2017 / 08
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昨日のことですが、施設の住人さんの通院介助で病院に来ていらした、施設看護師さんと退院に向けての相談をしました。

私は主治医の先生の「とにかく一度点滴を外して施設へ戻って、やれるだけやってみよう、あまり食が進まなければ点滴に通うとか、或いはまた短期入院とかもできるし・・・。」と言う言葉をそのまま施設看護師さんに伝えたのですが、施設としてはその言葉をそのまま受け入れるのは難しいと言われました。

みつこさんのことは、みんな(施設介護士さんたち)が待っているけれど、受け入れるからには受け入れ態勢を万全にして受け入れないと、右往左往することになっては本人にも負担になる。

今現在食が摂れないならば、点滴を外せば見る間にダウンしてしまう。通院すると言っても毎日通院は本人の体力的にも、人員的にもできない。通院するなら週1~2回がせいぜいである。

直腸に腫瘍があるのならば、嫡便はもちろん危険だし、排便管理が最重要になる。もしも大量に出血したら、どうするのか・・など、検討しておかなくてはならない。

癌であるのならば、施設にいて、訪問診療と訪問看護を受けることが可能である。これを具合が悪くなってからではなく、最初から導入して施設へ帰るという方法もある。そうすれば点滴に通う必要もなくなるし、何かがあった時にも24時間体制で訪看さんに相談することが可能である。

さらに、所謂看とり体制についても検討すべきだ。これについてはまだ詳しくは聞いていないのですが、本当に悪くなってから看とりとするのか、最初からそういう体制で戻るのか、これも検討を要するということです。

施設サイドでは、施設サイドとしての意見を統一してまとめた上で、担当医師と話し合うということでした。

ただ単に、「早く慣れた施設にもどしてあげたい~」っと思った私はまだまだ甘いようです。これからもう少しつめていくことになります。


今日のなんくるカード
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自分を愛する

まるごと 私 そのまんま
今の自分を 認めよう
私は私が 大好きさぁ。

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今日からよしおさんは3泊4日のショートです。
何の抵抗もなく「猫を頼むね」と言い置いて出かけてくれました。

ところが、みつこさんは腸骨のところの赤みの片方(右側)が一気にジョクソウ化したため急遽外科を受診することになっていました。結果報告はお昼過ぎになるということだったので、午後のマッサージの付き添いの時に話を伺うことに致しました。

朝食後、午前中はぐったりと眠り込んでいたそうですが、マッサージの始まる2時半の時点では時折がばっと目を開いて、何やら話してくれました。一瞬の笑顔も見られました。

マッサージの後、午前中の外来に付き添って下さった看護師さんのお話を伺うことができました。外科の先生は、2008年9月に乳癌摘出の執刀をして下さったO先生です。想像していたとおり、今回のジョクソウの急激な悪化は栄養状態の不良によるものだろうということ、今後自力で食事が摂れなくなった場合、経管栄養とか胃ロウとかは家族は考えているのだろうかというお話になったそうです。

食べられなくなってくると、当然薬も飲めないことが増えてきます。規定量の薬が飲めないことで、さらに食べられなくなる、新たな病気を生むということも考えられます。その時にどうするかということはそんなにはるか遠い将来の話ではなさそうなので、今から考えておくべき最重要課題となりそうです。

胃ロウについてはケースbyケース、いろんな状態が考えられますから、決してひとくくりに話せることではありません。もしも本人の意志がはっきりとしていて、本人の望みである場合は他人(本人以外)が口をはさむことではないと思います。それでも、栄養状態だけが保たれた状態で長引けば、当初は本人の希望であったとしても家族は悩むことになるとは思います。

みつこさんの場合は決定権は私にゆだねられています。みつこさんは「ごめんね」と言って、ある日私に全てをゆだねました。

私は、胃ロウにすることで、栄養状態を除く他の状態が一時的にではなく改善する予測がたたない限り、胃ロウにすることは望みません。みつこさんは、「どんな状態でもいいから生きていて欲しい」と望む現状ではないと思っています。

だからと言って、食べられなくなったら、「はい、さよなら」とは言えません。いつも指標は笑顔だと思っています。笑顔が見られる間は努力したい。食べられなくなってきたら、段階的方法で病院で栄養状態の改善を行って、何とか食べられるようになったら、施設に戻る。その繰り返しの中から、みつこさんがこれが最後という時を教えてくれるだろうと思うのです。


今日のなんくるカード
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ゆだねる

波に 浮かんで プーカプカ
力を抜いて ゆだねると
不安が スーッと 消えてゆく。

今日からよしおさんの月1のショートです。
猫を頼むねぇ~」と言い残して、問題なく出かけてくれました。

いつも、施設に着くと、まっ先に「お母ちゃんに会いに行こう。」と言うので、荷物整理もお任せし、検温も、血圧も測らないで、まずはみつこさんのユニットへ向かいます。
と、今日はおトイレにて奮闘中でした。みつこさんの場合はふたり体制に+看護師さんの摘便つきです。「今、入ったばかりで、時間がかかりますから、喫茶で待っていて下さい。」と介護士さんから言われて、よしおさんと夫に先に喫茶室へ行っていてもらいました。

ところが、待つほどもなく、トイレの扉が開き、手洗いを促されているみつこさんの姿が見えました。
看護師さんが出て見えて、「今日でー2日なんだけど、指の届くところにはあるけど、降りてきてくれなかったわ。また、今夜下剤を追加して様子をみます。だけど怒らなくて、にっこにこよ。」っと説明して下さいました。

