから。

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今、我が家と両親家とで総勢3名、それと離れてみつこさんが1名、
それと、猫3匹、犬1匹の家族で、みつこさんに関しては、食と住は別になっている。
だから、そんなに大所帯ではないのに、何故か、毎日毎日、買い物しているような気がします。


今日もスーパーへ繰り出すと、下向いて小走りに走ってくる人が・・・
どこかで見かけた人~~~と思えば、週1回来て下さるヘルパーさんでした。


「○○さん、○○さん、」って声をかけてるのに、一向に気付かぬふう・・
しつこく声をかけてしまったら、
「あらぁ~~、プールの帰りで、すっぴんで恥ずかしい。」って、、
お若いヘルパーさんで、すっぴんが恥ずかしいなんて、何て初々しいこと。


私なんて、すっぴんが恥ずかしいなんて気持、とおの昔にどこかへ捨ててきました。
○○さん、「障害者の子たちとプールへ行って来ました。」っておっしゃってました。
○○さん、野良猫の子供を保護した時も、すんなりと引き取って下さって、
「こてつ」と名づけて可愛がって下さっています(女の子なんだけど・・・)


両親の介護を通じて、いろんな人との繋がりも増え、今までは知らなかった世界の人たちとも
おつきあいができるようになりました。

この頃は少し余裕が出来てきて、いろいろなことを考えたりできるようになってきました。

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本日2回目の更新です。
今度はよしおさんのこと。


みつこさんの主治医の先生が開業されたクリニックの「物忘れ外来」へ、
本日よしおさんの予約が入れてありました。
昨晩確認した時には「行く」と言ってくれました。


その気持は、今朝も変わらずにいてくれました。
よかったーーーーー


夫が付き添い兼運転手です。
夫にうまく説明してもらうことは難しいので、
予め、病状、これまでの経歴など、レポートを作成して、
そのまま提出してもらうように、よしおさんには内緒で夫に渡しておきました。


よしおさんからは、何のために、何しに、どこへ行くのかと何度も何度も聞かれましたが、
その都度、「お父さんのことが心配だから、
       物忘れを予防するために、
       そのための、検査をしてもらいに、
       みつこさんの先生のところへ行く」と繰り返しました。


-----------------------
帰ってきてから、夫の報告によると、


長谷川式のテストはいい線いったそうです。
CTの結果も、そんなに悪くない。
梗塞も心配ない。


じゃあ、認知症ではないの? というと、
そんなことはなくて、事実、薬も処方されました。


問診表を書く段階で、早くも不穏になりかけた模様です。
「よく物がなくなって、探し物をする」←そんなことはないーっ
「同じことを何回でも、くどくど言う」←そんなことはないーっ
↑上のような設問に夫が(よくある)と答えると、それを見ていて、
そんなことはないーっ と叫んでいたそうです。



------------------------
詳しいお話は、いつでも、先生から伺うことができます。
とにかく、とにかく、本人が出向いて、検査を受けてくれた。
もう、それだけで、充分、上出来過ぎます。
「物忘れ外来」にかかってくれたという事だけで、
今日は、神に感謝したい気持ちです。

詳しいことは、2週間後に、血液検査の結果とともに、聞いてまいります。

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みつこさんは6月に介護認定の区分変更を申請して、介護度4になりました。
それから半年ということで、今日は介護認定の見直しがありました。
今は施設に入っていますので、施設の介護の担当者が対応して下さいますが、
お話を聞かせて頂くということで、私も同席させて頂きました。


前回もそうだったと思いますが、みつこさんは質問の意味が全然わかりません。
名前を聞かれても、答えられません。
聞かれている意味がわかりません。
で、全然関係ない答えをします。


私と会話していても、すでに会話とは言えず、お互いに一方通行の話をしています。
それでも、黙ってしまったら、ますますみつこさんは人間離れしてしまうと思うので、
たとえ答えが違っても、構わず問い続けます。
ツーと言うと、ピーと答えが返るような、他人が聞いたら、頭をひねるような会話です。
それでも、たまに、ぴかっと回路が繋がる事がないとはいえないですから。
それに、私が側にいることは、嬉しいと思ってくれていると信じているから。


市役所の担当者の質問には、介護士さんが答えてくださいました。
主に日頃の生活ぶりに関することです。


みつこさんとは、もう1ヶ月半離れていますので、
私としては、今のみつこさんの生活ぶりを知るのにはとても良い機会でした。


生活全てにおいて、機嫌さえ良ければ、いろいろなことが出来ているようです。
介護士さんたちの言葉に寄る指示は理解できなくても、
手を添えてもらって、誘導してもらえば、トイレも、歯磨きも、着替えも、出来ているそうで、
安心しました。


機嫌の良し、悪しは、足が痛いとか、眠いとか、そういうことで決まるのじゃないだろうか。
とにかく、機嫌をみて、良い時を見計らって、行動して頂いているということは
たいへん、ありがたいことです。



みつこさんは、もう、ここで馴染んで生活していけると確信が持てました。
親しいお友達はできないけれど、それはもう仕方がない。
介護士さんの誰かでも、お気に入りの人ができればいいなと思いますが、
恐らくみつこさんには、介護士さんのお顔も識別できていないことでしょう。


今、みつこさんが住んでいる世界は、一体何色のどんな世界なのでしょう。
今という一瞬だけが存在する世界。。。
少しでも、日々が、不安なく、不快なく、平静であってくれればと願います。

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今日はみつこさんの所へも行かないし、夫はゴルフにお出かけで、フリーな1日となりました。
こんな日こそ、頑張って何かをと思うのだけど、それも気持ばかりで、まだまだやる気のみなぎる日常にはなりません。

少しづつ、焦らず、自分の日常を立て直していきたいと思っています。

まずは健康からということで、
乳がん検診と、子宮がん検診を、よしおさんの内科受診中の病院で受けてきました。
それから、みつこさんのかかりつけだったクリニックで、基本検診、大腸がん検診、胃がん検診の結果を聞いてきました。

基本検診では、
・尿にちょっぴり鮮血反応がありました。
・心臓肥大がありました。
・胃は、これは、ずーーっと前から同じなので、そのまま経過観察ですが、胃下垂と軽い胃炎。
・脊椎が側湾しています。恐らく高校生くらいの頃からの古いものだそうで、腰痛、肩こりなどが日常的にあるのだろうけれど、どうするというものでもないそうです。

ということで、全体的には、上出来でした。

自分の健康にも気を配る余裕ができたことは、大いなる進歩です。
母が在宅だった時は、尚更ですが、今、父ひとりでも、もしも私が1日でも健康を害したら、父の生活は即、崩れますから。

まだまだ、私の肩には、重荷が乗っているようなものです。

メンテナンスしておかなくては・・・なりません。


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今日のよしおさんは、朝に寝て、昼に寝て、夕も寝て、と寝て寝て生活でした(今日に限らないけれど)
朝、1日の薬と朝食の用意と、猫のご飯と雨戸あけをしに隣へ訪問すると、よしおさんはいつものごとくしっかりお休み中でした。

