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みつこさんが一番大変で、気の毒だったこの間(2007.3~9)を過去記事からまとめました。
日付をクリックしてください。

2007.3 胃潰瘍で入院中 
薬:リスパダール、グラマリール

2007.4 退院後 ショートステイに3週間滞在中 
薬:アリセプト5mm抑肝散、セロクエル

2007.5 ショートステイ退去、自宅、誤嚥性肺炎で大学病院内科(精神科と同じ病院)入院中
薬:アリセプト5mm抑肝散、セロクエル(増量)

2007.5.24 退院後~1週間 グループホーム入所 
薬:アリセプト5mm抑肝散、セロクエル

2007.6 在宅のはじまり
薬:アリセプト5mm抑肝散、セロクエル

2007.7 特養への準備 つかぬま落ち着いた日々 
薬:アリセプト5mm抑肝散、セロクエル

2007.8 帯状疱疹-岩田先生との出会い 特養から入所の打診 
薬:抑肝散、セロクエル

2007.9 入所決定から、入所まで
薬:抑肝散、セロクエル、(NEWフェルガード

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やっぱり、一番愚かだったのは、介護者の自分が無知だったことだとあらためて思います。
どんなにひどい状態になっても、それがまちがいだと気づかない。

一度信じたものを疑わないということでもあります。
信じたものが、信じるに値するのかどうか、見極める力が求められます。

みつこさん、本当にごめんなさい。
そして、2度と私と同じ思いをする人がありませんようにと心から願います。

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薬:アリセプト5mm
2006年5-
入浴介助拒否あり、週1
口数が前にもまして少なくなる
ジャムをなめつくすー頻繁な嘔吐
気分が穏やかになったり、ハイになったりくるくる変わる。
介護拒否がある時は、5分くらい時間をおくと直る場合もある(直前の記憶がないため、イヤなこともすぐに忘れてくれる)
家の飼い猫を認識できない(知らない猫がいると言う)
お尻ふき、リハパンの交換などの身体介助を気分よくさせてくれることもある。
クリニック受診がたいへんになり、2回に1回は代理で投薬のみにする。
異食:生のとうもろこしー嘔吐
嘔吐で汚れたシーツを替えようとすると、自分で洗濯するからほっておいて、と怒る。
トイレの場所をまちがえ、大きなガラス戸に激突して、ガラスを割る。
入浴介助拒否(ひとりで入るからいい)、掃除してもらうこと拒否(自分でするからいい)
リハパン交換拒否(明日替えるからいい)、拒否することを続行することはできないので、時間が経つのを待ってやり直す。
かかりつけ医が背中の痛み止めを頓服にしようか、定期薬にしようかと迷っていると、「そんなイヤな顔するならもらわなくていいです」と突然激怒。←人の顔色を見て怒るというのは、ずっと以前からあり、それが増幅されている感じ。
保温用ポットをガスの火にかける

2006年7-
入浴は週1のヘルパーさんの介助で、介助抵抗あり。
他の日は私の清拭とかお尻拭きなど。
デイサービス週1は落ち着いてくる。もう大丈夫と言われる。
自分が誰なのか、どこにいるのかが分からなくなり、分からない状態になれてきた。
リハパン交換に抵抗。
便失禁の後、シャワー介助させてくれる。
美容院へ行く。
洗濯物たたみ(常同行動?)角をあわせてきちんとたたむ。洗ったものも、汚れているものも、全部たたむ。
夜寝る前に枕もとに食べ物をずらーっと並べて食べる。
炊事をしようとする。ガスのつけっぱなし。

2006年10-
何もかも分からないことが多くなり、言葉もわからなくなり、逆に苛立ちが減ってきた。
長谷川式テストをうけるが、聞かれている意味が不明。それでも、計算と図形描画ができた。
テストを失礼だと怒ることはなくなった。
夕御飯の支度をしなくてはと思う。
お尻に便が付着するようになる。リハパン交換は定着してきた。日に3度できるようになる。
言葉が理解しにくくなり、「わからん」を連発するようになる。
健康診断:採尿など手伝わせてくれるが、とても無理な状態。これで最後。
買い物は何を買いたいかわからないけど、一緒に行くと楽しんでくれる。
デイ、週2回に。
デイで入浴できるようになる。
よしおさんの入院中5日間、いきなりショートステイに。
入浴せず、リハパン交換も一度もせず、拒否が激しいためすべて放置されていた。

