2017 / 07
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みつこさんのお世話になった施設から、「看取り」に関するアンケートにご協力下さいという手紙が参りました。

より良い「看取り」が行えるように委員会を立ち上げたので、これまでに、当施設で「看取り」を経験した人に、きたんのない意見を聞かせて欲しいという趣旨のものでした。

こうして、「看取り」を、少しでも質の高いものにしていこうと考えて下さっていることに、心から敬意を表して、感じたことを精一杯書かせて頂きました。

医療面、介護面ともに、全体としては、満足していて、今も施設で「看取り」を受けて、彼岸へ旅立ったことは、他のどの選択よりも良かったと思っているのですが、2点だけ、心にひっかかっていることがありました。
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ひとつは、病院と受け入れ施設との温度差です。みつこさんの退院時、病院側からは、今はこのまま退院して施設に戻り、容態が悪くなってきたら、「看取り」として、訪問診療、訪問介護にしてはどうでしょうかと提案されました。

一方、施設は今後治療をしない、予後は1ヵ月から1年ということならば、いつ急変するともしれない。その時点から「看取り」の手続きを開始するのでは、その間の医療的措置に責任がもてないので、最初から「看取り」として退院し、訪問診療、訪問介護をつけて欲しいと言われました。

家族としては、間に入り、ハラハラどきどきするばかりでした。結果としては、施設看護師さんが、主治医に直談判して、最初から「看取り」として施設へ戻ることに決まりました。

退院時カンファランスを、主治医、家族、施設の3者そろって相談できるようにルール化して欲しいと提案しました。これは、施設にというよりは、病院に対して言うべきことかもしれませんが、施設から病院へ申し出てもらえるといいのではないかと思います。
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もうひとつは、絶命する時の、みつこさんの壮絶な苦しみを、私ひとりで、なすすべもなく、ただ見ているしかなかったことです。

肝臓の腫瘍が破裂し、激痛の中、血圧が低下して、死に至りました。
それは想定内のことで、その場合は病院対応するということになっていましたが、いろいろな事情が重なり、あろうことか、私ひとりで、なすすべもなく見届けることになりました。日曜日の朝、当番の看護師さんが、早出をして駆けつけて下さった時には、意識がなくなったところでした。だから私以外、実際には誰も知らないことです。

このことでは、私はずっと自分を責めていました。私が何かのアクションを起こしていたら、この苦痛は軽減できたはずなのに・・・・っと。

この当時は、訪問看護の夜間対応が一時的にストップされていた時なのです。それでもOKと、ゴーサインを出したのが私だったので、甘かったのだなあという気持ちが残りました。現在は夜間対応が復活しているので、こういう事態にはならないと思われますが、反省を込めて、アンケートに書かせて頂きました。
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このアンケートは、今後のよりよい「看取り」の為でもありますけれど、私自身が、心の中に押し込めて封印しようとした心の闇を光の中へ戻してくれる役割を果たしてくれました。ただただ、感謝です。
みつこさんも、きっと私を許してくれて、喜んでくれていると思います。
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よしおさんが、自分の足代わりに使用していた、義足、
ひとつも処分していないので、亡くなる前年に作った最後のひとつを含めて、合計5つの義足が残っていました。

ずっと、同じ義肢製作会社にお願いしていましたので、今日、全部まとめて引き取って頂きました。
文字通り、よしおさんの体の一部ですので、何となく、片付け難く、残していましたが、1年が過ぎ、気持ちの上で抵抗が無くなりましたので、そうすることにしました。

両親が、文字通り、遺していったものは、思い出のある品から、身につけていたものから、本当に処分し忘れていったものから、ほとんどすべて、まだ手がつけられていません。

でも、今日をきっかけとして、少しづつ整理していけそうな気がします。
それは、今は亡き両親に対して、「感謝しかない」という、私の心の変化を反映しているのでしょう。

青空

5月11日にふたりのお骨を東本願寺名古屋別院に納めてきました。
出かけに見た空は、真っ青な中に、無数の白い雲が湧き上がっていました。
この日を祝福していてくれるようでした。

兄弟姉妹がなく、子供がいない私が、両親のお墓を建てても、いずれ無縁墓になってしまいます。それも忍びなくて、どうしたものかと思案を続けていました。所謂永代供養のお墓を建てるのか・・。
永久的に納骨堂のようなところへ納骨するのか・・。
どれも今一つ気持ちが、「これっ」っと言ってくれなくて、どうしましょう~っと思っていました。

よしおさんの両親のお墓は存在しますが、そこを管理しているのは、よしおさんの亡き弟の妻である叔母とその後を継ぐ従弟です。本来はよしおさん一家はそこへは入らないものなのですが、法事の席で、叔母一族の方から、「このお墓に入ってはいかが?」と、嬉しい申し出があったのです。

実際には、もう少し後のことになるのですが、一応、私の3人の両親をお墓に納骨することに決めさせてもらったのです。とても有難いことです。

東本願寺別院


それで、それまでの間、お寺に預骨をすることに決め、先回の母に続き、納骨をしてきました。
今は3人そろって同じところで眠っていることになるのでしょうか?