ほんとは、息をしているのか確かめたい気分ですが、台所の様子をみて、夜食が食べてあったりすれば、まずは大丈夫だろうということにして、起さないで、そのまま帰ります。

朝食を食べに起きてきそうな時間に、再度訪ねて食べるのを見守ったりしていたのですが、最近は少しおさぼりして、そのままで、今日は上記の病院へ出かけてしまいました。

お昼ご飯の用意をしに訪ねると、まだ、お布団の中でした。
でも、朝ご飯を食べた形跡があり、薬も飲んであったので、よしとして、声をかけませんでした。

夕方、日が落ちる頃に、外から雨戸を閉めながら中を覗くと、また、寝ていました。。。
そのまま声をかけずに、電気をつけて、猫のご飯を与えて、帰りました。

流石に、夕飯は、声をかけて、食べてもらいながら、少しはお話しようと思いました。
声をかけると、「一体今何時?」という感じでしたが、起きてきてくれたので、今日初めてお話することができました。

そこで、明日の「脳の健康診断」の話を持ち出すと、色よい返事を返してくれました。
明日は行けるかな?行けるといいな。。。過剰期待はやめようかな。

食事中、一緒に居れば、何気に話ができます。そうすることが是非必要なんだと思う。
お医者さんに診て貰うことも大事だけど、家でのフォローなくしては、ボケ街道をまっしぐらになってしまったって不思議はないでしょう。

悪い娘だとは思うけど、でも、ほんとは、なかなかそれも辛いです。
でも、極力頑張ってみます。

そんな話の途中で、音楽の話が出て来て、(よしおさんは今、唯一の趣味が音楽CD鑑賞です)ブーニンの話などをした後、
「ピアノの生徒は来てるの?」って聞いてくれました。

ピアノを自宅で教えていたのですが、よしおさんの入院以来、止めてしまいました。
やれなくなってしまいました。
よしおさんが退院するのと同じくして、みつこさんの認知症が進行してきましたから、家で仕事をすることは困難でした。
「お母さんが、たいへんで、やれなくなってしまったから。」と答えると、
「悪かったね」と、衝撃的な言葉を返してくれました。

こう言う時は、胸にググッと迫るものがあります。

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みつこさんを訪問してきました。
今日は中庭を通って、直接3階へ上がって行ってみました。
みつこさんは、ちょうど今から朝食を始めるところでした。
11時近かったと思うので、大分朝寝坊したみたいです。
みつこさんがご飯を食べている間にお部屋に入ってみると、お布団がありません。
シーツも変わっていたし、どうやら、お漏らしのようでした。

今日はお部屋にエアコンも入っていたし、本人はトレーナーも着せてもらっていたし、下着も長袖を着せてもらっていましたので、これなら寒そうではありません。
介護士さんに、「お漏らしだったのかしら」と聞いてみると、
「早朝には、パンツが濡れてる感じだったけど、起きてくれないので、無理に起さず、そのままにしておいて、後で、目を覚ましてくれてから、ふたり体制で着替えをしました。」と教えて下さいました。

みつこさんは洗濯物が多くてたいへんですが、介護士さんたちがやって下さっているので、お願いしています。
介護士さんがふたりがかりでやって下さっていることを、私ひとりで奮闘していたのだなと、あの頃のことが遠い日のことのように思われました。

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昨晩は確かに「(物忘れ外来を)受診する」とよしおさんが自分で言いました。
それを受けて、今朝、予約を入れようと電話をすると、やはり、今日は一杯でした。
私が留守番で、夫が付き添って行くというのでないと本人は納得できないので(それでも出かけられるだけ上出来ですが)、いつでも予約できると言う訳にはいきません。
一旦電話を切って、夫の都合に合わせて、日を選んで予約を取り直しました。

後で、よしおさんを訪ねて行くと、案の定、「私は頭はなんともないから、そんなとこへは行きたくない。」と言い出しました。
予約を取ったことは伝えておきましたが、さて、その日に受診できるかどうかは、その時にならないと何とも言えません。
難しいだろうなって思う。
コウノ先生のブログには、家族の本気があれば、受診できると書いてあったけれど、そうするとうちは本気がないってことだろうか?
そうかもしれない。私が弱気だもの・・・。

よしおさんの場合は、アルツハイマーでも、脳血管性でも、レビーでも、何でもない。老人性というものなのだろうとは、想像がつくので、それに妄想も今は治まっているし、、、と私は私の気持ちを諦める事ばかり考えてしまう。

無理じいして、また、妄想が出てくるのが怖い。受診しても、画期的な結果が出るとも思えないということもあるかもしれない。

兎も角、諦めず、何度ドタキャンしたとしても、繰り返し勧めてみようとは思っている。

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今朝は11時過ぎに訪ねて行くと、お部屋にもいないし、ロビーにもいない。
トイレでもないし・・通りがかった看護師さんにお尋ねすると、介護士さんに聞いて下さって、「お風呂ですよ」と教えて下さいました。

みつこさんを待っている間に、お部屋の中の気になった部分をあれこれ直しました。

みつこさんは自分では何にもできないので(できるかもしれないけど、過保護にして何もさせなかったので)着替えなど、全部介護士さんたちがやってくれています。しかし、何人もの人が交代で入ってくれているので、洋服があっちへ行ったり、こっちへ行ったり、夫々がばらばらに収納ケースに突っ込んでくれています。
なので、収納ケースに洋服の仕分けがしやすいようにラベル貼りをしました。

布団に防水シーツが剥き出しで着けてあって、その上に直に寝ているのが気になっていたので、タオルシーツを持って来て、防水シーツの上からかけました。

そうこうしているうちに、車椅子に乗って、戻ってきました。お風呂なんて、すぐそこなので、ほんとは歩いて連れて来て欲しかったんですけど、なかなか言えません。上手に言葉にする方法を考えなくては・・と思案中です。

着せてもらっている洋服が、長袖の薄手のTシャツの上に、厚手のベストだったので、これは寒いよねと思って、これだけは思い切って介護士さんに伝えました。
でも・・上手く言えなくて、「暖房が入っていますし、今日から床暖房も入りますから・・」と言われて、「自分では暑い、寒いも言えないので、様子見て重ね着させて下さいね」とお願いするに留まりました。

夜の室内のエアコンだけは、調節して頂く様にお願いして、「明け方の冷える時には温度を上げるようにしています。」と聞く事ができました。
ミルクココア

今日は、珍しく、お風呂から戻ってから、お部屋で過したので、自販機のミルクココアを買ってきて、渡しました。半分づつしようかなと思ったけど、コップが見当たらなかったので、「みつこさん、先にどうぞ。」と、缶ごと渡すと、「美味しい、美味しい」と言いながら、全部飲み干しました。
そんなんなら、今度からおやつも持って行って、一緒に食べようと思います。

同じユニットの他所のおとうさんは、介護士さんに御寿司を買ってきてもらっていました。
そういうこともありなのねぇと、まだまだ知らない事がいろいろあって、みつこさんは何も言えないわけだから、私が良く見て、学んでいかないといけないわ。