2006年12-
過食:お歳暮で頂いたハムの詰め合わせをバサッと包丁で半分に切り、まるごと食べる。お鍋を火にかけご飯を炊いて食べる。異食:塩漬けのわかめの束をそのまま食べる。
デイから帰ると、猫のご飯、自分のご飯の用意を包丁とガスを使って始めるが、めちゃくちゃで、非常に危険。
入浴介助を受けたのを忘れて、再度自分でお風呂に入る。
自分の現在の姓がわからない。旧姓ならばわかる。
顔つきはしっかりしていて、ぱっと見に認知症らしくない。
過食が止まらず、食べ物は何もおかないようにする。必要なものだけを持っていく。
らっきょうひと瓶食べつくす。
介護拒否:着替えの拒否ー洋服を投げつける。
便失禁
タッパーの食材をタッパーごと火にかける。
少しでも待たせると、機嫌が急に悪くなる(待つことができない)
木のおわんを直接ガスにかける。→ガス台を撤去。電磁調理器に変更。使えないと怒る。
初詣に行く。見慣れた景色を思い出す。
猫トイレを素手で掃除する。
自宅内トイレの場所を探す。
狂気な行動:意のままにならないことに、狂ったように怒る。
デイサービス週3回になる。
過食:持ち運んでいる食事をすべて食べつくして、何も食べてないと言う。
鍼治療続行


:嘔吐が酷いからとアリセプト3mmにした(アリセプトの副作用の胃腸障害ではないかと考えた上)
2007年2- 
介護拒否もあるが、5分経てば気分が変わる。
インターフォンを使って、私を呼ぶことができる。
過食:よしおさんの分の食事も食べてしまう。
トースターレンジの機能がわからなくなり、レンジのつもりでトースターを使い、焦がす。
鍼治療続行
食欲が少しかげっている感じ。
痛い痛いというので、坐骨神経痛と思い、痛み止め飲み薬を連用する(胃の痛みだった)。

2007年3月7日
朝、嘔吐した後があり、血が混じっている感じがする、クリニックへ連れていこうとすると、一瞬意識が薄れたので、救急車対応にかえる、救急車の中で、大量吐血。
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↑この間の最大のまちがい(私と医師の)

興奮して過食がとまらず、嘔吐を繰り返しているのに、過食自体が興奮状態だと気づかないこと。

嘔吐はアリセプトの副作用の胃腸障害かもしれないとは思っても、アリセプトに興奮という副作用(アリセプトを飲んでいるから過食を進行させている)があることを知らないこと。


この胃潰瘍から生還こそできましたが、この後、みつこさんも家族もさらなるピンチにさらされました。

薬:アリセプト5mm
2005年1月-

再検査 海馬の萎縮が進んでいると言われる。
診断:アルツハイマー型認知症 薬は同じアリセプト5mm 困ったことがあれば薬(抑制系)を出すと言われるが申し出ていない。

薬:アリセプト3mm
2005年4月-

本人の申し出で、かかりつけ医へ逆紹介。(本人は受診を止めたいと医師に申し出た形)
かかりつけ医で、アリセプト3mmになったような記憶がある。(「こっちの方が日本人には合う(欧米人に比べて体重が少ないから)」と言われたのを覚えている) 嘔吐が頻繁なのは、アリセプトの副作用かもしれないと考えた。

2005年6月-
尿失禁がはじまる。やがて日常的になる。トイレが間に合わないというのではなく、全く無意識に失禁している。意識はしっかりしているため、尿失禁を指摘すると、「私がそんなことをするはずない」と怒る。
リハビリパンツの着用を始めるが、履き換えを拒否され苦慮する。何故履くのかが理解できない。自分で洗濯をして洗濯機にポリマーを詰めたり、流し台を詰まらせたり、着用済みをそのまま干したり、タンスにしまったりする。
尿失禁は前頭葉の症状であり、ピック病の症状であると、ドクターコウノのブログから後に知る。

2005年8月-
何とかデイサービスに行ってもらおうと思い、試すが、デイサービスが何であるのかが理解できない。他の住人さんと折り合えない。言葉の意味が理解できないことが多く、皆についていけない。なのに、ゲームなどをするのは馬鹿らしいと思う。怒りっぽい。

