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2013年10月11日 お紐解法要

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東本願寺名古屋別院 本堂

間もなく、みつこさんの3回目の祥月命日がやってきます。

施設で3年弱お世話になり、そこで亡くなってから、はや3年の日々が過ぎました。
時はひとときも止まることなく流れ続けています。

兄弟姉妹がなく、子供もいない私は、先々のことを考えると、両親たちのお墓問題は
なかなか、決心のつかないものでした。 実は、3回忌法要の折に、よしおさんの
両親(私の祖父母)の眠る お墓に、事情の許す時に入れて頂くという約束を、
従弟としていたのですが、その知らせを待っている間に、私の心に変化が起きました。

お墓は、何の為に建てるのだろうか?
私は、どうしてお墓にこだわるのだろうか?

ずっと、亡くなった人たちの「名前」を、どこかに遺しておきたいと思っていました。
それは、誰のため? 亡くなった人のために? 本当にそうなのだろうか。
自分のお墓は無くてもよいと私が思っているのだったら、両親たちも同じでは
ないだろうか。残っている人に負担をかけたくないという想いは同じではない
だろうか。

もしも、自分のためだったら、何も遺さなくとも、私の心の中には3人の私の親は
私が生きている限り、生きています。いつでも繋がることができる。
だったら、形はなくても大丈夫。 そう気づきました。 会ったこともない、従弟の
子孫たちに負担をかけるのは、よそうと思いました。

そういう訳で、本日、2013年10月11日
私の実父、継母、実母のお骨が納骨してある お寺で、永代経をあげてもらうことと
して、その最初のお紐解法要(おひもとき法要)というものに参加してきました。
これからは、月命日には、読経がなされます。私たちは、いつでも参加できます。
それが、お墓参りに相当します。

私をこの世に誕生させてくれた人たち、育ててくれた人、その人たちに感謝を
込めて、私の心の区切りをつけることができました。

長きに渡り、書き続けてきたブログも、もう、更新はこれが最後の最後と
なります。このブログを参考にして下さった皆様、本当にありがとうございました。
今後も、読んでくださる方がある限りは、このブログは存続しています。
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昨日の10月17日はみつこさんの2回目の祥月命日でした。
その3日前の日曜日に、みつこさんと、よしおさんの合同の3回忌法要を執り行いました。

ふたりの命日はちょうど半年離れていますので、これまでは、法要はそれぞれに執り行ってきましたが、集まって下さる方には、1年のうちに何度となくお願いすることとなり、心苦しくなってきましたので、親族が集まっての法要は、今回で最後にしようという気持ちになりました。後は、私と夫のふたりで供養をしていこうと思っています。

今の私の気持ちを、どこからどういうふうに書いたらいいのかと迷うのですが、よしおさんの1周忌から半年経過して、私自身の気持ちは大きく変化しています。

もう、後ろを振り返って、後悔することは皆無になりました。よしおさんの人生、みつこさんの人生、それぞれの中での、私自身の果たした役割は、ちょっとよけておいて、私の人生の中で、よしおさんとみつこさんが果たしてくれた役割について述べると、それぞれに、それ自体、全て完璧だったのだと言えます。そういうことに気づきました。

ふたりがそれぞれに認知症になり、出会いがあって、軽快し、でも、介護が必要となり、病気になって、看病が必要となり、それが重なって、私ひとりの肩にのしかかってきて、つぶされそうになりながらも、つぶされることはなく、最後には大きな感動をもたらしてくれた。

そのすべてが、大いなる意思によって、準備されていたものであって、経過は順調に予定通り進んだという気がします。一体何の為に?? それは、ただひとえに私の心の成長のために。 私自身が望んだことだったのです。今は、ただ、もう素直に「よしおさん、みつこさん、ありがとう」という気持ちです。

納骨法要

昨日7月15日は、東本願寺名古屋別院の合同の納骨法要の日で、こちらに納骨されている方々すべて一緒に法要を行います。

1日のうちに、2回行われますが、この1年間に新たに納骨された人は、葉書にて案内が参ります。そして、一応1回目か2回目かが指定されます。うちは2回目の方に指定されました。

画像の足の悪い方の優先席の他は、広い本堂にぎっちり詰めて座っています。それでも、入りきれない人が外にも立つことになりました。

昨日の名古屋は夏日で、32度くらいになっていました。本堂内は冷房もありませんし、大型の扇風機が何台か用意されていましたが、汗がどんどんにじみ出てきました。読経に合わせて、目を閉じて、瞑想状態になって、彼岸に渡った3人の親のことを想っていたような気がします。