お部屋の片付けをしている時から、何だかお漏らしの臭いがして、変だなぁ~と思っていましたが、ゴミをぽいっとゴミ箱に捨てて、びっくり。
ゴミ箱の中におしっこがしてありました。看護師さんに見せると、「この前のコップにおしっこが入れてあった時以来ですねぇ」と、珍しいという口ぶりでした。
みつこさん、ゴミ箱に座るのが好きなので、見つけると座っちゃうのかな。

なるべく、訪ねてこれる時は、1時間くらいは居る様にしようと思っています。
今日は、「どこへ行くの?」と問うので、「ちょっと出かけてきます」と言って帰ってきました。
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今年の3月のみつこさんの入院から、私たち一家の生活は激変してきました。
私自身も心身共に鍛えられ、強く逞しくもなってきたと自負しています。
でも、危ういところ寸前の状態で、自分の体にも後遺症みたいなものが残っています。

4月頃から、体中が痒くて痒くて、ぽりぽり~~~
そのうち治ると思っていたけれど、治まったと思うとまた出てきてを繰り返し、とうとう今日まで続行中です。
どうやら、アトピーが定着してしまったようで、飲み薬とステロイドの塗り薬の常用者になってしまっています。

ネットでチラッとみていたら、原因から絶たないと治らない・・・って書いてありました。
みつこさんが施設に落ち着いてくれたので、ひとつは頭を抱えたことが一段落したし、気分を変えて、睡眠を充分とったりしないといけないみたい。

ほんとは、今日は、ふたりのことを、いろいろ書きたいと思っていたけれど、これからお風呂に入ると、またまた夜更かしになってしまうので、今日はやめます。では、また。

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よしおさんに対する働きかけで、今、懸案事項になっているのが、施設へみつこさんを訪ねて行く事と、物忘れ外来を受診すること
どちらも、根気よく言い続けているのだけど、なかなか色よい返事がもらえません。
「一度行こうかね。」とは行ってくれるのに、具体的になると拒否されてしまいます。
みつこさんのことも、先回の鍼治療の帰りに家によってから、「これからも、鍼の帰りに寄ってくれればいい」という事に定着しそうです。

と言う訳で、今日も、鍼の帰りに家に寄りました。
鍼が終わったところで、よしおさんに帰るコールをしておくと、家に着いた時には門のところで待っていてくれました。
今日も車の中でランデブー(何と言う時代遅れな言葉?!)、みつこさんの反応はそっけないもので、何だか切ない感じがしました。
鍼からの帰りの車の中で「今日はおとうさんに会っていこうね。」と話し掛けると、にかぁ~と笑ってくれたのですが、いざ、会ってみたら、別に何の感慨もないみたいでした。
でも、きっと心の中では、「この人、知ってる人だ。」って葛藤していたのではないかしら。

みつこさんの歩き方も、とっても小股のすり足になっています。
施設に入って、生活に馴染む事に一生懸命でしたが、なかなか、介護士さんたちに手を取って、歩いてもらう事まではできません。恐らく、食事に出て行くだけでも車椅子を利用している状態ではないかと思う。
家に居た時は結構歩いていたので、まだ歩けていたのだと思う。これからの私の仕事は訪ねて行った時だけでも、一緒に歩くことではないかと思っています。
でも、一生懸命やっていても、少しづつ歩けなくなって行くのでしょう。少しでもその日が後になりますように。

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今日は内科受診日でした。
ちょっと遅れて慌てて飛んで行くと、
ちょうど、介護士さんふたりに送られて
エレベーターに乗り込むところでした。
私は階段を3階まで駆け上がると、
何だか賑やかなみつこさんの話し声が聞こえてきました。
思わず、にんまりしてしまいました。

先回の心電図も異常なく、
今日の採血も、貧血も大したことなく、
栄養状態ももう少し・・・ということで、
全般には今はまあまあの状態。
でも、血圧など、急変ありなので、薬は欠かせないとの事でした。

認知症の年寄りのわけのわからない話も
ちゃんと聞いてくれる先生で、
この先生に変えて下さった看護士さんに感謝です。

2時から4時過ぎまで病院に居て、
よく我慢してくれました。
施設に戻って、遅れたおやつを頂きました。

日が暮れてくるので、きがきではなく、
早々に帰ろうとすると、
何だかわからないけど、抵抗されました。

ごめんね。今度は明後日の鍼ね。

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昨日、みつこさんが9月一杯まで通っていたデイサービスの主任さんにご挨拶を兼ねて、9月分のお支払いに行ってきました。

そこで、ほんの短時間でしたが、みつこさんの様子から施設の事まで、いろいろをお話できました。

デイサービスSの主任さんは、認知症の老人の心を上手に掴んでくださいました。1年半の間にどんなに助けて頂いたかしれません。
あんなにガンコで、「出かけない」と言い出したら、てこでも動かないみつこさんが、この主任さんにベッドサイドまで迎えに来てもらえば、起き上がって出かけて行きました。

詳しくはわかりませんが、施設で介護士経験あり、老人病院での介護士経験もあり、その後に独立してデイサービスステーションを立ち上げられたようです。

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さて、いろいろなお話とは・・・

みつこさんが施設入所当初は、1日中、息抜きの時間のないことの連続の日々から解放された、安堵感、開放感で、肩の力が一気に抜けました。
同時に、施設の介護士さんたちにうまくバトンタッチすることにエネルギーを注いでいました。

それが軌道に乗ってきて、施設の方から「頑張ってやっていきますから、任せて下さい・・」という意味のことを言われて、肩の荷が下りると同時に、寂しさが押し寄せてきて、大切なお仕事を取られたような気分、みつこさんを取り上げられたような気分というか、もぬけの殻症候群。。。

そんな私の心の葛藤を言い当てられました。

お正月明けくらい、入所して3ヶ月くらいしたら、一度家に連れて帰りたいなと思っていると話すと・・・

「3ヶ月とか、お正月とかは、区切らない方がいいのじゃないだろうか?」ということでした。
みつこさんにとって、施設がほんとに自分の居場所になってからの方が良い・・でないと、一旦家に戻って、それから施設に戻った時に、また、落ち着かない状態に戻ってしまい、かえって可哀想。
お昼の間、家に戻るのはいいけど、家に泊まるのは、施設が帰るべきところになってからの方が、みつこさんにとっては幸せだって彼は言いました。

家に帰ってきても、「そろそろ施設に帰らなくちゃ」と思えることが、みつこさんには幸せだって・・・。
それを寂しいと思うのは、家族の身勝手な気持。だったら、施設に入所させなければ良いということだものね。

とりとめもなく、話は飛ぶのですが・・・

みつこさんが、帰宅願望が今もあるということは、それだけ、まだ、しっかりしているということで、良い事だと思う。
だけど、わからなくなって、施設がほんとうに家のようになることが、みつこさんにとっては幸せかもしれない。とそんな話が上記の話の前にありました。