2005年10月-11月
だらしない服装をするようになる。
裸足で庭に出る。
気分のむらが激しい。急に怒り出すかと思えば、機嫌良く笑顔になることもある。
テレビのチャンネルを変えようと、電気毛布の温度を操作したり、ファンヒーターのスイッチをいじる。
トイレにリハビリパンツを流す。トイレ介助は断固拒否。暴言、暴力が出る。
気に入らないことがあると、興奮状態で何が気に入らないかをしゃべりだす。それを何日か繰り返す。
困ったことをしているのを止めると、「思い立ったら、すぐしたい」と、自分の気持ちのコントロールができない。
家事を手伝うと、「自分でするからほっといて」と怒りだす。洗濯物を部屋に撒き散らす。片付けると、「好きなようにするからほっといて」と怒りだす。
ケアマネさんからの電話に出た時、何度も聞き直し、一生懸命メモをとろうとする。(途中で沈没するが)
買い物はできなくなる。(何が買いたいかわからない)
自分宛の手紙をよしおさんが開封し、封筒の表に重要と朱書きしているのに激怒(自分を無視した)する。
生活全般で、自分は何でも自分でできるから、自分でやりたい気持ちが強いため介助を拒否する。

2005年12-
冷蔵庫の中身を全部テーブルに並べる。洋服を全部2部屋くらいにちりばめる。
玄関のあがりかまちから玄関のたたきに落ちて足をいためる(剥離骨折)。
通院するがらちがあかない。訪問診療も看護も断られる。鍼治療に切り替え。
動けない期間が長く続き、床ずれができる。
デイは中止。ヘルパーさん初導入、入浴介助を頼むが、介護拒否が強く、なかなかできない。


薬:サアミオン追加
2006年1-
 
年賀状を頂くが、誰からなのか分からない。
便失禁(お尻に付着している)がはじまる。
足の剥離骨折は完治。普通に歩けるようになる。
入浴介助は慣れて来て、受け入れられる日も多くなる。拒否する時は何故プライベートな入浴を人に介助してもらわなければならないかがわからないから。
猫の世話をしている。自分の意にならない猫を本気モードで叱りつける。
食べ物を枕もとにずらーっと並べるようになる。過食、異食のはじまり。嘔吐もあり。
家事はやるき充分。ご飯はセットしておくと、自力で炊く。
友人から電話があるが、誰からなのかわからない。
家事を手伝うとお礼の気持ちから、みかんをひとつぶ剥いて放り投げてくれる。
ジャムの中瓶を2日くらいで舐めつくす→嘔吐する。
デイサービスを開始するが、途中で帰ってくる→このデイは中止。
異食:キャットフードなど。嘔吐が過食、異食のせいだと気づく。
言葉が出にくくなる。(おしゃべりだったのに、口数が少なくなっている)
近い過去の記憶はない。今しかない。
みつこさんのあまりの進み具合に、何か方法はないかとドクターに尋ねると、脳血流改善薬を処方されました。
友人との昼食会も楽しめない。
昼夜逆転。

薬:アリセプト5mm
2006年3-

今の自分の状態がわからず、不安でしかたがない。
自分が何者であるのかがわからない。
かかりつけ医ではラチがあかないと、大学病院の精神科物忘れ外来へもどる アリセプト5mm
この時、大学病院へ戻らないで、何故、ドクターコウノのところへ行かなかったのだろうというのが、私の最大の後悔
非常に進行したとびっくりされる。
長谷川式テスト(100-7の計算はできる、短期記憶なし、最後に、テストを受けることに興奮して怒りだし、途中で止める。)
尿失禁が増える? 垂れ流し状態?
異食、過食ともに悪くなる→嘔吐
美容院へ行く
家族との関係がわからない→「自分の帰る家は別にある。」
異食:冷蔵庫の前に座り込み冷凍の生ミンチを口に入れている。
猫の世話もやる気満々:猫のトイレに水を置く。猫の餌入れにトイレ砂を盛る。その上に餌を置く。その上にうんちを置く。など。
鍼治療に通っているが、ひとりで治療を受ける事ができない。何の為に何をしているのかがわからない。怒りが募るばかり。
トイレを汚す。(自分で掃除、洗濯をしようとするができず)
デイサービスを変更:新しいデイサービス、週1、一生懸命対応してもらうが、なかなか軌道にはのらない。トイレ介助はできない。入浴もできない。