思えば、2年近く前、施設へ入る直前には、最大の懸案事項は排便問題でした。今こうして、穏やかになっていても、便秘だけでも、なかなかの問題なので、2人態勢、3人態勢になっています。
不穏な状態での排便介助など、事実上不可能で、ただただ後始末をするばかりでした。
あの頃は私もみつこさんも戸惑いが一杯だったね。

っというところで、にっこにこのままトイレから出てきたみつこさんに、「おはよう。今日はお父さんが来ているよ。」と声をかけると、にっこりしたまま、何?という顔をして、「わからん。」と答えました。

最近のみつこさんは、私が誰なのかも、曖昧模糊としてきました。
それはそうでしょう。

思えば、3年か4年くらい前、まだ内科のかかりつけ医に普通に受診出来ていた頃でも、待ちあい室で、見知った人から声をかけられて、「娘さんに付き添ってもらって、いいですね。」と言われて、「この人、娘じゃありません。私は子供はいません。姉です。」何て、答えていました。あの頃はまだ一見認知症とは見えませんでした。

施設に入ってしばらくは、私のことは誰だか知らないけれど、見知った人という感じはありました。ところが、最近はそれも消え行きつつあるようです。「お父さん」という言葉も記憶の彼方に行ってしまったようです。あるいは耳から入る言葉自体が理解できなくなりつつあるのかもしれません。
それが全て、「わからん」になるようです。そのうち、「わからん」という言葉もわからなくなるのでしょう。

喫茶室へみつこさんを連れて行って、夫とよしおさんと合流しましたが、嬉しさもあまり・・感じられませんが、何となく知った人という感じはあるかもしれません。
やがて、お茶を飲むまでもなく、机に頭をつけて眠り始めましたので、みつこさんはそのままにして、私たち3人はコーヒーを頂きました。


家に戻ってから、午後一番で、ケアマネさんの訪問がありました。
来月の予定はさらりと変わりなくて、話題は先回の施設での、「看とりの指針」と「病状悪化時の対応」についての話になりました。

ケアマネさんはみつこさんの特養とはまた別の特養に所属されていますが、施設により、こういった対応は異なるようです。
現時点では、胃ロウが高度な医療的延命処置に入るという話から、その決断を迫られた時、どうするかという話になりました。もちろん意見を聞くとか、アドバイスを受けるとか言うことではなく、現場の人として、どう感じていらっしゃるかをお聞きしたまでです。

ケアマネさんのお話は・・・病気とか老衰で、体が衰弱した段階で、食べることが不可能になった場合と、たとえば脳梗塞の後遺症などで、比較的体力(生命維持の)があるけれど、嚥下だけが悪く、努力をしても回復が難しい場合とでは、胃ロウにするかどうかの判断には大きな違いがあるのではないかということでした。それに、本人の意思がはっきりしている場合、口から食べられなくても、生きていたいという意思がはっきりと感じられる場合も後者と同じ範疇に入ることでしょう。

やっぱり、一概にひとくくりでは答えられない、たいへん重い問題です。

みつこさんの面会に行ってきました。
着いた時には、下を向いてこっくりこっくりしていました。
揺すっても、反応がないので、先にお部屋に行って、衣替えを少ししました。
厚手のベストは仕舞って、半そでTシャツを出してきました。

それから、みつこさんのところへ戻り、もう一度揺すると、今度は目をぱっちり開けてくれましたので、それならばと喫茶室まで繰り出すことにしました。
mitsuko090615
「かっぱえびせん」の袋を見ています

今日は笑顔が一杯という訳ではないのですが、しっかりとした顔つきをしていて、しかも険はなく、よく話していました。車イスから椅子への移動もスムースにできました。なかなか良い調子だと感じました。

しばらくしてから、ユニットへ戻り、そちらでおやつを頂きました。
ゆっくりですが、ふわふわのカステラを一切れ頂きました。
何とか食べれています。飲みこみが悪いということはありません。

さて、帰りますと、「出かけてきます。」と言うと、
どこへ行くの?」とはっきり言いました。ちゃんと通じていることも、まだまだあります。

ユニットを出て、下の事務室の前を通りかかると、生活指導員さんに呼び止められました。
今日のタイトルの書類2通を渡され、説明を受けました。この書類の確認書を1ヵ月以内には提出しなくてはなりません。今後毎年春に再確認していくことになります。

たいへん重く、重要な確認になりますので、私の考えは書類提出時までにまとめてみたいと思います。

今日はさらっと説明だけ。
【看取りの指針】
みつこさんの入所中の特養では、積極的治療の終わったターミナルの人の看取りを行っています。家族も泊まり込める体制で、チームを組んでターミナルケアに当たって下さいます。そのガイドラインです。このガイドラインを確認し、同意書にサインをします。

【病状悪化時の対応についての確認書】
特養は医師は常駐ではありません。夜間は看護体制もありません。そこで、病気や衰弱で生命の危険が予測される状態になった場合、治療をどう希望するかという家族の意思の確認です。
現状では、胃ろうになると特養には居られませんので、胃ろう増設も積極的治療のひとつになります。
①可能な限りの治療、延命を望む。
②積極的な治療は望まない。

さらに①の場合、A.高度な医療設備をもつ医療機関、B.療養型医療機関の選択になります。
②の場合は、A.特養にて看取りを希望するか、B.在宅で訪問診療、看護で看取るかの選択になります。

現時点での私の気持ちは、決まっているのですが、できるだけ詳しく気持ちを述べて欲しいということなので、熟考しようと思っています。
みつこさんも、ターミナルと言われる部分の比較的近くにいるのか・・という感慨があります。
そういう訳でもないでしょうけれど、気持は固めておく必要があります。

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長い間有難うございました。

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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