そうそう、施設入所は、わが子を嫁に出したようなもの・・・という話もありました。
私の今のもぬけの殻症候群は、愛娘を嫁に出した母親の気分だって。
幸せにやっていてくれたら、それで良いのだって。

それから、預けたら預けっぱなしの家族もあるけれど、できることなら、しょっちゅう顔を見せて欲しい。わからないなんてことは、絶対にないから。

今、思い出せることはこんなことです。
また、思い出したことがあったら、書いていきます。

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急に冷え込んで来たので、みつこさんにセーターを持って行きました。
今日はちょうどお昼時になりました。
介護士さんたちも、入所者さんたちの中で、一緒にお食事中でした。
みつこさんは、ひとりだけ別テーブルで、ひとりで食べていました。
寂しそうな感じがするのだけど、本人はそうは思っていないようなので、それでいいのでしょう。
副食がかなり残っていましたが、「もういらない。」と食べようとしませんでした。

なかなか歩く機会がなさそうなので、私が行った時だけでもと思い、ちょっと歩こうかと誘ってみると、乗ってくれました。
手をとって、ゆっくり歩き出すと、トイレの前で「行きたい。」と言うので、トイレ誘導しました。

と、見ると、パッドに便が付着しているので、介護士さんにお願いすることにしました。
みつこさんに、そのまま待ってと声かけして、介護士さんを呼んできました。
お手伝いした方がいいのか、どうかなと思いましたが、私は外に出て、外で聞き耳立てていました。

たまたま、今日は、だったのか、それとも、介助されるのに慣れてきたのか、とても上手に介助されていました。
介護士さんも穏やかに、丁寧に話し掛けて、パンツも取り替え、お尻もきれいにしてくださっていました。

さすが、プロって思いました。
よかった、よかった。

施設にお願いした以上、みつこさんが施設に馴染むことを望まなくてはいけない。
私のことを忘れても、私が寂しくても、みつこさんが施設で落ち着けたならば、みつこさんにとってはそれが幸せではないかと思う。
それを望むべきなんだよね。

葛藤してます。私。

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みつこさんの先生が開業されて、週2回、午前中に物忘れ外来があります。
ここなら、精神病院とは全然違うし、何とかよしおさんを連れて行きたいと思い、説得を始めました。

兎に角、忘れる事なら天下一品。
たとえ昨日「是非、診てもらいたい」と本人が言ったからといって、そのまま信じる事はできません。

明日が火曜日で物忘れ外来の日なので、早速頑張ってみましたが、どうも乗り気じゃありません。
先日は結構、乗り気だったのに、今日は「行きたくない。」「まだ、ボケていないから。」と言っておりました。
こうなったら、ちょっとひいた方が良さそうです。
ごり押しして、「何でそんなに家から出したいのか?」「盗むつもりか?」って、またなりそうです。

みつこさんとの先日の対面のことも、ずるずると出てきました。
「一度、施設へ訪ねてみましょう。」と、事有る毎に言っていたら、
「先日会った時、ちっとも嬉しそうじゃなかった。」
「もう、何もわからないのか?」
などと、今日は冷たい言葉が続き、
「施設へは訪ねて行く気になれないから、また鍼の帰りにちょっと寄ってくれればいい。」
と変なふうに波及してしまいました。

物忘れ外来の受診と、みつこさんの施設への訪問、
どちらも気長に、でも弱気にならず、いつか実現したいと思っています。

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2度目の退院後、2007年5月24日にグループホームへ入所しました。
が、ここは1週間の滞在でで退所することとなり、再び在宅介護が始まりました。

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■2007年5月9日から5月24日まで、誤嚥性肺炎で入院していましたが、経過良好で、無事退院の運びとなりました。
胃潰瘍での入院の時と同様に、退院と同時に施設へ直行することにしました。

みつこさんは、何が何だかわからないまま、グループホームMへ直行となりました。
グループホームへ到着し、みつこさんはお昼ご飯を頂いている間に、私と夫は荷物をまとめました。
荷物をまとめ終わると、この時に始めて、契約と言う段取りになりました。

さて、いざ、契約、今日から入所という段取りになって、かねてから疑問に思い、心配していた事を全部解消しておこうと、非常口の施錠のこと、室内の階段のこと、部屋の窓のこと、廊下の窓の事等々、理事長さん、施設長さんにお尋ね致しました。

すると、施設長さんが、一気に爆発されてしまいました。
「非常口からフラフラと徘徊する人、階段を階段と認識できない人、そういう人はうちではみることはできません。」
「ここは、共同生活の場なのですから、意思疎通の出来ない人は入居していただく事はできません。」
「どうしても、と言われるのなら、一筆入れて頂かなくては、お受けできません。」
「今からでも、お話はなかったことにして頂いて結構です。」と、立て続けに言われました。

理事長さんの「兎に角一度試してみましょう。」の言葉に、契約はする運びにはなりましたが、前途多難な船出となりました。この時点で私の気持ちは半分は決まってしまったように思います。
そして、この日から、毎晩夜は同室に寝泊りして付き添って様子をみることにしました。

■その日は、契約後、みつこさんをひとり残して、一旦家に帰りました。
夜、8時頃に、泊まり込み体制で、訪ねて行きました。
みつこさんには、2階のユニットの方が合いそうだという事で、1階から2階のトイレに一番近い部屋に変更して下さっていました。
日勤の介護士さんは既に姿がなく、夜勤者が2階に上がるまでの間、理事長さんがみつこさんの介助兼見張りをしていて下さいました。
私が夜訪ねて行った時の最初の一言が「これまでで、最悪の入所だっ」でした。
「この人、大声を出しよる。薬があわんのじゃないか。」と続きました。
何という、デリカシーのない言葉かと、悲しくなりました。この時点で、私の心は、すでに3/4くらいは、「ここは止めよう」という気持になってしまいました。

■施設長さん(理事長夫人)は、ご自分でもおっしゃったように、いざ、入所するとなれば、介護士さん一同にみつこさんにしっかり目配りするよう話して下さり、「できる限りのことはします。」と約束をして下さいました。
事実1週間の滞在の間、介護の方たちも、精一杯のことをして下さったと思います。しかし、今から思うと、小さな単位のグループホームは、経営が非常に大変だという事、なかなかぎりぎりの人数しか人手を置くことができないこと、規模が小さいだけに、人手に変わる道具(センサーなど)をいろいろ揃えることも大変だという事などがわかりました。

また、規模の小さいグループホームでは、家族からの希望、質問、お願い、全てが直接経営者に相談する事になり、ここで、言葉の行き違いなどで、うまく合わないことがあれば、それが全てに影響し、たいへん気まずい状態になります。

■さて、最初の1週間ですが、私の気持ちのうち1/4くらいは、淡い期待を持って、グループホームでの生活をスタートさせました。
初日こそ、理事長さんをして、「最悪の入所」と言わしめましたが、施設の方たち全員がみつこさんに集中して下さっているのはよくわかりました。