薬:アリセプト3-5mm
2004年1月
物忘れからパニックになる。キャッシュカードの紛失、作り替えなど何度もあり。
炊事を嫌う。料理の手順がわからなくなっていた様子。

2004年春-
物盗られ妄想の一種なのか、借りてないものを、「貸してあるから返して」と迫る。借りてないと言うと、「若いのにボケたことを言わないで」ときつい言い方で迫る。
ゴミの日が分からない。ゴミの分別ができない。

2004年夏-
毎日クリニックに通院していたが、予約をしたのか、してないのか、何時の予約なのかを忘れている。
支払(おつりの計算が分からない)が上手くできない。
買い物で同じ物を毎日買ってくる。買ってきたことを忘れる。冷蔵庫に消費期限切れのものが一杯。

2004年暮れ-
自分の姉が亡くなった知らせに、異常な様子で号泣する。
姉の葬儀に出席するが、久しぶりに会った甥、姪のことが認識できない。
ひとりでタクシーを利用するが、家の場所がわからなくなり帰えれない。

2005年1月-
タクシーの中に忘れ物をしたとパニックになる(実際は持っていってない)
入浴を嫌う。(いろいろ言い訳をする)

2005年1月-
再検査 海馬の萎縮が進んでいると言われる。
診断:アルツハイマー型認知症 薬は同じアリセプト5mm 困ったことがあれば薬(抑制系)を出すと言われるが申し出ていない。

薬:アリセプト3mm
2005年4月-
本人の申し出で、かかりつけ医へ逆紹介。(本人は受診を止めたいと医師に申し出た形)
かかりつけ医で、アリセプト3mmになったような記憶がある。(「こっちの方が日本人には合う(欧米人に比べて体重が少ないから)」と言われたのを覚えている) 嘔吐が頻繁なのは、アリセプトの副作用かもしれないと考えた。

2005年6月-尿失禁がはじまる。やがて日常的になる。トイレが間に合わないというのではなく、全く無意識に失禁している。意識はしっかりしているため、尿失禁を指摘すると、「私がそんなことをするはずない」と怒る。
リハビリパンツの着用を始めるが、履き換えを拒否され苦慮する。何故履くのかが理解できない。自分で洗濯をして洗濯機にポリマーを詰めたり、流し台を詰まらせたり、着用済みをそのまま干したり、タンスにしまったりする。
尿失禁は前頭葉の症状であり、ピック病の症状であると、ドクターコウノのブログから後に知る。

2005年8月-
何とかデイサービスに行ってもらおうと思い、試すが、デイサービスが何であるのかが理解できない。他の住人さんと折り合えない。言葉の意味が理解できないことが多く、皆についていけない。なのに、ゲームなどをするのは馬鹿らしいと思う。怒りっぽい。

2005年10月-11月
だらしない服装をするようになる。
裸足で庭に出る。
気分のむらが激しい。急に怒り出すかと思えば、機嫌良く笑顔になることもある。
テレビのチャンネルを変えようと、電気毛布の温度を操作したり、ファンヒーターのスイッチをいじる。
トイレにリハビリパンツを流す。トイレ介助は断固拒否。暴言、暴力が出る。
気に入らないことがあると、興奮状態で何が気に入らないかをしゃべりだす。それを何日か繰り返す。
困ったことをしているのを止めると、「思い立ったら、すぐしたい」と、自分の気持ちのコントロールができない。
家事を手伝うと、「自分でするからほっといて」と怒りだす。洗濯物を部屋に撒き散らす。片付けると、「好きなようにするからほっといて」と怒りだす。
ケアマネさんからの電話に出た時、何度も聞き直し、一生懸命メモをとろうとする。(途中で沈没するが)
買い物はできなくなる。(何が買いたいかわからない)
自分宛の手紙をよしおさんが開封し、封筒の表に重要と朱書きしているのに激怒(自分を無視した)する。
生活全般で、自分は何でも自分でできるから、自分でやりたい気持ちが強いため介助を拒否する。