ずっと私は、両親中心の世界の中で、主役が両親、その脇を務めるのが私、という生活というか意識で過ごしていたように思います。

今は、私が主役の私の人生の中で、脇を務めてくれていた両親が役を終え、旅立って逝ったのだというふうに気持ちが切り替わってきました。これからは私が主役の私の人生、精一杯、自分の役を務めたいと思っています。

東別院

よしおさんやみつこさんではなく、50年前に亡くなった私の実母の納骨を、やっと、してきました。「何故に今頃まで・・」と問われても、何とも答えようがありません。言い訳めいたことを話してもしかたがありませんから。

ただ一つ言えるのは、「お母さん、これまで、私のあれも、これも、見守ってくれて、本当にありがとう。」という感謝の気持ちが、自分の深いところからわき上がってくるような感じがしたこと。そして、もう一つは、今朝起きると、ずっとコリにコッて、首も肩も痛くて回せなかったのが、不思議と、すっと楽になっていたこと。体は正直だから、私が重く感じていた荷物、お母さんに申し訳がないと心に責めを追っていたものが空の彼方へ飛び立っていったことを教えてくれたのでしょう。

遅い春がやってきて、桜がうっすらピンク色になり、青い空に映えていました。

みつこさんも、よしおさんも、葬儀の時にお世話になった、葬儀社の元社長さんのブログの記事にご自身のお母上がお亡くなりになった時の記事があります。つい最近のことです。そこにはいつも冷静で、温厚な方なのに、憤りが隠せなく、溢れています。

オフィスシオン たそがれ日記 平成24年3月10日 「母」

あぁ、この方でも、そうなんだなあと、感慨深く思いました。家族の死に直面した時に、その場で関わった人たちに対して、憤りを感じることは、割とよくあることではないかと思います。ひとりの人の死はとてもとても重い、厳粛なもので、特に家族にとっては、その人の死は生涯に一度きりのことですから、ナーバスの限りにあります。その時が思いもかけず突然に訪れたのならば、尚更です。

もしかすると、医療関係者、高齢者と接している施設関係者さんにとっては、「今日もまた・・」的に慣れっこになっていることなのではないでしょうか。医療面、対応面で、落ち度があるかという問題ではなく、気持ちの問題です。地球より重い、かけがえのない命が、今ひとつ消えようとしている時に、それに相応しい敬意を払って下さっているだろうかと問いたい気持ちになります。

私もむっとする思いの経験者です。よしおさんの呼吸状態が悪くなり、廊下にも、ナース室にもチンチンという警告音が響き渡っていた時、病室には家族だけでしたが、いよいよ呼吸が止まりそうになったので、ナースコールをしました。マイクの向こうから返ってきた声は「はい、どうしました?」という紋切り型のものでした。ナース室には担当外の人しかいなかったのかもしれません。それにしても腹立たしくて、私はその声には答えませんでした。

少し前のことですが、「ドクターG」というテレビ番組がありました。研修医数人で、ひとつの難しい症例(すでに解決している症例)の診断を指導医の元でカンファランスを開いて考えていくという番組です。

救命救急の現場での症例を診断するという番組の時に、最後に指導医の方がおっしゃった言葉がとても印象的で、感銘を受けました。
「救命救急の現場では、どんなに手を尽くしても、患者さまがお亡くなりになることは多々あります。その時に、ご家族から詰め寄られること、時に罵倒されることもあります。急な事故や病気で愛する人を亡くした家族にとって、その行為は当たり前の行為である、決して理不尽な行為ではないと理解してください。」というものでした。医療に携わる人が皆、そういう気持ちを持っていてくださると、家族としては救われると思います。

自分も逆の立場に立つことはあり得ます。全ての人が、相手のおかれた状況、立場にたって、相手を思いやれる気持ちを持てたならば、無意識のうちに相手の心を刺すようなとげとげを、そぎ落とすことができるのではないかと思いました。
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HP「ふたりの介護」
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終了しました
長い間有難うございました。

Bl「友わんこ&3にゃんこ&パンドラの徒然」

パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「セミナー情報」

↓以前のセミナーでの報告原稿はこちらをご覧下さい。

「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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