みつこさんも、最初の日は、2時間おきくらいに起きてトイレ誘導しましたが、トイレから戻ればまた眠っていましたし、だんだん起きる間隔も長くなり、最後6~7日目頃には、明け方まで一度もトイレに起きない事もありました。

お昼の様子も、「トイレ以外で排泄する」「人の部屋に間違って入る」などの行動はありましたが、帰宅願望もなく、食事も摂れているし、散歩も連れて行ってもらっているし、その他には何も問題はありませんでした。

ただ、「私が夜間付き添っていなかったら、どうなったか」それを試してみる勇気が出ないまま、不安な気持ちがあるのに、それを話し合って解決できないなら、ここは止めよう。
止めるなら、早い方がいい、長くなってから、止めてはみつこさんも戸惑うし、やり直しにも時間がかかる・・と、兎に角、止めようという気持に一挙に傾いて行きました。

グループホームにとっても、意思疎通の難しいみつこさんは、たいへんなお荷物であったことと思います。
家族の方からすれば、問題行動を話し合って解決策を考えてもらえないこと、そして最大の不信感は「念書」の提出を要求されたことでした。
きちんとみて貰っていれば、たとえ事故があって怪我をしたとしても、そのことで施設を訴えたりするつもりは毛頭ありませんでした。それなのに、そのことを書面で約束しろと言われたのは、とても悲しかったです。

そんな想いから、1週間目の朝、理事長さんに、話し合いの時間をとっていただくようにお願いしました。
その日の午後、理事長さん、施設長さん、同席の場で退所の希望をお話し、多少の驚きを持って、しかし、すんなりと受け入れられました。

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みつこさんの訪問診療をお願いしている先生が新たに開業されることになりました。内覧会のご案内を頂いていたので、お邪魔して来ました。

みつこさんの入所している施設と設計者さんが同じだそうで、木造の温もりの感じられる雰囲気が似ています。

みつこさんはしばらくは施設の方へ往診をお願いするつもりです。
できることならば、よしおさんを連れて行きたいともくろんでいるのです。

ご専門は脳神経外科なのですが、地域の為に貢献してくださるということで、午前はクリニックで診察、午後は毎日往診に当ててくださっています。
それでも認知症の初診は伺わないと検査ができません。

それとなく、よしおさんに話していますが、今の所、拒否の姿勢はありません。時たま「まだ、頭はしっかりしているから、もっと後でいい」とかは言います。

「認知症は予防しかできないのよ」と言いつつ、プッシュ、プッシュです。
何とか焦らず、年内にも診察にこぎつけたいなぁ~~~。

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ヨーガ療法

2度目のヨガのクラスに行ってきました。
「ストレスに効くヨーガ」というタイトルのクラスなのですが、名前のように、ヨーガでストレスを和らげるのだろうと単純に思っていました。
ところが、今日は先生のお話から、そうではなくて、ヨガを通して、ストレスをストレスと感じない心を作っていくのだということがわかりました。

たとえば、肩こりがある人が、ストレッチをして、肩こりを治すというのとは、ちょっと違う。肩こりの原因となっているストレスを何故それをストレスと受け留めるのかと考えるところから始まるようです。

先生のお話に、最近のNHKの「試してがってん」で、自分にとって腹の立つこと、嫌なことが起きた時に、どう反応するかというような企画があったそうですが、その中で一人だけ、ムカッとしないで、ムとカを分ける事のできた人がいたそうです。ムッとしたけど、カッとしないのだそうです。
その方はたぶん禅宗のお坊さんで、そういう訓練のできている方とお見受けしましたと言う事でした。
そして、ヨガの目指すところもそれなんだそうです。

ですから、いろいろなポーズをして、肩こり解消とか、腰痛対策とかしても、それは単に体のことではなくて、心を治すことになるそうです。
未熟な私には、今はまだわかりませんが、そのうち、心のコントロールができるようになるかもしれません。それができたら、いろいろなことの意味が、もう少しわかってくるかもしれません。



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金曜日は鍼治療の日と決めています。
よしおさんに「今からみつこさんを鍼に連れて行ってきます」と報告すると、
「それなら、帰りにうちへ連れて来て。会いたいから・・」と言います。
一旦は、まだ、止めた方がいいだろうと断ったのですが、よしおさんが、しゅんと黙ってしまったので、会わせてあげるべきかなと思い直しました。
「11時くらいには連れてこれるから、門のところまで来てくれたら、そこでちょっとだけ会えるわ。」とちょっとだけ会ってもらうことにしました。
家に上がってしまうと、みつこさんは、今度は施設へ戻らないと言い出すような気がしたので、家にあがるのは、もうちょっと先に延ばそうと思いました。

施設に到着すると、みつこさんは既にリハビリ用のズボンを着用させてもらっていましたので、そのまま鍼へ直行しました。
愛用の猫ちゃんももちろん連れて出かけました。

鍼が終わって、1ヶ月と9日ぶりの我が家に戻りました。
車が着くと、もう、よしおさんが門のところで待っていました。
みつこさんは車に乗ったままで、よしおさんが車のドアを開けて話し掛けました。
「おかあちゃん、元気だった?」と、感激の面持ちで話し掛けました。
みつこさんは、良くわからないふうなんだけど、わかっているのでしょう。
よしおさんの顔を見て、にこっと笑いました。
そして、自分が車の中の方へ席を詰めて、よしおさんに隣に乗りなさいと手招きしました。
よしおさんも言われるままに、車に乗り込み、ふたりは車の中でしばらく話していました。
話すと言っても、よしおさんが話し掛けるけど、みつこさんは反応が今ひとつです。
でも、でも、わかっているのだと思いました。
よしおさんが手をとっても、されるままにしていましたし、時折、笑顔を見せていました。
私と夫はそっと席をはずして、ふたりだけを車の中に残しました。

時間にして、どのくらいだったかしら。10分くらい?もっとだったかもしれません。
よしおさんが、「おかあちゃん、いつまでも元気で、長生きしなさい。」と言って車を降りました。
みつこさんもそれを止めるわけでもなく、家に帰るというわけでもなく、、、

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昨日のことですが、みつこさんの訪問が2日あいてしまいましたので、ちょっとだけ出かけてきました。

着くとすぐに、ケアマネさんと、生活指導員さんにお目にかかれたので、この前のお薬の疑問のこと、、、「朝、起きられない時には朝食後の薬がお昼にまわる」ということを、大丈夫なのかどうかお尋ねしました。

降圧剤は、あまり午後遅くになって飲まない方がよい、脳梗塞の危険などもおきるから・・・と以前の薬剤師さんから教えて頂いていたからです。

嫌われてもいいから、疑問はひとつづつ解消しておこうと思っているので、朝のおやつ後にでもお薬だけ飲ませてもらえないかとお尋ねしておきました。

「生活指導員さんから、看護師さんに連絡をしておきます」とその場でのお返事は頂きました。

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みつこさんが施設へ移って1ヶ月とちょっと・・・
よしおさんの生活もそれなりのペースが出来てきたと言うか、
マイペースのペースが出来たと言うか、
気ままな一人暮らしをしています。

