2017 / 06
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ちょうどみつこさんが胃潰瘍で入院治療ご退院した時、よしおさんが物盗られ妄想に苛まれていた時から、担当して下さっていた、ケアマネさんが間もなく第2子ご出産ということで、新しいケアマネさんに交代することになりました。

2007年の4月、退院はしたけれど、とても在宅で看ていく自信はなく、旧ケアマネさんが探して下さった長期滞在型ショートステイに病院から直行しました。その時から現ケアマネさんにバトンタッチだったわけで、まさにみつこさんの混乱の始まりから、落ち着いた生活になり、今に至るまでを共に闘って頂いた同志でもあり、非常に感慨深いものがあります。

ショートステイに移ったみつこさんは、まだピック病とも知らず、アリセプト5mgと抑制系の多量の薬とを同時服用して、暴言、暴力の極み、便秘と下痢の繰り返し、他の利用者さんに危害を加えるということで、半分部屋に閉じ込め生活になったり、逆に他の利用者さんを閉じ込めたりと、このショートステイ先を完全に混乱状態にしてしまって、1ヵ月で半ば追い出されてしまいます。(実際には自主退去しました)

やむなく在宅介護を決行しましたが、週5日のデイで何とか乗り切っているうちに申し込んであったGHから入居の案内が来ました。と思ってる間に、誤嚥性肺炎で再度入院になりました。

アリセプトを切ってないのですから、3週間の入院生活も点滴引きちぎりの血だらけの生活。トイレの混乱で排泄物まみれの生活。ものすごい入院生活でしたが、体調は回復し、この時も退院と同時にGHに直行しました。

ショートの時も、GHの時もケアマネさんは、何度も足を運んで下さって、家族の足りない部分を補い、交渉にもあたって下さいました。しかし、根本的な治療がまちがっていた状態なので、GHでも、いくら介護士さんたちが親身に対応して下さったところで、薬で興奮しているものを、薬を抜かないで治めることなどできるわけがありませんでした。ここも1週間で自主退所しました。

在宅に戻ると、それでも、異常な興奮は多少和らぎます。当時は今度こそみつこさんが落ち着けるところを探そうと、特養を探して、申し込みを済ませていましたが、みつこさんの治療は依然アリセプトと抑制系を同時使用して、興奮という火に油と水を注ぐ生活を続けていました。

デイとヘルパーさんで、何とか過ごした2ヵ月でしたが、みつこさんはまた、体調を崩します。もうその時には私の気力が続かず、何をどこから手をつけてよいのやら、茫然としていました。その時に、訪問看護師さんの手配、訪問診療医の手配をつけて、ヘルパーさんの増員の交渉もして、八面六臂の活躍をして下さったのが、現ケアマネさんでした。私の娘のような年齢の現ケアマネさんにどれだけ助けられたことかしれません。

そして、ケアマネさんが紹介して下さった訪問診療医の先生から、みつこさん、よしおさんの運命が開けて行ったという偶然のような、必然がありました。

この、みつこさんのたいへんだった半年間に、よしおさんは何をしていたかというと、物盗られ妄想に苛まれて、みつこさんの介護でくたくたの私の首を絞めていたわけです。今では笑っちゃいますが、よくこういう生活を続けていられたものだと思います。

旧ケアマネさんが定年退職されて、現ケアマネさんが第1子の育児休暇明けで、みつこさんとよしおさんを担当して下さいました。怒涛の半年を経て、I先生に出会い、ふたりの劇的変化を目の当たりにして、もうふたりは大丈夫というところで、第2子の産休に入られるというのは、とても偶然にそうなったとは思えない不思議な出来事です。

きっと、目に見えない大きな力が働いて、全てを良い方へ運んでくれたのではないでしょうか。
ケアマネさんありがとう。今度の育児休暇明けには、どんなふたりでお目にかかれるでしょうか。

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今現在90歳のよしおさんは、病院やショートなどで、距離が長くなると車いすを利用していますが、実際にはかなりの距離を自力歩行可能です。

見るからにがっちりとした体型で、骨太で頑丈そうです。

生活習慣病と、原因不明の縦隔腫瘍を除いて、病気らしい病気はありません。

よしおさんが骨太である理由は、ひとつ思い当たることがあります。
もちろん遺伝的な持って生まれたものもあろうかとは思うのですが、それに加え、就学以前に片足大腿部から切断していることが大きいのではないかと思います。

骨粗鬆症の予防の体操として、片足立ちがあります。
1分間、体重で片足に負荷をかけると、50分間歩いたのと同じくらいの負荷が骨にかかると聞きました。

よしおさんはその運動を生涯に渡ってやり続けてきたことになります。運動は大嫌いだと豪語する、よしおさんですが、知らない間に骨育てをしていたのではないでしょうか。そのことが90歳になった今も歩行を可能にしてくれているような気がします。