2005年12-
冷蔵庫の中身を全部テーブルに並べる。洋服を全部2部屋くらいにちりばめる。
玄関のあがりかまちから玄関のたたきに落ちて足をいためる(剥離骨折)。
通院するがらちがあかない。訪問診療も看護も断られる。鍼治療に切り替え。
動けない期間が長く続き、床ずれができる。
デイは中止。ヘルパーさん初導入、入浴介助を頼むが、介護拒否が強く、なかなかできない。

この間(2000-2007)のことを、過去記事も交えて、もう少し詳しくお話します。

★1999年暮れ(75歳) ドグマチール、アリセプト3-5mm

うつ病のような症状(朝起きられない、食べない、夫婦喧嘩、泣く)を発症。
内科かかりつけ医に相談。かかりつけ医が問診。
すると、「若い頃はバリバリ働いていたのに、今の自分は情けない」みたいなことを泣きながら訴えた。
診断:老人性うつ、或いは認知症かもしれない。
投薬:ドグマチール、アリセプト3mm(予防薬としてはじめた)


★2000年(75歳)-2003年(78歳) トレドミン

かかりつけ医ではうつ症状は改善せず、よだれ、歩行障害が出現。
かかりつけ医から某大学病院精神科へ紹介される。

CT、脳血流、MRI、認知症検査(長谷川式)等を受ける。
診断:よだれ、歩行障害(薬剤性パーキンソニズム)はドグマチールの副作用なので止めれば改善する。
うつ状態になっているのでと、新薬のトレドミンを処方される。

CTでは、やや海馬の委縮がみられるけれど、「認知症は80歳までは大丈夫」と言われる。
長谷川式は図形描画だけができない。その他はできる。

記憶が悪いとか、何か変だと感じたら教えて下さい。
その時アリセプトを処方しますと言われた。(それまでのアリセプトは一旦中止)

経過:ドグマチールの副作用とうつ的症状は半年ほどで治まっていき、みつこさんは一旦は普通の状態に戻りました。その後もトレドミンを減らしながら、3年弱継続し、うつ状態は完全に消失。
(担当医は、うつ病の権威であることが後に分かりました。この間は認知症の症状としては特に気になることはなかったと記憶しています。ですので、無治療でした。)
うつ状態が激しかった間に、ほとんど食べる事ができず、2000年当時以前と比べて10kgほど体重が減り、以降戻りませんでした。

150228a.jpg
2001年5月 うつ状態が落ち着いてきた頃

★2004年(79歳)ー2007年(82歳) 
2004年1月 投薬開始 アリセプト3mm→5mm

うつ症状が完全に治まった頃、認知症の症状がはっきりと表面にでてくるようになり、投薬を開始しました。
治療は、これしか方法がないと言われ、飲み忘れのないように、しっかりと注意していました。

アルツハイマーと言われて、それに疑問を持ったことはありました。私にとってのアルツハイマーの方のイメージとは、記憶が悪くなる、新しいことを覚えられない、自分の置かれている状況がわからなくなり不安であり、孤独感を持つというものでした。(ただ単に映画とか、テレビからのイメージですが)
みつこさんは、見た目、ものすごくしっかりとしていて、自分の意思が強く、口調もしっかり、目力もあり、とても認知症であるという感じがしません。
一方で、変な行動は沢山あります。自分の持っているアルツハイマーへの認識とは違っていて、こういうタイプもあるの? 人によって様々なんだろうか? という疑問をもったことはあります。今思うとそれはとってもハイテンションな状態だったと思いますが、その疑問は心の中で押し殺してしまいました。

症状は主に記憶障害、見当識障害、尿失禁、過食、異食、(甘いもの好み)、言葉がしだいに話せなくなり、理解できなくなっていきました。興奮してパニック状態になることも多く、最初は暴言だったものが、言葉を失っていくにつれ、暴力に代わっていきました。全体として、今思うと、かなりハイテンションで、家事などの今までやっていたことは、全部自分でやると言い張っており、介助されることへの抵抗が強く拒否となってあらわれました。やはり興奮状態が続いていたのだと思います。

過去の日記)もご参照ください。

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↓管理人の別サイトです
HP「ふたりの介護」および
HP「シェリーとともに」は
終了しました
長い間有難うございました。

Bl「友わんこ&3にゃんこ&パンドラの徒然」

パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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