昼夜逆転とまでは言わないけれど、
お昼はほとんどお布団の中で過します。
寒くなってきたせいもあるでしょうけれど、
早々に電気毛布着用で、食事以外は寝ている日もあります。

朝、昼、夕、と食事を運び、できる限りに一緒に居て話をするようにしていましたが、
時間とともに、それもたいへんになり(たいへんというのは私の勝手な都合かもしれませんが)
以前のように食卓の上に用意して、声をかける(かけないこともあり)生活に戻りつつあります。

よしおさんは気ままな時に起きて、食事をして、また寝てを繰り返しています。
お昼は寝ている割に(だから)夜中は起き出しているようで、
10時くらいまでに食卓に用意しておく夜食(おにぎり、ゆで卵、果物など)や、
夕飯の残りは朝にはなくなっています。

唯一の趣味は・・・レコード鑑賞。
たくさんのCDを聴き始めると次から次へと、今度は時間を忘れて聴いています。
風邪をひかないようにしていてくれれば、寝ているよりはずっといいでしょう。

猫のお世話も気まぐれでしてくれて、
猫はご飯をもらえないと思ったら、
今度は日に5食くらいもらったり、と猫もたいへん。
でも、ちゃんと、フォローしていますから、大丈夫です。

食べすぎで、嘔吐を繰り返すのは、「にゃん吉」らしい。
「猫の草を買ってきて~」と昨日から言われています(気付いたよしおさんから)

おじいさんと猫3匹の暮らし。
何だかとても寂しいと思うけど、よしおさんはどう思っているのだろう。
あまり、考えないようにして、気ままにしてもらおうと思っている。

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グループホーム入所の案内と2回目入院

ゴールデンウィーク直前にショートステイから自宅へ戻ってきました。
1回目入院から、2ヶ月ぶりのことでした。

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家に戻って、玄関を入ると、よしおさんは感激の面持ちでみつこさんを迎えてくれましたが、みつこさんはと言うと、昨日の続きのように、自然に家に上がって行きました。
猫たちの姿を見ると、とても嬉しそうでしたが、後は全く昨日の続きのような感じでした。

さて、それから3日くらいは、家の中の間取りがわからないようでした。
私は両親家に泊まり込み体制になりました。
夜、観察していると、10時頃から、眠ったと思っても、1時間くらいすると、むっくり起きて、どこかへ行こうとします。トイレに誘導しようとしても、素直にはなかなか聞き入れてくれず、手を振り払って別の部屋に行こうとしたりしました。

それでも、1日目よりは、2日目、2日目よりは3日目と言う感じで慣れていきました。
デイサービスも目一杯入れてもらって、何の問題もなく、楽しく行く事ができました。
家に戻ると直に落ち着いて、ショートステイでの大騒動は何だったのかと言うほど、普通になりました。

少し記憶が曖昧ですが、自宅で過している間に利用した介護サービスは、デイサービス(毎日)と、ヘルパーさんによる夕食の準備、介助、片付けのサービス(毎日)です。
みつこさんが入院前とは違って、たいへんな状態で戻ってきているので、ヘルパーさん導入に対してよしおさんの反対はなくなりました。それだけでなく、よしおさん、みつこさん、ヘルパーさんの3人で、食事中も話が弾むようになっていきました。

みつこさんは最初、会話に入れず、また、ヘルパーさんの介助は拒否するところがありましたが、それも少しづつですが慣れていきました。

当時の薬は大学病院精神科からの処方で、抑肝散3包、セロクエル0.3ml、アリセプト5mlでした。
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グループホームからの入所の案内は意外と早く、この連休開けには連絡が入りました。
5月7日、8日は、内科で胃カメラ検査の為、1泊入院の予定になっていましたので、グループホーム入所はその後の11日の予定にしました。

その間、グループホームへは、何度か足を運び、中の様子を再度、見せて頂いたり、理事長さんにお会いして、細かい詰めをさせて頂きました。
その頃から、最初の好印象とは、ちょっと違った、安全上の不安とか、理事長さんのお人柄への疑問などが浮上してきて私の中で、少しづつ膨らんでいきました。

当時、グループホームの方から言われていたことは、
  ■グループホームは認知症専門棟ではない。軽度認知症の人の共同生活の場である。
  ■あまりにも、帰宅願望が強く、いつまでも慣れなければ、考え直して頂くかも知れない。
  ■また、閉じ込める施設ではないから、外への散歩などは極力行きたい。怪我はある意味仕方がない部分も有る。その辺が理解できない方には、何が起きても文句を言わないということを一筆入れてもらいたい。
  ■あくまでも、お試し、、、ということで始めたい。
  ■ここは、あくまでも家庭の延長である。家の離れにいるのだと思って、できるだけ面会に来て欲しい。面会は24時間いつでもOK

というようなことでした。当時はこれらを好もしく思っていました。軽度認知症というのが、当てはまらないけれど大丈夫だろうかという疑問に対しては、それは試してみるしかないというお返事でした。
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連休中の家での生活も無事に終わり、胃カメラの検査の為、5月7日に一泊入院し、夜から絶食、8日の午後、胃カメラの検査をし、胃潰瘍もきちんと治っていること、異常ないことを確認して、当日退院しました。

夜は家で、久しぶりの食事をし、ゆっくり休んでもらいました。絶食の後、急に食事をしたことが悪かったのではないかと今は思っていますが、翌朝、訪ねて行くと、茶褐色の液体を多量に嘔吐していました。
隣の部屋で寝ているよしおさんは何も気付いていませんでした。
その時は、胃カメラで、胃に傷をつけたのではないかと心配して、退院したばかりの病院へとんぼ返りで、早朝時間外受診しました。

結果としては、原因不明の嘔吐による吐しゃ物を吸引したことによる、誤嚥性肺炎を起していました。
またまた、入院生活が始まり、グループホームへの入所は延期して頂くことで了解して頂きました。
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胃潰瘍での入院、退院後のアフターフォローを大学病院の内科に切り替えたのは、認知症の患者にとっては、入院はたいへんなこと、精神科と連携できる病院でないと、薬の点でも思うようにいかないという、先回の教訓を踏まえてのことです。

早速、精神科と同じ病院の内科へ入院する機会が回ってきてしまいました。
幸い、誤嚥性肺炎は順調に快復し、入院期間は約2週間でした。
ここでは、内科入院中にも、精神科の受診日には病棟へ診察に来てもらうことが出来ました。院内での様子をみて、精神科からの投薬も受けることができました。その点はたいへんよかったと思います。

こちらの病院は、つきそいさんを頼むことは、医師の許可があれば可能でした。逆に夜間は誰かについていて欲しいと頼まれました。ここでも前の入院と同様、午前中は家族がついて、午後と夜間はつきそいさんを頼みました。

病院の対応を比較してみると、良い所、悪い所、夫々様々でした。
前の病院は、付き添いは家族で24時間して欲しい、その代わり、ただ見ていてくれて、用事があればナースコールをしてくれれば良いということで、実際、とてもきめ細かく看護、介護してもらえました。
清拭、歯磨きも、若い看護師さんが毎日してくれました。トイレ介助も手伝ってくれました。
悪い点としては、精神科の薬がどうしても変えてもらえなかったこと。内科で管理していて、融通がききませんでした。