一見、不幸に思えることでも、探せばいいこともしていてくれるということかしら。
よしおさんはそんなこと、思ってもいないことでしょうけれど。

間もなく2009年がやってきます。
この1年は両親ともに改善著しく、介護者の私にとっても余裕ができた1年でした。
ここを訪れて下さる皆様に支えられ、励まされての改善であったと思います。
たいへんお世話になりましてありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお付き合いをお願いしたいと思っております。
少しだけ、よしおさんとみつこさんの1年を振り返ってみたいと思います。

『よしおさん』
昨年11月から治療を始め、今年1月、2月、3月とアリセプト1mgから3mgまで、グラマリール25mg×2、フェルガード100、2包を続けました。
アリセプトが合わなくて、動悸がするのを心筋梗塞と思いこみ、胸が爆発するという表現をしていました。
また、グラマリールが効き過ぎて、うつうつとしてきました。

3月に心臓関係の検査入院をしたのを機会にそれまでの不穏が一気に解消しました。
その時点では、アリセプトは中止、グラマリールも中止、フェルガード100、2包だけを続けていました。

4月には、始めてのデイサービスに週1回、行くようになります。
5月には、始めてショートステイを利用し、みつこさんに会いに行くようになります。
以後、月1回、ショートを利用し、みつこさんに会いに行きます。
フェルガード100は3包、4包と1ヵ月ごとに増やしていきますが、4包でやや興奮がみられたため、現在は2包+フェルラ酸カプセル2個で落ち着いています。

12月現在、デイサービス週3回、ショートは最初と同じく月1回、1泊でみつこさんとの逢瀬を楽しみにしています。

来年からの目標:ショート2泊に挑戦して、月1、2泊としたいと思っています。
現在薬はフェルガード100だけですが、これで現状維持ができたらというのが希望ですが、長い目ではどうなるかはわかりません。

『みつこさん』今年1月には、フェルガード100、2包、レンドルミン1/4錠、セロクエル25mg×1、抑肝散25g×3包で、まだ、不穏があり、介護拒否もあり、人に部屋に入ったり、行動を止めると怒って抵抗することも多々ありました。

フェルガード100は1包づつ増やし、6包まで増やしました。その後トータルで、フェルラ酸500mg、ガーデンアンゼリカ140mgで続行中です。

フェルガード100、3包に増やした頃、飲み始めてから9ヵ月目頃から著しい好転がありました。
向精神薬は完全に要らなくなり、穏やかで且つ朗らかで、いつも笑顔が絶えなくなりました。

乳がん手術も問題なく普通に受けることができました。(2008年9月)

歩行が困難になった、意志疎通が難しいといった、進行と考えられることもありますが、情緒面では全く問題がない状態になりました。

来年からの目標:歩行、立位保持、立ち上がりの悪化を阻止したい。寝たきりにならないようにを第一目標にしたい。

みつこさんが、自分が誰であるかがわからなくなった日、それは2年前の3月でした。
この頃はまだ、言語などはしっかりしています。
子供の頃の記憶はあるけれど、現在のことがわからないと自分ではっきり認識しています。
周りにいる家族も、自分とどういう関係なのかがわからなくなり、非常に悩み始めていました。

アイデンティティーの喪失 2006/3/13(月)

あれから2年と半年。
今は言葉も失われ、自分の気持をうまく表現できないでいます。
今のみつこさんは過去の世界に生きているのか、言葉の端々に子供の頃のことがでてきます。
私のこと、よしおさんのことは見知った人としてだけ覚えています。
私や、よしおさんはみつこさんの子供の頃の見知った人間ではありませんが、ふたりのことは忘れずに、自分の過去の世界に引き込んでくれているようです。

現代に生きている私たちとは別次元に入り込んでいるみつこさんと、生きながらにして死に別れたような、奇妙な感覚で、何とも言えない悲しい、寂しい気持で接していました。
みつこさんは、そこに居るけど、もうここには居ない。

ところが、最近それが変化してきていることに気付いています。
容貌は年齢相応82才のお婆さんなのですが、脳は一旦死に絶えて、何もかも壊死し、萎縮し、ほとんどの記憶も生活の仕方も何もかも捨てて、、、、そこから、新たに再生してきたような、新生みつこさんがいるような気がすることがあるのです。

この仮説はあながち出鱈目でもないような気がしています。
フェルラ酸を服用し始めてから、じわじわ脳の細胞死が止まり、やがて新たに芽を吹き出していないだろうか?
だから、みつこさんは赤ちゃんがだんだん成長していくように、失った機能をもう一度取り戻しながら、新しい人生を生き直しているような・・・、私の錯覚かもしれないけど、そんな気持までしています。
みつこさんの第2の人生が今始まっているのかもしれません。
これからは、子供の成長を楽しみにするように(イワタ先生もそうおっしゃって下さいました)、みつこさんの成長を楽しみに、大切に育てます。