40分の法要が終わった時には、足の感覚がなくて、立ち上がれるのか心配でしたが、大丈夫でした。本当にたくさんの人たちが、暑さも厭わず、先祖の供養のために訪れていらっしゃるのを、素晴らしいなあと思いつつ、見ていました。

自分自身は、今、この日を過ごしているのが、不思議な気分です。
過ぎた日々は、遠い過去の日となりました。
みつこさんのこと、よしおさんのこと、目を閉じれば(閉じなくても)、一生懸命だった日々の情景が浮かびますし、くやしさも、悲しさも、喜びも、ふたりの笑顔も、怒り顔も、蘇りますけれど、でも、どこか、もう現実とは離れたものになりました。

いつも、今生きている、その一瞬を積み重ねてきたのだと思います。
これからも、ずっと、今という一瞬だけを生き続けていくのだと思います。
最高に楽しみ続けていきます。

こちらは、今、桜が散り始めたところです。
例年より遅れているために、よしおさんの一周忌にハラハラと散る桜を愛でることができ、感慨もひとしおでした。
命日に一番近い土日ということで、本日よしおさんの一周忌を執り行いました。
そして、今年は私の実母が亡くなって、50年目に当たりますので、実母の50回忌も同時にお願い致しました。

元気だった頃の実母のことをよく覚えていてくれた叔母も出席してくれて、非常に喜んでもらい、私も感激でした。


よしおさんと桜は切っても切れない縁があります。
こちらに引越してきて間もなく、庭に桜の苗木を植えました。40年以上前のことです。
今では周囲が2mを超える大木になりました。よしおさんは、その桜の木を、毎年、愛おしそうに眺めていたものです。

昨年の3月1日に退院してきた時、門から玄関までの階段を一歩一歩全力を出して上がりながら、その上にかかる桜の木をじっくりと眺めていました。まだ蕾もみつからないくらいだったのかもしれません。桜の木を見上げながら、自分の一生を思い起こしていたのでしょうか。


私の母が亡くなってから、50年の歳月をよしおさんは生きたことになります。
その年月をよしおさんはみつこさんと過ごしたのでした。
過ぎてしまえば、一瞬のような人生も、その途上は様々な思いで過ごしたことでしょう。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、感動したり、様々なことが通り過ぎた92年だったのでしょう。
経験したいことを経験し尽くして、天に昇っていったような気がします。

何だか、人生って素敵だなと感じた、よしおさんの一周忌でした。

今日、10月17日はみつこさんの祥月命日です。
早いものであれから一年が経ちました。

一年の月日は短いようで長い。
先回の記事(よしおさんの四九日)を読み返してみると、あれから4ヵ月で既に自分の気持ちが大きく変わっているのを感じます。

みつこさんも、よしおさんも、どちらも亡くなってしばらくは、もっとできることがあったのではないか、もっと良い方法があったに違いないと自分を責める気持ちが消えませんでした。回りからは、みつこさんに対しては充分過ぎることをした、もうこれ以上命を伸ばすことは返って本人には辛かったはずと言われましたし、よしおさんに対しては、92歳という年齢から、たとえこの時上手く快復できたとしても、やがて近い将来何らかの他の疾患が出てくるに違いない、もう天寿だったのですよと言われました。

それらの言葉は認めざるを得なかったけれど、本当に納得できたのかと言えばそうではありませんでした。考えてみれば、どれだけ自分の力の限りを尽くしたところで、「これで満足じゃ」と言える地点などあるはずがありませんが、そこを極めたいというような気持ちの中にいました。

しかし、時は優しく、早い遅いはあれ、必ず気持ちを冷静にしてくれます。どういう亡くなり方をした場合でも、それは回りの家族や看取った人が操作できるものではなくて、きっと最初から(生まれた時から)決まっていたものに違いないと思えるようになりました。

ですから、ふたりのことをきっちりと看取り、見送ったこと、そうできたことに安堵の気持ちを感じ、ふたりに対しては、介護、看護の期間も含めた全ての私との関わりについて、感謝する気持ちがわき上がってきました。たとえようもない大きなものを学ばせてもらったのだと、今は思えるようになってきました。

さて、私自身の変化は・・・、なかなか進みませんが、それでもひとつ。11月末のクリスマスコンサートに向けて合唱団の一員として練習に励んでいます。よしおさんの一周忌がめぐって来る頃までにはもうひとつふたつ、何かを始められたらいいなと思っています。


今日のなんくるカード
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聞き耳頭巾

よくよく聴いて 耳澄まし
感じてごらん 心のままに
聞き耳頭巾は 聞き上手。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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