引き換え、大学病院の方は、薬の点では、精神科が独立して、みてくれたので、その点は良かったのですが、看護師さんの忙しさが上回っていて、看護も介護も、ほとんど何もしてもらえませんでした。
ナースコールをしても、緊急じゃないと「はーい」と返事ばかりでした。清拭も見た覚えがありません。シャンプーもなし、看護師さんの申し送りも上手くなくて、誰かがついているということがわかっているので、何もしてもらえないままでした。
良かったことのひとつは、パジャマが借りられたので、みつこさんの場合、日に何度パジャマを汚そうと、布団を汚そうと、一定の料金で、何度でも替えてもらっていました。

どちらの入院の時も、絶食期間が長く、それが解かれてからの、排便のリズムが狂い、排便の介助がたいへんなことになりました。この頃から、排便時に手や身体を汚すようになり、介護の転機を迎えました。

ちょうど、そうして、排便の後始末で大騒動をしていた時に、間が悪い事にグループホームから、施設長さんと看護師さんが面接に出向いて下さいました。排便後の大騒動の時は、当然ですが、機嫌が最高に悪く、人と会うなんてトンでもない状態です。ちょっとびっくりされたようで、みつこさんをベッドに残して、私が廊下へ出て、お話をしました。(続く)
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今日はみつこさんの認知症の往診の日でした。
先週の金曜日の鍼以来の訪問になりました。
午後4時前に訪ねて行くと、ひとりでテレビの前に座っています。とんとんと肩を叩くと、「あらっ」という顔をしましたが、「久しぶりね」と言うわけでもありません。

何とも不思議ですが、時間の観念からも解き放たれているので、前に何時会ったかなんて、感覚がないみたいです。
私のことを、「誰」なのかもわからないけど、介護士さんのひとりと思っているのかもしれないし、見知ったよく知った人と思っているのかもしれない。

私のトイレ介助もすんなり受けてくれて、「こうやって、介助してもらって、受け入れるようになっているのだな」って、自然に感じました。
昨日も、一昨日も会わなかったとは思っていないみたいなので、内心ほっとしました。

診察(薬の調整だけですが)の時には、看護師さんと、介護士さんも立ち会ってくれました。
今日も、利用者さんのひとりといざこざして、掴みかかるようなことがあったらしいのですが、施設の方たちは皆さん口を揃えて、「特に困るようなことはありません」とおっしゃいます。

嫌なことをすると(排泄の介助、着替えなど)怒って叩く事はあるけど、すぐに気分が変わるし、それは不穏とは言わないものね。。。ということでした。

洗濯物干しにつるしてあった、干し柿は皆でおやつに頂いたようです。
生活記録に「美味しいと言って食べた」と書いてありました。

看護師さんの言葉から、ずいぶん、施設での生活に馴染んできているのが感じられました。
それと同時に、介護士さんたちから、可愛がられ始めているのも、何となく感じられて、幸せな気分になりました。
診察の合い間も、みつこさんはテレビを見ながら、無心に笑っていたりしていました。それが不自然ではなくて、だんだん、ここの人になりつつあるのだなと思い、嬉し、寂しの気分です。

先生も「良いところに入れてよかったね」っとおっしゃっていました。先生も私と同じように、みつこさんの変化を感じて下さったのだと思います。

薬はすったもんだの相談の末、今まで通になりました。

抑肝散:3包/日
セロクエル:25ml、1錠/日
レンドロミン:1/4錠/日

サプリメント:フェルガード 2包/日
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よしおさんの食べる物は、ほんとにこれとあれと・・みたいにとても限られています。
限られたものしか食べない、ものすごい偏食です。
特に野菜は絶対と言っていいほど口にしない。
身体に良くないことはわかっていますが、もうじき89才という年齢。
もういいでしょう、、、と私は思っています。

好きなものは・・・
すき焼き、カレーライス、ハヤシライス、鰻丼、お雑煮、かきフライ、ぶり大根、ポトフ、ステーキ、そして、駅弁の「峠の釜飯」

こうして、列挙してみると、野菜の入っているものもありますね。
シチューとかカレーライス、ハヤシライスに入っている野菜は食べる事ができるので、「その手ですねっ」てヘルパーさんと話しています。

上記の好きなものを、ぐるぐると、回転させて行く事にしました。
目新しいものがなくても、飽きたりはしないみたいです。

蛇足になりますが、お雑煮はヘルパーさんには調理を頼めないことになっているそうです。
老人の喉詰めの原因のトップではないかと思われますものね。一度ヘルパーさんにお雑煮を作っていただくようにお願いした時に、すまなそうにそう言われました。
「では、私の責任において、私が作って、食べてもらいます。」と申しました。

さて、昨晩、夫が新聞ちらしを抜き出しておいてくれました。
スーパーの広告ちらしに駅弁大会がありました。「峠の釜飯」「峠の釜飯」とお念仏を唱えていたのを覚えていてくれたみたいです。
早速、今朝、そのスーパーへ買い物に行ってきました。上手い具合に「峠の釜飯」を買う事ができました。なかなか評判が良くて、売り切れてしまうとしばらく待たないと手に入りません。
と言う訳で、今夜のよしおさんの夕食は「峠の釜飯」でした。


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2007年4月、胃潰瘍が軽快して退院後、ショートステイで過して居た時のことです。
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病院へ入院時、かかりつけの精神科の薬は病院が異なるため、全てストップになりました。替わって、入院中の病院で安静を保つ為、不穏状態を落ち着かせる為に、別の薬が処方されていました。
それは、リスパダールとグラマリールでした。1日3度処方され、お昼の間はとろとろ、なのに、逆に夜は眠らないで、廊下を歩いたりするので、夜にはとんぷくとしての睡眠薬も処方されました。その為に、午前中は眠り続け、午後の2時頃にやっと何とか目覚めているという、昼夜逆転の状態でした。
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退院時にも同じ薬が2週間分処方されましたが、1日も早く、朦朧とした状態から脱して欲しかったので、私の勝手な判断で、全て止めてしまいました。
2007年4月4日に退院すると、その足でショートステイ先へと向いました。病院入院時の初期には帰宅願望が激しく、出て行こうとするのを止めるのがほんとに大変でしたが、退院時には既に家が分からない状態で、ショートステイに移っても、「家に帰る」と言う言葉は出てきませんでした。

このショートステイは認知症専門と言う訳ではありません。一応、1階は認知症状のない方、2階が認知症の症状のある方という風にわけられてはいました。みつこさんは2階の看護詰め所の正面の部屋にして頂きました。