認知症ねっと」の掲示板で、「もう、薬はたくさんだーーー」とか、「温かい介護だけが、患者を救える・・」というようなご発言を聞いておりましたら、またまた、みつこさんのことを聞いて頂きたくなりました。

みつこさんは、2000年(当時74才)から途切れることなく、某大学病院精神科を受診しておりました。始まりはうつ状態の治療でしたが、それが奏効して元気になっていくのと入れ違いのように物忘れが始まり、2003年からアリセプト5mgを飲み始めました。
診断は1年遅れて、2004年にアルツハイマー型認知症と診断されました。そして、「治ることはありません。アリセプトで進行を遅らせることができるかもしれないだけです。」と言われました。
当時は長谷川式のテストでも、図形描画ができないだけでしたから、点数としては高かったと思います。

それからの日々は、アリセプトを飲み忘れないように管理し、日々出来なくなっていくことが多くなったり、奇妙な行動が続くみつこさんへ、いかに介護をしていくかを模索し続けていました。
ケアマネさんと相談しつつ、ひとつのことが解決するころには、次の問題が出てくる。全くいたちごっこを続けていました。

もちろん精神科でも受診の度に相談していました。失禁とか、過食とか、入浴を嫌がるとか、、、それが認知症の症状であるにも係わらず、「介護認定を受けて、受けられるサービスを受けて、、」と、そういうアドバイスを受けておりました。悪までも薬はアリセプト一辺倒でした。
困る症状があれば、対応した薬を処方します。」とは言われておりましたが、実際に困り果てた2007年になってからは、抑肝散セロクエルを処方されましたが、それでもアリセプトは続行のままでした。

2004年から3年間で、目に見えるような勢いで悪化していきました。
確かにピック病は適切な治療方法はみつかっていない病気ですから、たとえ2004年の段階で正しく診断されていたとしても、もしかしたら、あまり変わりはなかったかもしれません。
でも、正しい診断がされていれば、まちがっても、ピック病に効果のないアリセプト5mgを飲み続けて、ただただ陽性症状に拍車をかけるようなことはなかったはずです。

2007年に過食が元となって、出血性の胃潰瘍で死線を彷徨うこととなり、その時の入院から一気に本人も苦しい、家族も疲弊しきってしまう混乱の極みに突き落とされてしまいました。
それでもまだ、アリセプト抑肝散セロクエルを続けていました。

一旦体調を崩したみつこさんは、次々と病気を引き起こしました。
胃潰瘍が治り、検査で胃カメラを飲んだ翌日に大量嘔吐、それが引き金で誤嚥性肺炎、治ってしばらくすると、今度は帯状疱疹。

本人の興奮状態は極限になっていて、病気治療さえ、もうどこの病院でも受け入れてもらうことができなくなってしまいました。
すでに、みつこさんの認知症は意思疎通がほぼ不可能な段階にまで進んでしまっていました。
その絶望状態の時にドクターイワタの訪問診療を受けました。
ドクターイワタに巡りあわなければ、みつこさんは狂い死にしていたかもしれません。

その後は、正しい診断、適切な治療を受け、コウノ先生のブログからフェルガードを知り、即、採り入れて、ネット友からの助けもあって、今日に至りました。
みつこさんは、命がある間に、良い方へ向けての仕切りなおしが適いました。

どんなに一生懸命介護していたって、早期発見していたって、適切な医療、治療を受けていなかったら、こんな悔しい、虚しいことになってしまいます。
自分の無知をどんなに責めたか、みつこさんに心の中でどんなに詫びたかしれません。

もう、そんな思いを誰にもして欲しくないと思っています。

みつこさんが受診していた某大学病院精神科にも、当時から物忘れ外来ができていました。
ネット検索で、「認知症診断のできる病院」の中にもちゃんと入っています。
そこに受診していてすら、こんな状態です。

認知症は改善する病気であること、早期なら逆戻りも可能であることを忘れないで!
治療しているのに、一向に改善しないのなら、その治療はまちがっているのではないかと気付いてください!
あなたの大切な家族のために!!

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パンドラ

Author:パンドラ
2009.10 笑顔のみつこさん
このブログは、ピック病のみつこさん(継母)が特養に入所した'07年10月から始めました。レビーmixのよしおさんは'07年11月から認知症の治療を始めることが可能となり、医療を通じて、ふたりをみることができるようになりました。ふたりの改善の記録とその後の看病、看取り、3回忌法要までを綴りました。

(NEW)2000~2007に、みつこさんが適切な診断と治療を受けていないことに、私は何故気付けなかったのかを考えてみたい、そのことが今困っていらっしゃる方の助けとなることを願って、ブログを再開します。
(2015年2月)

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「両親の改善報告」
「患者家族としての気持ちの変化」
2009.5~6 報告

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