病院の様に、付き添いさんが居るわけではないので、夜間が2時間おきに見回りはあるものの、ひとりの時間が長く、すぐに問題行動が始まりました。
夜、寝付けない、寝付いてもすぐに目が覚める。室内に洗面台とトイレがありましたが、水を流しっぱなしにする。トイレの蓋をガタガタ鳴らす。床暖房のスイッチをがたがた言わせる。トイレの蓋にガムテープを貼って使えなくされると、トイレを探して外へ出る。他の利用者さんの部屋へ入る。詰め所へ侵入する。食堂の椅子を引っ張って歩く。。。等等。
でも、こういった困った行動も、みつこさんにすれば、理由のあることばかりでした。

1日1回はお昼に訪ねるようにしていましたが、「昨晩は眠れた。」「昨晩は眠れず、たいへんだった。」と1日おきに一喜一憂するような状態でした。
薬はもとからのかかりつけの精神科で相談し、アリセプト、抑肝散、セロクエルを処方されていました。飲み始めてすぐに効果が現われるわけもなく、認知症への対応に詳しい介護士さんもいないようで、「困った、困った」と言われながら、日が過ぎました。

ここでの対応のまずさが、みつこさんの不穏に輪をかけてしまいました。一生懸命みて頂いていたことは充分理解していますが、認知症の症状に対応するためには、専門の知識を持った人でないと難しいということがよくわかりました。
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ショートステイに滞在しながら、本格的にしばらく落ち着ける所を探していました。
老健で2ヶ所、まあまあと思えるところをみつけてはいましたが、どうしても、決心のつかないところが、私の心の中にありました。

①老健では、健康保険が使えません。老健独自の医療で、医療自体はおまかせすることになります。
薬の持込は可能ということでしたが、他の医療機関にかかることはできません。アリセプトなどの高価な薬は出ません。薬を持ち込むと言っても、入所前に医療機関で出してもらった薬を持ち込むことは可能ですが、それ以上に続ける事はできません。

②認知症の軽い人、重い人で、棟がわかれているところがほとんどです。みつこさんの場合は重い方になります。階で鍵がかかり、他の階への移動は出来ません。閉じ込められているというイメージは強いです。
また、お昼の間はロビーに出されて、お部屋には戻れないように、部屋には鍵がかかっているところがほとんどでした。
お昼に寝てしまうと、夜眠れないからと言う理由が多かったように思います。

お昼にもお部屋で休んでいる人のいた老健が、まあまあと思えた2ヶ所です。

③認知症棟ということで、生活がかなり制限されているところが多かったです。
個室に入れるところは少なく、入れても、問題のある人が入るというところがほとんどでした。
荷物は、原則的に、何も部屋に置かない。職員が全部預かるというところと、着替えくらいは身の回りの収納スペースに置いても良い所とありました。

①②③の状態に、どうしても「これで良い」とも、「仕方がない」とも、思えず、決心しかねている頃、グループホームMの話を耳にしました。

グループホームは認知症であることが入所の条件なのですが、認知症は軽度で、共同生活ができなくてはいけません。介護度で言うと3がリミットとうたっているところがほとんどです。
グループホームMだったら、みつこさんでもやっていけるかもしれないと聞き、兎も角、一度見学をさせてもらおうと訪ねていきました。
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訪ねて行ったグループホームMは、9人×2ユニットの18人の認知症の人のお家でした。
理事長さん、施設長さんご夫婦が住み込みで、介護士の人数に入っていました。
1階と2階の2ユニットで、鍵がかかっているのは、玄関のみ。後の移動は自由です。トイレは各階2ヶ所。洗面所は共同。お部屋は個室。食事はできる限り皆で一緒。席は決められて、椅子に名前がついています。
お庭にベランダもあり、そこでおやつを頂いたりしています。
こじんまりとしているので、とても家庭的で、理事長さんをお父さんとした、大家族のようでした。

お話を聞きに言ったその日に、仮契約と言うか、入所の予約をすることに成り行きでなってしまいました。家庭的な雰囲気が、老健とは打って変わって新鮮で、こういうところに入所させたいと、躊躇いもなく、お願いすることにしました。
しかし、その時点でも、空きができるのにはどのくらいの時間がかかるかは未定だと言われました。
予想としては半年くらいだろうか、それまで、ショートステイで繋いでいけるだろうかとか考えていました。
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その頃、ショートステイでの生活は、慣れるどころか、日に日に、不穏度が増してしまいました。
お昼の間にも、他の利用者さんに因縁をつけたり、目が合うと「何故、見るのか」と怒ったり、掴みかかってしまったこともありました。ステッキも振り回すからと取り上げられました。
大声、暴力、と思ってもみない言葉を聞くことになりました。
それでも、「お昼の間は目があるので、まだ良いのですが・・・。夜間が困ります。」と、訪ねて行くたびに言われるようになりました。

トイレを探して外へ出る。他の人のお部屋に入って、中で排泄する。自分の部屋のベランダの戸を開け、外へ出る。他の人の部屋の扉をどんどん叩くからと、自分の部屋に閉じ込められたこともあり、その時は中から扉を叩いて、その音に負けて扉を開けた。「昨晩の介護士は、くたくたです。」と言われたり、「どうしたら良いでしょう?」と相談されました。
一度はお昼に、非常階段の鍵を開けて、外へ出て、車の通る道路まで出てしまったこともありました。

このままでは、どうにもならないと判断して、夜間泊り込むことになりました。補助ベッドを入れてもらい、同室に休みました。見ていてわかったことは、夜間にトイレに起きて、方向が分からず、ベランダを開けようとしたり、外へ出て、お風呂へ行こうとしたり、全て、トイレの場所がわからないから起きることなのだとわかりました。
私が同室に泊まって、起きた時にトイレ誘導すれば、問題なく、また、眠ってくれました。
私が泊まりこんだ3日間は、何事もなく無事に過ぎましたので、1日だけ付き添いさんを頼んでみましたが、その時は「あなた、誰なの。出て行って。」と、不安をかけ立ててしまいました。
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ショートステイ滞在中に一度だけ、自宅へ戻り一泊しました。自宅に戻ったのは2ヶ月ぶりでした。
自宅でも、ショートステイと同様に、トイレの場所がわからないし、夜も眠れなくて、見ていると、1~2時間おきに、布団から出て、あちこちうろうろしていました。トイレ誘導すればまた、布団に戻るをいうことを繰り返して朝を迎えました。
自宅で一泊した翌日、ショートへ戻る前に、約束のグループホームへの本人の面接に連れて行きました。この面接時にショートでの不穏な状態をお話しましたが、面接では、本人がかなりリラックスしていたので、「やってみましょう」と、前向きなお話になりました。

ショートステイ滞在3週間を迎え、ちょうどゴールデンウィークに突入で、この間はショートステイは予約が取れていませんでしたので、それより2日程早めにショートステイを切り上げ、自宅に戻ることにしました。
この時点では、ゴールデンウィーク開けには、また、ショートステイに戻る予定をしていました。
自宅での滞在もどうなることか、どうするか、私自身は不安な気持でした。
みつこさんは、家に戻っても、何の感慨もない、というか、昨日まで居たような感じというのか、違和感なく家に上がりました。(続く)
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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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2009.5~6 報告

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